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幸せに
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「アリーシャ、君とは今日限りで婚約を破棄させてもらう!」
パーティー会場で殿下は高らかに声を上げた。
美しい金髪に、胸に付けている赤色の宝石がとてもよく似合っている。
その甲高い声に会場の隅にいる人までもが勢い良く振り返った。
あ、ちなみにアリーシャというのは私です。
さっきまで殿下の婚約者だったけどたった今、それを解消してくれと本人に言われたみたい。
会場は突然の婚約破棄に、騒然としている。
とりあえず私は場を収めるために殿下にこう尋ねた。
「あの、理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ああ、それはな......お前がこのレーナという少女をいじめているからだ。我が国には、そのような低俗なことをする皇后は要らない。即刻この国から出ていってもらおう」
「はあ......」
殿下がそう言うとすぐ近くにいた一人の令嬢が殿下の傍に駆け寄ってきた。
レーナと呼ばれたその令嬢は、指に付けた大きな緑色の宝石を輝かせながら、肩を小さく震わせて目をうるうると涙ぐませている。
まるで、目の前にいる私が怖いかのように。
突然宣言された婚約破棄と国外追放。
いじめなんてしてない。
むしろいじめられたのは他でもない私の方だった。
王宮ではずっと陰口を言われたり、殴られたり辱められたり、良いことは無かった。
殿下が最初から彼女と浮気をしていたのは知っている。
それでも黙っていたのは持病の治療費を代わってもらっていたからだ。
傾国の涙症候群。
それが、私が生まれた時からずっと患っている病気の名前である。
苦痛を感じた涙が宝石になる病。
事の発端である一年前、私はその病気の治療にと王宮に招かれた。
しかし、悲しいことにあまり著しい変化は見られなかった。
その後、殿下が私には一目惚れしたと言って婚約までしたものの、実際は宝石目当てで、特に治療する気は無く、私を縛り付けるための口実だったのだろう。
私を泣かせれば大粒のダイヤやエメラルドが簡単に手に入る。
この病名は王宮に来てから知ったものだったが、傾国の涙という名前は文字通り、その宝石を狙って国が争うからという意味で付けられたらしい。
皮肉にも私は、最初から利用されていたのだった。
しかし、ある日を境にこの病気は治った。
それを知った殿下はおそらく私を用済みにするため、こんな身に覚えの無い罪をでっち上げたのだろう。
だって私、そのレーナって人と話したことないもん......。
「でしたら、その宝石を全て返して下さりますか?」
「.......なんだお前は?」
その瞬間、野次馬の中にいた一人の青年が殿下に声をかけた。
少し間違えれば不敬罪として罰せられるかもしれない行動。
それでも彼は飄々として、そんなことは少しも気にしていないようだった。
「おっと挨拶が遅れましたね。私はクロムと申します。いつもは、しがない町医者をやっています」
「なんなんだお前......。俺はまだ喋っていいなんて言ってないぞ? 死にたいのか」
殿下がクロムと名乗った青年に殺意ともとれるようなら視線を向ける。
しかし、甲高いその声はどう頑張っても低くはならず、私は少し笑いそうになったのをぐっと堪えた。
青年は私の方を一瞬見た後、構わず続ける。
「死にたくはありませんが......私の患者を傷付けるのであれば黙って見ている訳にはいきません」
「はあ? 患者って......まさか、お前!」
「はい、ご推察の通りです。彼女の病気は私が――治しました」
そう、彼こそが私の病気を治した張本人、クロム・エナードだった。
殿下は先程のふてぶてしい態度から一転、動揺し始めた。
「で、宝石は全て返して下さるのですよね?」
「はあ? 返すわけないだろう。これら全て俺のものだが? 見ろ、この大粒のレッドダイヤモンド......お前にこの価値が分かるのか?」
「! はあ、一体どうしてそんな傲慢な考えが――」
「......クロム、大丈夫もう良いよ。では皇太子殿下、今までお世話になりました。皆さんご機嫌よう」
そう言って、私はクロムの腕を引っ張ってあっけなく王宮を後にした。
あっさり引き下がった私に、殿下は口をパクパクさせて何かを言おうとしていたがそんなのはもうどうでもいい。
これでもう私は自由なのだから。
「それにしても、どうして医者だなんて嘘をついたの?」
馬車に向かう最中、私はクロムに尋ねた。
「......私が治したと言えば、彼の恨みは私には向くはずです。それに、貴方が感じた痛みも同じだけ、私も体験したかったら。それより、本当に良かったのですか、あれで。彼らは最低です。特にあの男! 貴方から奪っておいた宝石を堂々と胸につけて、とんだ恥知らずです! やっぱり引き返して、仕返ししたほうが......」
「ふふっありがとうクロム。でも大丈夫よ、貴方も知っているでしょう。もう復讐は終わってるのよ」
そう、もう復讐は終わっている。
何故なら私の病気はもう治った。
これから少しずつあの宝石は溶けて、私の涙だったも物に戻るだろう。
そうすれば宝石頼みで単純な外交力の無いこの国はあっという間に破産して、潰れるのみ。
殿下も今頃顔を青くして、溶けていく宝石を呆然と見つめているだろう。
その表情を想像するだけで私の溜飲はすでに下がっていた。
「分かりました、貴方がそれでいいのなら......。ではさっそくこれから隣国に向かいましょう」
「楽しみね、貴方の国で一緒に暮らせるなんて。ねえ――クロム王子?」
「こらこら。その名前はあちらに戻ってから呼んでください、アリーシャ」
そう言っては彼は柔らかく笑う。
傾国の涙症候群の治し方、それは運命の人と出会って特別な愛を貰うことだった。
彼と出会ってから、私は悲しくも辛くも寂しくも無かった。
いつしかそれが恋だと気付いた時、私の病気は治っていた。
そして私達は結婚して一緒に暮らすため、クロムが殿下を煽って王宮から追い出すように仕向けたのだ。
その時に傷付く言葉を言われるのでは無いかと彼は心配していたが、それくらいはもうなんとも無い。
これからは彼と今までの苦しみをかき消すくらい幸せの人生を送るつもりだ。
今まで憎かった病気だったが、彼と出会えたので今はむしろ感謝している。
こうして二人は仲良く手を繋いで馬車に乗り、隣国に向かう。
そしてアリーシャは一生泣くことも、目から宝石を出すことも無く、いつまでもクロムと幸せに暮らしたのでした。
パーティー会場で殿下は高らかに声を上げた。
美しい金髪に、胸に付けている赤色の宝石がとてもよく似合っている。
その甲高い声に会場の隅にいる人までもが勢い良く振り返った。
あ、ちなみにアリーシャというのは私です。
さっきまで殿下の婚約者だったけどたった今、それを解消してくれと本人に言われたみたい。
会場は突然の婚約破棄に、騒然としている。
とりあえず私は場を収めるために殿下にこう尋ねた。
「あの、理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ああ、それはな......お前がこのレーナという少女をいじめているからだ。我が国には、そのような低俗なことをする皇后は要らない。即刻この国から出ていってもらおう」
「はあ......」
殿下がそう言うとすぐ近くにいた一人の令嬢が殿下の傍に駆け寄ってきた。
レーナと呼ばれたその令嬢は、指に付けた大きな緑色の宝石を輝かせながら、肩を小さく震わせて目をうるうると涙ぐませている。
まるで、目の前にいる私が怖いかのように。
突然宣言された婚約破棄と国外追放。
いじめなんてしてない。
むしろいじめられたのは他でもない私の方だった。
王宮ではずっと陰口を言われたり、殴られたり辱められたり、良いことは無かった。
殿下が最初から彼女と浮気をしていたのは知っている。
それでも黙っていたのは持病の治療費を代わってもらっていたからだ。
傾国の涙症候群。
それが、私が生まれた時からずっと患っている病気の名前である。
苦痛を感じた涙が宝石になる病。
事の発端である一年前、私はその病気の治療にと王宮に招かれた。
しかし、悲しいことにあまり著しい変化は見られなかった。
その後、殿下が私には一目惚れしたと言って婚約までしたものの、実際は宝石目当てで、特に治療する気は無く、私を縛り付けるための口実だったのだろう。
私を泣かせれば大粒のダイヤやエメラルドが簡単に手に入る。
この病名は王宮に来てから知ったものだったが、傾国の涙という名前は文字通り、その宝石を狙って国が争うからという意味で付けられたらしい。
皮肉にも私は、最初から利用されていたのだった。
しかし、ある日を境にこの病気は治った。
それを知った殿下はおそらく私を用済みにするため、こんな身に覚えの無い罪をでっち上げたのだろう。
だって私、そのレーナって人と話したことないもん......。
「でしたら、その宝石を全て返して下さりますか?」
「.......なんだお前は?」
その瞬間、野次馬の中にいた一人の青年が殿下に声をかけた。
少し間違えれば不敬罪として罰せられるかもしれない行動。
それでも彼は飄々として、そんなことは少しも気にしていないようだった。
「おっと挨拶が遅れましたね。私はクロムと申します。いつもは、しがない町医者をやっています」
「なんなんだお前......。俺はまだ喋っていいなんて言ってないぞ? 死にたいのか」
殿下がクロムと名乗った青年に殺意ともとれるようなら視線を向ける。
しかし、甲高いその声はどう頑張っても低くはならず、私は少し笑いそうになったのをぐっと堪えた。
青年は私の方を一瞬見た後、構わず続ける。
「死にたくはありませんが......私の患者を傷付けるのであれば黙って見ている訳にはいきません」
「はあ? 患者って......まさか、お前!」
「はい、ご推察の通りです。彼女の病気は私が――治しました」
そう、彼こそが私の病気を治した張本人、クロム・エナードだった。
殿下は先程のふてぶてしい態度から一転、動揺し始めた。
「で、宝石は全て返して下さるのですよね?」
「はあ? 返すわけないだろう。これら全て俺のものだが? 見ろ、この大粒のレッドダイヤモンド......お前にこの価値が分かるのか?」
「! はあ、一体どうしてそんな傲慢な考えが――」
「......クロム、大丈夫もう良いよ。では皇太子殿下、今までお世話になりました。皆さんご機嫌よう」
そう言って、私はクロムの腕を引っ張ってあっけなく王宮を後にした。
あっさり引き下がった私に、殿下は口をパクパクさせて何かを言おうとしていたがそんなのはもうどうでもいい。
これでもう私は自由なのだから。
「それにしても、どうして医者だなんて嘘をついたの?」
馬車に向かう最中、私はクロムに尋ねた。
「......私が治したと言えば、彼の恨みは私には向くはずです。それに、貴方が感じた痛みも同じだけ、私も体験したかったら。それより、本当に良かったのですか、あれで。彼らは最低です。特にあの男! 貴方から奪っておいた宝石を堂々と胸につけて、とんだ恥知らずです! やっぱり引き返して、仕返ししたほうが......」
「ふふっありがとうクロム。でも大丈夫よ、貴方も知っているでしょう。もう復讐は終わってるのよ」
そう、もう復讐は終わっている。
何故なら私の病気はもう治った。
これから少しずつあの宝石は溶けて、私の涙だったも物に戻るだろう。
そうすれば宝石頼みで単純な外交力の無いこの国はあっという間に破産して、潰れるのみ。
殿下も今頃顔を青くして、溶けていく宝石を呆然と見つめているだろう。
その表情を想像するだけで私の溜飲はすでに下がっていた。
「分かりました、貴方がそれでいいのなら......。ではさっそくこれから隣国に向かいましょう」
「楽しみね、貴方の国で一緒に暮らせるなんて。ねえ――クロム王子?」
「こらこら。その名前はあちらに戻ってから呼んでください、アリーシャ」
そう言っては彼は柔らかく笑う。
傾国の涙症候群の治し方、それは運命の人と出会って特別な愛を貰うことだった。
彼と出会ってから、私は悲しくも辛くも寂しくも無かった。
いつしかそれが恋だと気付いた時、私の病気は治っていた。
そして私達は結婚して一緒に暮らすため、クロムが殿下を煽って王宮から追い出すように仕向けたのだ。
その時に傷付く言葉を言われるのでは無いかと彼は心配していたが、それくらいはもうなんとも無い。
これからは彼と今までの苦しみをかき消すくらい幸せの人生を送るつもりだ。
今まで憎かった病気だったが、彼と出会えたので今はむしろ感謝している。
こうして二人は仲良く手を繋いで馬車に乗り、隣国に向かう。
そしてアリーシャは一生泣くことも、目から宝石を出すことも無く、いつまでもクロムと幸せに暮らしたのでした。
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