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マティアス②
しおりを挟む「っ……」
どうしてこの女がここいるのか。突然の出来事にうまく言葉が出てこない。
「どうしてここにいるのかって顔ですね」
なぜだかこの女には心の内を見透かされている、そんな気がしてならない。
「それは……」
「ふふっ。私はただ本を借りに来ただけですよ。グリーン様に用事があるわけではないので、ご安心ください」
それだけ言って、この場を去ろうとする彼女。
「ま、待ってくれ!」
そしてその彼女を呼び止める私。
「どうかしました?」
本当は呼び止めるつもりなんてなかったが、思わず呼び止めてしまった。
(私は何をしているんだ)
この女と話すことなんてない。だから早く『なんでもない』とそう言えばいい。それなのに私の口から出たのは別の言葉だった。
「……あの魔法は一体なんなんだ?」
認めたくはない。だけど認めるしかない。この女……彼女は私の知らない魔法を知っている。
悔しいという感情は当然ある。それでも知りたいという欲には勝てなかった。
「あの魔法?」
「っ、今日の試合で使っていた魔法だ!」
「ああ、あれですか。あれはただ剣に魔力を纏わせただけですよ?」
「剣に魔力を……?」
「ええ」
もちろん魔力が何かは知っている。だけど魔力を剣に纏わせるなんて、聞いたことがない。
でもあの最後の一振は、間違いなくこれまでと違っていた。
「……それは本当なのか?」
「本当もなにも、今日見ていましたよね?」
「そうだが……」
「何がそんなに気になるのですか?あれは誰でも簡単にできるものですよ」
(何を言っているんだ)
誰でもできるだと?
この世界の魔法は全て本に記されている。
そして私はその全てを覚えている。
本に載っていない魔法があるなんて、とても信じられ……
「……はぁ、これだからガリ勉キャラは」
「え?」
(小さくてよく聞こえなかったが、今なにか……きゃらとは一体……)
たしかに何か不思議な言葉を口にした。だけど彼女はその事に触れることはなかった。
「グリーン様、魔法とは何かご存じですよね?」
「……当たり前だ」
魔法とは想像する力だ。
「では質問しますが、あなたにとって薔薇の花とは何色でしょうか」
「は?なんだそのふざけた質問は。私を馬鹿にしているのか?」
「……そうですか。気が向いたから教えてあげようかなと思いましたが、答える気がないのなら結構です。それでは」
彼女が背を向け歩き出す。私は焦った。
(ダメだ!このままじゃなにも分からないままだ!)
謝らなければ。もうこのような機会は訪れない、そんな気がする。
「す、すまない!私が悪かった!だからどうか」
「……仕方ないですね。それでは先ほどの質問の答えは?」
さっきの質問……たしか薔薇の花の色は……
「……赤だ」
「なぜ赤なのでしょうか。白い薔薇やピンクの薔薇だってあるのに」
「なぜって……ただ薔薇のイメージが赤なだけだが」
他の色の薔薇が存在することはもちろん知っている。この質問には一体どんな意味があるのか。
「いいですか?それは言い方を変えれば、薔薇は赤だと無意識に決めつけてるということです」
「無意識……」
たしかにそのとおりだ。何色かと聞かれてすぐに頭に浮かんだのが、それだった。
「ではここで思い出してみてください。魔法とは想像する力、でしたよね?」
「ああ」
「でもあなたは『薔薇は赤だ』と無意識に決めつけている。つまりその時点で想像することをやめてしまっている、ということになります」
「それはどういう……」
「確かに赤い薔薇は存在します。でもここで想像してみるんです。もしかしたら金の薔薇や銀の薔薇も存在するかもしれないってね」
――パチン
そう言って彼女が指を弾くと、その手に金と銀の薔薇が一輪ずつ現れた。
「なっ!?ここで魔法を使うことはできないはずなのに……」
「しーっ。これは内緒でお願いしますね?」
彼女はもう片方の手の人差し指を口に当て、ふわりと微笑んだ。
(っ!)
なぜだか胸がドキリとした。
「それにほら、こうして想像すれば魔法は自由に力を貸してくれるんですよ」
再び指が弾かれると金と銀の薔薇が消え、新たな薔薇が現れた。その薔薇の色は……
「緑色……」
この世に存在しない、自分と同じ色を持つ薔薇が一輪。
「どうですか?緑色の薔薇は自然界に存在していません。でも想像さえできればこのように魔法で再現することができるんです。魔法ってすごいですよね」
「魔法でこんなことが……」
「ふふっ、魔法の可能性は無限大ということです」
心が躍った。
この世界には、まだ私の知らない魔法がある。
これは認めるしかない。
彼女は本当の天才だと。
「この薔薇は差し上げます。捨てるなり飾るなりお好きにどうぞ」
「あ……」
「それではごきげんよう」
そうして彼女はあっという間に去っていった。一輪の薔薇を残して。
これでは彼女に敵わない。
そもそも同じ土俵にすら立っていなかったのだ。
このような形で負けを認めることになったが、悔しさはない。むしろ清々しい気分だ。
もうすぐ外は暗くなる。私もそろそろ帰らなければ。
「……帰るか」
そうして初めての感情を抱きつつ、私は図書室をあとにした。
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