魔法使いの契約結婚~すべては愛する家族のため~

Na20

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 ここはとある貴族家の応接室。

 この場にいるのはこの貴族家の当主である若い男と当主の後ろに控える執事、そして俯いている女の三人だ。

 机の上には書類が置かれている。

 若い男が苛立ったように口を開いた。


「これは契約結婚だ。私に愛されようだなんて愚かなことは考えるなよ。お前は大人しく家のことだけしていればいい」

「…」

「…くそっ!どうして結婚なんてしなければならないんだ。私は女が嫌いだというのに!王命さえなければ…!」

「こればかりは仕方ありません。この国では若くして当主になられた方は必ず二十三歳までに結婚しなくてはならないと国法で決まっております。王命がなくとも近いうちに結婚しなくてはならなかったかと…」

「それくらい分かっている!そうしなければ爵位を剥奪されてしまうからな!」

「…ええ。ですから苦肉の策として契約結婚なのです。爵位が無くなれば領民を守ることができなくなりますから…。二年、二年の辛抱です」

「…そうだな。この契約結婚は二年だ。それが終わればしばらくは結婚などしなくても済むはず。…だから私のことを煩わせるようなことだけはしてくれるなよ。分かったな?」

「…」

「はっ!だんまりか。贅沢な暮らしができると思っていたのなら宛が外れて残念だったな。せっかく貧乏子爵家から出られたのにここも似たようなものだからな。だが大人しくしているなら住むところと食事の面倒だけは見てやる。話は以上だ」




 ――ガチャン


 この家の当主である若い男とその執事が書類を手に部屋から出ていった。
 そうして部屋に残されたのは俯いたままの女だけ。一言も口を開くことなく俯いたまま肩を揺らしている。この状況を見ていた人間がいればこの女は泣いていると思うだろう。しかしそれは間違いである。この女はこれくらいのことで泣くようなか弱い令嬢ではない。むしろ…


「…ぷっ!あははははっ!」


 部屋の周囲に誰もいないことが分かるとこの女は突然笑いだした。


「あー、可笑しかった!『私に愛されようだなんて愚かなことは考えるなよ』ですって?あはは!顔が整っているとそういった勘違いをしてしまうものなの?それともそういう思い込みの激しい人なのかしら?」


 誰に聞かせるわけでもなく女は一人でしゃべり続ける。


「間違ってもあんな男私の方から願い下げだわ。それに貧乏子爵家ですって?情報すらまともに集められないのね」


 実際に数年前まではそうであったが今は違う。それくらいも知らないとは思いもしなかったが、まぁいい。
 この契約結婚は最初から仕組まれたもので、それを仕組んだのは私。あの男は私に対して傲慢ではあったが領民を想う気持ちは本物のようだ。ただ領地経営の才能と人を見る目は無い。そんな男のせいでこの国が危険に陥るなどあってはならない。だから私がやってきたのだ。


「早速仕事を始めますか」


 私の任務は今日から二年間、辺境伯夫人としてこの家を立て直すこと。


「この任務が終わったらたっぷりと休みをもらわないとね!うふふ、楽しみだわ!」


 そう言って女はパチンと指を鳴らした。すると次の瞬間には女の姿はどこにも見当たらなかった。



 女の名前はレティシア・エスタ。

 国王陛下直属の組織、魔法師団に所属する王国史上最強の魔法使いである。




 ◇◇◇



 レティシア・エスタ。
 レティシアはエスタ子爵家の長女として生を受けた。レティシアが三歳の時に弟が、五歳の時に妹が生まれた。エスタ子爵家はそこまで裕福ではなかったが、家族五人慎ましくも仲良く暮らしていた。

 しかしその暮らしはレティシアが十歳の時に一変する。

 もともと特出した産業も特産品もないエスタ子爵領が大災害に見舞われたのだ。大雨で川が氾濫し、ぬかるんだ地面に止めを刺すかのように大地震が発生した。この大災害により領民の多くが住む場所を失い、また作物も全滅してしまった。エスタ子爵邸はなんとか倒壊は免れ住む場所には困らなかったが、領地を復興するためには家財や服飾品を売るしかなく、貧しい生活を強いられることとなる。
 領民はこの地では生きていけないと一人また一人とエスタ子爵領を去っていき、災害からたった一年の間に領民は半分以下となってしまった。領民が少なくなれば税収も減る。国も見舞金と称し援助してくれたが、それだけでは全く足りなかった。しかし国庫にも限度がある。父と母は近隣の貴族たちにも援助を求めたが、援助してくれる家はなかった。近隣の領地も少なからず災害の影響を受けていたからだ。それだけエスタ子爵領を襲った災害は甚大だったのだ。この災害は後に『エスタの悲劇』と呼ばれるようになる。

 しかしエスタ子爵夫妻は諦めなかった。生きていればいつかきっと救われるはずだと信じて。そんな両親の背中を見て育った三人の子どもたちも、自分たちにできることをしようと一生懸命領地の復興を手伝った。



 ◇◇◇



 エスタの悲劇から三年後、レティシアが十三歳の時に再び状況が一変する。
 レティシアが突如原因不明の高熱に襲われたのだ。しかし当時のエスタ子爵家に医者を呼ぶ余裕はなく、家族はただ祈ることしかできなかった。
 そして高熱は一週間続いた。日に日に衰弱していく娘を目にし、夫妻はレティシアの死を覚悟した。

 しかしここで奇跡が起こる。

 夫妻がレティシアの死を覚悟した日の夜、子どもたちを寝かしつけた後朝までレティシアの側に居ようとレティシアの寝ている部屋へと向かった。すると部屋から不思議な光が漏れだしているではないか。夫妻は何事かと急ぎ部屋の扉を開けると、そこにはつい先ほどまで寝ていたはずの娘が立っていたのだ。窓から差し込む月明かりに照らされた娘の髪がキラキラと輝いている。まるで髪が月の光に染まって銀色にでもなってしまったようだ…、とここで子爵ははっとした。


「レティシア!」


 子爵は急ぎ娘に駆け寄り、無事を確認する。どうやら熱は下がっているようだ。妻は娘を抱きしめ泣いている。


「…お父様、お母様」


 しばらくすると娘が口を開いた。そして驚くことを口にする。


「私に魔法の力が宿りました。この髪がその証です」


 そう言って娘が肩に届くくらいの長さの髪に手を触れた。私はその手を追って視線を娘の髪に向ける。茶色だった髪が銀色へと変化していたのだ。


 (ああ、やはり見間違いではなかったのだな…)


 この世界で銀色の髪は魔法使いの証だというのは有名な話だ。人々は皆身体の中に魔力を宿しているが、その魔力を使うことができるのは魔法使いのみ。けれど魔法使いの素質を持つ人間は産まれた時から銀色の髪をしているという。娘のように後天的に銀色になるなど聞いたこともない。しかしつい先ほどまで娘は間違いなく茶色の髪であったことは紛れもない事実だ。魔法使いが誕生したら国王陛下に報告するのが全国民に義務付けられている。娘のことも報告しなければと考えているとさらに娘が驚くことを言ったのだ。


「それとこの地に鉱脈があります」



 ◇◇◇



 その後娘に指示された場所を調べると、本当に鉱脈が現れたのだ。その鉱脈には信じられないほどの量の鉱物が眠っていた。ルビーにエメラルドにサファイア…。どうして分かったのかと娘に聞いてみると、鉱物と魔法は相性がいいらしく、目覚めてからこの地に強い気を感じたそうだ。まだ魔法使いとして目覚めたばかりなのにと不思議に思ったが、娘のことを信じるのは親として当然だと思い直し、それ以上は深く追及しなかった。それに娘はすでに魔法を使いこなしていたこともあり、魔法使いだけに感じられる特別な何かがあるのだと思ったのだ。

 それから子爵領は驚くほどの早さで復旧を遂げていく。鉱物で得た利益と娘の魔法の力で。
 ただ鉱物に関してはできるだけ秘密にした方がいいだろうと、娘が魔法を使ってこっそりと売買してくれた。私たち家族も災害の経験から贅沢や華美な生活は控え、災害前のように慎ましく暮らした。

 そしてエスタの悲劇から五年後。
 エスタ子爵領は復興を果たしたのだった。

 しかしそれは娘との別れでもあった。

 本来なら二年前のあの日に報告しなければならなかったのだが、娘から領地が復興するまではとの願いと、親として娘と離れたくない想いから国王陛下に報告しなかったのだ。もしかしたら罪に問われるかもしれない。しかしそれでも当時まだ十三歳であった娘と離れたくなかった。罪に問われれば潔く受け入れるつもりでいるが、娘は絶対にあり得ないから心配しないでと言う。


「もし家族を罪に問うようなら私が許さないから。だから安心して」

「レティシア…」

「それにこれは一生の別れじゃないわ。私はいつだってすぐに帰ってこれるもの」

「ああ、そうだな」

「レティ…」

「「お姉様…」」

「私は大丈夫だから心配しないで。むしろ驚くくらい早く帰ってくるかもしれないからね?」

「分かった。いつでも待っているからな」

「レティの好きなものを用意していつでも帰りを待っているわ」

「姉様、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい…!」

「じゃあいってきます」


 そうして娘は王都へと旅立っていったのだった。

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