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国王の執務室にて。
国王は今日もいつも通り執務をこなしていた。しかしいつも通りの日常は突然終わりを告げた。
――コンコンコン
「何事だ」
「『月』が誕生しました」
「っ!入れ」
「失礼いたします」
執務室へと入ってきたのはこの国の宰相だ。
「『月』が生まれたのか。場所は?」
「いえ、それが…」
なぜか宰相は歯切れの悪い返事をする。どうやら宰相は戸惑っているようだ。
(『月』である宰相が戸惑うだと?一体何が…)
『月』というのは魔法使いを指す言葉だ。銀色の髪になぞらえてそう呼んでいる。『月』が誕生したということはとても喜ばしいことだ。それなのに宰相の様子がおかしい。
「『月』の誕生は国にとって喜ばしいこと。それなのにどうしたのだ」
「そ、それが実は…」
「あまりにも待たされるから直接来ちゃいました」
「っ!?だ、誰だ!」
突如執務室に外套を目深に被った何者かが現れた。声を聞く限り女のようだが一体どのようにしてここまでやって来たのだろうか。
「あ、宰相さん!もう待ちくたびれちゃいましたよ」
「も、申し訳ない。なにぶん陛下はお忙しい方で…」
「…私?」
「えっ!じゃあこの方が国王陛下なんですね!」
「え、ええ」
「それならそうと早く言ってくださいよ!」
「いや、勝手に来たのは君の方で…」
「国王陛下!はじめまして!ご挨拶させてください」
そう言うや否や女が頭から被っていた外套のフードを外した。
「っ!」
するとフードの中から現れたのは輝く月の様な銀色の髪だった。
「レティシア・エスタです」
宰相が戸惑っていた理由が私にも分かった。
『月』の証である銀色の髪は生まれつきのものだ。だから月が誕生したと報告されれば赤子を想像する。しかし目の前にいる『月』の証を持つ者はどう見ても赤子ではなく。
それにエスタとはエスタ子爵家のことだ。『エスタの悲劇』が記憶に新しい。たしかエスタ家には三人の子どもがいて、長女の名前がレティシアだった。しかしその子どもは銀色の髪ではなかったはず。
このようなことはこの国始まって以来の出来事だ。けれど『月』の証を持ち、見たことのない魔法を使う彼女は間違いなく魔法使いだ。
レティシア・エスタ。
彼女は後天的に魔法に目覚めた唯一の存在にして、後に最強の魔法使いになる人物である。
◇◇◇
「ふぅ。やっぱりね」
私はレティシア・エスタ。今日から二年間はレティシア・バルバートと名乗ることになる。
ただこの結婚は任務という名の契約結婚なので私が表舞台に立つことはない。私はただここバルバート辺境伯領を立て直すためのお飾りの妻だ。ここバルバート辺境伯領のすぐ隣は敵国だ。隣国とは長年争っており、ここバルバート辺境伯領は国防の要だ。
しかし二年前、前バルバート辺境伯が亡くなり、若くして爵位を継いだ息子には剣を振るう才能はあったが領地経営と人を見る才能がなかった。そこを敵国に付け込まれ日々弱体化しているのだが、それすらも若い当主は気づかない。本来なら辺境伯が領内でどうにかするなり国に援助を求めるなりしなければならないのだが、領民を思いやる心だけは一丁前で行動には全く現れない。
さすがにこのままにするわけにもいかず、国王陛下は国の最高機密組織である魔法師団に任務を与えた。
『バルバート辺境伯領を立て直せ』と。
この時点で現バルバート辺境伯の評価は底辺である。しかし国境に位置する領地のため国として見て見ぬふりはできない。
そして誰が任務に赴くかとの話し合いをしようとする前に一人の魔法使いが手を上げた。
「私が行きます」
そう。それが私だ。
私がこの任務に手を挙げた理由。それは国を、そしてこの国に住む私の家族を含めた民を危険にさらす男が許せなかったから。それだけだ。
私には魔法使いだということとは別に秘密がある。それは前世の記憶があるということ。あの高熱で魔法使いの力に目覚めたと同時に前世の記憶を思い出したのだ。
私の前世は家族や男に恵まれない人生だった。両親は私が幼い頃に離婚し、母親に連れられていくも母親に新しい恋人ができるとさっさと捨てられ施設で育った。施設を出た後に人生で初めての恋人ができ、この人と家族になりたいと思った矢先に浮気され捨てられた。それからはずっと一人で生きて死んだ。そしてこの世界でレティシア・エスタとして新たに生を受けたのだ。
前世の記憶が戻る前から家族のことは大好きだったが、記憶が戻った後は家族が私の生き甲斐となった。
前世で渇望した家族。それが当たり前のようにある現実に歓喜した。そして私は誓ったのだ。絶対に家族を守り抜くと。
あの日から家族が私の全てだ。優しく時には厳しい父と母、生意気だが可愛い弟、私を慕ってくれる妹。
『エスタの悲劇』で辛く苦しい思いをした分、これからは幸せに暮らしてほしい。きっとそのためにこの魔法の力が私に宿ったのだと思っている。
今回の任務はバルバート辺境伯領を立て直すこと。エスタ子爵領とバルバート辺境伯領は直接関係ないが、敵国に侵入を許してしまえば家族が危険な目に遇う可能性がある。だからその可能性をゼロにするために私は任務を遂行するのだ。男嫌いの私が契約結婚という手を使ったのは、その方がより早く任務を終わらせられるから。外側より内側からの方が簡単に任務を遂行することができる。それに無事に任務が完了したら家族で旅行に行く予定だ。その楽しみがあるから任務も頑張れるというもの。
早速私は与えられた客室で帳簿とにらめっこしていたところだ。契約結婚ではあるものの、妻である私に対して客室しか与えないあの若い当主は本当に残念な男だ。それに裏切り者を側に置き続けるなど愚かすぎる。
私は前世の影響か魔法とは関係なく裏切り者はすぐに分かる。あの執事はこの国を裏切り、隣国のスパイへと成り下がっている。そのせいでこの屋敷には敵国の者が多数入り込んでいる。どんな経緯であの執事を雇い入れたのかは知らないが、裏切り者は始末するだけ。
まず最初に裏切り者と敵国のスパイを排除、次に優秀な人材の確保、そして最後に辺境伯領に雇用と特産品を生み出す。これが私の立てた計画だ。
この計画に則って早速動き始めるとしよう。仕事は早く終わらせるに越したことはない。
「じゃあまずは裏切り者の排除を始めましょうか」
こうして私の二年間の契約結婚生活が始まったのだった。
◇◇◇
――二年後。
「私はレティシアを愛している。どうか私と本当の夫婦になってほしい」
「…」
私の目の前で跪き愛の言葉を口にするのは契約結婚の相手であるバルバート辺境伯。なぜか彼はこの二年の間に私のことを愛してしまったそうだ。
「君の献身的な支えでこの辺境伯領は救われた。だがそれは契約結婚でありながらも君が私を愛していたからだろう?そんな君を見て私も君への愛に気がついたんだ!」
「…」
「突然で戸惑っているだろうが私の君への愛は本物だ。それに今日でちょうど契約が終わる。今までの分も愛すると誓おう!だから私と本当の夫婦に…」
「…ぷっ!」
「え?」
「あははははっ!」
「レ、レティシア?」
「あなたは何を勘違いしているのですか?」
「なっ、勘違い、だと…?」
「どうして私があなたを愛しているだなんて勘違いしているのでしょう?」
「何を…。あぁ分かった。今までのことを怒って拗ねているんだな?そのことに関しては謝るよ。だから素直に…」
「はぁ。本当にあなたはつくづく残念な男ですね」
「な、なんだと!」
「でもあなたはそこそこ見た目はいいですから、いつかは誰かと結婚できますよ。…まぁそれまであなたに爵位があればの話ですけど」
そう言って私は自身にかけていた魔法を解いた。魔法を解いて現れたのは月の光を浴びたような銀色の髪だ。
「なっ…!銀色の髪…!君は魔法使い、なのか?」
「ええ」
「っ!じゃ、じゃあ…」
「あら、ようやく気づきました?そうです。私は国王陛下からの任務を遂行したまで。『バルバート辺境伯領を立て直せ』とね。そもそも契約結婚も任務の一部ですから、私があなたを愛するだなんてあり得ないですよ」
「…」
「では今日で契約は終わりです。契約結婚の契約書に則って今日で離婚しましょう」
「あ…」
「それではお元気で」
私は指をパチンと鳴らし魔法を発動した。
「ま、待ってくれ…!」
しかし待ってくれる人などおらず、この場には真実を知って膝から崩れ落ちる男が一人取り残されたのであった。
◇◇◇
「うーん!最高!」
私は今休暇の真っ最中だ。
あれから私は国王陛下に二年間の報告を行い、半年の休暇をもぎ取ってきたのだ。最初国王は半年の休暇を渋っていたが、私以外にも優秀な魔法使いはいる。休ませてもらえないのなら家族を連れて国を出ると脅…交渉するとすんなりと許可を出してくれた。それなら最初から許可を出せばいいのにと内心笑ってしまったが。
そもそも私はこの国を出ていくつもりは全くない。なぜなら家族がこの国をエスタ子爵領を愛しているからだ。家族がこの国にいたいと望む限り私はこの国に居続ける。まぁ家族が国に愛想を尽かせばさっさと出ていくが。
「レティシア」
「レティ」
「姉様」
「お姉さま~!」
私を呼ぶ家族の声が聞こえてくる。
「はーい!今行くー!」
今日も私は家族と共にある。
それが私の一番の幸せだから。
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