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しおりを挟む生誕パーティーから半年が経った頃、母からお茶会に招待された。後継者に教育も三度の人生で得た知識のおかげで順調に進んでいるので断る理由もない。それにお茶会と称していても参加者は母と私だけだ。あの日以降は何かと忙しくゆっくり話をすることができていなかったのでちょうどいい。私は参加する旨を伝えた。
そして迎えた母とのお茶会の日。
案内してくれた母付きの侍女はお茶会の場所に不満があるようだった。どうやら周りに聞かれたくない話があるようで母の私室で行われるようだ。
「お母様、侍女が今日のお茶会の場所に不満を持っているようでしたよ?」
「ああ、あの侍女ね」
「『お茶会なら景色のいい場所ですればいいのに』とぶつぶつ言っていました」
「ふぅ。今日は娘との時間を誰にも邪魔されたくないからって言ったのだけど納得しなかったようね」
そう言って母はため息をついた。
「あの侍女は暇を出した方がよろしいのでは?」
お茶会の場所に私室を選んだ時点で察せないような無能な侍女をそばに置いておくのは危険だ。もしかしたら宰相や第一側妃様の手の者かもしれない。それなら早いうちに切り捨てた方が安全である。皇后の決めたことに文句を言う侍女などあちらの手の者でなかったとしても不要だが。
「ええ、近いうちにそうするつもりよ。それに…ちょうどいいわね。…実はその侍女がいつも例のお茶を運んでくるのよ」
「っ!…お調べになったのですか?」
「ええ。あのあとすぐにウラヌス公爵を呼んだの。もちろん信用のおける人間を使ってね」
ウラヌス公爵とは母の実兄である。母は私の言葉を聞いて動いてくれたようだ。
「それで例のお茶の成分を調べるよう依頼したの。その時点では私も半信半疑だったわ。…でも数日後に届いた報告書を見て目を疑ったわ。あのお茶には妊娠を希望する女性が摂取してはいけない成分が入っていたの」
「やっぱり…」
「アンゼリーヌの言う通りだったわ。でも今も変わらずに宰相から紹介された医者をそのまま重用しているの。お茶を運んでくるあの侍女もね」
「あえてそのままにされているのですね」
「ええその通りよ。下手に動くよりも今までと変わらない方が対策が取りやすいもの。お茶なら飲んだふりをして処分するのは簡単だしね」
「では今はもうそのお茶は飲まれていないのですね」
「もちろんよ」
本来なら皇后陛下を害したとして徹底的に調べて罰を下すべきなのだろうが、そうしてしまえば今度はどこから狙われるのかすぐには分からない。それなら怪しいと分かっている人物を自分の身の周りに置いておいた方が安心だ。それに相手の油断も誘える。おそらくすでに父とは相談していて二人で出した結論なのだろう。
それと今回のことで二人の宰相に対する信頼が揺らいでいるはずだ。宰相が指示したのか医者が独断でやったことなのか。どちらにしても宰相が絡んでいることに間違いはない。医者の独断で皇后を害していたとしても、そんな人物を紹介した宰相は信頼を失うだろう。信頼は得るには時間がかかるが失うのはあっという間だ。
「それでね本題なのだけど…」
「え?」
(お茶の話が本題ではなかったの?)
てっきりその話のために呼ばれたものだと思っていたのだがどうやら違ったようだ。私はお茶の話以上の話題が出るのではと身構えた。
「実はね…子どもができたの」
「…えっ!?」
私は耳を疑った。いや、もちろん嬉しいのだがこんなすぐに子に恵まれるとは思っていなかったからだ。早くても一年後かな、なんて考えていた。どうやら母は子ができやすい体質だったようだ。今母の妊娠を知っているのは父と私とウラヌス公爵、それと輿入れの時に実家から連れてきた侍女と医者の五人だけ。医者はウラヌス公爵家から内密に手配してもらったそうだ。
「まだ三ヶ月だから伝えるのはどうしようか悩んだのだけど、アンゼリーヌのおかげだもの。それにもしも結果がダメだったとしてもあなたには伝えるべきだと思ったのよ」
「お、おめでとうございます…!あっ、体調は大丈夫なのですか?」
「ありがとう。お腹の子達が気を遣ってくれているのか今のところはつわりもないの。だから今まで通りの生活をしているわ」
「そうなのですね…ん?お腹の子達…?」
「うふふ、どうやら双子らしいのよ」
「双子…!」
なんと母のお腹の中には二つの命が宿ったのだ。これはもう天の采配だと思わずにはいられない。今まで辛い思いをしてきた母への天からの贈り物だ。
「あの人もとても喜んでくれているわ。もう無理だと諦めていたのにこの年齢で子どもを授かることができるなんてね」
「お母様…」
母は微笑みながらも目にはうっすらと涙が滲んでいた。その姿を見て私は喜びを感じながらも激しい怒りも込み上げてきた。
(あの人たちのことは絶体に許さないわ…!)
無意識に手を力一杯握っていたようでその手に母の手が触れた。私のなだめるように両手で優しく包み込んでくれる。
「私のために怒ってくれているのでしょう?その気持ちは嬉しいけれどアンゼリーヌの手に傷をつけていい理由にはならないわ。だからね、落ち着いて」
そう言って母は私の目尻にハンカチを押し当てた。どうやら私は自分でも気づかずに泣いていたようだ。
(感情が昂ってしまったわ…。皇帝の座を目指す者がこんな姿を見せてはダメね)
「申し訳ございません…」
「なぜ謝るの?」
「皇帝の後を継ぐと決めたのにこんな情けない姿を見せてしまうなんて…」
「確かに今の姿は皇位を目指す者としては失格かもしれないわね」
「っ!…はい」
「でもねアンゼリーヌ、今ここには母親と娘しかいないのよ?母の前で泣くことはダメなことなの?それに娘の涙を拭ってあげられるのは母親の特権でもあるのよ?ね?」
「お母様…ありがとうございます」
お母様は本当の母ではないが私にとっては本当の母親だ。今回は母の言葉に甘えることにしよう。でもそれも今回だけ。数ヶ月後には私にも弟か妹が二人もできるのだ。今より強くならなければ守りたいものを守ることができないだろう。
嬉しい報告と母の愛情を改めて感じることができたお茶会はあっという間に終わりの時間を迎えたのだった。
それから安定期に入りお腹の膨らみを隠すのが難しくなってきた頃、正式に母の懐妊という吉報が国中に発表された。貴族も平民もほとんどの人は皇后の懐妊を喜んだ。しかし少数の人間は苦虫を噛み潰したような表情をしていたことだろう。
そしてその頃一人の医者と一人の侍女の姿がいつの間にか消えていたが、吉報に沸く皇城内では気にかける人は誰一人としていなかったのだった。
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