詩集

天草薫

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第十二章

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―四季―
夏の日に 僕はお前を追いかけていた。
伸びゆく麦はお前のようだ。
その香りは夏のしるしだ。
少女のお前が僕を見ると恥じたように
その麦わら帽子で顔を隠す。
その姿が異様に美しいので
僕は困ってしまう。
不安など何もない少年時代であった。

秋が来て木の葉が落ちる音を聞くたびに
青年の僕はこのところ死を想って怖くなってしまう。
そんな僕の気持ちを察したようにお前がこう言う。
「永遠のものがあればいいですのにね」
秋の木々の中にてお前と肩を並べてこの山の中に
二人うずくまっている。
永遠のものなどありはしない。
あるのは連続した一瞬だけだ。
ならばこの一瞬を写真にとどめずっと胸に
飾ってはおけないか。
お前といると妙なことばかり考えてしまうのだ。

冬が来てそろそろ冬ごもりでもしようと思う。
雪に閉ざされてお前と二人 春まで家に閉じこもるのは
何だか死んだように甘美だよ、などと不謹慎なことを
考えてしまう
「春になったら―結婚しよう」
僕はつい口を滑らせてしまう。
お前がぎょっとしているのではないかと思い
慌ててそちらを見るとお前は顔を赤くして
こりすのように当たり前のように
こくん、とうなずくのである。
それで僕たちは何となく笑いあって今の話が冗談であるように
二人窓の外の雪を見る。
けれど僕の心臓はさっきから音を立てて高鳴るばかりなのだ。

春が来て-お前のいない何度目かの春が来て
僕は一人お前と僕の故郷を訪れた。
漁村のその村は相変わらずひなびてあか抜けなかった。
ここでお前と僕は育ったのだと思う。
漁師の威勢のいい掛け声や笑いあう人々の声がやたら
苛立たしく同時に切なくて僕は涙を隠すように
その場を立ち去ってしまう。
永遠のものなどないのだから 
この一瞬がすべてなのだから
ならばこの瞬間を僕たちはどう未来につなげていけばよいのだろう。
今僕は山に入り木々の下にうずくまる。
時折鳥の声がする。
そしてがさがさと音がしてお前かと思わず期待して
後ろを振り返れば芝刈りに来た男が驚いたように僕を見ている。
けれど僕の涙に気づいたのだろう。
男は当たり前のようにこう言う。
「悲しいことばかりおこるご時世ですものねえ」
その声が心から慰めるようなので事情も何も知らない人の言葉なのに
僕は妙に共感してしまう。
「それでも生きていかねばいけませんか」
僕は思わず囁く。
「それでも生きていかねばなりません」
男はやはり当たり前のように答える。
春の命は燃えるようであった。
僕の目から涙がこぼれた。
そしてその一言に許されて僕は再び自分の人生を生きるために
山を下りていった。
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