GOD DOG

針ノ木みのる

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血鋼契約

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血が冷たく回る感覚が、体の芯まで届く。

深手を負っていた横腹には、アスフェルの鋼の花が埋め込まれていた。もう痛くはない。

感情が一段引いて、俯瞰で自分を見ているような不思議な冷静さを感じる。――僕が俺になっていくみたいだ。

手の握力がいつもより強くなっていると感じながら、どこか遠いところでアスフェルの声が弾けた。

『主様! 避けて!!』

目の前に、鋼の巨大な爪が落ちてくる。刃先は結晶床を引き裂き、紫の破片が舞った。とっさに体を捻って、刃をぎりぎりでかわす。風を切る音が耳を裂いた。

結晶の破片が床に散る前に、リグナムの顔が怒りに歪んでいるのがわかった。

「貴様、世のヴァインギアを体内に入れたな! 万死に値する!」

彼の腕にまとわりつく金属が光り、形を変える。たちまち、無数の蛇のような細い鎖が蠢き、牙のようにこちらへ襲いかかってきた。刃と床の結晶がぶつかる金属音が、神殿の壁に跳ね返る。

俺は耳を最大限に働かせ、距離を取る。音の反響で相手の位置と刃の軌道を計る。なんとか連撃をかわし続ける。心臓がバクバクしているのに、頭だけは妙に冷たい。

「ちょこまかと!」

リグナムが嘲るように吐き捨て、腕を一気に引き戻すと、手のひらを地面に叩きつけた。そこから高周波の擦れるような嫌な音が伝わる。

「沈め!」

共振した足元の結晶が瞬時に変質し、砂のように軟らかくなる。気づいたら腰まで埋まり、抜け出せない。アリジゴクに囚われた虫みたいに、体が沈んでいく。動けない。視界は床の粒子で白く濁る。

リグナムは余裕を見せながら言った。

「犬は、犬らしく捕まってろ。」

リグナムは待ち構えている。俺を地中で潰すつもりだ。胸の中に怒りと恐怖が膨らむ。どうやってここから奴を倒すか。考える間もなく、アスフェルが耳元で叫んだ。

『主様! イメージして下さい! アスフェルは主様の剣であり盾! ツールでありソウル! 主様が創造するイメージに私は姿を変えます!』

創造…する? 頭が真っ白になるほどの状況でイメージだと? だが選択肢はそれしかない。沈む体に必死に手を伸ばして、脳裏を探る。何が──何が地中で動ける手段になるか。

ドロトさんの軍服のリグリットシステムがふっと浮かんだ。あの機能なら、粘土のような床をまとっても抜け出せる。――軍服。硬質でありつつ、流動に耐える素材。

『来た! 主様のイメージが来ました!!』

アスフェルの歓声が小さく震え、俺の腰に覆っていた金属がひゅっと走る。熱が皮膚を刺すように走った。蔓のような金属が体を包み、服の形状を取る。冷却が甘かったのか、熱さが突き刺さるが、構っている余裕はない。

リグナムが刃を振り上げ、今度は頭を狙ってくる。

「死ね」

刃圧が辺りの結晶を割り、砂煙が舞う。だがその刹那、服になったアスフェルが俺を包み込み、表面が瞬時に地面と同化した。流動する床に溶けこみ、俺は地中に逃げ、攻撃を回避した。

「どこだ! 地中か?! くそ!」

リグナムが地を弄り、粘土の波を起こして追い詰めようとする。だが、俺は耳に全神経を集中させ、彼の呼吸と足音を測る。位置を把握し、反撃のために体を忍ばせる。

狙うは頭上だ。

俺は頭の中で創造を具現化させる。地中潜砂船《スクイッド》──あの機構を使えばいける。

『凄い!! 主様のイメージがガンガン流れ込んで来る!!』

軍服に変身させていたアスフェルの一部を変形させる。俺は腕を砲弾のような流線形状に変化させた。


「進め!」

起動した腕を起点に推進力を得て、俺は地中を爆進した。

壁の内部を伝い、天井へ駆け上った。

“今だ”と思った瞬間、天井の結晶の裂け目から猛然と飛び出した。

「くらえ!!」

「なに!?」

がちーーん!!

天井からの落下一撃で、俺は蹴りを脳天へぶち込んだ。板金と骨の混ざった鈍い音がして、リグナムの瞳が一瞬だけ遠のく。

奴がよろめき、意識を失った。床に倒れ込むと、変形していた腕の鋼は元の形状へと戻っていった。

『すごい! 主様! やっぱり主様は天才です! 私を一発で使いこなすなんて!』

アスフェルは歓喜で震えている。俺は息を切らし、膝をついた。全身の血が沸き立つようだ。熱い、とても疲れた。

まずは二人の安否だ。

ミズメは意識を失っているが、命に別状はない。

先にドロトさんを揺り起こした。

彼は倒れているリグナムを見て、目を見開いていた。

「バルサくんが奴をやったのかい?」と驚きを隠せない様子だった。

俺らはリグナムが意識を失っているうちに、素早くロープを取り出して四肢を縛った。

ミズメも意識を取り戻し、手伝ってくれた。

ドロトさんの顔は硬かった。じっとリグナムを睨んでいる。

「なんとしても聞き出さなければならない。死んだ部下の命が報われない」

俺は息を整えつつ、訊いた。

「何を聞き出すんですか?」

ドロトさんは、低く短く答えた。

「旧聖書のありかだ。あれがどこにあるのか。」

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