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断絶ハサミ、伊東尚子編
異世界転移
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とまぁ、吾輩の力を使って断絶バサミの購入者、伊東尚子の思考を二年後まで追って見た結果だが、これには少し語弊がある。それは彼女が愛して止まない庵上幹久はまだ生きているからだ。順に追って説明するが、事実から先に述べると、幹久は今も尚、このモンブラン・ブレッセル城のベットで寝っておる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
客間のベットでスヤスヤ眠っている幹久。そのすぐ側で七殿はトレードマークのカラフルな髪の毛を全てを真っ青な哀しみブルーに変色させ、大粒の涙を流しながら何度も何度もミントに頭を下げ続けていた。
決して七殿だけの責任ではない。そんなに謝らなくてよいとは思うのだが、七殿の根が真面目だからか、己の失態だと物凄く反省の意を見せていた。
「いいのよ。七ちゃんは何も悪くないわ。私が確認しとくって言ったのに忘れてたんだから、これは上司である私の責任。気を落とさないで」
ミント自身もアフィーノメタルが塵となり途方のないショックだったろうが、流石研究者と言った所か。終わった事をグチグチ言っても結果は変わらないし、部下を責めても何の得にもならないことを知っておる。気持ちを切り替えるのは実に早かった。
「過ちは誰にだって起こす物。私は責めたりしないわ。ただ、この経験を糧に次回は失敗を繰り返さない事が大事。だからいつまでもメソメソ泣かないの。いい? 説明するからしっかり聞いて」
「はい……」
ミントは七殿に説明を始めた。
「魔道具の制作。それには錬成式術と演算奇式術を入れる二工程があるの。まず、吸収魔法で吸い取ったマダナイの魔力媒体に錬成式術を使って雑貨を作り上げる所から始まるわ」
ミントは説明をしながら、しれっと吾輩の背中に左手をやり吾輩の魔力を吸い取った。 魔力を吸い取った左手には天色に輝く宝玉が握られていた。読者にも教えておくが、どうやらこの石が吾輩の魔力の塊らしい。
そしてミントは右手を光らせ、空中にスラスラっと式術を書く。そして指を鳴らし、宝玉と式を合成させた。
光に満ちる魔力の宝玉。ミントの書いた式術の内容沿って天色の宝玉はハサミへと変化した。刃こぼれも一切ない。光沢感のある美しい断ち切りハサミだ。
これがミントの十八番。錬成式術だ。一般の魔術師は自身の魔力を媒体にそれ相応の錬成をするらしいが、ミントは式術の研究者ともあって実に手練れだ。吾輩の魔力を材料にすれば、何を作るも自由自在。ミントが式術に細かい内容を書けば、どんな精密な物だって、ありとあらゆる物が錬成できてしまう。
実際、異世界用にミントの体を傀儡人形で作ったのもこの錬成式術によるものだ。
まぁ、吾輩の体内に流れる魔力消費量を少しでも抑える為に、幼い体でフリマへ行った事は正解か不正解かは吾輩には皆目見当もつかぬがな。
ミントは錬成したハサミを宙に浮かし、七殿に説明を続けた。
「これが第一工程。これではまだ普通のハサミなの。次に条件と効果と誓約の奇術を書いた演算奇式術を入れ込むと……」
ミントは続け様に指先を光らせ、空気中に式術を書き連ねる。先ほどの錬成式術の文字数三倍はあろうか。内容は何一つ理解出来ぬが、複雑な式術なのは確かなようだ。
そして全ての式を書き終えると両手を合掌し、式術を発動させる。
空中に漂う数多の式術は先ほど作られたハサミに吸い寄せられるように吸収され、一つとなった。
「なんだこりゃ?」
先程の錬成術式のように、光出し途轍もない変化が起こるのかと思いきや、出来たのボロボロのハサミ。柄はくたびれ、刃は刃こぼれが酷く、銀色部分を探す方が難しいくらい錆びてしまっている。まるで遥か昔に作られた骨董品のようだ。付喪神になっていても不思議ではない見てくれだ。
「はい。これで魔道具の完成。ゴミも百年待てばお宝になるって何処かで聞いた事があってさ。ゲン担ぎなような物かしら? 演算奇式術が練り込まれた魔道具は全て百年後の姿になってしまうの。このボロボロの姿をした雑貨達が異世界で販売する魔道具達。綺麗で古びてない品は全てまだ式術が注入されてない雑貨達だから今後は注意してね」
……とまぁ。読者にも察しが付いただろうが。結論から言うとフリーマーケットで尚子に販売したハサミは断絶バサミではなく、魔法を練り込む前の普通のハサミだったのだ。
普通のハサミを販売してしまった事により。契約式術に書いた内容と異なる物の為、契約式術が完全に結ばれる事が無かったと言う、何とも間抜けや結果だ。
契約式術の特性上。不備がある場合、不備がある側の要求は呑まれる事が出来ない。故に尚子だけ普通のハサミを手に入れたと言う結果だ。
生焼け状態では食中りを起すように、中途半端な契約式術では正式には発動しない。吾輩が魔法界に戻るや否や、大切に取っておいたアフィーノメタルが塵と消えてしまうのだから、笑うに笑えん。
元の体に戻って事実を知った時のミントの顔は阿修羅その物だった。
原因と結果を調べる事一週間。ここ最近のミントの機嫌の悪さと来たら癇癪を起したドラゴンより達が悪かった。七殿が居なかったら吾輩はきっと三回はバラバラにされておる。
「説明して無かったし、まぁ何も知らないんじゃボロボロのハサミを見て、売ってはマズイと思うのも無理はないわ。商売人としては間違ってない。でも今回でちゃんと教えたからね! 次回は間違えないようにしてね」
ミントは泣きべそを掻く七殿をギュッと抱きしめた。
七殿は安心したのか涙を止め、少し朗らかな表情をしていた。青色に変色していた髪の毛が徐々にいつも通りの銀髪に戻っていく。
「ありがとうございます。以後気をつけます」
吾輩に対してはぞんざい扱うミントも七殿に対しては丁寧な接しよう。苦手な物でも為になるなら味方にしようとする魂胆が見え見えだ。実にあざとい。
ミントは部屋着と言う事もあって相変わらず、面積の小さい薄青色の下着姿に大きなたわわ。
メンタルが不安定な七殿を露出で魅了すると言うのはちょっとズルい気がする。こんな格好で大胆に抱き着かれては種族が違う七殿でもドキドキしてしまうに決まっている。
案の定。七殿の癖毛の先が淡いピンクに染まっていた。
「ホント異世界大変だったのよ。商品全然売れないしさー。あ! そうだ! 今度ナナちゃんも一緒に異世界行ってみない? バイト代弾むわよ~!」
「ホントですか? 傀儡人形になればどんな服装でも魔法で着れるんですよね? 楽しみです!」
何やら二人は楽しげに雑談をしている。だが、吾輩は需要があるであろう、目に映る視覚情報の読者に優先的に伝えるべきと思ってそのままスルーした。
ワッキャワッキャしている七殿とミント。七殿の透き通る肌にミントの大きなタワワが包み込んでいた。キャラメルプリンとでも言おうか、ボインは自立できない程の柔らかさは見ていれば分かる。七殿はそのボインに今にも窒息してしまう勢いで顔を埋めて喜んでいた。
この先、百合の花が咲き乱れる汚花畑《おはなばたけ》展開に胸を膨らませる読者の為にも、吾輩は実況しようとおもったのだが、すまん、これまでだ。これ以上書くと、この回顧録にR指定が付いてしまうからな。経験上、敵はなるべく作らないのが得策だ。妄想は読者自身の胸に留めておいて頂ければ幸いだ。
とりあえず吾輩は釘を刺すつもりで、咳払いをし、ミントを罵った。
下話と言えば全ての元凶はミントの絶望的な画力にある。あのハサミかどうかも分からないような商品一覧で七殿に指示したミントが悪いのだ。魔道具が骨董品のように萎びれると言う事も事前説明があれば憶測も経った。ミントは目先の事ばかりに囚われて周りが見えてない。部下の七殿の目線で物事を考えられないミントが悪いと、ここぞとばかりに罵った。
「うるさぃわね! 私はあんたの魔力で魔道具作ったりするので手一杯なのよ!」
「何が手一杯だ! 実験と言う言葉をいい訳にして、好き放題遊んでいたのは知っておるぞ! そんな事より、七殿の教育に力を入れれば良いではないか?」
「何であたしがそこまで労力を掛けなかいけないのよ。私にメリット少ないじゃん! てか、あたし、七ちゃんの目線になって考えたわよ! だから、頑張って絵を描いて渡したんじゃん!」
「その絵が分からんと言うのだ! 七殿はお主が思っている以上に賢い。文字くらい教えればすぐにでも理解できるはずだ」
「私は忙しいの。そんな暇があったら式術の研究に没頭するわ!」
こりゃお手上げだ。どうやらミントは自身の欲を満たすのが最優先であり、それ以外の事に関しては全て無関心のようだ。決して七殿の目線に立てない訳ではない。だが、興味のある事以外に労力を使わないと言う非常に無情で欲情満ちた考えのようだ。そして途轍もないワガママな女。って、吾輩も人の事言える立場ではないがな。だがミントは度が過ぎておる。
吾輩はここぞとばかりに反骨精神を掲げ、応戦した。
だが、七殿が飛び行って吾輩達の合間に入った。
そしてオロオロしながらも、大きな声を出し吾輩達を遮った。
「私、頑張って独学でも文字を覚えますから! もう、ミスは絶対にしませんから! だから喧嘩は止めて下さい!」
吾輩とミントは思わず衝突していた感情が止まってしまった。
事情を知らない七殿。自己を犠牲にしてまでも平和的に物事を解決しようする、なんと心優しい娘だ。幾つ徳を積めばそう言う発想になるのだろうか。いつか、七殿の爪の垢をミントに煎じて飲ませてやりたい。
「ほれ見ぃ、七殿のように、こうやって努力する子が知識を得て、能力を手にしていくのだ。ミントも己の力に自惚れるんじゃない」
「ナナちゃんは若いからヤル気と吸収力が違うのうよ。まあ、文字を覚えて貰うより先に簡易的なテレパシーなんかの通信魔法を覚えて貰った方がいいかしら? 販売の時とか便利だしね」
ミントの思わぬ回答に七殿は目を大きくして驚いていた。
「え? 私でも魔法って出来るものなんですか?」
「もちろん。この世界では体内に魔力が流れている者なら誰だって出来るわ。七ちゃんはバイトだからね。売上アップの為にも早く覚えて欲しいな」
ミントの奴め。教える気などさらさらない癖に都合の良い事ぬかしよって。
だが、ミントの回答に七殿は目を輝かせていた。
「わ、私! 早くお力になれるよう魔法の習得に励みます!」
「何にしても、今回の失敗が早く気付けて良かったわ。魔法界に帰って来てから、七ちゃんが伊東尚子のその後を気にしてくれたおけで、契約式術が不成立していた事実にたどりつけた。ホントお手柄よ」
「いや、マダナイさんから話を聞いて、ストーカーってほんと酷いな~って思いまして。ミントさんの力で異世界を覗けるって聞いたので、尚子さんが成功したのか、つい気になってしまっただけです」
アルフィーノメタルが消滅し、吾輩とミントが原因追及の路頭に迷っていた時、七殿が好奇心で聞いてくれた伊東尚子のその後。初めは好奇心からだが、ミントが気持ち悪い眼球を覗いて確認した所。なんと、ハサミが不良品と言う事実を突き止めた。
だが、伊東尚子は吾輩とミントにとっても初めてのお客様だ。出来る事なら彼女の願いを叶えてやりたい。だからこそ、吾輩はミントは再び日本に足を運んだ。
「でも、効果が無かったにしろ、どうして彼氏さんと断絶しようとしたのでしょうか? 私、てっきりストーカーと縁を切る為に使うと思ってました」
「あたしもよ。だから断絶バサミをお勧めしたのに。まぁそれ以上に彼氏を刺し殺したい程、嫌な男だったんでしょ? 案の定。後追いで刺してるし、本当ならあたしの断絶バサミが役に立つはずだったのにね、残念だわ」
吾輩は伊東尚子の思考を読み取っているから、事の真実を知っている。だからこそ、この結末が彼女にとって良かったものなのか分からない。
〇
「う、う……」
ベッドの上で眠っている幹久が意識を取り戻した。
「あら、噂をすれば、どうやら起きたようね。ようこそ魔法界へ」
目を覚ました幹久は目を丸くし、随分驚いた表情している。無理もない。ここはお菓子のお城。吾輩だって一物を縦縦横横して確認したくらいだ。
「え? ええ? ここは……? あれ? あれ? あの時、俺、尚子と九元に刺されたはずじゃ……?」
幹久は自身の横腹と胸を触る。だが、傷口は治療済みだ。存在すら見当たらないほど完治している。
「あ~心臓を一突きで刺されてたわよ。覚えてない? あたしと契約したの」
〇
事は尚子が幹久を殺傷し、逃走した二分後の事。幹久は大量の血を吹き出し、瀕死の重症を負っていた。だが、正確に言えばまだ死んではいない。幹久は死んだふりをし、尚子と九元が出て行くのを見計らっていたのだ。そして幹久は二人が出て行くのを確認し、体を引きずり、テーブルの上に置いてあった自身のスマホを取り、警察を呼ぼうと手を伸ばしていた。
「くそ、体に力が………入らない」
幹久の胸から出る出血が酷く、指先や足先など心臓に遠い体の神経が少しずつ感覚を失い始めていた。こうなれば死は時間の問題。体を動かす力すら入らなくなると、幹久の意識が少しずつ朦朧となっていく。
そしてなんとも良いのか悪いのか分からぬが、絶妙なタイミングで吾輩が則天門を通じ、現場に到着したのだった。
「ここが伊東尚子が先ほどいた部屋。まずはミントの魂を展開せねば」
吾輩はミントの魂を封じ込めた傀儡人形を手に取り式術を発動させた。式術が発動すると、傀儡人形は小さくなり、ミントの形に成形される。
そして、目を開き、まるで生きているかのように起き上がり動き出した。
これが魔法界から人間界に魂を一時的に移動させる手段。魔道具、霊魂傀儡人形だ。
この時、吾輩には時間にも魔力にも限りが見えていた。ので今回のミントの体は幼女よりも更に小さく、手のひらサイズの人形仕様だ。
小さきミントは吾輩の肩までよじ登り、辺りを見渡し、幹久を発見した。
「小さいってのはとっても不便ね。とっとと要件を済ませようかしら、そいつが尚子と絶縁対象の男ね」
「この男、伊東尚子の断絶バサミが発動せず、鉢合わせてしまい、どうやら刺されてしまったようだ」
「あらそう。遅かったわね。あたしの魔道具がちゃんと発動して無ければ、こんな惨事にはならなかったのに」
「だが、会えば不幸になるのは規約通りなんだろ? これはこれで良いんじゃないのか?」
「だからって尚子自身が手を出しちゃ駄目じゃない。この世界を監視して見て来た限り、同族の殺生は法と言う秩序によって実害を被るらしいわ。私の責任でお客様が不幸になるのは許さない。尚子を守る為にも証拠を隠蔽するわよ」
〇
という事で吾輩とミントは今回の殺傷事件の隠蔽を図る事にした。
まずは七色マントで身を隠し、時間を四十六分だけ戻せる四六時懐中時計《しろくじかいちゅうどけい》を使い、時を戻した。そして、尚子が幹久を刺す事の一部始終を確認した吾輩達。
最優先にする事はこの部屋に突然やって来た山田さんと言うマダムの記憶の改ざんだった。そこで戸又《こゆう》名刺と言う、記憶の人物を置換する魔道具を使用した。
戸又名刺にすり替える名前を書き、魔法の力によって、山田さんが見た人物は置換される。吾輩のチョイスだが、尚子はカラスに変わり、そして幹久はゴキブリに変更された。
これで山田さんは部屋で見た記憶はカラスがゴキブリを食い殺していると言う、なんともシュールな現場を見て逃げた事になる。
流石、メイドイン吾輩の魔道具達。事実をひん曲げるなど造作もない。だが、異世界間での干渉はほどほどにしないと、この世界を管理する神にバレたら怖いがな。
だがまだ帰れない。一番の問題は今にも死に掛けている幹久だった。仮に彼を助けたとしても、断絶と言う絶対的な力を証明する為には幹久をこの世から抹消する必要があった。しかし、尚子を殺人者にしない為にもこの世界で死者を出してはいけない。選択肢は一つしかなかった。
ミントは小さい体で吾輩の肩から飛び降りると、幹久の状態を確認する。
「この男を魔法界に連れて帰るわよ」
「そんな事が出来るのか? 魂だけ持ち帰って傀儡に入れるとかでなく、実体をだぞ?」
「なんの為にお客さんに魔道具を売ってるつもりよ。マダナイの魔力で作った契約式術。これが異世界を繋ぐ唯一の魔法。この世界の人と魔法界の人、双方の同意の契約する事で物を転移出来るんでしょうが。それは物でも人でも同じ事よ」
「だがミントよ。証拠隠滅に時間を使いすぎた。四六時懐中時計はもう在庫がない。この男は流血が酷い。今できる治癒魔法を掛けても、もう助からんぞ」
「なら急ぎで蘇生魔法を使うわ。マダナイ。その男の服を脱がせて」
「まて、思い出せ、ここ異世界だ。今、ミントの体は吾輩の魔力を使って存在しておる。お主が存在しているだけで、吾輩の魔力が消費され続けておるんだ。そしてお主が魔法を使えば吾輩の魔力のが消費される。蘇生魔法。そんな膨大な魔力をここで使ったら、お主の魂を維持すら出来なくなり、ミント自身が消滅してしまうぞ」
「それなら、こうしましょう」
吾輩の助言に納得したのか、頭の回転が速いミント。すぐさま吾輩の持っていた荷袋の中から新たな魔道具を取り出す。
手に持ったのはアクアホルマリンと言う黄色の液体が入った水色の鉱石だ。
ミントは幹久の胸に刺さる包丁を魔法で破壊すると、彼の胸の包丁跡の穴に鉱石を押し込んだ。すると幹久の体は徐々に結晶が生えたように体が結晶化されていく。幹久の全身が結晶化された瞬間。中には黄色い液体が満たされていた。
まるで水入り水晶であり、生きる標本のよう。幹久の腹部と胸部から流れている血が鈍感し、少しずつ硬化していく。幹久の苦しそうに固まる様は少し恐ろしくも感じた。
「これで生命の維持は保てる。彼がまだ意識があるうちに契約式術発動させたいんだけど。マダナイ。何を交換すれば良いと思う?」
「そりゃ、貰うのはアルフィーノメタルだろう」
「何言ってるの。幹久を魔法界に送る為にも、対価に魔法界の物を差し出す必要があるの。私の作った魔道具は基本契約者と結ぶものばかりだから、契約者がこの世界にいなくなるんじゃまた不具合が起こる可能性があるわ」
吾輩は頭をひねった。そして持っていた荷袋を漁ると、中には前回、哲郎から頂いたチラシが紛れ込んでいた。
「これなんかどうだ? 吾輩には必要のない物だし」
「それで行きましょう」
ミントはチラシを手に取ると魔法の力で浮遊する。そして、幹久の顔の部分まで近づき、通信魔法を送り、幹久の脳に直接話しかけた。
【あなたの命を助けます。その変わり、この世界とはお別れしてもらいます。了承の場合はそのままで、もし反対の場合、反対の意を示して下さい】
ミントは通信魔法で幹久の脳に直接語り掛けている。だが、今にも死に掛けて、尚且つホルマリン漬けになっている幹久から返答があるはずもない。
返事をしないなら契約成立など、なんとも詐欺まがいな契約の仕方だが、彼を助ける為にもこの際、やむを得ないという事にしておこう。
了承を得たミントは荷袋に入り込み、自身の体の大きさ程の魔道具を取り出す。それは人族にとっては手のひらサイズの糸コマであった。ミシン用か? 宇宙のように漆黒で尚且つ星のようにキラキラとラメが散りばめられた輝く糸だった。
「この糸は異界へ転移する式術が練り込まれた異途の糸。契約を結ぶ事で発動し、紐の先を辿れば異世界に行くことが出来るわ。万物の理は行先に適応されるはず。これを幹久の結晶事グルグル巻きにして、魔法界から引き上げる事にしましょう」
則天門を経由せず、異世界間の移動する。それがどれだけ凄い事なのか。神様の吾輩から見ても、魔法と言うのは末恐ろしいと思わざるを得ない。
「契約式術を結ぶんだろ? この男の名前は把握しているのか?」
「そこは抜かりはわないわ。先ほどもみ合っていた会話で全て把握している。庵上幹久。いい名前だわ」
すると、幹久は自身の名前を聞いて反応したのか、水晶の中で彼は目を開け、口を開いた。
「た、た、すけ、て……」
朦朧とする意識の中で彼はまだ必死に生きようと藻掻いていた。
何と言う生に対する執着心。吾輩は幹久から生きると言う強い信念を感じた。
幹久の切望を聞いたミントは八重歯を光らせ、契約式術の羊皮紙を取り、指を走らせた。
「良いでしょう。私は魔法使いのミント。この恩は必ず返してもらうわ」
羊皮紙は若草色に燃え上がり、幹久を包み込んだ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
客間のベットでスヤスヤ眠っている幹久。そのすぐ側で七殿はトレードマークのカラフルな髪の毛を全てを真っ青な哀しみブルーに変色させ、大粒の涙を流しながら何度も何度もミントに頭を下げ続けていた。
決して七殿だけの責任ではない。そんなに謝らなくてよいとは思うのだが、七殿の根が真面目だからか、己の失態だと物凄く反省の意を見せていた。
「いいのよ。七ちゃんは何も悪くないわ。私が確認しとくって言ったのに忘れてたんだから、これは上司である私の責任。気を落とさないで」
ミント自身もアフィーノメタルが塵となり途方のないショックだったろうが、流石研究者と言った所か。終わった事をグチグチ言っても結果は変わらないし、部下を責めても何の得にもならないことを知っておる。気持ちを切り替えるのは実に早かった。
「過ちは誰にだって起こす物。私は責めたりしないわ。ただ、この経験を糧に次回は失敗を繰り返さない事が大事。だからいつまでもメソメソ泣かないの。いい? 説明するからしっかり聞いて」
「はい……」
ミントは七殿に説明を始めた。
「魔道具の制作。それには錬成式術と演算奇式術を入れる二工程があるの。まず、吸収魔法で吸い取ったマダナイの魔力媒体に錬成式術を使って雑貨を作り上げる所から始まるわ」
ミントは説明をしながら、しれっと吾輩の背中に左手をやり吾輩の魔力を吸い取った。 魔力を吸い取った左手には天色に輝く宝玉が握られていた。読者にも教えておくが、どうやらこの石が吾輩の魔力の塊らしい。
そしてミントは右手を光らせ、空中にスラスラっと式術を書く。そして指を鳴らし、宝玉と式を合成させた。
光に満ちる魔力の宝玉。ミントの書いた式術の内容沿って天色の宝玉はハサミへと変化した。刃こぼれも一切ない。光沢感のある美しい断ち切りハサミだ。
これがミントの十八番。錬成式術だ。一般の魔術師は自身の魔力を媒体にそれ相応の錬成をするらしいが、ミントは式術の研究者ともあって実に手練れだ。吾輩の魔力を材料にすれば、何を作るも自由自在。ミントが式術に細かい内容を書けば、どんな精密な物だって、ありとあらゆる物が錬成できてしまう。
実際、異世界用にミントの体を傀儡人形で作ったのもこの錬成式術によるものだ。
まぁ、吾輩の体内に流れる魔力消費量を少しでも抑える為に、幼い体でフリマへ行った事は正解か不正解かは吾輩には皆目見当もつかぬがな。
ミントは錬成したハサミを宙に浮かし、七殿に説明を続けた。
「これが第一工程。これではまだ普通のハサミなの。次に条件と効果と誓約の奇術を書いた演算奇式術を入れ込むと……」
ミントは続け様に指先を光らせ、空気中に式術を書き連ねる。先ほどの錬成式術の文字数三倍はあろうか。内容は何一つ理解出来ぬが、複雑な式術なのは確かなようだ。
そして全ての式を書き終えると両手を合掌し、式術を発動させる。
空中に漂う数多の式術は先ほど作られたハサミに吸い寄せられるように吸収され、一つとなった。
「なんだこりゃ?」
先程の錬成術式のように、光出し途轍もない変化が起こるのかと思いきや、出来たのボロボロのハサミ。柄はくたびれ、刃は刃こぼれが酷く、銀色部分を探す方が難しいくらい錆びてしまっている。まるで遥か昔に作られた骨董品のようだ。付喪神になっていても不思議ではない見てくれだ。
「はい。これで魔道具の完成。ゴミも百年待てばお宝になるって何処かで聞いた事があってさ。ゲン担ぎなような物かしら? 演算奇式術が練り込まれた魔道具は全て百年後の姿になってしまうの。このボロボロの姿をした雑貨達が異世界で販売する魔道具達。綺麗で古びてない品は全てまだ式術が注入されてない雑貨達だから今後は注意してね」
……とまぁ。読者にも察しが付いただろうが。結論から言うとフリーマーケットで尚子に販売したハサミは断絶バサミではなく、魔法を練り込む前の普通のハサミだったのだ。
普通のハサミを販売してしまった事により。契約式術に書いた内容と異なる物の為、契約式術が完全に結ばれる事が無かったと言う、何とも間抜けや結果だ。
契約式術の特性上。不備がある場合、不備がある側の要求は呑まれる事が出来ない。故に尚子だけ普通のハサミを手に入れたと言う結果だ。
生焼け状態では食中りを起すように、中途半端な契約式術では正式には発動しない。吾輩が魔法界に戻るや否や、大切に取っておいたアフィーノメタルが塵と消えてしまうのだから、笑うに笑えん。
元の体に戻って事実を知った時のミントの顔は阿修羅その物だった。
原因と結果を調べる事一週間。ここ最近のミントの機嫌の悪さと来たら癇癪を起したドラゴンより達が悪かった。七殿が居なかったら吾輩はきっと三回はバラバラにされておる。
「説明して無かったし、まぁ何も知らないんじゃボロボロのハサミを見て、売ってはマズイと思うのも無理はないわ。商売人としては間違ってない。でも今回でちゃんと教えたからね! 次回は間違えないようにしてね」
ミントは泣きべそを掻く七殿をギュッと抱きしめた。
七殿は安心したのか涙を止め、少し朗らかな表情をしていた。青色に変色していた髪の毛が徐々にいつも通りの銀髪に戻っていく。
「ありがとうございます。以後気をつけます」
吾輩に対してはぞんざい扱うミントも七殿に対しては丁寧な接しよう。苦手な物でも為になるなら味方にしようとする魂胆が見え見えだ。実にあざとい。
ミントは部屋着と言う事もあって相変わらず、面積の小さい薄青色の下着姿に大きなたわわ。
メンタルが不安定な七殿を露出で魅了すると言うのはちょっとズルい気がする。こんな格好で大胆に抱き着かれては種族が違う七殿でもドキドキしてしまうに決まっている。
案の定。七殿の癖毛の先が淡いピンクに染まっていた。
「ホント異世界大変だったのよ。商品全然売れないしさー。あ! そうだ! 今度ナナちゃんも一緒に異世界行ってみない? バイト代弾むわよ~!」
「ホントですか? 傀儡人形になればどんな服装でも魔法で着れるんですよね? 楽しみです!」
何やら二人は楽しげに雑談をしている。だが、吾輩は需要があるであろう、目に映る視覚情報の読者に優先的に伝えるべきと思ってそのままスルーした。
ワッキャワッキャしている七殿とミント。七殿の透き通る肌にミントの大きなタワワが包み込んでいた。キャラメルプリンとでも言おうか、ボインは自立できない程の柔らかさは見ていれば分かる。七殿はそのボインに今にも窒息してしまう勢いで顔を埋めて喜んでいた。
この先、百合の花が咲き乱れる汚花畑《おはなばたけ》展開に胸を膨らませる読者の為にも、吾輩は実況しようとおもったのだが、すまん、これまでだ。これ以上書くと、この回顧録にR指定が付いてしまうからな。経験上、敵はなるべく作らないのが得策だ。妄想は読者自身の胸に留めておいて頂ければ幸いだ。
とりあえず吾輩は釘を刺すつもりで、咳払いをし、ミントを罵った。
下話と言えば全ての元凶はミントの絶望的な画力にある。あのハサミかどうかも分からないような商品一覧で七殿に指示したミントが悪いのだ。魔道具が骨董品のように萎びれると言う事も事前説明があれば憶測も経った。ミントは目先の事ばかりに囚われて周りが見えてない。部下の七殿の目線で物事を考えられないミントが悪いと、ここぞとばかりに罵った。
「うるさぃわね! 私はあんたの魔力で魔道具作ったりするので手一杯なのよ!」
「何が手一杯だ! 実験と言う言葉をいい訳にして、好き放題遊んでいたのは知っておるぞ! そんな事より、七殿の教育に力を入れれば良いではないか?」
「何であたしがそこまで労力を掛けなかいけないのよ。私にメリット少ないじゃん! てか、あたし、七ちゃんの目線になって考えたわよ! だから、頑張って絵を描いて渡したんじゃん!」
「その絵が分からんと言うのだ! 七殿はお主が思っている以上に賢い。文字くらい教えればすぐにでも理解できるはずだ」
「私は忙しいの。そんな暇があったら式術の研究に没頭するわ!」
こりゃお手上げだ。どうやらミントは自身の欲を満たすのが最優先であり、それ以外の事に関しては全て無関心のようだ。決して七殿の目線に立てない訳ではない。だが、興味のある事以外に労力を使わないと言う非常に無情で欲情満ちた考えのようだ。そして途轍もないワガママな女。って、吾輩も人の事言える立場ではないがな。だがミントは度が過ぎておる。
吾輩はここぞとばかりに反骨精神を掲げ、応戦した。
だが、七殿が飛び行って吾輩達の合間に入った。
そしてオロオロしながらも、大きな声を出し吾輩達を遮った。
「私、頑張って独学でも文字を覚えますから! もう、ミスは絶対にしませんから! だから喧嘩は止めて下さい!」
吾輩とミントは思わず衝突していた感情が止まってしまった。
事情を知らない七殿。自己を犠牲にしてまでも平和的に物事を解決しようする、なんと心優しい娘だ。幾つ徳を積めばそう言う発想になるのだろうか。いつか、七殿の爪の垢をミントに煎じて飲ませてやりたい。
「ほれ見ぃ、七殿のように、こうやって努力する子が知識を得て、能力を手にしていくのだ。ミントも己の力に自惚れるんじゃない」
「ナナちゃんは若いからヤル気と吸収力が違うのうよ。まあ、文字を覚えて貰うより先に簡易的なテレパシーなんかの通信魔法を覚えて貰った方がいいかしら? 販売の時とか便利だしね」
ミントの思わぬ回答に七殿は目を大きくして驚いていた。
「え? 私でも魔法って出来るものなんですか?」
「もちろん。この世界では体内に魔力が流れている者なら誰だって出来るわ。七ちゃんはバイトだからね。売上アップの為にも早く覚えて欲しいな」
ミントの奴め。教える気などさらさらない癖に都合の良い事ぬかしよって。
だが、ミントの回答に七殿は目を輝かせていた。
「わ、私! 早くお力になれるよう魔法の習得に励みます!」
「何にしても、今回の失敗が早く気付けて良かったわ。魔法界に帰って来てから、七ちゃんが伊東尚子のその後を気にしてくれたおけで、契約式術が不成立していた事実にたどりつけた。ホントお手柄よ」
「いや、マダナイさんから話を聞いて、ストーカーってほんと酷いな~って思いまして。ミントさんの力で異世界を覗けるって聞いたので、尚子さんが成功したのか、つい気になってしまっただけです」
アルフィーノメタルが消滅し、吾輩とミントが原因追及の路頭に迷っていた時、七殿が好奇心で聞いてくれた伊東尚子のその後。初めは好奇心からだが、ミントが気持ち悪い眼球を覗いて確認した所。なんと、ハサミが不良品と言う事実を突き止めた。
だが、伊東尚子は吾輩とミントにとっても初めてのお客様だ。出来る事なら彼女の願いを叶えてやりたい。だからこそ、吾輩はミントは再び日本に足を運んだ。
「でも、効果が無かったにしろ、どうして彼氏さんと断絶しようとしたのでしょうか? 私、てっきりストーカーと縁を切る為に使うと思ってました」
「あたしもよ。だから断絶バサミをお勧めしたのに。まぁそれ以上に彼氏を刺し殺したい程、嫌な男だったんでしょ? 案の定。後追いで刺してるし、本当ならあたしの断絶バサミが役に立つはずだったのにね、残念だわ」
吾輩は伊東尚子の思考を読み取っているから、事の真実を知っている。だからこそ、この結末が彼女にとって良かったものなのか分からない。
〇
「う、う……」
ベッドの上で眠っている幹久が意識を取り戻した。
「あら、噂をすれば、どうやら起きたようね。ようこそ魔法界へ」
目を覚ました幹久は目を丸くし、随分驚いた表情している。無理もない。ここはお菓子のお城。吾輩だって一物を縦縦横横して確認したくらいだ。
「え? ええ? ここは……? あれ? あれ? あの時、俺、尚子と九元に刺されたはずじゃ……?」
幹久は自身の横腹と胸を触る。だが、傷口は治療済みだ。存在すら見当たらないほど完治している。
「あ~心臓を一突きで刺されてたわよ。覚えてない? あたしと契約したの」
〇
事は尚子が幹久を殺傷し、逃走した二分後の事。幹久は大量の血を吹き出し、瀕死の重症を負っていた。だが、正確に言えばまだ死んではいない。幹久は死んだふりをし、尚子と九元が出て行くのを見計らっていたのだ。そして幹久は二人が出て行くのを確認し、体を引きずり、テーブルの上に置いてあった自身のスマホを取り、警察を呼ぼうと手を伸ばしていた。
「くそ、体に力が………入らない」
幹久の胸から出る出血が酷く、指先や足先など心臓に遠い体の神経が少しずつ感覚を失い始めていた。こうなれば死は時間の問題。体を動かす力すら入らなくなると、幹久の意識が少しずつ朦朧となっていく。
そしてなんとも良いのか悪いのか分からぬが、絶妙なタイミングで吾輩が則天門を通じ、現場に到着したのだった。
「ここが伊東尚子が先ほどいた部屋。まずはミントの魂を展開せねば」
吾輩はミントの魂を封じ込めた傀儡人形を手に取り式術を発動させた。式術が発動すると、傀儡人形は小さくなり、ミントの形に成形される。
そして、目を開き、まるで生きているかのように起き上がり動き出した。
これが魔法界から人間界に魂を一時的に移動させる手段。魔道具、霊魂傀儡人形だ。
この時、吾輩には時間にも魔力にも限りが見えていた。ので今回のミントの体は幼女よりも更に小さく、手のひらサイズの人形仕様だ。
小さきミントは吾輩の肩までよじ登り、辺りを見渡し、幹久を発見した。
「小さいってのはとっても不便ね。とっとと要件を済ませようかしら、そいつが尚子と絶縁対象の男ね」
「この男、伊東尚子の断絶バサミが発動せず、鉢合わせてしまい、どうやら刺されてしまったようだ」
「あらそう。遅かったわね。あたしの魔道具がちゃんと発動して無ければ、こんな惨事にはならなかったのに」
「だが、会えば不幸になるのは規約通りなんだろ? これはこれで良いんじゃないのか?」
「だからって尚子自身が手を出しちゃ駄目じゃない。この世界を監視して見て来た限り、同族の殺生は法と言う秩序によって実害を被るらしいわ。私の責任でお客様が不幸になるのは許さない。尚子を守る為にも証拠を隠蔽するわよ」
〇
という事で吾輩とミントは今回の殺傷事件の隠蔽を図る事にした。
まずは七色マントで身を隠し、時間を四十六分だけ戻せる四六時懐中時計《しろくじかいちゅうどけい》を使い、時を戻した。そして、尚子が幹久を刺す事の一部始終を確認した吾輩達。
最優先にする事はこの部屋に突然やって来た山田さんと言うマダムの記憶の改ざんだった。そこで戸又《こゆう》名刺と言う、記憶の人物を置換する魔道具を使用した。
戸又名刺にすり替える名前を書き、魔法の力によって、山田さんが見た人物は置換される。吾輩のチョイスだが、尚子はカラスに変わり、そして幹久はゴキブリに変更された。
これで山田さんは部屋で見た記憶はカラスがゴキブリを食い殺していると言う、なんともシュールな現場を見て逃げた事になる。
流石、メイドイン吾輩の魔道具達。事実をひん曲げるなど造作もない。だが、異世界間での干渉はほどほどにしないと、この世界を管理する神にバレたら怖いがな。
だがまだ帰れない。一番の問題は今にも死に掛けている幹久だった。仮に彼を助けたとしても、断絶と言う絶対的な力を証明する為には幹久をこの世から抹消する必要があった。しかし、尚子を殺人者にしない為にもこの世界で死者を出してはいけない。選択肢は一つしかなかった。
ミントは小さい体で吾輩の肩から飛び降りると、幹久の状態を確認する。
「この男を魔法界に連れて帰るわよ」
「そんな事が出来るのか? 魂だけ持ち帰って傀儡に入れるとかでなく、実体をだぞ?」
「なんの為にお客さんに魔道具を売ってるつもりよ。マダナイの魔力で作った契約式術。これが異世界を繋ぐ唯一の魔法。この世界の人と魔法界の人、双方の同意の契約する事で物を転移出来るんでしょうが。それは物でも人でも同じ事よ」
「だがミントよ。証拠隠滅に時間を使いすぎた。四六時懐中時計はもう在庫がない。この男は流血が酷い。今できる治癒魔法を掛けても、もう助からんぞ」
「なら急ぎで蘇生魔法を使うわ。マダナイ。その男の服を脱がせて」
「まて、思い出せ、ここ異世界だ。今、ミントの体は吾輩の魔力を使って存在しておる。お主が存在しているだけで、吾輩の魔力が消費され続けておるんだ。そしてお主が魔法を使えば吾輩の魔力のが消費される。蘇生魔法。そんな膨大な魔力をここで使ったら、お主の魂を維持すら出来なくなり、ミント自身が消滅してしまうぞ」
「それなら、こうしましょう」
吾輩の助言に納得したのか、頭の回転が速いミント。すぐさま吾輩の持っていた荷袋の中から新たな魔道具を取り出す。
手に持ったのはアクアホルマリンと言う黄色の液体が入った水色の鉱石だ。
ミントは幹久の胸に刺さる包丁を魔法で破壊すると、彼の胸の包丁跡の穴に鉱石を押し込んだ。すると幹久の体は徐々に結晶が生えたように体が結晶化されていく。幹久の全身が結晶化された瞬間。中には黄色い液体が満たされていた。
まるで水入り水晶であり、生きる標本のよう。幹久の腹部と胸部から流れている血が鈍感し、少しずつ硬化していく。幹久の苦しそうに固まる様は少し恐ろしくも感じた。
「これで生命の維持は保てる。彼がまだ意識があるうちに契約式術発動させたいんだけど。マダナイ。何を交換すれば良いと思う?」
「そりゃ、貰うのはアルフィーノメタルだろう」
「何言ってるの。幹久を魔法界に送る為にも、対価に魔法界の物を差し出す必要があるの。私の作った魔道具は基本契約者と結ぶものばかりだから、契約者がこの世界にいなくなるんじゃまた不具合が起こる可能性があるわ」
吾輩は頭をひねった。そして持っていた荷袋を漁ると、中には前回、哲郎から頂いたチラシが紛れ込んでいた。
「これなんかどうだ? 吾輩には必要のない物だし」
「それで行きましょう」
ミントはチラシを手に取ると魔法の力で浮遊する。そして、幹久の顔の部分まで近づき、通信魔法を送り、幹久の脳に直接話しかけた。
【あなたの命を助けます。その変わり、この世界とはお別れしてもらいます。了承の場合はそのままで、もし反対の場合、反対の意を示して下さい】
ミントは通信魔法で幹久の脳に直接語り掛けている。だが、今にも死に掛けて、尚且つホルマリン漬けになっている幹久から返答があるはずもない。
返事をしないなら契約成立など、なんとも詐欺まがいな契約の仕方だが、彼を助ける為にもこの際、やむを得ないという事にしておこう。
了承を得たミントは荷袋に入り込み、自身の体の大きさ程の魔道具を取り出す。それは人族にとっては手のひらサイズの糸コマであった。ミシン用か? 宇宙のように漆黒で尚且つ星のようにキラキラとラメが散りばめられた輝く糸だった。
「この糸は異界へ転移する式術が練り込まれた異途の糸。契約を結ぶ事で発動し、紐の先を辿れば異世界に行くことが出来るわ。万物の理は行先に適応されるはず。これを幹久の結晶事グルグル巻きにして、魔法界から引き上げる事にしましょう」
則天門を経由せず、異世界間の移動する。それがどれだけ凄い事なのか。神様の吾輩から見ても、魔法と言うのは末恐ろしいと思わざるを得ない。
「契約式術を結ぶんだろ? この男の名前は把握しているのか?」
「そこは抜かりはわないわ。先ほどもみ合っていた会話で全て把握している。庵上幹久。いい名前だわ」
すると、幹久は自身の名前を聞いて反応したのか、水晶の中で彼は目を開け、口を開いた。
「た、た、すけ、て……」
朦朧とする意識の中で彼はまだ必死に生きようと藻掻いていた。
何と言う生に対する執着心。吾輩は幹久から生きると言う強い信念を感じた。
幹久の切望を聞いたミントは八重歯を光らせ、契約式術の羊皮紙を取り、指を走らせた。
「良いでしょう。私は魔法使いのミント。この恩は必ず返してもらうわ」
羊皮紙は若草色に燃え上がり、幹久を包み込んだ。
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