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(妻視点)
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(どうしちゃったんだろうか、うちの旦那様)
ミラ=アンネ・ファルムド・ケラーリン。
とある小説の悪役令嬢の一人で、速攻退場した人物に生まれ変わったと知ったのは最愛の陛下から罪を突きつけられ彼の護衛騎士であるアラン・カサルニィ様のところへ下賜されると宣言された瞬間だった。
突然記憶の波に攫われた意識はとんでもない情報量に限界を迎えたし、あの時ぱったりと倒れることができたのはとても幸いなことだったと思う。
じゃないと私は『なんでだよ!!』と大声でツッコミを入れた挙げ句に陛下に向かって罵詈雑言を吐いていたと思うから。
そんなことになってたら、死罪もんだったよね。
実家にも迷惑がかかるところだったわ。
とはいえ、陛下が私を嵌めたこともなにもかもを知っているのも、私が転生者として記憶を取り戻したからに他ならない。
(でもねえ~、あんまりだと思うのよ。他にやりようなかったの? 本当に?)
私の母親世代で人気を博したという恋愛小説の『愛に燃ゆる』というものがあった。
内容は低位貴族の令嬢として生まれ育った天真爛漫な主人公が父親の仕事に同行して王都にやってきた際、お忍びで来ていた王太子と出会う幼少期から始まる。
互いの身分を超えて愛を育んだ二人だが、国王の突然の崩御から王太子は王となる。
もはや二人は別れるしかないと覚悟を決めた主人公だが、側室として召し上げられ困惑していると王に密かに告げられるのだ。
どうしても妻に迎えたいが国内を荒れさせるためにもいかない。
貴族たちを納得させるためにも、どんなことがあろうと僕を信じて正しく妃として学び、過ごしてほしい……そう国王となった恋人に言われ、主人公は他の妃たちの度重なるイジメにも耐え抜き愛を貫くという内容だ。
言ってみれば不遇主人公がそれでもハイスペ男子に一途に愛され、最後は正義が勝つといったありきたりストーリーである。
そんでいじめっ子の中で最初に脱落する脇役、それこそが私なワケだが……私としては下賜された件について、別に気にしちゃいなかった。
正直なところ国王陛下は顔がいいけどタイプではないし、一途に想っていたミラの気持ちを受け取ると言いながら見向きもしないいけ好かない男だ。
角が立たないやり方は他にもあったろうっていう話なんだよね。
(そりゃミラもちょっとばかり行き過ぎたところはあったと思うよ)
私が私が私がー!! って突撃するばかりじゃあの御方も辟易しただろうさ。
でもミラの気持ちは、どこまで行っても純粋だった。ただただ陛下のことが好きだったのだ。
だからこそ、主人公を大事にするあまりミラをあっさりと捨てられる陛下に私は好意を抱けない。
新しい旦那様、つまりアラン様は私の事情を少しは哀れに思っているのか、子爵家としてはそれなりに裕福とはいえ好きにしていいという太っ腹な発言の他、愛さないと宣言しておきながらあれこれと私が過ごしやすいよう便宜を図ってくれていることはすぐに理解できた。
ただ、私は記憶を取り戻してからどうしていいのかわからなくて、初めのうちはぼんやりしていたんだよね。
だって前世の趣味ってランニングだったんだけど、この世界の淑女、しかも人妻はそんなことしちゃいけないし……家の敷地内だろうとそんなことをした日には何を言われるものかわかったもんじゃない。
しかし壊滅的とも言える料理音痴だし、音楽なんて興味ないし、刺繍? ナニソレ、絵心も裁縫もできれば見たくもない。
……いや、技術そのものはこの体に馴染んでいるからやろうと思えばできるけど。
でも気持ち的には触りたくもないんだよね。
(園芸……そうね、園芸くらいならいいか。それなら外に出る理由にもなるし、ただぼんやりするよりは健康的でしょ!)
そう思って家庭菜園……はまだハードルが高かったので育てやすい花を手に入れてもらって育てていたら、何故か旦那様に話しかけられたのである。
いやここ最近私のことを避けずにこっちの様子を見ているな~とは思っていたけど、久々に話しかけられてびっくりしたわ。
夫だってのにそんな声だったっけ? とか思った私も私だなと思った程だ。
しかもその内容が内容だった。
『俺が今まで見て来た貴女は、そんな人ではなかったはずなのに。どうして変わったんだ?』
どうして。そりゃ中身が変わったんですもの。
以前のミラはもういないのよ。でもそれを伝える術を私は知らない。
前世を思い出したなんて言えるはずもない。
じゃあどうして前世を思い出したんだっけ? ってなると、あれだ、国王陛下のせいだよね。
だめだ、あれもこれも悪い答えしか出てこないじゃないか!
これで頭がおかしくなったとか反省していないと思われて修道院送りになんてされるわけにはいかない。私の三食昼寝付きライフが台無しなのだ。
そう、妃じゃなくなったから面倒くさい勉強はないし子爵家って言っても夫は大体お城詰めで陛下の護衛に立っているから社交をそこまでする必要も理由もないから引きこもり生活しててオッケーだし、高位貴族じゃないから使用人も最低限、そのおかげで人目を気にすることなく土いじりしたり鼻歌なんぞ歌っても許される環境!
それが神様にお祈りを捧げて慈善事業に走り回って規則正しい生活で慎ましやかに生きろとか無理でしょ、無理ゲーってやつですよ!!
私は必死で考えた。
そうしたら、何故だからするりと答えが出た。
「アラン様。わたくしが変わったというのであれば」
ぎょっとする。
自分の声なのに、まるで自分のものじゃないようで。
でも、どこかでわかっていたのかもしれない。
これはミラの言葉だって。
「あの日、わたくしは愛を失ったのです。ですから――」
私の中には今でもミラが抱いていた、苛烈なまでの陛下への愛情とその思い出がたくさんある。
私はそれをどうでもいいものとして思えるけれど、ミラにとっては全てだったものだ。
どんなにつれなくされようとも、上辺だけの優しさや笑顔であっても、彼女にとって陛下は何者にも代えがたい、ただ一人の恋しい人だった。
それを失ったのだ。
失ってしまったのだ。
「あの日、わたくしは死んだのです。愛を失ったミラは、何も持たぬ者へと生まれ変わる以外、なかったのですわ」
するりと出ていった言葉は、ミラのものだった。
だけど私はそれを受けてようやく全部を受け止められた気がした。
(そうだよね、ミラ。悲しかったよね。もう何もかもがどうでもよくなっちゃったよね)
陛下が愛してくれないなら。
陛下が求めてくれないなら。
陛下が、陛下が、陛下が。
渦巻く感情が、涙となって零れていった。
私のものじゃない、私の涙が零れていった。
これ以上ミラの涙を見せたくなくて、私は旦那様に一礼してその場を後にする。
自室に戻ってひとしきり泣いて落ち着いたところに、旦那様がやってきて驚かされた。
これまでこんな風に私の部屋を訪れたことなんてなかったのに、どうして?
やっぱり泣いてしまったから騎士として慰めに来たんだろうか。
「その……」
「はい、なんでしょうか」
だとしたら慰めなんて『私は』必要としていないんだけどな。
泣いたらスッキリしたし、もうミラとしての思い出もしっかり過去にできそうだし。
それならこれからの仮面夫婦ライフを楽しんだ方が勝ち組だと思う。
そんなことを考えていたら、旦那様がとんでもないことを言ってきた。
「……俺と夫婦になってくれないか」
「もう夫婦ですが」
「あーいや、そうじゃなくて」
何言ってんだこの人。
私が目を瞬かせていると、彼も言葉を探すようにしてから私を見た。
こんなにも真っ直ぐに彼が私を見たのは、もしかして夫婦生活始まって数ヶ月経つけれど初めてのことじゃなかろうか?
「……愛し愛される夫婦になりたいんだ。そのために、これから挽回させてくれないか」
「え、なんで!?」
思わず言ってしまって酷い沈黙が訪れたとしても、きっと私は悪くないと思うんだ。
その後、呆気にとられた旦那様をおいてその場を逃げ出してしまったけれど、まあ……うん。
やっぱり私は悪くないと思うんだ! 思わせてよ!!
ミラ=アンネ・ファルムド・ケラーリン。
とある小説の悪役令嬢の一人で、速攻退場した人物に生まれ変わったと知ったのは最愛の陛下から罪を突きつけられ彼の護衛騎士であるアラン・カサルニィ様のところへ下賜されると宣言された瞬間だった。
突然記憶の波に攫われた意識はとんでもない情報量に限界を迎えたし、あの時ぱったりと倒れることができたのはとても幸いなことだったと思う。
じゃないと私は『なんでだよ!!』と大声でツッコミを入れた挙げ句に陛下に向かって罵詈雑言を吐いていたと思うから。
そんなことになってたら、死罪もんだったよね。
実家にも迷惑がかかるところだったわ。
とはいえ、陛下が私を嵌めたこともなにもかもを知っているのも、私が転生者として記憶を取り戻したからに他ならない。
(でもねえ~、あんまりだと思うのよ。他にやりようなかったの? 本当に?)
私の母親世代で人気を博したという恋愛小説の『愛に燃ゆる』というものがあった。
内容は低位貴族の令嬢として生まれ育った天真爛漫な主人公が父親の仕事に同行して王都にやってきた際、お忍びで来ていた王太子と出会う幼少期から始まる。
互いの身分を超えて愛を育んだ二人だが、国王の突然の崩御から王太子は王となる。
もはや二人は別れるしかないと覚悟を決めた主人公だが、側室として召し上げられ困惑していると王に密かに告げられるのだ。
どうしても妻に迎えたいが国内を荒れさせるためにもいかない。
貴族たちを納得させるためにも、どんなことがあろうと僕を信じて正しく妃として学び、過ごしてほしい……そう国王となった恋人に言われ、主人公は他の妃たちの度重なるイジメにも耐え抜き愛を貫くという内容だ。
言ってみれば不遇主人公がそれでもハイスペ男子に一途に愛され、最後は正義が勝つといったありきたりストーリーである。
そんでいじめっ子の中で最初に脱落する脇役、それこそが私なワケだが……私としては下賜された件について、別に気にしちゃいなかった。
正直なところ国王陛下は顔がいいけどタイプではないし、一途に想っていたミラの気持ちを受け取ると言いながら見向きもしないいけ好かない男だ。
角が立たないやり方は他にもあったろうっていう話なんだよね。
(そりゃミラもちょっとばかり行き過ぎたところはあったと思うよ)
私が私が私がー!! って突撃するばかりじゃあの御方も辟易しただろうさ。
でもミラの気持ちは、どこまで行っても純粋だった。ただただ陛下のことが好きだったのだ。
だからこそ、主人公を大事にするあまりミラをあっさりと捨てられる陛下に私は好意を抱けない。
新しい旦那様、つまりアラン様は私の事情を少しは哀れに思っているのか、子爵家としてはそれなりに裕福とはいえ好きにしていいという太っ腹な発言の他、愛さないと宣言しておきながらあれこれと私が過ごしやすいよう便宜を図ってくれていることはすぐに理解できた。
ただ、私は記憶を取り戻してからどうしていいのかわからなくて、初めのうちはぼんやりしていたんだよね。
だって前世の趣味ってランニングだったんだけど、この世界の淑女、しかも人妻はそんなことしちゃいけないし……家の敷地内だろうとそんなことをした日には何を言われるものかわかったもんじゃない。
しかし壊滅的とも言える料理音痴だし、音楽なんて興味ないし、刺繍? ナニソレ、絵心も裁縫もできれば見たくもない。
……いや、技術そのものはこの体に馴染んでいるからやろうと思えばできるけど。
でも気持ち的には触りたくもないんだよね。
(園芸……そうね、園芸くらいならいいか。それなら外に出る理由にもなるし、ただぼんやりするよりは健康的でしょ!)
そう思って家庭菜園……はまだハードルが高かったので育てやすい花を手に入れてもらって育てていたら、何故か旦那様に話しかけられたのである。
いやここ最近私のことを避けずにこっちの様子を見ているな~とは思っていたけど、久々に話しかけられてびっくりしたわ。
夫だってのにそんな声だったっけ? とか思った私も私だなと思った程だ。
しかもその内容が内容だった。
『俺が今まで見て来た貴女は、そんな人ではなかったはずなのに。どうして変わったんだ?』
どうして。そりゃ中身が変わったんですもの。
以前のミラはもういないのよ。でもそれを伝える術を私は知らない。
前世を思い出したなんて言えるはずもない。
じゃあどうして前世を思い出したんだっけ? ってなると、あれだ、国王陛下のせいだよね。
だめだ、あれもこれも悪い答えしか出てこないじゃないか!
これで頭がおかしくなったとか反省していないと思われて修道院送りになんてされるわけにはいかない。私の三食昼寝付きライフが台無しなのだ。
そう、妃じゃなくなったから面倒くさい勉強はないし子爵家って言っても夫は大体お城詰めで陛下の護衛に立っているから社交をそこまでする必要も理由もないから引きこもり生活しててオッケーだし、高位貴族じゃないから使用人も最低限、そのおかげで人目を気にすることなく土いじりしたり鼻歌なんぞ歌っても許される環境!
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私は必死で考えた。
そうしたら、何故だからするりと答えが出た。
「アラン様。わたくしが変わったというのであれば」
ぎょっとする。
自分の声なのに、まるで自分のものじゃないようで。
でも、どこかでわかっていたのかもしれない。
これはミラの言葉だって。
「あの日、わたくしは愛を失ったのです。ですから――」
私の中には今でもミラが抱いていた、苛烈なまでの陛下への愛情とその思い出がたくさんある。
私はそれをどうでもいいものとして思えるけれど、ミラにとっては全てだったものだ。
どんなにつれなくされようとも、上辺だけの優しさや笑顔であっても、彼女にとって陛下は何者にも代えがたい、ただ一人の恋しい人だった。
それを失ったのだ。
失ってしまったのだ。
「あの日、わたくしは死んだのです。愛を失ったミラは、何も持たぬ者へと生まれ変わる以外、なかったのですわ」
するりと出ていった言葉は、ミラのものだった。
だけど私はそれを受けてようやく全部を受け止められた気がした。
(そうだよね、ミラ。悲しかったよね。もう何もかもがどうでもよくなっちゃったよね)
陛下が愛してくれないなら。
陛下が求めてくれないなら。
陛下が、陛下が、陛下が。
渦巻く感情が、涙となって零れていった。
私のものじゃない、私の涙が零れていった。
これ以上ミラの涙を見せたくなくて、私は旦那様に一礼してその場を後にする。
自室に戻ってひとしきり泣いて落ち着いたところに、旦那様がやってきて驚かされた。
これまでこんな風に私の部屋を訪れたことなんてなかったのに、どうして?
やっぱり泣いてしまったから騎士として慰めに来たんだろうか。
「その……」
「はい、なんでしょうか」
だとしたら慰めなんて『私は』必要としていないんだけどな。
泣いたらスッキリしたし、もうミラとしての思い出もしっかり過去にできそうだし。
それならこれからの仮面夫婦ライフを楽しんだ方が勝ち組だと思う。
そんなことを考えていたら、旦那様がとんでもないことを言ってきた。
「……俺と夫婦になってくれないか」
「もう夫婦ですが」
「あーいや、そうじゃなくて」
何言ってんだこの人。
私が目を瞬かせていると、彼も言葉を探すようにしてから私を見た。
こんなにも真っ直ぐに彼が私を見たのは、もしかして夫婦生活始まって数ヶ月経つけれど初めてのことじゃなかろうか?
「……愛し愛される夫婦になりたいんだ。そのために、これから挽回させてくれないか」
「え、なんで!?」
思わず言ってしまって酷い沈黙が訪れたとしても、きっと私は悪くないと思うんだ。
その後、呆気にとられた旦那様をおいてその場を逃げ出してしまったけれど、まあ……うん。
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