対米戦、準備せよ!

湖灯

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★中国大陸★

【薫さんと、小籠包】

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 そばに行ってみると、何やら騒いでいる様子。

 だが、嫌な騒ぎでない事は、すぐに分かった。

 幌馬車から降ろされているのは、果物や野菜、それにたくさんの郵便物。

 “なんだ、コレは……”

 驚いている私の様子を見た中国軍の将校が教えてくれた。

 野菜や果物は、市民からの差し入れで、郵便物は市民からの感謝状であることを。

 みな、日本が主催したフットボールのイベントに関する感謝の証だと。



 結局、日本人も中国人も同じ。

 多くの人たちは、平和を望んでいると言う事なのだ。



 私は現地から日本政府にこの事を伝え、日本政府から中国と本格的に平和協定を結ぶ内容の返信が届いた。

 驚いている私に、遅れてやって来た石原少将が「やったな!」と言ってポンと肩を叩いて騒ぎの輪の中に入って行った。



 その後、私は北京から上海へと向かった。

 日中の平和協定はまず上海に滞在中の秋山定輔が蒋介石と会い第1回の会合を行い、次に中国政府要職の者たちと北京に居た宮崎が合流し秋山と共に話し合いの輪を広げることに成功し、そこから外務省の高官たちが加わり草案のまとめに入った。

 草案がまとまり、来月には広田外相が上海を訪れる予定も決まり、案外上手くいきそうな雰囲気が漂っていた。



「やるわね、柏原くん」

 上海にある大使館で私も微弱ながら草案作りに携わっていたとき、私の心を揺さぶる懐かしい声と共に、しなやかに肩をポンと叩かれた。

「薫さん‼」

 振り返ると、そこにはやはり結城薫が居た。

 しかも服装は、チャイナドレス‼

 チャイナドレスと言っても、非常に地味な柄で目立たないモノなのだが。

 それはあくまでも普通の人が着た場合のこと。

 薫さんは小顔で背も標準身長より軽く超えるだけでなく、この頃の成人男子の平均身長(165㎝)前後はある。

 しかも彼女のプロポーションときたら、まるで欧米の女性のようにメリハリがあるから、体の線がまるっきり分かるチャイナドレスなんか着られると目のやり場に困る。



 その日は7時に大使館を退け、薫さんと大使館を出た。

 夕食は何が良いかと尋ねると、彼女はとりあえず長い船旅で疲れたからと言ったあと何故か余裕のある瞳を見せ、精が付くものだと言った。

 いつもながらちょっと生意気な雰囲気で、どこか艶めかしい。

 まあ歳も私より1つだけ上なので、私が彼女に対して生意気と言うには少々語弊がある。



 まずは青島ビールで再会を祝い乾杯をした。

 最初に出された小籠包を何気なく餃子のように箸で掴んでタレに漬けてから口に運んだが、それを見ていた薫さんから食べ方が違うと指摘された。

「食べ方って? なにが違うの?」

「見てて」

 薫さんは私に目を向け、うふっと笑うように口角を上げてから、その大きな瞳を小籠包に移した。

 繊細な指で、まるで赤ん坊を抱き上げるように優しく、細い箸の先を操り小籠包をつまみ上げる。

 つまみ上げられた小籠包は、もう片方の手が迎えに来たレンゲの上に寝かされ、彼女のルビーのように赤く光る唇の傍まで運ばれる。



 “タレに漬けずに、そのまま食べるのか⁉” と、思った私の心を見透かしたように薫さんの口角が上がる。

 そしてレンゲの上で大人しく寝ている小籠包に、まるで悪戯をするように箸でその皮をつまんで捻じると、皮が割けて中からスープがレンゲの中に溢れ出し口角を上げた彼女の唇がキッスをするようにそのスープに触れた。



「んん~~~っ、おいしい」

 見ていてうっとりするほど好い表情で薫さんはそう言うと、今までの艶めかしさが嘘のようにペロリと小籠包を口の中に入れた。

「タレは、つけないの?」

「中のスープにも味は付いているから、つけなくても充分美味しいのよ。まあお好みってとこかしら」

 小籠包を食べ終わると、次に乾焼蝦仁エビチリを食べた。

 乾焼蝦仁に含まれる赤みと油が、艶めかしかった薫さんの唇を妖艶なものに進化させてゆく。

 青島ビールを飲み干した後に頼んだ紹興酒が、うっすらと薫さんの頬を紅く染め私の意識を誘う。

 次はメインの上海蟹。

 薫さんの妖艶さはまるで上海蟹を食べる前に、なんだか私自身が食べられるのでないかと思えるほど。



 不意に彼女が席を立とうとした。

 どうしたのかと聞くと、お手洗いだと言って彼女はゆっくりと少し気だるそうに身を起こす。

 濃いグレーのチャイナドレスのスリットの隙間から、雪のように白い足が熱く私の目に焼きつけようと仕掛ける。

 酔いが回ったのか、薫さんは席を立つときに少しふらつき、私がその体を支えた。

「大丈夫? ついて行こうか?」

「大丈夫。ありがとう」

 薫さんはまるで私がそうすることを知っていたかのように、私が差し出した腕の中で少し遊んだあと、心もとない足取りで店内の奥に向かう。

 その後ろ姿を見守っていたのは私だけでなく、店内の客の大多数だけでなく店員たちにも注目を浴びていた。



 “危ない危ない”

 いくら少しは治安が良くなったとはいえ、彼女を一人にする事は危険だとあらためて思った。

 それにしても薫さん、お尻、揺らしすぎだよぅ……。
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