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★ノモンハン事件★
【女たちの戦争】
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盧溝橋事件が回避出来、日中の関係改善にも努めて来て、ようやく安全保障上の重要な条約締結に向けて進みかけたと言うのに。
しかし、ソビエトがこのような牽制をしてくることは予想していたが、思った以上に早かった。
これはスターリンの独裁国家たる所以。
大統領制にしても内閣制にしても、議会や民衆の考えは無視できないから結論を出すにはそれ相応の時間が掛かる。
これほどの速さで動くことが出来るのは、完全な独裁制、つまり王となった証!
と言う事は、いかなる外交交渉もスターリンと会って直接承諾を得ない限り、無効だと言う事を示しているに違いない。
さばき終えたばかりの上海蟹を使いの黒い帽子の男に譲り、私たちはすぐに大使館に戻り北京に向かう手立てを探したが、翌日と翌々日に北京に到着できる航空便はなかったので、私たちはその日の夜行で北京に向かうことにした。
いったん大使館に戻り、秋山さんを探して一通の封書を彼に渡した。
あて先は蒋介石。
「アナタのお力で、この封書をなるべく早く蒋介石本人に直接渡してください。これには彼の個人的な安全と、今後の日中関係に重要な内容を記載してあります」
封書の内容は話さなかったが、秋山さんは「分かりました」とだけ言って、封書を受け取ってくれた。
薫さんを連れて行きたくはなかったが、彼女は頑として残ることを拒否したため、服を着替えることを条件に渋々連れて行くことにした。
服は男物の軍服。
「なんでダボダボのズボンなの?」と不満を言う薫さんに、スリットの入ったドレスで股を広げられては困るからだと正直に答えると、彼女は頬を赤らめて興奮したのかと聞いてきた。
私は命が掛った状況だったので興奮はしなかったが、見ていた他の男性客はさぞ興奮した事だろうと告げると、彼女は自身に「罪作りな女ね」と陽気に笑う。
しかし私は、そのようにお気楽な態度をとる薫さんが許せなくて忠告をした。
性的に興奮してしまった男は、その捌け口を求める場合もある。
妻や恋人が居る場合左程問題はないかもしれないが、それ以外の男の中には我慢することが出来ずに性暴行に走ってしまう物も居るかもしれない。
誰もが薫さんのように男を手玉にとれるほど武芸に秀でているとは言えず、実態はまったくその逆。
薫さんの軽率な行動のせいで、他の誰かがひどい目にあったらどう責任を取るのかと叱った。
私の話に薫さんは猛反省してくれ、ちょっと言い過ぎたかなと思う反面、可愛いとも思った。
しばらくおとなしくしていた薫さんだったが、ようやく元気が出たのか私の目を見つめて気兼ねするように尋ねてきた。
「柏原くんは、どうだったの」と……。
やはり彼女は一筋縄ではいかない。
夜行列車の中で結城薫は私が少し離れているうちに髪を切っていた。
おそらく北京で降ろされるのを危惧してのことだろう。
もちろん私も戦闘になるかもしれない場所であることと、陸軍の宿舎に女性を連れて行くことはできないので北京で彼女を降ろすつもりでいた。
だから正直に髪を切っても満州に連れて行くことは出来ない事を告げたが、彼女は頑なに拒んだ。
「それは、私が女だから?」
「そうです。戦争は男の仕事です」
「つまり、女は戦争に口出しするなと?」
「……そうです」
「そう……そうやって、男たちは勝手に死んでいくのね」
彼女にしては珍しく、少し不貞腐れた態度で言ったあと、急に鋭い目をして私を睨み、話を続けた。
「女はそうやって待っているうちに、恋人や子供たちを失うのよ。勝ち目がなくなったあと降伏もせずに万歳突撃だとか玉砕だとか特攻だとか威勢の良い事ばかり言っている間に。アナタもサイパンで見てきたはずよ。そして、どうするべきか考えたはずでしょう⁉それでも他の男たちと同じことを言うつもりなの⁉」
薫さんの言葉に、なにも反論は出来なかった。
サイパンの守備隊は戦いまで、時間的な余裕は幾らでもあったはず。
それなのに強固な陣地も作らず、届きもしない航空機のために新たな飛行場を整備するために兵たちが動員され、明らかに準備不足のまま敵の奇襲攻撃を受けた。
更に海軍の到着が遅れることも知っていたにも拘わらず、無謀な水際攻撃を仕掛け大損害を被った。
既に海軍がどのような戦果を上げようとも、この時点で島を守れない事は皆知っていた。
あとは残存兵力を有効に残したままゲリラ戦を展開して、終戦までの時間を稼ぐ作戦に出るべきだった。
そう。
栗林中将が指揮した硫黄島のように。
だがサイパンでは無謀な万歳突撃を繰り返し、時間を延ばすどころか逆にその時間を縮めてしまった。
生きることよりも、死ぬことを選んだ。
日本政府が終戦に動いてくれる希望も持たずに、日本が破滅すると思い、その先駆けとして。
家庭を守る男としての役割を投げ捨てて、体面のためだけに死を選んだ。
もし水際攻撃の後、無駄な死を選ばず、残存兵力が現地で降伏を選んでいたとしたなら、結果は違うものになっていただろう。
軍部は、特に将軍たちは慌てたに違いない。
兵隊たちは都合のいいように死んではくれない。
そうなれば、本土決戦だけでなく、一億玉砕も絵に描いた餅であることを悟っただろう。
私の居た時代に、女性は政治や軍事の事には一切口を出さない暗黙の了解があったが、もし薫さんが居た時代のように自由な言論が約束されていたなら必ず皆同じようなことを言っただろう。
「か、髪は良いとしても、そ、その……」
私は折れた。
「なに?」
そのことを察した薫さんは、いつもの明るい顔で私を見てくれた。
「そ、その、む、胸は、何とかしないと」
薫さんは急に顔を赤く染めて、両手で胸を隠した。
“おいおい、手で隠したって、しょうがないだろう……”
しかし、ソビエトがこのような牽制をしてくることは予想していたが、思った以上に早かった。
これはスターリンの独裁国家たる所以。
大統領制にしても内閣制にしても、議会や民衆の考えは無視できないから結論を出すにはそれ相応の時間が掛かる。
これほどの速さで動くことが出来るのは、完全な独裁制、つまり王となった証!
と言う事は、いかなる外交交渉もスターリンと会って直接承諾を得ない限り、無効だと言う事を示しているに違いない。
さばき終えたばかりの上海蟹を使いの黒い帽子の男に譲り、私たちはすぐに大使館に戻り北京に向かう手立てを探したが、翌日と翌々日に北京に到着できる航空便はなかったので、私たちはその日の夜行で北京に向かうことにした。
いったん大使館に戻り、秋山さんを探して一通の封書を彼に渡した。
あて先は蒋介石。
「アナタのお力で、この封書をなるべく早く蒋介石本人に直接渡してください。これには彼の個人的な安全と、今後の日中関係に重要な内容を記載してあります」
封書の内容は話さなかったが、秋山さんは「分かりました」とだけ言って、封書を受け取ってくれた。
薫さんを連れて行きたくはなかったが、彼女は頑として残ることを拒否したため、服を着替えることを条件に渋々連れて行くことにした。
服は男物の軍服。
「なんでダボダボのズボンなの?」と不満を言う薫さんに、スリットの入ったドレスで股を広げられては困るからだと正直に答えると、彼女は頬を赤らめて興奮したのかと聞いてきた。
私は命が掛った状況だったので興奮はしなかったが、見ていた他の男性客はさぞ興奮した事だろうと告げると、彼女は自身に「罪作りな女ね」と陽気に笑う。
しかし私は、そのようにお気楽な態度をとる薫さんが許せなくて忠告をした。
性的に興奮してしまった男は、その捌け口を求める場合もある。
妻や恋人が居る場合左程問題はないかもしれないが、それ以外の男の中には我慢することが出来ずに性暴行に走ってしまう物も居るかもしれない。
誰もが薫さんのように男を手玉にとれるほど武芸に秀でているとは言えず、実態はまったくその逆。
薫さんの軽率な行動のせいで、他の誰かがひどい目にあったらどう責任を取るのかと叱った。
私の話に薫さんは猛反省してくれ、ちょっと言い過ぎたかなと思う反面、可愛いとも思った。
しばらくおとなしくしていた薫さんだったが、ようやく元気が出たのか私の目を見つめて気兼ねするように尋ねてきた。
「柏原くんは、どうだったの」と……。
やはり彼女は一筋縄ではいかない。
夜行列車の中で結城薫は私が少し離れているうちに髪を切っていた。
おそらく北京で降ろされるのを危惧してのことだろう。
もちろん私も戦闘になるかもしれない場所であることと、陸軍の宿舎に女性を連れて行くことはできないので北京で彼女を降ろすつもりでいた。
だから正直に髪を切っても満州に連れて行くことは出来ない事を告げたが、彼女は頑なに拒んだ。
「それは、私が女だから?」
「そうです。戦争は男の仕事です」
「つまり、女は戦争に口出しするなと?」
「……そうです」
「そう……そうやって、男たちは勝手に死んでいくのね」
彼女にしては珍しく、少し不貞腐れた態度で言ったあと、急に鋭い目をして私を睨み、話を続けた。
「女はそうやって待っているうちに、恋人や子供たちを失うのよ。勝ち目がなくなったあと降伏もせずに万歳突撃だとか玉砕だとか特攻だとか威勢の良い事ばかり言っている間に。アナタもサイパンで見てきたはずよ。そして、どうするべきか考えたはずでしょう⁉それでも他の男たちと同じことを言うつもりなの⁉」
薫さんの言葉に、なにも反論は出来なかった。
サイパンの守備隊は戦いまで、時間的な余裕は幾らでもあったはず。
それなのに強固な陣地も作らず、届きもしない航空機のために新たな飛行場を整備するために兵たちが動員され、明らかに準備不足のまま敵の奇襲攻撃を受けた。
更に海軍の到着が遅れることも知っていたにも拘わらず、無謀な水際攻撃を仕掛け大損害を被った。
既に海軍がどのような戦果を上げようとも、この時点で島を守れない事は皆知っていた。
あとは残存兵力を有効に残したままゲリラ戦を展開して、終戦までの時間を稼ぐ作戦に出るべきだった。
そう。
栗林中将が指揮した硫黄島のように。
だがサイパンでは無謀な万歳突撃を繰り返し、時間を延ばすどころか逆にその時間を縮めてしまった。
生きることよりも、死ぬことを選んだ。
日本政府が終戦に動いてくれる希望も持たずに、日本が破滅すると思い、その先駆けとして。
家庭を守る男としての役割を投げ捨てて、体面のためだけに死を選んだ。
もし水際攻撃の後、無駄な死を選ばず、残存兵力が現地で降伏を選んでいたとしたなら、結果は違うものになっていただろう。
軍部は、特に将軍たちは慌てたに違いない。
兵隊たちは都合のいいように死んではくれない。
そうなれば、本土決戦だけでなく、一億玉砕も絵に描いた餅であることを悟っただろう。
私の居た時代に、女性は政治や軍事の事には一切口を出さない暗黙の了解があったが、もし薫さんが居た時代のように自由な言論が約束されていたなら必ず皆同じようなことを言っただろう。
「か、髪は良いとしても、そ、その……」
私は折れた。
「なに?」
そのことを察した薫さんは、いつもの明るい顔で私を見てくれた。
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薫さんは急に顔を赤く染めて、両手で胸を隠した。
“おいおい、手で隠したって、しょうがないだろう……”
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