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*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

戦争の仕組み

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 途中クリーフと別れて、ムサと俺たちは、明け方にタクシーで店に帰った。

 親切な運転手さんが、足に包帯を巻いて引きずって歩く俺の荷物を、店の中まで持って入ってくれた。

 その運転手とういのはムサ。

 店に入るなり、深く被った帽子と会社のジャケットを脱いで、セバと一緒に留守番をしていたクリーフの仲間に渡す。

 仲間の男は、直ぐにそれに着替えて車に戻り、ムサは丁寧にその運転手さんを見送った。

「どうだった?」

 今まで黙っていたセバが聞いてきた。

「上々よ!」

 と、応えたエマがテレビのスイッチを入れた。

 画面に映し出されたのは、湾岸の倉庫が激しく燃えている画像。

 ナレーターが、何者かが倉庫に大量の武器らしき物を隠しそれが何らかの原因で爆発したとコメントしていた。

 そしてこの爆発火災による近隣の被害者は確認されていない事を付け加えたあと、まだ消化活動中だが倉庫内に人が居たとしても確認は難しいだろうと付け加えていた。

「やったぁ~作戦成功!」

 そう言おうとしたセバの口をエマが塞いだ。

「いい? アマルの怪我を見てもらうために私とアマルは今夜病院に行き、セバはムサと二人で帰りを待っていた。そして、これはニュース。それ以上の事を私たちは知り得ないのよ」

 エマがセバに話をしている最中に、ムサが張り紙を入り口のドアに貼る。

『本日、都合により休業します』

 そして俺たちの前に座り、怖い顔で言った。

「ここまで深入りしてしまった以上、全員隠し事はなしだ」と。

 先ずムサが、元情報部大佐と言う経歴を話し、セバがザリバンの募集に応じていることを言ったあと「まだ正式採用じゃないけれど」と付け加えた。

 エマは自分がフランスのDGSE(対外治安総局)の大尉であることを話し、その目的をザリバン掃討作戦と捕らえられたエージェントの救出であることを話した。

 この話にセバが驚いて、俺の顔を見て言った「アマルは、ただ付いて来ただけだよね」と。

「俺は同じフランスの外人部隊のLéMATと言う特殊部隊の軍曹で、名前もアマルじゃなくてナトー。任務はエマと同じだ。騙す形になってしまってすまない」

「……そ、そんな。二人とも俺の敵だなんて」

 セバが、そう言ってガックリと首を垂れた。

「敵ではない」

 ムサがセバに言う。

「戦いになれば敵味方に分かれるが、ザリバンもフランス軍もまだ正式に武力衝突はしていないから、今の段階では考え方の違う組織に所属するというだけだから、友人にもなれる」

「でも爺ちゃんがアマル達としてきた、あのニュースの爆破事件は、屹度ザリバンの武器を狙ったものなんだろう?」

 ムサが姿勢を正して俺に向き直る。

「さてその件だが、誰に頼まれた? セバのような下端は勿論そんな所に武器が隠されているなど知らん。相当上の者でもない限り知り得ない情報だと思うが、こうなった以上今度はお前に情報を流した者の身が危うい」

 俺は少し迷ったが、正直に言うことにした。

「バラクだ」

「バラク!!」

 エマとセバが飛び上がるほど驚いた。

「バラクに会ったの? どこで? そしてなんでバラクは見ず知らずのナトちゃんに、そんな重大な秘密をばらしたの?」

「詳しくは何も話せない」



 これは俺の生い立ちに関する事につながる。

 俺の正体が明るみに出ると、俺のみの周りにある全てのものが失われる。

 フェアーでない事は分かっているが、俺は、それが一番怖い。

 何故なら、子供の時のこととはいえ俺はイラク時代に政府軍や多国籍軍の兵士を大勢殺して、その首に多額の懸賞金を掛けられた“GrimReaper”だから。

 その事で裁判に掛けられ、処刑されるのが怖い訳じゃない。

 むしろ俺にとって、自らの死は安らぎに近いものだろう。

 怖いのは、人殺しだと分かった後、仲間たちの心が俺から離れていくこと。

 LéMATの仲間や、エマたちを失うのは、死ぬよりも怖い。



「まあいい。隠し事はなしだと言ったが、それは任務についてで、プライベートなことまで話せとは言わない。バラクはザリバンの中でも賢くて優秀な指揮官だ。おそらくは、この戦争の仕組みに気が付いたのかも知れんな」

「戦争の仕組み?」

 その言葉に、セバと俺が聞き返した。



「カダフィーを、どう思うかね?」

「インチキ野郎の独裁者」

 セバが真っ先に答えた。

 そのインチキ野郎に、お前の父とこのワシが雇われていたんだぞ。

「爺ちゃんも、父ちゃんも知らなかったのさ、軍人だったから」

「では何故、カダフィーがインチキ野郎に成り下がって、リビアが混乱したか話してやろう」



・カダフィー就任前のリビアは、世界で最も貧しい国の一つだった。

・石油の利権は一部の特権階級の人間が支配していた。

・カダフィーは、その利権を独り占めした代わりに、石油のもたらす金を国民のために使った。

 例えば

 ・教育費の無償化政策で、当時わずか10%前後だった識字率を90%まで引き上げた。

 ・医療費の無償化政策で、誰もが高度な医療サービスを受けられるようになり平均寿命が延びた。そしてリビア国内で対応のできない難病に関してもリビア政府が手配して、海外での治療が受けられるようになった。

・税金の廃止。

・不当な利益、地価の高騰に繋がりやすい不動産業の禁止。

・電気代の無償化。

・ローンの金利0%を法律で決めた。

・新婚夫婦にはマイホーム購入資金として、政府から5万ドルが支給された。

 (これは就任時に誓った『全てのリビア人に家を与える』と言う政策に基づくもの※貧しい家庭に生まれたカダフィーには子供時代に家が無かった)

・国民が車を購入する際に、その半額を政府が支払った。

・農業を志望するものには、政府から土地・家・器具・家畜・種子が無料で支給された。

・女性の人権も尊重され、教育や車の運転も問題がなく、イスラム圏でありながら全身を黒い布で覆うアバヤの強制もなくなった。



「つまり、石油の利権を全てカダフィー自身が管理することで、その利益が全ての国民に行き渡るようになった。カダフィー自身も他所から言われる程の贅沢はしていない。宮殿と呼ばれるその家も、空爆や襲撃に備えた施設と来賓を招くための部屋はあるが、一見普通の裕福な民家程度で宮殿と呼ばれるほどではない」

「でも、反政府勢力が武装蜂起したと言うことは、それでも悪政だったんだろ」

 セバが口を挟んだ。

「そこが問題じゃ。反政府勢力は(以下箇条書き)」

・どこで武器を買った?

・そして、その金は誰が出した?

・何故首都から遠く離れたベンガジで蜂起して、トリポリまで戦い続けてこられた?

・なぜNATOは直ぐにその反政府勢力に呼応するように空爆を始めた?

・反政府勢力が首都トリポリに入場した時に、民衆の歓迎を受けなかったのは何故か?

・反政府勢力が政権を掌握したのちに、何故完全国有化だった中央銀行を廃止して外国の資本銀行を入れた?



 新疆ウイグル自治区はイスラム教徒の国なのに、何故宗教テロ組織は誰も助けようとしない?

 それは、得る物が無いからだ。

 核を保有した北朝鮮は経済制裁で済んでいるのに、生物化学兵器を持っていなかったイラクのフセインは何故倒された?

 それは北朝鮮には魅力的な資源が無く、イランに石油と言う魅力的な資源が有るからだ。

 俺はカダフィーを美化するつもりはない。

 ただ、世界中の人に知らされていない事実を知ってもらいたいだけだ。

 あとは、その事実を知っている者が、注意深く考えれば良い事だ。



 答えは明白だ。

 これは外国によるリビアの利権狙いに他ならない。

 嫌、その外国さえも巨大な資本家に操られているのかも知れない。

 1000キロも離れたベンガジから、トリポリまで戦いながら進むのは高度な補給システムと多大な資金が必要となるはず。

 決して“アラブの春”などと言う綺麗ごとではないだろう。

 そこで独裁者であるカダフィーに、インチキ野郎になってもらう必要があった。

 俺は黙って聞いているエマの顔を見た。

 目が合ったエマはコクリと頷く。

 急にエマが作戦に消極的になったように感じたのは、屹度ムサからこの話を聞かされていたからだろう。

 エマは迷ったはず。

 この国を壊してしまったのは自分たちの国ではないかと。

 俺たちは軍人。

 軍人としての任務は決して忘れてはいけないが、その前に最も大切なのは、一人の人間であることだ。
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