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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Surrender, retreat, or dieⅥ(降伏か撤退か、それとも死か)]

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 “ジュリー!”と、その名を叫ぼうと思ったとき、俺が声を出すよりも一瞬早くジュリーがルッツから身を放して決意を込めた言葉で言った。

「ルッツ、今直ぐ降伏して」

「降伏はできない」


 だが、ルッツは俺が降伏するように言った時と同じ様に断った。

 俺の時と違うのは、その目に警戒心が無いと言うこと。


 続けて〝どうして!?″とジュリーが聞いた時も、市民に降伏する事は出来ないと、同じ答えを言った。


 そこで、ジュリーはイカレタあのクルーガー少尉を自分の前に立たせて、彼に同じ様に降伏しろと言わせた。

 なるほど、クルーガー少尉は列記としたイギリス軍の将校。

 これならルッツの言い分の一部は覆すことが出来る。


「だが」


 ルッツが否定するもう一つの理由“国防軍の将軍が出した降伏命令を空軍の俺たちが無条件に受理するわけにはいかない”を言い出そうとしたとき、その言葉を出すよりも早くジュリーが言った。


「パリ市内を守るドイツ軍の編成表によると空軍空挺部隊もパリ総督府、つまり正式にコルティッツ将軍の支配下に組み込まれているわ。つまりコルティッツは国防軍将軍だけど、組織上はアナタ達の上官にあたるのよ。その命令に従わないアナタの行為は命令違反に当たるのよ! ルッツ、今直ぐ武装解除して投降しなさい」と。

 さすがジュリー!

 イギリス軍のヘンテコな少尉を連れて来たのは驚いたが、コイツはコレで使い道が有り結果的には素晴らしい判断だし、チャンとドイツ軍の組織まで調べ上げているとなってはルッツも従うしかないだろう。

 だが、ルッツは首を縦に振るどころか、反論を始めた。

「確かに組織上のパリ市内防衛の責任者はコルティッツ将軍で、俺達空軍降下猟兵もその支配下に置かれていることは確かだ」

「だったら……」

「いや、しかし、この降伏自体偽物だとしたら?」

「偽物?」

「そう、その点は偵察機乗りのクルーガー少尉の方が俺よりも詳しいはずだから、聞いてみるがいい」

 ルッツは、そう言うと、答えをヘンテコ少尉に委ねた。


 皆の視線がクルーガー少尉に集まり、彼は一瞬だけお道化て手を上げたものの、直ぐに話し始めた。



「僕は一体誰の指示で偵察に出るんだ? ジェームズ・ギャビン少将※か? それとも第3軍のジョージ・パットン中将か? いや違う。実を言うと僕ら偵察機部隊は、現場の指揮官の指示で飛ぶようなことは殆どない。では、誰の指示で飛ぶ? 殆どの場合は、参謀本部の指示で飛ぶ それは何故か。 作戦の立案や、実行中の作戦状況を把握するためだ。では何故現場の将軍に行わせないのか? それは現場の判断で好き勝手なことをされては困るから 何故困るかと言えば、参謀本部の作戦とは戦うことだけではなく、それを支える兵站迄を含めたものだから。 いかに将軍と言えども、参謀本部の指示した作戦以外の事を勝手に行うことは許されていない。特に撤退や降伏と言ったことは、他の部隊との調整が必要で、これを勝手に行われると大変なことになってしまう。では仮にパットン将軍が降伏する場合は、誰の許可が必要になるのか? 将軍クラスが受け持つ部隊の降伏となると、我々連合軍の場合は参謀本部だけの判断ではなく連合国遠征軍最高司令官のアイゼンハワー将軍の許可も必要となる。つまりそれと同様にコルティッツ将軍が降伏する場合は、ヒトラーか陸軍参謀総長のハインツ・グデーリアンの許可をもらう必要があるけれど、ヒトラーは再三パリの破壊をコルティッツに命令しているが、それが実行されないまま彼が降伏しているところをみると、この降伏はドイツ軍目線で考えるならば正式な降伏とは言いにくいことになる。これで良いですか、ルッツ少尉?」

「あ、有り難う、クルーガー少尉」

「いえ」

 “はあ……”

 誰かが溜息をついた。

 それほどクルーガー少尉の話しは長かった。

 つまりドイツ軍目線で見たとき、コルティッツ将軍の降伏は、決して受け入れられるものではないと言うこと。

 何故これだけの話しが、アイツの手に架かると、これ程までに長くなってしまうのか……。



(※ジェームズ・ギャビン少将:シチリア島降下作戦、ノルマンディー上陸作戦での降下作戦、マーケットガーデン作戦など、多くの空挺降下作戦に従事した若きエリート将軍)
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