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Jesus Christ Too Far(神様が遠すぎる)

[Battle of the Bulge Ⅱ(バルジの戦い)]

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 12月10日一旦ベルギーに入った俺達の分隊は、急遽ドイツ国内の空軍基地に呼び返されることになった。

 呼び戻された俺たちの連隊のメンバーはオスマン大尉を含めて、殆どがクレタからの生き残りのベテランたちで、どうやら空挺降下作戦が行われるらしい。


「待っていた甲斐があったな」

「まさか、また飛べるとは思っても居ませんでした。しかし、パイロットは大丈夫なのですか?」


 オスマン大尉に聞くと、顔が曇るのが良く分かった。

 制空権の無い場所での降下作戦は自殺行為だ。

 たとえ曇天で敵の戦闘機が襲って来ない前提だったとしても、地上の対空陣地からは丸見えになる。

 制空権が確保できていると言うことは敵の対空陣地も攻撃に晒されて数は少ないと言うことになるが、制空権が確保されていない状況と言うのは逆に敵の対空陣地は前線近くに押し出してきていると言うことになるから降下作戦には厄介だ。


 しかも空挺降下作戦の肝となるのは、その航空機を操るパイロットの技量によるところが大きい。

 降下目標ポイントを確りと捕らえるのは当たり前だが、どんな事があっても密集した編隊を崩さない技量と度胸が必要になる。


 これがチャンとできていれば、我々は目標降下地点に密集した状態で降下できるから、直ぐに効果的な作戦行動に移る事が出来る。

 逆にこれが出来なければ、部隊はバラバラに散らばってしまい集合に時間が掛かるだけではなく目標への到着にも時間が掛かってしまう。





 12月16日午前5時30分冬の曇天の中、航空機抜きの電撃作戦『ラインの守り作戦(通称バルジの戦い)』は始まった。

 だが俺たちの作戦は輸送トラックの燃料不足で、全部隊の到着が遅れていて出発は17日となった。





 10月17日午前0時。

 1300名の降下猟兵と300体の人形を乗せた112機のJu 52輸送機が冬の凍てついた空に飛び発つ。


「なんでワザワザ戦闘の役にも立たない人形なんか乗せるんだ? こんなヤツ等を乗せないで本物の部隊か食料や弾薬を乗せてくれた方が役に立つのによお」


 シュパンダウの言葉は、まさにその通りなのだが、こんな夜間降下を行える降下猟兵なんて今や殆ど残っていない。

 本来なら降下作戦の経験のないホルツや、経験の少ないグリーデンは外す予定だったが、2人がどうしても一緒に戦いたいと言うので連れて来た。

 この作戦が分隊としての最後の戦いとなるかも分からないから。

 もっとも、ご要望通りにベテランを出したのは俺たちの連隊だけで、他の連隊からは要望とは逆に未熟な者達が多く送り込まれていた。


 これはこの作戦の指揮を執るハイテ中佐に原因がある。

 と言っても彼が悪いわけではない。


 ハイテ中佐はクレタや北アフリカも経験しているベテランで、将校として信頼できる上官で騎士十字章も受賞している。

 実はハイテ中佐は今年7月に起きたヒトラー暗殺未遂事件の中心人物クラウス・フォン・シュタウフェンベルクのいとこにあたり、連隊長の多くはこの作戦が単なる囮か見殺しになる前提で行われるものと信じていたからだ。



 午前3時過ぎ、降下地点に付近に入る。



 既に未熟なパイロットたちの操るJu 52輸送機の編隊はバラバラになり、敵の激しい対空砲火がその輸送機の集団を更に散らせる。


「馬鹿野郎! 編隊を崩すな‼」


 シュパンダウがコクピットに向けて叫ぶが、一旦腰の抜けたパイロットは操縦桿を戻そうとはしないで機体が斜めに傾いて行く。

 このまま機体を傾けていると、揚力が失われて失速してしまう。


「降下‼」


 まだ降下ポイントではないが失速して墜落する前に、高度が十分ある前に全員降りなければならないので自ら号令を掛けて部下たちを降下させた。


 このJu 52には、俺達の部隊含めて14人の降下猟兵しか乗っていない。

 早く降りれば、失速から立ち直す事も出来るだろう。

 とにかく地上に激突する事だけは避けなければならない。


「何をしている、早く飛び降りろ!」


 最後の1人がナカナカ飛び降りない。


「無理です! 僕は降下経験がありません‼」


「馬鹿野郎! 降りなければ、このまま機体ごと地上に激突して死ぬだけだ!」


 彼が怖がるのも無理はない。

 改めて地上を見ると木々の枝までもがハッキリと見え、既に安全な降下高度を下回っている事が分かる。

 だが飛び降りる以外に、助かる道は無い。

 俺は思い切って降り渋る若者を突き落としたあと、自らも果てしなく地上に近い空から飛び降りた。
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