世界で一番遠い場所 Rev.1

ぽよ

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邂逅

一人から二人へ

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 次の日も変わらず梨咲は大学に向かっていた。いつか寝坊するんじゃないかとヒヤヒヤしている。そんな状況でも、卒業する単位数を取得するために、とりあえず入れられるだけのコマ数の授業が入っている。今日も5コマ中4コマは授業だ。
 今日は2限からスタートなので授業が始まればずっと休みなく授業の時間だ。今日の通学路は少しだけ人が少ない気がする。時刻は9時30分。早朝とは言えないが昼ではない。気温も低くはないが高くもない。穏やかな春だった。通学路をゆっくり歩いていると、後ろから話しかけられた。何事かと思いながら振り向く。

「おはよう、小宮さん」
「あぁ、おはよう」

 ちょうど真後ろにいたのは高杉だった。高杉は大学でできた数少ない友人の一人だった。通学路を歩くときはほとんどが一人だった。高杉も同じ道を歩いていることを寝起きですっかり忘れていた。高杉は話しかけてくると、梨咲の隣に並んで歩き出した。

「今日は授業2限から?」
「えぇ」
「俺も2限からだよ」
「まぁ1限からだったら今ここを歩いてないわよね」
「そうだね。小宮さんは2限に何があるの?」
「心理学」
「俺も心理学だよ」
「あら、そうなの」
「一緒に受けよう」
「ええ、構わないわ」

 寝起きで頭が働かないことを自分で自分に言い訳しつつ返事をする。朝から頑張って歩いているのに愛想よく返す元気は梨咲にはなかった。そこから他愛のない話がしばらく続き、さらに10分ほど歩いたところで大学に着いた。2限の授業までにはまだ時間があった。

「2限まで時間あるけどどうする?」
「図書館で時間を潰すわ」
「了解。じゃあ俺は講義室行っとく」
「えぇ、分かったわ」

 なんとか高杉を振り切ることができた。心の中でそう思った。校門の近くで分かれてからは一直線に図書館へと向かった。この時間ならきっと騒がしい学生はいないだろう。図書館に入り、前と同じくゲートを抜けて階段を登る。2階に出ると、前と同じ静寂が広がっていた。適当な椅子に座りスマートフォンを操作する。ふと気になって昨日高杉に教えたメールアドレスの受信ボックスを確認する。高杉からのメールは来ていなかった。そんなにすぐ送るものでもないと思ったのか、はたまた忘れていたのかもしれない。それとも、まだメールをする勇気がないのか。高杉の意図は見えなかったが、なぜか少し安心した。
 図書館で時間を潰し、何か読んでみたい本があるか学術書のコーナーをフラフラと歩きながら探した。梨咲は心理学科だった。専門にしたい分野が見つかっているわけではないが、興味があった。夥しい量の蔵書を眺めながら、読めそうな本を探すが、今の梨咲には何一つ見つからなかった。そもそも書いてあるタイトルの意味すら理解できないものも多かった。
 図書館で30分ほど時間が過ぎた頃、講義室へと向かう。図書館を出ると、少しだけ気温が上がって暖かくなっていた。構内を迷うことなく歩き、講義室へと向かう。学科全体の必修授業であり、大きめの講義室で受ける。そんなぼんやりとしたイメージだけを持っていた。
 心理学の授業は今日から授業に入る。梨咲は興味と興奮と恐怖が混ざったような心持ちで講義室の扉を開けると、学生はかなり集まっていた。講義に対して集まっていたという表現が正しいかはわからないが、梨咲と同じく不慣れな感じで席に座る学生たちがたくさんいた。梨咲も同じように着席し、授業中が始まるまでの時間を過ごす。5分ほどスマートフォンを操作していると、高杉が近くに来た。

「きたね」
「うん」
「なんで素っ気ないの」
「そんなつもりないんだけどね」
「そっか」

 苦笑する。寝起きを抜け出した梨咲としては返答が短いだけで素っ気なく返しているつもりはない。もとより会話する気があまりないというのは否めないが、それでも最低限の愛想は出しているつもりだ。高杉は梨咲の横に座って何をするわけでもなくただ授業が始まるのを待っていた。少ししてから教授が講義室に入る。
 高杉との雑談で時間を潰していると、教授が講義室に入ってきた。そして講義が始まり話をしていた学生も静かになった。広めの講義室で教授が心理学についての講義をする。学生はみんな静かにしているが、全員が真面目に聞いているという事はなく、寝ている学生もいれば小声で話をしている学生もいる。梨咲は真面目に板書を取りながら高杉のことを気にしていた。高杉も真面目に板書を取っているように見えて文字に書いているのはA4用紙の半分もない。全ての板書を取ることが正しいわけではないと分かっているつもりだ。梨咲も全てを残しているわけではないが、ノートに書かれている文字数が違った。そんなことを気にしている間に講義は進み、90分はあっという間に過ぎ去っていった。   
 講義が終わると、学生はまばらに講義室から出ていった。梨咲もそれに続くようにして講義室を出る。それに高杉もついてきた。

「小宮さんはこの後お昼ご飯食べるの?」
「えぇ、午後からも授業あるしね」
「俺も一緒に食べていい?」
「別に構わないけれど」
「じゃあ、一緒に食堂に行こう」
「はい」

 高杉とは前にも昼食を一緒に食べた。そもそも、昼食を誰かと食べるというのは梨咲にとっては別に苦痛ではなかった。過剰なコミュニケーションさえなければの話だが。
 高杉と2人で講義室を出て食堂へと歩いていく。4月の大学の昼休みは学生に溢れていて、食堂に行くまでに人混みを避けながら進むことが何回か発生した。高杉と食堂に入り、席を取る。梨咲は弁当だったので食堂で注文をする高杉を見ながら先に食べ始めた。次の授業はなんだったかと気にし始めたところで、カツ丼を持った高杉が戻ってきた。

「もう食べ始めてるから」
「はーい」

 弁当を食べ始めている梨咲に動じることもなく高杉も食べ始める。二人の隣にも学生は座っており、予想以上の喧騒で会話をするのは困難かと思われたが、そんな状況でも高杉は話しかけてきた。高杉はどうやらコミュニケーションを取るのが好きなタイプらしい。

「このあとは授業あるの?」
「午後からはずっと授業があるわ」
「そっか、授業が被ったらまたよろしくね」
「えぇ、いいわよ」

 食堂の中で午後からの授業の話をする。高杉がどれだけの授業を取っているかは知らない。しかし、梨咲は午後からもずっと授業だった。食べ終わった弁当箱を閉じ、食堂の席を立つ。

「じゃあ、私は午後から授業があるから」
「あ、うん」

 前回は同じくらいの時間に昼食を食べ終わった気がしたが、高杉は話をしていたから遅くなったのだろうか。食堂の外へと向かう途中で振り向くと、高杉は呆気に取られていた。
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