世界で一番遠い場所 Rev.1

ぽよ

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変化

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 高杉が恋人になってから数ヶ月が過ぎた。今は8月。大学は夏休み。基本的に実家に帰らない梨咲も、夏休みと年末年始は帰省すると決めていた。梨咲の家から電車で7駅。一人暮らししている街よりも更に何もない田舎だが、久々に帰ってくるとどこか懐かしく、たまにはこういう空気を吸うのも悪くないと思える、不思議な空気があった。都会のような忙しさと暑苦しさがなかった。
 しかし田舎でも夏であることには変わりなく、タオルで汗を拭きながら実家へと歩いていく。ふと、高杉のことを思い出す。彼も今頃は帰省しているのだろうか。そもそも高杉が一人暮らしなのか実家暮らしなのかを知らないけれど。咲と高杉は恋人同士だが、まだお互いの家に行ったことがない。梨咲の家は殺風景すぎる。家で何かをするには物が少なすぎる。高杉の部屋はどんな感じなのだろうかということを考えながら、実家の最寄駅から歩いて5分。実家が目の前に来た。何事もなく扉を開けて、帰宅する。

「ただいま」
「おかえりー。久しぶりね」
「春以来かな」
「大学はどう?」
「まぁまぁかな」
「それならいいけど」

 気負うことなく帰ってこられる場所。実家がそういう場所で良かったとしみじみ思う。リビングに入る前に廊下に荷物を置く。リビングへと入ると、春に梨咲が一人暮らしする前とは少しだけ様変わりしていた。春先に家を出た時とは少しだけ景色が違う気がした。

「なんか、変わった?」
「一応絨毯が御座になった」
「なるほど。そういえば」
「どうしたの」
「彼氏ができたよ」
「ちょっとおしゃれになったと思ったらそれか」
「そんなに変わったかな」
「前よりは綺麗なんじゃないかしら」
「そっか」

 母に言われて改めて服を見てみる。確かに前よりは服屋に通う回数が増えた気がする。特にファッション雑誌を読んだりしているわけではないが、周りの人間の服は見るようになった気がする。高杉とのデートは回数が多いわけではないのに、何故だか見られることを意識して考えることも増えた。無意識に服が変わっていったのかもしれない。
 何気なく過ごしてきた数ヶ月、高杉が恋人になってから大きな変化が起きつつある。なんとなく直感でそう思った。何一つ確信的な要素はないけれど、それ以外の部分も少しずつ変化していくのかもしれない。リビングの御座に座りながら一人暮らしの部屋にはないテレビをつける。久しぶりにつけてみても放送している番組はほとんど変わらなかった。そんなにテレビに詳しいわけではないが、一応それなりに流行は抑えていたつもりだ。前よりはオシャレになった服装で、前と変わらないテレビを見る。高杉は今頃、何をしてるのか。連絡を取ろうか迷ったが、高杉にもプライベートは当然ある。そう思った梨咲は、スマートフォンを閉じ、テレビへと意識を向けた。

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