世界で一番遠い場所 Rev.1

ぽよ

文字の大きさ
19 / 40

物産展

しおりを挟む
 高杉が話をしていたショッピングモールは、梨咲の家から15分ほど歩いたところにあった。梨咲も行ったことがある。特に変なものはない。曜日によって安いものが違うため、欲しいものがある時は重宝する。冷凍食品が安い日もあれば、野菜が安い日もある。梨咲の中では日常の中に溶け込んでいる特に変わったところのない景色の一つだ。高杉が梨咲を連れてここに来たところで、変わったことなんて起きるのだろうか。高杉が何を考えているかわからないまま歩き続ける。ショッピングモールの姿が見え始めたあたりで高杉が何がしたかったのか少し分かった。

「物産展」
「そう、物産展。今回は食べ物らしい」
「なるほど、楽しそう」
「ちょっと珍しいものも置いてるらしいから、いいかと思って」
「楽しみになってきた」
「それは良かった」

 急な提案だった。しかし、日常の中に溶け込んでいる食べ物というテーマで珍しいものが見られるというのは悪くない。提案を受けてもらえて、高杉も上機嫌で歩いていた。常に楽しそうにはしているのだが、今日はいつもとは違う表情に見えた。
 ショッピングモールの扉を開けると過剰なまでの冷房が2人を出迎えた。中に入ると目の前には中央エントランスがあり、インフォメーションも兼ねているスペースだった。今日の物産展はよほど大きなイベントなのか、建物内にも大々的に垂れ幕が下がっていた。日本全国から食べ物が届いているらしい。
 北海道から沖縄までの様々なものが並べられていた。建物の全体的な客の密度で見ると閑古鳥が泣いているように見えるのに物産展エリアだけは賑わっていた。

「納豆は食べられないんだよねー」
「俺は食べれるよ」
「え、あれ食べれるの?」
「うん、食べれるよ」
「高杉くんすごい」
「そんなに褒められることだったのか」

 様々な納豆が並ぶエリアに来て、そんな話をする。梨咲は納豆が食べられない。味も匂いも食感も何もかもが拒絶するほど苦手だった。高杉が納豆を食べるというのは見栄っ張りではないようで、いろんな銘柄の納豆を見て回っていた。しかし、人にお勧めするほど大好きではないらしい。その勢いで梨咲に納豆を薦めてくることはなかった。
 その後も高杉といろんなものを見て回った。外郎。じゃがいも。米。ぶどう。今までの社会の授業で聞いたことはあるような気がするものから、何一つ噂すら聞いたことのないようなものまで並んでいた。珍しいと言えば珍しい。高杉と日本の食べ物を見て回る時間は、あっという間に過ぎていく。高杉と二人で試食コーナーを回ったりしながら、食べ物の特徴についても話したりする。気がつけば夕方になっていた。

「変わったこと、できた?」
「うん、出来たかな。物産展に行くなんてこと今まで無かったしね」
「それは良かった」
「高杉くんは知ってたの?」
「この前調べてたんだよね。暇だったから」
「なるほど」
「開催は今日だけじゃなかったから、今日だけっていう特別感はないんだけど」
「それでも、なんかいつもと違った雰囲気だった」
「うん、まぁそれはね」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 ショッピングモールを出て、帰り道を歩く二人。何気ない日常の中にも、変わったものは存在する。そう思った時、梨咲が思っている変わったことというものは、そこまで必死になってまで見つけるものでもないのかもしれない。いつしか日常になった高杉との日常生活も、かつては変わったものだった。日を重ねることに日常へと溶け込んでいく。そして、特別感のない日常の中に溶け込む、春の夕方。そんな日常を送れていることが幸せだと気付いたのは、この時が初めてだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

一条さん結婚したんですか⁉︎

あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎ 嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡ ((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜 ⭐︎本編は完結しております⭐︎ ⭐︎番外編更新中⭐︎

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

処理中です...