短編集

ぽよ

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変わらないもの

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「ただいま」
「おかえりー」

 土曜日の大学の講義から帰ってくると、同棲している彼女が迎え入れてくれる。3歳差で歳が離れていたが、家族ぐるみで付き合いがあった俺たちは幼馴染というより従兄弟に近い存在だった。目の前の彼女は俺が大学生になる頃に彼女から告白してきた。
 今から付き合ったところで距離感が変わるわけでもなければ、特別感があるわけでも無かった。しかし断る理由も、そこには無かった。
 彼女は俺が小さい時から面倒を見てもらっていた姉のような存在だった。教えてもらったことも多い。守ってもらったことも多い。いつしか身長が逆転しても、それが覆ることはなかった。

「君も新しい人見つけたらいいのに」
「いまさら姉ちゃんの代わりがいるとは思えないんだよね」

 クーラーの効いたアパートの一室で寝転びながら会話をする。彼女は俺のことをずっと「君」と呼ぶ。そして俺は彼女のことを「姉ちゃん」と呼ぶ。これも、昔から変わらない。
 二人でダラダラしながら時間だけが過ぎていく。時刻は夕方。夕食をそろそろ作り始める時間だが、二人とも全く動かない。

「ご飯食べなきゃいけないけど、作るのめんどくさいなぁ」
「今日何作るの?」
「パスタ」
「本当に好きだよね」
「楽なんだよ、楽」

 彼女は料理を頑張らない。出来ないわけではないのだが、家族同然の認識の相手に凝ったものを作るほど料理に熱量は注がない人だった。
 時刻が18時を回る頃、ようやく立ち上がった彼女はキッチンに立つ。おもむろにフライパンに水を入れ、その中にパスタも投入する。
 彼女は社会人だ。日勤職で事務をしている。残業で俺より帰るのが遅くなることもある。その時は俺が夕食を作って待つことになっている。土曜日と日曜日はそれがないため、自動的に彼女が作ることになる。一度俺が作ろうとかと提案したが、大学生は勉強しなさいという一言と共に断られてしまったのだ。

「できたよ」
「あ、ありがとう」
「いつも通りのパスタ」

 フライパンで茹でられ、炒められて完成したパスタを皿に持ってリビングに運んでくる。いつも通りのカルボナーラだった。

「姉ちゃん本当にカルボナーラ好きだよね」
「安定感抜群だからね」

 悪戯っぽく笑うわけでもなく淡々と語る彼女。その直後からパスタを啜り始める。その姿を見てから俺もパスタを啜る。物心ついた時からずっと見てきた景色のはずが、なぜか懐かしい気持ちになった。

「何、どうしたの」
「なんでもない」
「そっか」

 短い会話の後、彼女はまたパスタを啜り始める。彼女がそれを食べ終わると、神妙な顔つきになった。

「私たちもこうして同棲してるけど」
「うん」
「そろそろ結婚考えないとね」
「結婚かぁ、全然意識してないなぁ」
「私たちはずっとこんな感じだから、仕方ないね」
「結婚かぁ」
「私たちもそろそろ、姉と弟から卒業して、彼女と彼氏になって、前に進んでいかないと」
「うん」

 いきなりの真剣な話題に戸惑ったが、それは最近俺も考えていることだった。甘えてばかりいられるほど甘くはない。自立して、彼女を支えられる人間にならなきゃいけない。

「でも君はまだ就活もあるし、社会人になれば考えが変わる可能性もあるし、難しいけどね」
「うん」
「ま、私からは離れられないと思うけど」
「うん」

 さっきと違って、悪戯っぽく笑う彼女はどこか自信満々に見えた。俺が彼女にべったりくっついているというじじつからみてもその自信は正しい。俺が社会人になっても離れることはないだろう。
 俺が社会人になって、同棲が続いて、何年が経てば結婚という場所に辿り着くのか。それすらも分かっていない。それでも、彼女となら前に進んでいける気がした。

「ま、今は就活頑張って、私を養えるくらいの給料もらってよね」
「あ、まぁ、うん」

 曖昧な返事しかできないままお茶を濁す。彼女のいう通り、今は就活を頑張るしかない。今まで支え続けられてきた分、俺が頑張らなければいけないんだ。

「頑張ろうとしたって無理な時は無理だから、その時は私に甘えればいいのよ」
「えー、でもなぁ」
「昔みたいにね」
「うーん」
「つべこべ言わないの」

 彼女はそう言うと俺を抱きしめてきた。いつまで経ってもこれには勝てなかった。彼女が俺を選んでくれた分くらいは、幸せにしなければ存在する価値がない。そのために出来ることを一つずつ、こなしていこうと思う。
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