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永遠のファーストブルー
六
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「まぁ、死なないけどね」
それ以上の言葉を失っていると、空野が気を抜いたようにふにゃっと笑った。
教室で見る明るい笑顔とも、悲しそうな笑い方とも違う。力がないように見せつつも、芯を纏った表情だった。
「だって、こんなに可愛い女の子が死ぬなんて、映画やドラマだとありきたりすぎるでしょ? それに、一度は寛解してるんだもん! さっきはちょっと自信なくなったけど、よく考えたら勝負には一回勝ってるわけだし、ゲームなら攻略法がわかってるやつじゃない?」
共感すればいいのか、突っ込めばいいのか、僕にはわからない。下手に口を開けば彼女を傷つけてしまいそうで、慰めすら浮かばなかった。
「というわけで!」
勢いよく立ち上がった空野が、僕の前に立ちはだかる。夕闇に包まれていた視界が彼女に遮られ、いっそう暗くなった。
「日暮優くん。君を今日から来週の水曜日の終業式の日まで、私の相棒に任命します!」
「…………は?」
なんの脈絡もない空野の言葉に、たっぷりの沈黙のあとで漏れた声はとてもまぬけだったに違いない。
「えっ、と……ごめん。まったく意味がわからないんだけど……」
うんうんと相槌を打った彼女は、にこにこと笑っている。
「私、入院するまでにしておきたいことがあるの。ほら、今度いつ外に出られるかわからないし、前のときは色々と制限されちゃったし……。だから、色々やっておこうかなって」
「そ、そういうのは家族とか友達に――」
「家族じゃなくて、友達としたいの! でも、友達に病気のことは話したくないから、事情を知った日暮くんに相棒になってもらいます」
「知ったんじゃなくて、そっちが勝手に言ってきたんだろ!」
「でも、知っちゃったよね?」
ふふん、と鼻を鳴らすように笑顔を見せ、「なので共犯になってもらう」と言い放たれる。
「担保は、尾行がとっても下手なあなたの名誉です」
「……要するに、僕に選択権はないんじゃないか」
悪戯っ子のような顔をした空野が、「交渉成立だよね?」と僕の顔を覗き込んでくる。
僕は精一杯の皮肉を込め、「こういうのは脅しって言うんだ」と返した――。
遅くなった帰宅を母から叱られたあとで自室に行くと、連絡先をむりやり交換させられた空野からLINEが届いていた。
【マル秘・重要事項! 空野未来のやりたいことリスト】
その文面から始まり、立て続けに通知音が鳴り出す。
【海に行く】
【遊園地でデートをする】
【修学旅行に行く】
【夜の学校に忍び込む】
要望は四つらしく、【以上、よろしくお願いします!】と締めくくられていた。
「……いや、無理だろ」
思わず漏れた本音とため息が、気を重くさせる。
そもそも、彼女がなにを考えているのかまったくわからない。
病気というのが本当なのかも、僕には調べる術はない。仮にそれが本当だったとして、どうしてこれまで接点がなかった僕なんかを相棒とやらにしたがったのかも理解に苦しむ。
けれど、僕の平穏を守るためにはやるしかないことだけはわかっていた。
空野は人を傷つけるようなことをするタイプには見えないものの、今日の彼女の態度はいつもとまったく違っていて、思考はちっとも読めなかった。
病気かどうかはさておき、ひとまず協力する方がいいのは明白だ。
【僕が協力できるのは海に行くことだけだよ】
とはいえ、空野に返したメッセージの内容がすべてであり、僕が叶えられる彼女の願いはひとつしかない。
だって、僕は空野の彼氏じゃないから、デートはできない。うちの学校の修学旅行は二年の二学期に行くことになっているし、夜の学校に忍び込むのも常識では不可能だ。
つまり、空野未来を海に連れて行けば、僕は責務を果たしたことになるだろう。
なんて考えが甘かったと気づいたのは、二分後のこと。
【大丈夫! 私にいい案があるから!】
再度鳴った通知音に嫌な予感を抱きながらメッセージ開けば、なぜか空野の自信に満ちた表情が脳裏に浮かんだ。
それ以上の言葉を失っていると、空野が気を抜いたようにふにゃっと笑った。
教室で見る明るい笑顔とも、悲しそうな笑い方とも違う。力がないように見せつつも、芯を纏った表情だった。
「だって、こんなに可愛い女の子が死ぬなんて、映画やドラマだとありきたりすぎるでしょ? それに、一度は寛解してるんだもん! さっきはちょっと自信なくなったけど、よく考えたら勝負には一回勝ってるわけだし、ゲームなら攻略法がわかってるやつじゃない?」
共感すればいいのか、突っ込めばいいのか、僕にはわからない。下手に口を開けば彼女を傷つけてしまいそうで、慰めすら浮かばなかった。
「というわけで!」
勢いよく立ち上がった空野が、僕の前に立ちはだかる。夕闇に包まれていた視界が彼女に遮られ、いっそう暗くなった。
「日暮優くん。君を今日から来週の水曜日の終業式の日まで、私の相棒に任命します!」
「…………は?」
なんの脈絡もない空野の言葉に、たっぷりの沈黙のあとで漏れた声はとてもまぬけだったに違いない。
「えっ、と……ごめん。まったく意味がわからないんだけど……」
うんうんと相槌を打った彼女は、にこにこと笑っている。
「私、入院するまでにしておきたいことがあるの。ほら、今度いつ外に出られるかわからないし、前のときは色々と制限されちゃったし……。だから、色々やっておこうかなって」
「そ、そういうのは家族とか友達に――」
「家族じゃなくて、友達としたいの! でも、友達に病気のことは話したくないから、事情を知った日暮くんに相棒になってもらいます」
「知ったんじゃなくて、そっちが勝手に言ってきたんだろ!」
「でも、知っちゃったよね?」
ふふん、と鼻を鳴らすように笑顔を見せ、「なので共犯になってもらう」と言い放たれる。
「担保は、尾行がとっても下手なあなたの名誉です」
「……要するに、僕に選択権はないんじゃないか」
悪戯っ子のような顔をした空野が、「交渉成立だよね?」と僕の顔を覗き込んでくる。
僕は精一杯の皮肉を込め、「こういうのは脅しって言うんだ」と返した――。
遅くなった帰宅を母から叱られたあとで自室に行くと、連絡先をむりやり交換させられた空野からLINEが届いていた。
【マル秘・重要事項! 空野未来のやりたいことリスト】
その文面から始まり、立て続けに通知音が鳴り出す。
【海に行く】
【遊園地でデートをする】
【修学旅行に行く】
【夜の学校に忍び込む】
要望は四つらしく、【以上、よろしくお願いします!】と締めくくられていた。
「……いや、無理だろ」
思わず漏れた本音とため息が、気を重くさせる。
そもそも、彼女がなにを考えているのかまったくわからない。
病気というのが本当なのかも、僕には調べる術はない。仮にそれが本当だったとして、どうしてこれまで接点がなかった僕なんかを相棒とやらにしたがったのかも理解に苦しむ。
けれど、僕の平穏を守るためにはやるしかないことだけはわかっていた。
空野は人を傷つけるようなことをするタイプには見えないものの、今日の彼女の態度はいつもとまったく違っていて、思考はちっとも読めなかった。
病気かどうかはさておき、ひとまず協力する方がいいのは明白だ。
【僕が協力できるのは海に行くことだけだよ】
とはいえ、空野に返したメッセージの内容がすべてであり、僕が叶えられる彼女の願いはひとつしかない。
だって、僕は空野の彼氏じゃないから、デートはできない。うちの学校の修学旅行は二年の二学期に行くことになっているし、夜の学校に忍び込むのも常識では不可能だ。
つまり、空野未来を海に連れて行けば、僕は責務を果たしたことになるだろう。
なんて考えが甘かったと気づいたのは、二分後のこと。
【大丈夫! 私にいい案があるから!】
再度鳴った通知音に嫌な予感を抱きながらメッセージ開けば、なぜか空野の自信に満ちた表情が脳裏に浮かんだ。
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