永遠のファーストブルー

河野美姫

文字の大きさ
15 / 19
永遠のファーストブルー

十五

しおりを挟む
 格好をつけたわけでも、正義のヒーローになったつもりもなかった。
 それでも、矛先が僕に向かえば、それまで友達だと思っていた奴らは僕から離れていき、クラスメイトたちは僕を〝いないもの〟として扱った。


 まるで透明人間にでもなった気分で絶望感を抱き、みんなに幻滅すらした。暴力がなかったのは幸いだったけれど、誰とも視線も言葉も交わらない学校が監獄のように思えた。


 だから、僕は進路先を変更し、母校からひとりも受験者がいなかったうちの高校を受けた。
 空野とはある意味で共通している。もっとも、僕こそ逃げたのだけれど……。


 ただ、いきなり友達全員にそっぽを向かれるあの感覚は、今でも心と記憶にこびりついている。あんな思いは、もう二度としたくない。


 そんな経験から、僕は高校ではひとりで過ごすことを決め、ひとりでも平気なふりをするために、教室ではいつも興味もない本を読んで過ごしているのだ。


「本当に誰も助けてくれなかったの?」

「いや、ひとりだけいたよ」


 空野の問いかけに、幼稚園からの幼なじみを思い浮かべる。


「そいつはすごくいい奴なんだ。ただ、僕と話すとそいつまでシカトされるようになったから、『もう話しかけないでくれ』って言って僕から離れた」

「そんな……」

「でも、そいつは僕の考えなんてお見通しだったらしくてさ。学校では話しかけてこなかったくせに、放課後は毎日のようにうちに遊びにきてたんだ」


 僕が笑うと、彼女も安堵の笑みを零した。


「今の悩みは、貸した漫画をなかなか返してくれないこと。そいつ、漫画を何冊も持って帰るくせに、返すときはいつも一冊ずつなんだ」


 肩を竦めれば、空野がクスクスと笑った。「よかった」と口にした彼女は、わがままなのにとても優しい。


「日暮くんも逃げたわけじゃないよ」

「僕は逃げたんだよ。だから、今も友達を作らないんだ」

「違う、逃げてないよ。また自分がいじめられたとき、その友達みたいに庇ってくれる子がいたら傷つくかもしれないから、誰とも親しくなろうとしてないだけなんでしょ?」

(ああ、もう……)


 僕はやっぱり、空野の真っ直ぐな瞳がとても苦手だ。


「日暮くんはすごく優しいんだよ」


 それなのに、彼女の一言であの頃から逃げてばかりの僕が救われた気がして、なんだか無性に泣きたくなったんだ――。






 その日、僕は夕方まで空野とネットカフェで過ごし、インターネットで沖縄のありとあらゆる場所を検索した。きっと有名どころは全部調べたと思うし、無駄に詳しくもなった。


 最後に『残りひとつもよろしくね』と言った彼女に、自分でも驚くほど素直に頷いていた。
 本当はもう、空野が僕のストーカー疑惑を話さないことはわかっていたし、彼女もそれを察しているようだったけれど、どちらもそこには触れなかった。


 僕たちはお互いの秘密を共有し、弱い部分を見せ合った同志である。
 空野のやりたいことリストは、あとひとつ。


 学校に忍び込むのは、終業式の水曜日の夜。まだ三日後だというにもかかわらず、僕は家にある懐中電灯を用意し、電池が切れていないか念入りに確認した。


 さっき【ありがとう】と送ってきた彼女は、もう眠っているだろうか。夜が深まっても寝つけなかった僕は、水曜日の計画をひとり頭の中で組み立てていた。






 翌日、入院前検査で休むと言っていた空野は、学校に来なかった。
 友達には風邪だと言い訳したらしく、僕しか理由を知らないことに小さな優越感がなかったと言えば嘘になる。けれど、真実を知っているからこそ、彼女が心配だった。


 木曜日になると、空野は入院する。家族と僕しか知らない真実は、本当に誰にも伝える気はないようだった。中学時代、腫れ物のように扱われたことに傷ついた彼女の意志は固く、ギリギリまで友達には言わないと決めている。


 空野の友達ではない僕は、その決断を否定も肯定もせずに頷いた。


 火曜日には学校に来た彼女はいつも通りで、みんなと同じように授業を受け、午前中で学校が終わると真っ直ぐ帰っていった。
 僕は、乗換駅で空野と同じ電車に乗り、彼女を家まで送った。


 空野は明日の準備は完璧だと胸を張っていて、僕も『問題ないよ』と得意げに返した。
 たったの数日で、彼女との関係がこんなに変わるとは思っていなかったけれど……。僕の心はあのときとは違っていて、夜の学校に忍び込むというのに否定的な言葉はなにひとつ出てこなかった。


 明日はよく晴れるらしい。きっと、天気も空野の味方をしてくれるのだろう。根拠もないのに、そう確信していた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

香りが導くその先に

凛子
恋愛
その香りに包まれていると、あなたと繋がっているような気がして――

恋愛の醍醐味

凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。 あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……

舞雪

菊池昭仁
現代文学
死を目前にして、犬飼壮一は懺悔と後悔の日々を送っていた。 夫婦とは家族とは何か? それを問う物語です。

処理中です...