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何がおかしい。

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(ああ……この門を潜れば、乙女ゲームが始まってしまう。)
リリースは、学園の門の前で立ち止まった。白い宮殿のような校舎を見上げた。

久方振りに気を失っているうちに、ダミアンにお姫様抱っこをされ運ばれ、馬車の中では膝の上に鎮座させられ学園までやって来た。

「リリー。」
甘く優しい声と柔らかな瞳のダミアンがリリースを後ろから覗き込む。闇のような黒い瞳にリリースが映り込む。

(ああ……もうすぐヒロインが現れて、ダミアン様が一目惚れをするのよ。そして私は、絞首刑。)
リリースは門の中に入りたくなくて、動かない。

「リリー、行くよ。」
ダミアンが誘うように手を差し出す。ぱっ、と条件反射で両手を載せた。

(はっ、しまった!! )
引かれるようにリリースはダミアンと門を潜った。

(万事休す、おしまいよ~~!! そのうちヒロインが現れて、ダミアン様は……… )
白い校舎を後ろに浮かび上がるような黒髪が揺れる。優しく妖しい微笑みを称えるダミアン。

ガシャン、とリリースの後ろの縦格子の門が閉まる、彼女の鼓動が跳ね上がった。真っ赤な薔薇の花びらが舞い散る。

白と黒と赤。

言いようの無い不安がリリースの胸に押し押せる。

(もうすぐダミアン様を取られるのね。でも死ぬよりかは、マシよね。)
リリースはダミアンの手を握り締めた。

(ヒロインに心が移ったら、すぐに婚約解消を言おう。そうしたら絞首刑にならなくてもすむよね。)
悲しそうに自分を見つめるリリースに、ダミアンは首を傾げる。

「リリー、どうしたの? 」
此れから自分を絞首刑にするかもしれないダミアン。でも今はまだ優しくリリースを見つめている。

(好きになったら駄目なのに……、好きになったらヒロインをきっと虐めてしまう。)
リリースはそっと手を放した。

「リリー? 」
(怖いけど、好き。)
ダミアンから距離を取る。

(思われなくなるのは仕方ないけど、嫌われるのはいや。)

入園式の門前では第一イベントがあると、リリースはダミアンから距離を取る。

(ぜったいヒロインを、ダミアン様の好きな人を虐めないから婚約解消しようね。)
リリースはダミアンに、寂しそうに微笑んだ。

(嫉妬した醜い姿は見せない、だから嫌いにならないでね。)
離れていくリリースを、ダミアンは不思議そうに見つめる。

「リリー? 」

その時、学園の鐘の音が響いた。入園式の合図だ。

(もうすぐヒロインが駆けて来て、ダミアン様にぶつかるのよ。多分。)
乙女ゲームのパターンである。

しかし、

「リリー、急ごう学園式に遅れる。」
ダミアンはリリースの手を取って走り出した。

(あ、あれ~? )
第一イベントは起こらなかった。

(校門前で、ぶつかって一目惚れじゃないの。違うパターン? )
ダミアンに手を引かれ走りながらリリースは考えた。


「新入生代表、ダミアン・フォン・クロスワード。」

ダミアンが舞台の演台で新入生の挨拶をしている。

(こ、これは……悲劇のヒロインイベント? )
悲劇のヒロインとは、朝礼など集まった人の講演中に貧血で倒れる事を言う。

(攻略対象のダミアン様が通り過ぎる前に倒れで腕の中に、そして悲劇のヒロインに一目惚れを。)
そのパターンで来たか、とリリースは思った。
(ひ弱な令嬢、庇護欲を前面に打ち出すのね。)
対比だとリリースは思う、なにせリリースは健康優良児。(失神はするが)

(『彼女は私がいなくては駄目なのだ。』と、心を移して行くのね。)
今迄リリースに注がれていた優しさが、ひ弱なヒロインに注がれて行く。
リリースは悲しくて、俯いた。

「リリー。私の挨拶はどうだった? 」
いつの間にか戻って来たダミアンはリリースに声をかける。

「リリー。」
優しく微笑むダミアン。

「えっ、悲劇のヒロインは? 」
「悲劇のヒロイン? 」
ダミアンは首を傾げた。

(あれ~~? 何がおかしい。)

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