3 / 5
第3話
しおりを挟む
ロイク・デュプレクスーー
黒髪オールバックに切長の瞳のシャープな顔立ち。
はじめて会ったときからどこか冷たい人だと思っていた。
これまでに旦那様とお会いしたのは3回だけ。
最初はこの屋敷の門をはじめてくぐった嫁入りの日。
旦那様は執務室で本に目を落として初対面の私に一切、視線を向けなかった。
2回目は挙式の日。
ウェディングドレスを着た私を見ても表情ひとつ変えないまま、誓いの言葉を述べた。
3回目は初夜。
緊張しながらロマンスな夜を期待していたけどどこか義務的だった。
そんな旦那様と4回目の対面。しかもだいそれたウソをついて、さらに妻として振る舞おうとしているんだから
とてつもない緊張感が胸に去来する。
屋敷の門の前にお義母様、メイドたちと立って旦那様を乗せた馬車を待つ。
ときおりお義母様が不敵な笑みを浮かべながらチラリと私の方を見やる。
これもお義母様の嫌がらせだ。
妊婦を長時間立たせて母体とお腹の子に負担を掛けようという腹づもりらしい。
メイドの話だと、お義母様が商人から堕胎剤を仕入れたという情報があるそうだ。
私が本当に妊娠していたらどれだけ毒を盛られたことか。
だけど、お義母様の嫌がらせは今の私にはノーダメージ。
すべてはウソなのだから。
しばらくすると遠くの方に馬車の姿が。
いよいよだ。
立ち続けて30分が経過。到着まであと5分といったところか。
炎天下。だけど私はまだ平気。
「ライラ様、お身体の方は大丈夫ですか?」
と、心配したメイドが話しかけてくるが、私は
「このくらい平気ですわ」と、余裕の表情で答える。
それを聞いてお義母様はムスッとした表情。
こうしてみるとお義母様のしていることは滑稽だ。
わかっているのです。本当はお義母様の方が限界が来ていること。
するとお義母様はよろめきながら後ろのメイドにもたれかかる。
「奥様⁉︎」
そんなお義母様を尻目に私は平然と立ち続ける。
お義母様の悔しそうな表情。
馬車が私たちの目の前に停車するなり、旦那様が飛び出してきた。
さすがに母のところに駆け寄るかと思ったが、旦那様は真っ先に私のところへ。
「身体は大丈夫か。ライラ」
「⁉︎」
旦那様の口からはじめて私の名前を聞いた。
それどころか旦那様の口からは「そうか」しか聞いたことがなかった。
はじめて会った日も。
「シャノン家の長女、ライラと申します」
「そうか」
初夜の日も
「ロイク様、あの私、はじめてで。その⋯⋯」
「そうか」
ってな具合だ。
そんな旦那様が私を抱きしめて、気遣う言葉を⋯⋯
狼狽する私の隣でお義母様はメイドたちに抱き抱えられながら立ち上がる。
「ロイクおかえりなさい。こんな格好ですまないね」
「母上はもう少し歳を考えて行動してください」
「⁉︎ ロイク、母になんてことを」
「母上!」
「はい⋯⋯」
あのお義母様がしおらしく⋯⋯
「母上、ライラと2人きりにさせてほしい。人払いを。ライラ、まずは部屋で一緒に休むとしよう」
そう言って旦那様はそっと私の腰に手を添えて屋敷の方へと歩き出す。
そんな私たちを「くっ」と、お義母様は睨みつけてくる。
広間に入ると旦那様とテーブルを挟んだ対面でソファに座る。
私は旦那様とはじめて2人きりになったような気がする。
なんだか場の空気が重たい。
なんて話しかければいいかわからない。
すると旦那様はソファから立ち上がって私の背後に回りそして耳元で囁く。
「ライラ。1週間は滞在できることになった。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」
何これ。お腹の中から全身にかけて熱くなる感じ。
顔がもう真っ赤。
「お腹の子に障るといけない。やれることは俺が全部やろう」
「旦那様、ですが料理もそうじも洗濯もみんなメイドの仕事です。
私も旦那様もやることはありません」
「それもそうだな。なら馬車で出かけよう。デュプレクス領内を見て周ったことはないだろ」
「は、はい⋯⋯」
旦那様の豹変に戸惑いが追いつかない。
「丘の上だが俺の好きな景色がある。どうだ」
「ぜひ⋯⋯」
戸惑いながら旦那様と馬車に乗る。
馬車が走り出して景色が移り変わると「そうか」しか言わなかった旦那様が饒舌になる。
あの建物は教会だとかあの山で子供のころスキーをして遊んだとか
馬車から見える景色と想い出のエピソードをひとつひとつを楽しそうに説明してくれる。
⁉︎
私はハッとする。
もしかして父親になることを楽しみになさって。
だとすると⋯⋯
今になってついたウソの罪の意識が去来する。
落ち込んだ旦那様の顔が目に浮かぶ。
残念ですけど私のお腹の中にあなたの子供はいません。
すべてウソなのです。旦那様の愛情は私に向けられていいものじゃない。
私がウソをついたことで本来リネットに向けられるべき愛情が私に⋯⋯
これでよかったのかしら。
私のしたことはリネットの幸せを奪っただけに過ぎないのでは?
しかし、そのリネットもあなたを裏切っている。
この屋敷にあなたの愛情を向けられていい女なんていない。
それ以上、あなたの愛情を向けられると私は罪悪感でいっぱいになってしまいます。
私の頬に涙が伝う。
「ライラ。ずっと相手にすることができなくてすまなかった」
そう言って旦那様が背後から抱きしめてくる。
「旦那様⁉︎」
「大切な友人の妹だ。どう接していいかわからなかった」
「⁉︎ 兄上をご存知なのですか」
「ああ。王都学園時代の同級生で、今も内政官として一緒に働いている」
「それは存じ上げませんでした。兄はずっと仕事が忙しくて何年も会えていませんでしたし、私たちの結婚式も出れませんでしたから」
「ずっと後悔していた。結婚式の次の日には王都に戻らなければ行けなかったから夫婦らしいことは何ひとつできなかった。
そのせいで君に大きなウソをつかせてしまった」
「え?」
それって⋯⋯
「お腹に子供がいるのはリネットだね。彼女のお腹の子の父親は君の兄だ」
「⁉︎」
黒髪オールバックに切長の瞳のシャープな顔立ち。
はじめて会ったときからどこか冷たい人だと思っていた。
これまでに旦那様とお会いしたのは3回だけ。
最初はこの屋敷の門をはじめてくぐった嫁入りの日。
旦那様は執務室で本に目を落として初対面の私に一切、視線を向けなかった。
2回目は挙式の日。
ウェディングドレスを着た私を見ても表情ひとつ変えないまま、誓いの言葉を述べた。
3回目は初夜。
緊張しながらロマンスな夜を期待していたけどどこか義務的だった。
そんな旦那様と4回目の対面。しかもだいそれたウソをついて、さらに妻として振る舞おうとしているんだから
とてつもない緊張感が胸に去来する。
屋敷の門の前にお義母様、メイドたちと立って旦那様を乗せた馬車を待つ。
ときおりお義母様が不敵な笑みを浮かべながらチラリと私の方を見やる。
これもお義母様の嫌がらせだ。
妊婦を長時間立たせて母体とお腹の子に負担を掛けようという腹づもりらしい。
メイドの話だと、お義母様が商人から堕胎剤を仕入れたという情報があるそうだ。
私が本当に妊娠していたらどれだけ毒を盛られたことか。
だけど、お義母様の嫌がらせは今の私にはノーダメージ。
すべてはウソなのだから。
しばらくすると遠くの方に馬車の姿が。
いよいよだ。
立ち続けて30分が経過。到着まであと5分といったところか。
炎天下。だけど私はまだ平気。
「ライラ様、お身体の方は大丈夫ですか?」
と、心配したメイドが話しかけてくるが、私は
「このくらい平気ですわ」と、余裕の表情で答える。
それを聞いてお義母様はムスッとした表情。
こうしてみるとお義母様のしていることは滑稽だ。
わかっているのです。本当はお義母様の方が限界が来ていること。
するとお義母様はよろめきながら後ろのメイドにもたれかかる。
「奥様⁉︎」
そんなお義母様を尻目に私は平然と立ち続ける。
お義母様の悔しそうな表情。
馬車が私たちの目の前に停車するなり、旦那様が飛び出してきた。
さすがに母のところに駆け寄るかと思ったが、旦那様は真っ先に私のところへ。
「身体は大丈夫か。ライラ」
「⁉︎」
旦那様の口からはじめて私の名前を聞いた。
それどころか旦那様の口からは「そうか」しか聞いたことがなかった。
はじめて会った日も。
「シャノン家の長女、ライラと申します」
「そうか」
初夜の日も
「ロイク様、あの私、はじめてで。その⋯⋯」
「そうか」
ってな具合だ。
そんな旦那様が私を抱きしめて、気遣う言葉を⋯⋯
狼狽する私の隣でお義母様はメイドたちに抱き抱えられながら立ち上がる。
「ロイクおかえりなさい。こんな格好ですまないね」
「母上はもう少し歳を考えて行動してください」
「⁉︎ ロイク、母になんてことを」
「母上!」
「はい⋯⋯」
あのお義母様がしおらしく⋯⋯
「母上、ライラと2人きりにさせてほしい。人払いを。ライラ、まずは部屋で一緒に休むとしよう」
そう言って旦那様はそっと私の腰に手を添えて屋敷の方へと歩き出す。
そんな私たちを「くっ」と、お義母様は睨みつけてくる。
広間に入ると旦那様とテーブルを挟んだ対面でソファに座る。
私は旦那様とはじめて2人きりになったような気がする。
なんだか場の空気が重たい。
なんて話しかければいいかわからない。
すると旦那様はソファから立ち上がって私の背後に回りそして耳元で囁く。
「ライラ。1週間は滞在できることになった。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」
何これ。お腹の中から全身にかけて熱くなる感じ。
顔がもう真っ赤。
「お腹の子に障るといけない。やれることは俺が全部やろう」
「旦那様、ですが料理もそうじも洗濯もみんなメイドの仕事です。
私も旦那様もやることはありません」
「それもそうだな。なら馬車で出かけよう。デュプレクス領内を見て周ったことはないだろ」
「は、はい⋯⋯」
旦那様の豹変に戸惑いが追いつかない。
「丘の上だが俺の好きな景色がある。どうだ」
「ぜひ⋯⋯」
戸惑いながら旦那様と馬車に乗る。
馬車が走り出して景色が移り変わると「そうか」しか言わなかった旦那様が饒舌になる。
あの建物は教会だとかあの山で子供のころスキーをして遊んだとか
馬車から見える景色と想い出のエピソードをひとつひとつを楽しそうに説明してくれる。
⁉︎
私はハッとする。
もしかして父親になることを楽しみになさって。
だとすると⋯⋯
今になってついたウソの罪の意識が去来する。
落ち込んだ旦那様の顔が目に浮かぶ。
残念ですけど私のお腹の中にあなたの子供はいません。
すべてウソなのです。旦那様の愛情は私に向けられていいものじゃない。
私がウソをついたことで本来リネットに向けられるべき愛情が私に⋯⋯
これでよかったのかしら。
私のしたことはリネットの幸せを奪っただけに過ぎないのでは?
しかし、そのリネットもあなたを裏切っている。
この屋敷にあなたの愛情を向けられていい女なんていない。
それ以上、あなたの愛情を向けられると私は罪悪感でいっぱいになってしまいます。
私の頬に涙が伝う。
「ライラ。ずっと相手にすることができなくてすまなかった」
そう言って旦那様が背後から抱きしめてくる。
「旦那様⁉︎」
「大切な友人の妹だ。どう接していいかわからなかった」
「⁉︎ 兄上をご存知なのですか」
「ああ。王都学園時代の同級生で、今も内政官として一緒に働いている」
「それは存じ上げませんでした。兄はずっと仕事が忙しくて何年も会えていませんでしたし、私たちの結婚式も出れませんでしたから」
「ずっと後悔していた。結婚式の次の日には王都に戻らなければ行けなかったから夫婦らしいことは何ひとつできなかった。
そのせいで君に大きなウソをつかせてしまった」
「え?」
それって⋯⋯
「お腹に子供がいるのはリネットだね。彼女のお腹の子の父親は君の兄だ」
「⁉︎」
192
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
契約通り婚約破棄いたしましょう。
satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、
『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。
・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合
・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合
・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合
・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合 』
です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。
相手が身内だろうとも契約は契約です。
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる