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第5話
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「お義母様、もうやめてください。私たちはあなたの道具じゃない!」
お義母様は私が叩いた頬に手を当てて目を白黒させている。
「よくも。よくもやってくれたわね。シャノン家の娘が!あんたも下女としてこき使ってやろうか!」
騒ぎを聞きつけたメイドたちが飛んできてお義母様を取り押さえる。
「何度同じことを繰り返すつもりですか! この際だから言わせてもらいます! 旦那様は私とリネットを大事にしてくださっています。
あなたの思い通りにされてたまるか!」
「何ですってーッ!」
「そこまでです。母上」
取り乱すお義母様を制したのは旦那様だ。
「どういうことなの? あなたもこの女の味方をするというのか!」
「当然です」
息子の拒絶にお義母様はその場に崩れ落ちる。
「愚かな」
「お義母様、実家を見返すために位の高い家との縁組をいくら繰り返したとしてもお義母様が幸せを手にするわけではありません。
妹君は本当の愛を見つけたからこそ幸せになったのではないのですか」
「⁉︎」と、お義母様が目を見開く。
「これ以上、いたずらに縁組を繰り返して人を傷つけるのはよしてください」
私の言葉に痛みを覚えたお義母様は目から涙を溢す。
「ううう⋯⋯」
「母上、リネットはこの屋敷を出て行きました。もう戻ってくることはないでしょう」
「リネットが? どうして⋯⋯」
「本当の愛のためです。はじめは俺も家同士の付き合いのためとライラとの結婚を浅く考えていました。
だけど、ライラの兄、マリユスが人を愛することの奥深さを教えてくれたのです」
「ロイク、何を言って⋯⋯」
「俺はマリユスとリネットが仲睦まじくする姿を見て反省したのです」
旦那様の話では、リネットはラガルド内務卿の秘書をしていて仕事の合間を縫っては
兄と旦那様がはたらいている職場に顔を出して手作りのお弁当を持ってきてたりしていた。
そのとき兄のリネットに対する気遣いを見ていて旦那様は私との接し方が間違っていたとに気づいたそうだ。
(どうしてマリユスとリネットは顔を近づけ合いながらあんなに笑顔でいられるんだ。
俺はライラの顔をすらはっきりと覚えていない。顔を見ることさえしてやれなかったのか。
まともに口も聞いてやれなかった。全部俺の至らなさだ)
そんな折、運命が非情ないたずらをする。
突然、ラガルド内務卿がリネットの結婚相手をロイク様に決めてしまったのだ。
夫人の口添えとはいえレオン・ラガルド内務卿の決定は絶対。
兄マリユスも納得はしていたそうだが。
それでも旦那様はいつか兄のところにリネットを返せるようにと白い結婚を選んだ。
「母上、レオン・ラガルド内務卿が数日前に倒れた。リネットは今、お父上のそばにいる」
レオン・ラガルド内務卿のお屋敷ーー
寝室で床に伏せるレオン・ラガルドに寄り添うリネット。
「ワタシのところに顔を出してくれたのはリネット。お前だけだ」
「お父様」と、レオンの手を取るリネット。
「妻や息子たちは一切顔を出さない。今ごろリゼルは長男を内務卿にと必死になっている頃だ。
貴族たちも私を恐れて近寄りもしない。たぬきだのキツネだのワタシを化け物のように扱う。
ただ古くから国王に仕えているというだけでその実、ただの小心者だというのに」
剣に腕に覚えのある屈強な同期たちばかりの中、若い頃のレオン・ラガルドは線が細くひ弱で文官としてひとり書庫に籠る毎日だった。
「人の目に映る権力など夢幻(ゆめまぼろし)よ。こんなワタシが化け物に見えてしまうんだから」
「お父様が臆病者だってことわかっていましたよ。だからこうしておそばにいることができて幸せです」
「やはりリネットの瞳には内務卿レオン・ラガルドではない本当のワタシの姿が映っていたのだな」
「そうです。お父様」
「だからこそ頼みがある。リゼルに伝えてほしい」
「お継母様にですか?」
「次の内務卿はローゼル第二王子だ。ワタシが長く内務卿の座を守ってきたのは、第二王子の成長を待っていたのだ。
お預かりした内務卿の座をローゼル様にお返しする。ラガルド家が独占していいものではない」
「わかりました」
「リネット。お前もワタシに伝えたいことがあるのだろう」
「はい」
「さきほどからそなたの側にいる男は?」
「マリユス・シャノンです。娘さんとお付き合いをさせていただいていました」
「私のお腹の中にはマリユス様の子がいます」
「そうか。子供たちのことはリゼルに任せきりにしてきたから、リゼルの言うことには逆らえなかった。とはいえ、ワタシはとんでもない
過ちを犯していたのだな。デュプレクス家にも彼にもなんと詫びれば」
「ロイク・デュプレクス様は承諾してくださいました。あとはお父様のお許しをいただければ」
「もちろんだ。幸せになってくれ。リネット」
「はい」
しばらくしてーー
奇跡的に体調を回復させたレオン・ラガルド様は内務卿をローゼル第二王子に譲って隠居。
お兄様は内政官筆頭に昇格して王宮に残りました。
しかし、旦那様は領地経営に専念するためローゼル第二王子から推挙された新しい官職を辞退して領地に戻ってきました。
そして旦那様は領地経営の才覚を発揮して立ち上げた事業が成功。
周囲の貴族が一目置くほどになりました。
その成果が国王にも認められてデュプレクス家は侯爵家に昇格。
デュプレクス家の悲願は縁組に頼ることなく達成しました。
休日、旦那様と馬車に乗って海辺に。
そこには「待って待って」と、小さな女の子を追いかけながら波打ち際を歩くリネットの姿が。
「ライラ!」と、私たちに気づいたリネットが風に飛ばされそうになる麦わら帽子を抑えながら手を振る。
「リネット!」
私は両手を広げて彼女に駆け寄り、2人で抱きしめ合いました。
「お腹、大きくなったね。ライラ」
「だってほら、今、ビクって」
私と彼女の絆は今も確かです。
お義母様は私が叩いた頬に手を当てて目を白黒させている。
「よくも。よくもやってくれたわね。シャノン家の娘が!あんたも下女としてこき使ってやろうか!」
騒ぎを聞きつけたメイドたちが飛んできてお義母様を取り押さえる。
「何度同じことを繰り返すつもりですか! この際だから言わせてもらいます! 旦那様は私とリネットを大事にしてくださっています。
あなたの思い通りにされてたまるか!」
「何ですってーッ!」
「そこまでです。母上」
取り乱すお義母様を制したのは旦那様だ。
「どういうことなの? あなたもこの女の味方をするというのか!」
「当然です」
息子の拒絶にお義母様はその場に崩れ落ちる。
「愚かな」
「お義母様、実家を見返すために位の高い家との縁組をいくら繰り返したとしてもお義母様が幸せを手にするわけではありません。
妹君は本当の愛を見つけたからこそ幸せになったのではないのですか」
「⁉︎」と、お義母様が目を見開く。
「これ以上、いたずらに縁組を繰り返して人を傷つけるのはよしてください」
私の言葉に痛みを覚えたお義母様は目から涙を溢す。
「ううう⋯⋯」
「母上、リネットはこの屋敷を出て行きました。もう戻ってくることはないでしょう」
「リネットが? どうして⋯⋯」
「本当の愛のためです。はじめは俺も家同士の付き合いのためとライラとの結婚を浅く考えていました。
だけど、ライラの兄、マリユスが人を愛することの奥深さを教えてくれたのです」
「ロイク、何を言って⋯⋯」
「俺はマリユスとリネットが仲睦まじくする姿を見て反省したのです」
旦那様の話では、リネットはラガルド内務卿の秘書をしていて仕事の合間を縫っては
兄と旦那様がはたらいている職場に顔を出して手作りのお弁当を持ってきてたりしていた。
そのとき兄のリネットに対する気遣いを見ていて旦那様は私との接し方が間違っていたとに気づいたそうだ。
(どうしてマリユスとリネットは顔を近づけ合いながらあんなに笑顔でいられるんだ。
俺はライラの顔をすらはっきりと覚えていない。顔を見ることさえしてやれなかったのか。
まともに口も聞いてやれなかった。全部俺の至らなさだ)
そんな折、運命が非情ないたずらをする。
突然、ラガルド内務卿がリネットの結婚相手をロイク様に決めてしまったのだ。
夫人の口添えとはいえレオン・ラガルド内務卿の決定は絶対。
兄マリユスも納得はしていたそうだが。
それでも旦那様はいつか兄のところにリネットを返せるようにと白い結婚を選んだ。
「母上、レオン・ラガルド内務卿が数日前に倒れた。リネットは今、お父上のそばにいる」
レオン・ラガルド内務卿のお屋敷ーー
寝室で床に伏せるレオン・ラガルドに寄り添うリネット。
「ワタシのところに顔を出してくれたのはリネット。お前だけだ」
「お父様」と、レオンの手を取るリネット。
「妻や息子たちは一切顔を出さない。今ごろリゼルは長男を内務卿にと必死になっている頃だ。
貴族たちも私を恐れて近寄りもしない。たぬきだのキツネだのワタシを化け物のように扱う。
ただ古くから国王に仕えているというだけでその実、ただの小心者だというのに」
剣に腕に覚えのある屈強な同期たちばかりの中、若い頃のレオン・ラガルドは線が細くひ弱で文官としてひとり書庫に籠る毎日だった。
「人の目に映る権力など夢幻(ゆめまぼろし)よ。こんなワタシが化け物に見えてしまうんだから」
「お父様が臆病者だってことわかっていましたよ。だからこうしておそばにいることができて幸せです」
「やはりリネットの瞳には内務卿レオン・ラガルドではない本当のワタシの姿が映っていたのだな」
「そうです。お父様」
「だからこそ頼みがある。リゼルに伝えてほしい」
「お継母様にですか?」
「次の内務卿はローゼル第二王子だ。ワタシが長く内務卿の座を守ってきたのは、第二王子の成長を待っていたのだ。
お預かりした内務卿の座をローゼル様にお返しする。ラガルド家が独占していいものではない」
「わかりました」
「リネット。お前もワタシに伝えたいことがあるのだろう」
「はい」
「さきほどからそなたの側にいる男は?」
「マリユス・シャノンです。娘さんとお付き合いをさせていただいていました」
「私のお腹の中にはマリユス様の子がいます」
「そうか。子供たちのことはリゼルに任せきりにしてきたから、リゼルの言うことには逆らえなかった。とはいえ、ワタシはとんでもない
過ちを犯していたのだな。デュプレクス家にも彼にもなんと詫びれば」
「ロイク・デュプレクス様は承諾してくださいました。あとはお父様のお許しをいただければ」
「もちろんだ。幸せになってくれ。リネット」
「はい」
しばらくしてーー
奇跡的に体調を回復させたレオン・ラガルド様は内務卿をローゼル第二王子に譲って隠居。
お兄様は内政官筆頭に昇格して王宮に残りました。
しかし、旦那様は領地経営に専念するためローゼル第二王子から推挙された新しい官職を辞退して領地に戻ってきました。
そして旦那様は領地経営の才覚を発揮して立ち上げた事業が成功。
周囲の貴族が一目置くほどになりました。
その成果が国王にも認められてデュプレクス家は侯爵家に昇格。
デュプレクス家の悲願は縁組に頼ることなく達成しました。
休日、旦那様と馬車に乗って海辺に。
そこには「待って待って」と、小さな女の子を追いかけながら波打ち際を歩くリネットの姿が。
「ライラ!」と、私たちに気づいたリネットが風に飛ばされそうになる麦わら帽子を抑えながら手を振る。
「リネット!」
私は両手を広げて彼女に駆け寄り、2人で抱きしめ合いました。
「お腹、大きくなったね。ライラ」
「だってほら、今、ビクって」
私と彼女の絆は今も確かです。
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