プラスマイナス√?

狭間 長門

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「・・・・・・三話、はぁ」

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 悠乃の肩でくつろいでいた黒猫は異変を感じとり、彼の席がある椅子の上に場所を移す。
 野性的本能だろうか。
 自身を上回る何かが少し、ほんの少しだが眉を動かしたのに気づいたのだろう。

 しかし、違和感を感じとったのは黒猫だけではない。


「何……したの?」 
「………僕は何もしていない」
「私、ボケキャラ演じてるけど警戒心は高い」
「………君の場合はたぶん素だから」
「素じゃない。これは私の王子様の理想を追求した結果」
「………勘違い」


 最後の彼の微かな呟きは優奈の耳に入ることはなかった。
 またしても崩れかかった書類の山を分けて置きなおす。悠乃の行動に優奈は傍観するだけだった。


「………それで、その王子様はなんて言ったのかな?君に下ネタ言わせるなんてとんだ変態だけど。馬鹿なの?そいつ死ぬの?」
「さっきよりテンポ早い。後、馬鹿じゃない………と思う。どうだっけ?」
「………君の王子様の様子を忘れるのはどうかと思うけど今は思い出さないでいなさい」


 続けて言葉を発する悠乃に、優奈は若干引いた。
 理由を口にしてはいけないというのは間近に見える彼の鬼の形相と真っ黒な目が物語っていた。


「悠乃さん、顔近い……そしてチョロインじゃなくてごめん」
「………別に君の好感度なんてホントにどうでもいい」
「それはそれでショック。ロリコン?」
「………何で近頃、女子に興味ないアピールしたらロリコン認定されるのだろうか」
「あ、じゃあ熟女好きの間違い?」
「………年上は好みじゃない」
「だから皆ロリコンと言う」
「………無理矢理すぎ。理不尽にも程がある」


 書類の束も整理され、若干気迫が残る様子だが、悠乃の纏う雰囲気が落ち着いたのを確認して優奈はほんの小さなため息を漏らす。


「悠乃さん、面倒な人」
「………君には言われたくない」


 面倒な人と言う割には微笑む彼女を悠乃は何の感情もなく、理想像そのものの人形の如く彼女をジト目で見返した。
 生半可な意志の持ち主なら泣いて逃げるレベルである。


「………この目でも怖がらないのね」
「最初に言った。悠乃さんは根本的に優しい。私と違って演技下手。色々下手だから彼女できてもナニがとは言わないけど下手だと私は言う」
「………大前提が違う。第一印象で動物以外は寄ってこない」
「だと思った」
「………喧嘩売れって王子様は言ったのかな?」
「それは言ってない。でも、動物から好かれる方が良かったかもしれない。変な人に巻き込まれないから」


 悠乃が精巧に作られた人形と例えるなら、優奈の様子は物置により光を閉ざされた日本人形。
 お淑やかに見えつつも、闇の世界では恐怖を生むのみ。


「………長引かせたが単刀直入に聞く。君は”何でも屋”に何のよう?」
「……本当は家出の手伝いをしてもらおうと思ってた」
「………過去形ということはーーー」
「うん、もういい。帰って昨日が賞味期限だったのを今思い出したプリンを食べる」
「………しょうもない理由」
「冗談。ベットの下の本の整理する」
「………青少年であるまいに」
「あ、でも私はいつもお布団で寝てる。そしてお布団を片付けるのはお母さん」
「………隠せてない」
「ごめん、今の全部嘘。最近の主流はスマホですぐでしょ?こんなふうに」
「………同意を求めないで。そして何を調べようとしてる」


 傷一つないスマートフォンをスカートのポケットから出した優奈は何やら調べようと文字を打つタイミングで悠乃がそれを阻止した。
 先程までの会話の流れだとしらべる内容に察しがつくからだ。

 スマホを操作する指を拘束されたことで手を挙げた優奈はふと、疑問を問う。


「まさか悠乃さんは女の子に興味がない。つまりホモ」
「………此処で女の子に興味津々ですなんて言わない」
「ち」


 脱線しすぎた話となった。
 しかし、最後の優奈の舌打ちは自分の予定通りにいかなかったからだろう。呆れてジト目で返す悠乃だが、彼女には対して効果がないとわかっていたのですぐに視線を戻す。


「………もう一度だけ、真面目に話す。”何でも屋”に依頼はなかったのか?」
「っ……はい。最初は巫山戯ていましたが服は貸してください。この状態だったら、また不運な出来事に巻き込まれそうなので」
「………その不運を──いや、何でもない」


 ──その不運を解決して欲しいのか。

 口に出そうとして出すわけにはいかなかった。


「………服は渡す」
「ありがと。お金はーーー」
「………いい。前に言ったけどお古」
「依頼料として私のパンツで……」
「………いらないから」
「破れてないのに?」
「………関係あるの?」
「悠乃さん、間があるから本当は欲しいんじゃーーー」
「………これはくせ」
「コミュ障の和み?」
「………よくわかったね」


 たわいない会話をしながらクローゼットの中身を解き放つ。
 そこには大量の黒と白のパーカーが収まっていた。


「パーカーマニア?」
「………気軽に着れる。ズボンは?」
「スカートは損害なし。あったら悠乃さん、私の下半身凝視してる」
「………一応、紳士としての嗜みとしてそんな命知らずなことはしない」


 比較的使われていないあであろうパーカーをハンガーからとって投げて渡す。
 それをキャッチした優奈は了承しないように言った。


「お古じゃない。新しいやつ」
「………紳士っていった。それ使ってないやつだから」
「……ありがと」


 破れた制服の上にパーカーを着た優奈は、サイズが合わなかったらしく俗に言う萌え袖状態だった。


「意外とおっきい」
「………サイズはそれしかないから我慢して」
「貸してくれるだけでもありがたい。お菓子持って返しに来るから」
「………別にいい」
「恩は返さないと神様から天罰を受ける。これ以上運が悪くなったら……いや、何でもない。じゃあね悠乃さん、猫ちゃん」


 これ以上運が悪くなるとどうなるだろうか。
 テキパキと背を向けて出ていく彼女の顔は悠乃からは見えなかった。ただ、漂うの空気を、彼は真剣な眼差しで見送ることしかしなかった。


「……にゃん?」
「………彼女に何か言いたいことがあったかって?僕からは言える事じゃないよ」


 足元にやって来た黒猫の頭を撫でながら独り言を呟く。
 人が一人減ったことにより窓に差し込む光の量が減った気がした。セミの鳴き声も抑えられ、上空の雲は黒くどよんでいた。
 夏真っ盛りの時期ではなく、梅雨のような空模様に何か思い入れがあるのか、顎を引いて睨みを効かせて悠乃は見る。


「………昔と違う。何でもできる自分じゃない。頼まれたことをするのみ」
「随分と弱音ねぇ」


 突如、背後から声がした。
 優奈にコミュ障だと看破された通り、外見、主に目元のせいで対等の人間関係を作るどころか人間不信へとマイナスの面に成長した悠乃のコミュ力に、急に話しかけられて対応するというのは難題だ。
 ましてや、考え事をしている最中に、自分以外いないと思い込んでいた虚偽な意識の世界に乱入されたことで黒猫を撫でていた右手が顫動する。対応して黒猫の怪我か逆立ち、悠乃の腕の中で暴れ出す。


「そんなにぃ、驚いてぇ、どうしたんだぁ?」
「………貴方のせいですよ。白鳥


 ジト目を向けた先には一人、スーツを着た女性がタバコを加えて壁に寄りかかっていた。
 いや、正確にはその背後に同じくスーツを着た巨体を持つ男がぼんやりとしながら現れ、今は影のように佇んでいた。


「まぁわざとぉ、ビビらせたんだがなぁ」
「………悪趣味。そして此処は喫煙ダメ」
「喰わえてるだけに決まってんじゃんよぉ。二児の母がぁ、夫の前でぇ、するわけないじゃんかぁ」
「………………(ぺこり)」


 だるそうにしながら椅子に座る女性に、ボディーガードの如く男性はその後に陣取った。
 その様子を呆れながら見ていた悠乃。


「………ホント、二人の厄介」
「それはぁ、アタシ達が厄介なのかぁ?」
「………そのを聞くことが」
「くっくっ、そりゃぁそうだぁ。今の悠坊はぁ、アタシに操られてるからなぁ」
「……………(つんつん)」
「あぁ、言い方が違うなぁ。ぅ、かぁ」


 不自然な笑を浮かべる女性はそのまま続ける。


「アタシの人智を超えた直感じゃぁ、もうすぐ楽しいことになるなぁ」
「………だから彼女を連れてきた」
「正解ぃ!ついでにぃ、霧海 優奈についてはぁ、TISに依頼が来てたんでなぁ。ちょうど良かったぁ」


 TIS
 警察に所属する特殊異能集団の略称だった。陰陽がトレードマークであるTISのバッチを、悠乃の目の前の二人は襟部分に付けていた。

 ただの何でも屋である”何でも屋”を訪ねたエリートであるTIS所属の女性は、


「アタシの独断だがぁ、相手が面倒なんでぇ、依頼するぞぉ。端直に言ぅ。霧海 優奈の救出に迎ぇ」


 ただだるそうに要件を伝えた女性。
 事を知らない人間なら意味がわからない謎の依頼。しかし、


「………了解」


 黒猫を離した悠乃は待っていたと言わんばかりに、いつもより張りがある声で肯定を示した。


「にゃ~」


 光が入り込まない部屋には欠伸をする黒猫の鳴き声が届く。
 愛くるしい様子の猫に反応して可愛がる者は誰もいない。
 
 つまらなそうに誰もいない部屋を見渡した黒猫は再度ソファーに身を預け、軽い眠りの体勢へと変わっていた。

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