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明乃視点②

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「っ…永久くんのばか!」

永久くんに背中を向けるなり、私は独りそう呟いた。
本当は許してなかった。スマホを一晩でも返すことを。
だけど多少は永久くんの意見も尊重してあげなきゃ、本格的に嫌われたら私が困るし。
っていうか永久くんは一体誰と連絡を取りたがっているんだろう。
そう考えながら約20分かけて歩いた家までの道。
独り悶々としながら歩いていると家にはわりとすぐに到着して、私は恐る恐る玄関のドアを開けた。

「ただいまー…」

私の家は普通の一軒家。庭には母の趣味の園芸が彩り良く並んでいる。
玄関は明かりが点いていて、ドアを開けるとそこにはお父さんが立っていた。

「遅かったな」
「!」

今年45歳になる私のお父さん。職業は、高校教師。私が通う学校とは別の学校の。
お父さんは昔から学業や門限、礼儀などにとにかく厳しい。
なんとなく予想はしていたけど、やっぱり玄関に立つお父さんはいつ見ても怖い。
私が恐る恐る靴を脱ぐと、その間にお父さんが言う。

「どこに行ってた」

その問いかけに、体をお父さんに向け、私は嘘を吐いた。

「今日は塾でした」
「日曜なのにか」
「日曜日もやっています。昨日は行けなかったので」

…そんな私の少し苦しい言い訳に、しばらく考え込むお父さん。
お父さんに言わせてみれば、高校のうちから恋愛なんてものは早すぎるらしい。
だから永久くんのことも、お父さんには絶対に内緒なのだ。
それ故ついさっきまで彼氏とデートをしていました、なんて口が裂けても言えるわけがない。
そんなことを言ってしまえば、お父さんが、永久くんのところに怒鳴り込みに行ってしまいそう。
いや、これは割とマジで。
お父さんは私の言葉に厳しい顔をしていたけれど、やがて呟くように「よろしい」とリビングに戻って行った。
…助かった。毎回帰るたびにこれなのに、永久くんに家まで送ってもらうわけにいかないでしょ。
あたしは内心ものすごくほっとしながら、そのまま自分の部屋がある二階へと急いだ。


…………


お父さんがお風呂に入っている間、私はリビングでお母さんに今日の永久くんとのことを話していた。
私の目の前には、ダイニングテーブルの椅子に座ったお母さんと、一足遅れたお母さんお手製の夕食。
お母さんはお父さんと違って理解があるから、私が永久くんと付き合っていることを知っているのだ。

「それでね、会えない時も連絡を取りたいからなんて言って、私からスマホを返して貰おうとするの」
「え、スマホは元々永久くんのものでしょうよ」
「そうなんだけどさ、そんなこと言って永久くん他の女と連絡とるに決まってるんだから」
「…、」

私はそう言うと、夕飯のコロッケを口に含む。
ちなみに、昨日の夕飯のメニューだった肉じゃがのリメイクコロッケ。
するとあたしのその言葉を聞いたお母さんが、やがてあたしに言った。

「でも、永久くんが他のコと連絡を取るっている確証はないでしょう?」
「いや確証はなくてもさ、」
「それに今日、その永久くんと一緒に居たんでしょう?なんだかんだで仲良しじゃない。
今度お父さんがいない日にでもさ、その永久くんってコ連れて来てよ。
お父さんが許さなくても、お母さんはその永久くんに会ってみたいわ」
「……」

因みに来週の土曜日だったらお父さん休日出勤でいないわよ、と。
お母さんが勝手に予定を立て始める。
話がずれてきてしまったけれど、私はなるべく永久くんに「私」を見せたくないなぁ。
だって永久くんと私、そもそも付き合ってる時点で一般的に見ればおかしな話、なのに。
下手にプライベートに踏み込まれて、幻滅されたりしたら、困る。
私はそう考えると、やがてお母さんに言った。

「…まぁ考えとく」
「ええ?またそう言って連れてこないんだから」
「ごちそうさま。コロッケ美味しかった」
「ん、」

そしてそのタイミングでちょうど夕飯を食べ終えて、私はリビングを出て二階にあがった。
お父さんがお風呂からあがったら次は私の番。
そう思いながらお風呂に入る準備をして、待っている間に、お風呂から上がった後にする勉強の準備もする。
これを二時間ほどやってからじゃないと、毎日眠りにつくわけにいかないのだ。
最低でも23時にはベッドに入れるかな。
そう考えて、いたけれど。
……明日も学校か。ヤだな。
ふいに、私は今日が日曜日だということを思い出して、独りベッドに突っ伏した。

永久くんはみんなの人気者。女子からも男子からもみんなから好かれている。
けど一方の私は、実は昔から人間関係には何故か恵まれない所謂いじめられっこ。
こんなこと永久くんに言えないけど、休み時間になる度いつも永久くんのところに行くのは、クラスのいじめから逃げているから、とも言える。
もううんざりしてる。上履き隠されたり、机に油性マジックで落書きされたり、制服をハサミで切り裂かれたり…。
嫌になって、くる。だから、永久くんが離れて行ったら、私、何もなくなる。なんにも。

そう考えていたら何だかまた悲しくなって、私は気晴らしに永久くんにラインしてみようとスマホを開く。
すると、真っ先にスマホの画面に表示されたのは、今から1時間以内に届いていたらしい永久くんからのメッセージだった。

『家無事着いた?』
『おーい』
『心配なるから返事くれ』

「…!」

ラインのメッセージは、この1時間の間に3件ほど。
永久くんと別れてからの1時間に、3件も永久くんから来ている。
私はそれがすっごく嬉しくなって、永久くんにすぐに返事を返したのだった…。






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