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⑧:愛してる?

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「楠木さん、お酒強いんですね」
「まぁね。よく言われる」

居酒屋を出たあと。
私は柏木くんと二人で駅に向かう。
今日は久しぶりにずいぶん飲んでしまった。
そう言っても足元がフラついたりはしないけど。
するといつも通りにシャキシャキと歩く私に、柏木くんが言う。

「本当に一人で帰れるんですか?俺ぜんぜん送るのに」
「大丈夫。それよりありがとう。後輩なのに奢って貰っちゃって」
「いえ。むしろ奢りたかったんで気にしないで下さい」

そう言って柏木くんと話していると、やがて目的の駅に到着する。
柏木くんは違う線の電車に乗るらしく、ここでお別れとなった。

「じゃあね。また月曜日に」
「はい。お疲れ様です」

私はそう言うと、改札を通ってホームへと向かう。
だけどすぐにあることを思い出して、また柏木くんの方を振り向いた。

「…柏木くん!」
「…?」

…忘れていた。
言わないまま帰るところだった。
私の様子を見て不思議そうな顔をする柏木くんに、私はそのまま大きな声で言った。

「私も柏木くん好きだよ!」
「…へ!?」
「じゃあそういうことで」
「えっ、あ…ちょ…!」

私はそれだけを柏木くんに伝えると、そのまま再びホームへ向かった。

******

「わぁ!!!」
「っ、ぅわビックリした!!」

電車を乗り継いでマンションに到着すると、部屋の中には何故か合鍵を使ってとっくんさんがいた。
とっくんさんは今日は早めに撮影を終えたのか、だけどソファーの上で熟睡していたから、私はつい出来心でとっくんさんを驚かす。
とっくんさんは驚きのあまりソファーから落ちてしまって、私はその様子を1枚だけ写真に収めた。

「今日はどうしたんですか。珍しいですね、とっくんさんが私に会いにくるなんて」
「…や、今日20時に撮影終わってん。っつかホンマ寿命縮んだわ今の」
「脅かした瞬間のとっくんさんの顔、凄い顔してました。あんな酷い顔を見れるのは彼女の特権です」
「いやもっと他にええ顔あるやろっ」

私はとっくんさんとそう会話を交わしながら、キッチンに行って手を洗う。
そして冷蔵庫を開けてコップにお茶を注いでいると、そんな私の姿をソファーから見ていたとっくんさんが、何かに気が付いて言った。

「…何かお前酔っぱらってるんと違う?」
「そうですけど何か?」
「いや、何か?やないやろ。飲み会か何かか?」
「居酒屋で焼酎ロックを5杯飲みました」
「いやアホ!飲みすぎやって」

とっくんさんはそう言うと、「そんなんでよう普通に帰って来れたな」と私を関心する。
(本当に関心してくれてるかどうかは不明)
その言葉に、私はお茶を飲み干して、言った。

「改札口まで柏木くんと帰ってきました」
「…かしわぎ?」
「私の会社の後輩です。私のことを大好きで愛してると言ってくれました」
「っ、はぁ!?」

私がそう言うと、一方のとっくんさんが「ちょお待てお前」と冷蔵庫にいる私のそばに歩み寄ってくる。

「それこの前一緒におった男ちゃうん!」
「そうです。さすがとっくんさん。物分かりがいいですね」
「そういうこと言うてる場合やなくてやな、亜衣はもっとこう周りに対して常に危機感をやな、」
「人に好かれて悪いことはありません。好かれてナンボです」
「…」

そう言って、私はまずは早速お風呂に入る支度を始める。
とっくんさんも見た感じまだお風呂には入ってないのかな。
節約のために一緒に入っちゃえ。
すると、私がそう思って、

「とっくんさん、お風呂」

一緒に入りますよね?と言おうとしたら…

「!」

直後、背後からずっしりととっくんさんの両腕が回された。
…うん?普段ツンが多めなとっくんさんにしては何だか珍しい展開。
…もしかして私、泥酔してるのかしら。
そう思っていたら、私の耳元でとっくんさんが言った。

「…お前俺のこと好きなんちゃうんかい」
「え、世界一愛してますよ」
「せやったら何で他の男と二人きりになんねん」
「…いけませんか?柏木くんが何だか思い悩んでいる様子だったので」

それよりも一緒にお風呂入りましょ。
私がそう言おうとしたら、その前にとっくんさんが言った。

「俺は好かれてナンボの仕事しとるけど、」
「?」
「逆に亜衣は俺が人気者でも何とも思わんの?」
「…」

そう聞かれて、ぎゅ、とより強く抱きしめられる。
…ここだけの話、全く気にならないわけじゃない。
だけどそんなとっくんさんを好きになったのは私だから。
私は少し考えると、とっくんさんに言った。

「…私はどんなとっくんさんも愛してます」
「…」
「だから、みんなから人気者のとっくんさんも愛してるんです。私がこんなに愛せるのはとっくんさんだけですよ」
「…お前やっぱずるいわ」

私がそう言うと、肩に乗っているとっくんさんの両腕が少し軽くなる。
かと思えばふいに体を方向転換させられて、とっくんさんの顔が近付いてきた。
…久しぶりのキス。

………しかし。

「っ、クサ!」
「?」
「お前めちゃめちゃ口臭いやん!」

キスの直前で、ムードぶち壊しのとっくんさんがそう言うから、私は「そりゃあ焼酎ロックを5杯飲んだので」と開き直った。







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