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第八章
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次の日も平凡な一日だった、本格的な冬の前にスタッドレスタイヤへの変更とクーラントの入れ替え作業が増えただけだった。寝ぼけてても出来る簡単な作業の繰り返しで一日が終わる。
そろそろ定時あがりも止めようか考え出していた、ノルマさえこなせば居ても居なくても給料は変わらないのだ、だったら少しでも早く終わらせて、真理子と過ごす時間を少しでも多く作りたかった。やっと他の工員の気持ちがわかったような気がしてきた。
整備士という仕事は覚える事は多いが、慣れてしまえば単調で割りと暇な仕事だ、ピンク石鹸で手についた油汚れを落とし事務所に戻る、見慣れた光景が広がっていた、谷口と真理子の談笑に後から参加する。
真理子に言ったのかと聞くとまだだというので二人でちゃんとした同棲を始めた事を報告する。
「二人で正式に同棲することになりました」
「こいつはおめでたい、直人よかったな。明後日から正月休みだ。二人でよく話し合うんだぞ」
そうだった、ディラーが休みに入るので、部品の発注が取れなくなるから、こちらも休みになるのだった。
谷口はちょっと待ってろと言い奥に入って行ってすぐに戻ってきた『祝』と書かれた封筒を手渡された。
「本当は結婚祝いなんだけどな、先に渡しておくよ」
と言って来たのだ、返そうとしたが。
「これは会社の決まり事だから取っとけ」
「そうよ私の会社でも結婚する従業員には配ってるわ、貰ってっておいた方がいいわよ」
と言うのでありがとうございますと礼をいい帰路についた。
封筒を開けると十六万も入っていた。
「真理子この金どうする? 俺の給料の半月分も入ってるぞ」
「直人さんが貰っておいて頂戴、お義母さんへの仕送りで直人さんが貯金ないの知ってるのだからね」
「どうしてそれ知ったんだ?」
今日の昼間お義母さんと電話で話をした時に聞いたわ、その他にもいろいろね、後お義母さんに今度料理を教わるの」
昨夜合わせたばかりなのにもう母と連絡を取り合う仲になっていた。
「料理は真理子の方が上手いんじゃないか?俺は気に入ってるよ」
「ありがとう、でも料理を教わると言っても直人さんの好きなメニューとかお義母さん直伝の味を教わるのよ」
「でもこんな貧乏人の俺なんかで本当にいいのか? 金の面で真理子に迷惑をかけたくないし不安だよ」
「直人さんは私にとって初めての一目惚れの人よ、しかも五年もの間気持ちは揺るがなかった、それだけじゃいけないかしら? 他の人と少しずれてるのかもしれないけど、私はお金に執着心はないわ、好きな人と最低限の暮らしさえ出来ればいいの、だから昨日も言った通りお金の面での心配はしないで。
それに私の貯金がどれくらいか探偵さんからも聞いてるでしょ?」
確か二億円以上だ、とてつもない大金だ。
「直人さんと結婚したら家族になるんだし、
結婚を前提に同棲してるのだからもう婚約者よ、だから好きに使っていいのよ」
と言ってカードを一枚渡された、クレジットカードだった。
「家族カードよ、必要な時に使ってね、それと忘れてたのだけれど、これも渡しておくわねこの家の合鍵よ」
いろいろ感謝の気持ちが頭の中を飛び交ってるが言葉に出来ない、なので真理子を引き寄せ抱きしめる。
「ありがとう」
と言い、続けて話す、
「話がある、とても重要な話だ」
真理子は黙って頷く、
「今まであやふやにしてたけど、事件が片付いたら俺と結婚してくれないか? 残りの人生を真理子と共に歩みたい、心の底から愛してる。今は指輪も何も用意出来てないけど、お願いします」
真理子は涙を流しながら大きく頷く。
「やっと言ってくれた、直人さん私を幸せにして下さい」
そして初めての口づけを交わした。
二人共あまり寝れなかった。
アラームが鳴り出す、もう朝か。
「直人さん私の下着どこ?」
俺も裸だった、ボクサーパンツを履いて真理子の下着を探す、床に落ちていた。拾って渡す、ベッドの中でもぞもぞと下着を付けている、今日は二人共休みだったが起きる。クリスマスイヴだった。
「クリスマスイヴに記念日が出来たわ、直人さんに全てを捧げた日よ」
あまり寝れていないのにテンションは高かった。
「昨夜の話ちゃんと考えておいてね」
昨夜真理子を抱いた後で、真理子から提案があったのだ。正式に上野フーズで働かないかと言う話だった。
「少し考えさせてくれ」
とだけ答えた。
真理子は起き上がりパジャマを羽織るとリビングに向かった、俺もパジャマを着てリビングに入る。
日課になっているストレッチとシャドーボクシング、寝ぼけてた頭が覚醒してくる。
終えると朝食が並べられたところだった。
テーブルに向かい腰をかける。
「真理子はちゃんとした結婚式を上げたいのか?」
真理子は少し考えて。
「なくてもいいわ、婚姻届けだけでもいいわ呼べる友達もいないし両親も兄弟もいないしね、でもペアの指輪は欲しいわ、直人さんが決めてちょうだい」
「俺もそれでいいけど記念写真は撮りたい、真理子のウエディングドレス姿のな」
「じゃあ、レンタルでタキシードとドレスを用意して写真を撮りましょ。婚姻届けも用意するわ」
真理子が更に続ける、
「さっきも言ったけどうちで働くかどうかも考えておいて、直人さんにとっても悪い話じゃないはずよ、私は直人さんにオーナーになってもらいたいわ、役職付いたからと言って特別することはないわ、私が全部するから、整備士の仕事も辞めなくていいわよ」
「わかったよ、どちらにせよちゃんと籍を入れてから決めるよ」
朝食が終わり読書をしていると。
「直人さん今日は一日空けといて」
「わかった」
九時になっていた、真理子はどこかに電話をかけだした」
「おはようございます真理子です、材料は揃えておきました十時過ぎに行きます」
電話を切った。
「直人さん出かける準備しておいて、今回も髭は剃らなくていいわよ」
と言って冷蔵庫から食材を出し始めた。
俺は服を着替えた。
真理子は今日はすっぴんだった。
「行きましょ」
と言って大きな紙袋を二つも持っている。
「主語が抜けてるぞ、どこに行くんだ?」
「お義母さんの家よ」
仕方なく用意をする。
九時半には母の家に上がり込んでいた。
真理子の紙袋には食材が入っている。
どうやら本当に料理を教わる気みたいだ、母が真理子のレパートリーを聞いている。
「それだけ作れるなら、教える事はほとんどないわね」
「でも私和食が苦手なんです、それと直人さんの好きな料理も教えて下さい」
「じゃあ基本的な肉じゃがを作ってみてちょうだい。私は直人の好物を書き出しておくからね」
「はい、台所お借りします」
と言って腰を上げる。
母は俺に向かって、
「こんなに献身的な人が見つかってよかったわね、大切にしなさい」
と言ってきた、
「わかってるよ」
と、暇だろうと思い持って来た小説本に目を落とした。
真理子が入って来た。
「直人さん昨日の事は言ったの?」
と訪ねてくる。プロポーズの件だろうか? 仕事の事だろうか? 迷ったが両方話す。
「お袋、昨夜真理子にプロポーズしたよ、それと結婚したら真理子の会社に入るかもしれない」
聞いていた母は嬉しそうに、
「あら、真理子さんはお前には出来すぎた子だよ、ちゃんと返事貰ったのかい」
また真理子が顔を出す。
「お義母さん、ちゃんと返事しました。『幸せにして下さい』って、
「真理子さん、本当にこの子でいいのかい、他にたくさんいい人がいるかもしれないよ」
「直人さん以上の人はいないですよ、五年間ずっと見てきてこの人しかいないって思いました。これでも男を見る目はあるつもりですわ」
「まあ五年も。真理子さんありがとうね」
「お義母さん、私直人さんとこれからもずっと一緒に幸せな家庭を築きます」
くすりと笑いながら戻って行く。母が満足そうによろしくねと言っていた、そして、
「仕事はどうするつもりだい?」
「まだ考え中だよ」
「給料の問題じゃなく、自分のやりたい事をやりなさい」
「わかったよ」
いい匂いが漂ってくる、母は立ち上がりキッチンに入って行った。お椀を二つ持って戻ってくる。
「直人、真理子さんのだよ味見しましょ」
よく出来ているが味がちょっと薄い、それを伝えると真理子は、
「お義母さん用に薄味で作ったから」
母は美味しそうに食べている。
「真理子さん、文句の付けようがないわ、直人にはもう少し濃くした方がいいわね、合格よ」
真理子は『やった』とはしゃいでいる。母は真理子にメモを渡している、一緒に見る。
「好き嫌いはなし、特に好きなのは……」と料理が羅列して書いてある。それを見て真理子は、
「ありがとうございます、全部作れる物ばかりです、後はいわゆるお袋の味って言うのを知りたいです」
と言うと、母はこればかりは一朝一夕で伝えられないからと引き出しを開け一冊のボロボロの分厚いノートを真理子に渡す。
「これは私のレシピノートよ、持っていきなさい」
「いいのですか?」
「いいのよ、レシピはもう頭の中に入っているからね、役に立てばいいのだけど」
「大切にします、ありがとうございます」
真理子は大切そうにかばんに入れる、
「で、仕事のことなのですが直人さんには是非うちに入って貰いたいのです、私が今まで通りに社長をして、直人さんにはオーナーとして。もちろん整備士の仕事は続けて貰ってもいいのです、うちには名義だけでもいいので、もちろん見合ったお給料は出すつもりです」
母は驚きを隠せずにいた。
「直人、人生の転機よ。こんな言い方したら真理子さんに失礼だけど、こんな美味しい話を断ったら罰が当たるよ、早く決めなさい」
「オーナーとかって言っても実感が湧かないんだよ、真理子は一度言い出したら引かないしな、もう真理子に任せるよ」
真理子は最後まで聞いてから、
「じゃあ、私が決めるわね整備のお仕事はまだ続けたいのかしら?」
「ああ、性に合ってるからな」
「じゃあ、やっぱりオーナーになって貰うわね、心配しないでとりあえず当分の間は名義だけにしておくわ」
真理子の目は輝いていた。母は。
「真理子さん本当にいいの? オーナーを譲ると言うことは所有権を渡すって事なのよ」
「いいんです、オーナーの仕事まで私が続けますから」
決意は固いようだ、もう引けない。
真理子は話がまとまった、と思ったのか話題を変えた。
「お義母さん、これ使って下さい。少しでも生活が楽になるように作りました」
と言って昨日と同じようにカードを出す。
「家族カードです、お買い物にでも使って下さい」
母は慌てて。
「クレジットカードじゃない? こんなのは受け取れないわ」
「もう家族同然なんです、直人さんにも昨夜渡しました」
俺はため息をつきながら、
「お袋、こいつは頑固でな、決めたことは引かないよ、とりあえず貰っておいてくれないか?」
「わかったわ、あんたまでそう言うのなら」
と言ってから神棚に置いたようだ。
「もう私の家族ですもの」
真理子はやけに家族に拘る、両親がいないせいかもしれない、母もそう思ったのか
「真理子さん家族が出来て嬉しそう。でもお人好しが過ぎるわよ」
と言っている、
「真理子は仕事モードに入ると人格変わるから大丈夫だよ、こんな姿見せるのは俺とお袋の前だけで普段はしっかり者だから」
と俺が代弁した。
そろそろ定時あがりも止めようか考え出していた、ノルマさえこなせば居ても居なくても給料は変わらないのだ、だったら少しでも早く終わらせて、真理子と過ごす時間を少しでも多く作りたかった。やっと他の工員の気持ちがわかったような気がしてきた。
整備士という仕事は覚える事は多いが、慣れてしまえば単調で割りと暇な仕事だ、ピンク石鹸で手についた油汚れを落とし事務所に戻る、見慣れた光景が広がっていた、谷口と真理子の談笑に後から参加する。
真理子に言ったのかと聞くとまだだというので二人でちゃんとした同棲を始めた事を報告する。
「二人で正式に同棲することになりました」
「こいつはおめでたい、直人よかったな。明後日から正月休みだ。二人でよく話し合うんだぞ」
そうだった、ディラーが休みに入るので、部品の発注が取れなくなるから、こちらも休みになるのだった。
谷口はちょっと待ってろと言い奥に入って行ってすぐに戻ってきた『祝』と書かれた封筒を手渡された。
「本当は結婚祝いなんだけどな、先に渡しておくよ」
と言って来たのだ、返そうとしたが。
「これは会社の決まり事だから取っとけ」
「そうよ私の会社でも結婚する従業員には配ってるわ、貰ってっておいた方がいいわよ」
と言うのでありがとうございますと礼をいい帰路についた。
封筒を開けると十六万も入っていた。
「真理子この金どうする? 俺の給料の半月分も入ってるぞ」
「直人さんが貰っておいて頂戴、お義母さんへの仕送りで直人さんが貯金ないの知ってるのだからね」
「どうしてそれ知ったんだ?」
今日の昼間お義母さんと電話で話をした時に聞いたわ、その他にもいろいろね、後お義母さんに今度料理を教わるの」
昨夜合わせたばかりなのにもう母と連絡を取り合う仲になっていた。
「料理は真理子の方が上手いんじゃないか?俺は気に入ってるよ」
「ありがとう、でも料理を教わると言っても直人さんの好きなメニューとかお義母さん直伝の味を教わるのよ」
「でもこんな貧乏人の俺なんかで本当にいいのか? 金の面で真理子に迷惑をかけたくないし不安だよ」
「直人さんは私にとって初めての一目惚れの人よ、しかも五年もの間気持ちは揺るがなかった、それだけじゃいけないかしら? 他の人と少しずれてるのかもしれないけど、私はお金に執着心はないわ、好きな人と最低限の暮らしさえ出来ればいいの、だから昨日も言った通りお金の面での心配はしないで。
それに私の貯金がどれくらいか探偵さんからも聞いてるでしょ?」
確か二億円以上だ、とてつもない大金だ。
「直人さんと結婚したら家族になるんだし、
結婚を前提に同棲してるのだからもう婚約者よ、だから好きに使っていいのよ」
と言ってカードを一枚渡された、クレジットカードだった。
「家族カードよ、必要な時に使ってね、それと忘れてたのだけれど、これも渡しておくわねこの家の合鍵よ」
いろいろ感謝の気持ちが頭の中を飛び交ってるが言葉に出来ない、なので真理子を引き寄せ抱きしめる。
「ありがとう」
と言い、続けて話す、
「話がある、とても重要な話だ」
真理子は黙って頷く、
「今まであやふやにしてたけど、事件が片付いたら俺と結婚してくれないか? 残りの人生を真理子と共に歩みたい、心の底から愛してる。今は指輪も何も用意出来てないけど、お願いします」
真理子は涙を流しながら大きく頷く。
「やっと言ってくれた、直人さん私を幸せにして下さい」
そして初めての口づけを交わした。
二人共あまり寝れなかった。
アラームが鳴り出す、もう朝か。
「直人さん私の下着どこ?」
俺も裸だった、ボクサーパンツを履いて真理子の下着を探す、床に落ちていた。拾って渡す、ベッドの中でもぞもぞと下着を付けている、今日は二人共休みだったが起きる。クリスマスイヴだった。
「クリスマスイヴに記念日が出来たわ、直人さんに全てを捧げた日よ」
あまり寝れていないのにテンションは高かった。
「昨夜の話ちゃんと考えておいてね」
昨夜真理子を抱いた後で、真理子から提案があったのだ。正式に上野フーズで働かないかと言う話だった。
「少し考えさせてくれ」
とだけ答えた。
真理子は起き上がりパジャマを羽織るとリビングに向かった、俺もパジャマを着てリビングに入る。
日課になっているストレッチとシャドーボクシング、寝ぼけてた頭が覚醒してくる。
終えると朝食が並べられたところだった。
テーブルに向かい腰をかける。
「真理子はちゃんとした結婚式を上げたいのか?」
真理子は少し考えて。
「なくてもいいわ、婚姻届けだけでもいいわ呼べる友達もいないし両親も兄弟もいないしね、でもペアの指輪は欲しいわ、直人さんが決めてちょうだい」
「俺もそれでいいけど記念写真は撮りたい、真理子のウエディングドレス姿のな」
「じゃあ、レンタルでタキシードとドレスを用意して写真を撮りましょ。婚姻届けも用意するわ」
真理子が更に続ける、
「さっきも言ったけどうちで働くかどうかも考えておいて、直人さんにとっても悪い話じゃないはずよ、私は直人さんにオーナーになってもらいたいわ、役職付いたからと言って特別することはないわ、私が全部するから、整備士の仕事も辞めなくていいわよ」
「わかったよ、どちらにせよちゃんと籍を入れてから決めるよ」
朝食が終わり読書をしていると。
「直人さん今日は一日空けといて」
「わかった」
九時になっていた、真理子はどこかに電話をかけだした」
「おはようございます真理子です、材料は揃えておきました十時過ぎに行きます」
電話を切った。
「直人さん出かける準備しておいて、今回も髭は剃らなくていいわよ」
と言って冷蔵庫から食材を出し始めた。
俺は服を着替えた。
真理子は今日はすっぴんだった。
「行きましょ」
と言って大きな紙袋を二つも持っている。
「主語が抜けてるぞ、どこに行くんだ?」
「お義母さんの家よ」
仕方なく用意をする。
九時半には母の家に上がり込んでいた。
真理子の紙袋には食材が入っている。
どうやら本当に料理を教わる気みたいだ、母が真理子のレパートリーを聞いている。
「それだけ作れるなら、教える事はほとんどないわね」
「でも私和食が苦手なんです、それと直人さんの好きな料理も教えて下さい」
「じゃあ基本的な肉じゃがを作ってみてちょうだい。私は直人の好物を書き出しておくからね」
「はい、台所お借りします」
と言って腰を上げる。
母は俺に向かって、
「こんなに献身的な人が見つかってよかったわね、大切にしなさい」
と言ってきた、
「わかってるよ」
と、暇だろうと思い持って来た小説本に目を落とした。
真理子が入って来た。
「直人さん昨日の事は言ったの?」
と訪ねてくる。プロポーズの件だろうか? 仕事の事だろうか? 迷ったが両方話す。
「お袋、昨夜真理子にプロポーズしたよ、それと結婚したら真理子の会社に入るかもしれない」
聞いていた母は嬉しそうに、
「あら、真理子さんはお前には出来すぎた子だよ、ちゃんと返事貰ったのかい」
また真理子が顔を出す。
「お義母さん、ちゃんと返事しました。『幸せにして下さい』って、
「真理子さん、本当にこの子でいいのかい、他にたくさんいい人がいるかもしれないよ」
「直人さん以上の人はいないですよ、五年間ずっと見てきてこの人しかいないって思いました。これでも男を見る目はあるつもりですわ」
「まあ五年も。真理子さんありがとうね」
「お義母さん、私直人さんとこれからもずっと一緒に幸せな家庭を築きます」
くすりと笑いながら戻って行く。母が満足そうによろしくねと言っていた、そして、
「仕事はどうするつもりだい?」
「まだ考え中だよ」
「給料の問題じゃなく、自分のやりたい事をやりなさい」
「わかったよ」
いい匂いが漂ってくる、母は立ち上がりキッチンに入って行った。お椀を二つ持って戻ってくる。
「直人、真理子さんのだよ味見しましょ」
よく出来ているが味がちょっと薄い、それを伝えると真理子は、
「お義母さん用に薄味で作ったから」
母は美味しそうに食べている。
「真理子さん、文句の付けようがないわ、直人にはもう少し濃くした方がいいわね、合格よ」
真理子は『やった』とはしゃいでいる。母は真理子にメモを渡している、一緒に見る。
「好き嫌いはなし、特に好きなのは……」と料理が羅列して書いてある。それを見て真理子は、
「ありがとうございます、全部作れる物ばかりです、後はいわゆるお袋の味って言うのを知りたいです」
と言うと、母はこればかりは一朝一夕で伝えられないからと引き出しを開け一冊のボロボロの分厚いノートを真理子に渡す。
「これは私のレシピノートよ、持っていきなさい」
「いいのですか?」
「いいのよ、レシピはもう頭の中に入っているからね、役に立てばいいのだけど」
「大切にします、ありがとうございます」
真理子は大切そうにかばんに入れる、
「で、仕事のことなのですが直人さんには是非うちに入って貰いたいのです、私が今まで通りに社長をして、直人さんにはオーナーとして。もちろん整備士の仕事は続けて貰ってもいいのです、うちには名義だけでもいいので、もちろん見合ったお給料は出すつもりです」
母は驚きを隠せずにいた。
「直人、人生の転機よ。こんな言い方したら真理子さんに失礼だけど、こんな美味しい話を断ったら罰が当たるよ、早く決めなさい」
「オーナーとかって言っても実感が湧かないんだよ、真理子は一度言い出したら引かないしな、もう真理子に任せるよ」
真理子は最後まで聞いてから、
「じゃあ、私が決めるわね整備のお仕事はまだ続けたいのかしら?」
「ああ、性に合ってるからな」
「じゃあ、やっぱりオーナーになって貰うわね、心配しないでとりあえず当分の間は名義だけにしておくわ」
真理子の目は輝いていた。母は。
「真理子さん本当にいいの? オーナーを譲ると言うことは所有権を渡すって事なのよ」
「いいんです、オーナーの仕事まで私が続けますから」
決意は固いようだ、もう引けない。
真理子は話がまとまった、と思ったのか話題を変えた。
「お義母さん、これ使って下さい。少しでも生活が楽になるように作りました」
と言って昨日と同じようにカードを出す。
「家族カードです、お買い物にでも使って下さい」
母は慌てて。
「クレジットカードじゃない? こんなのは受け取れないわ」
「もう家族同然なんです、直人さんにも昨夜渡しました」
俺はため息をつきながら、
「お袋、こいつは頑固でな、決めたことは引かないよ、とりあえず貰っておいてくれないか?」
「わかったわ、あんたまでそう言うのなら」
と言ってから神棚に置いたようだ。
「もう私の家族ですもの」
真理子はやけに家族に拘る、両親がいないせいかもしれない、母もそう思ったのか
「真理子さん家族が出来て嬉しそう。でもお人好しが過ぎるわよ」
と言っている、
「真理子は仕事モードに入ると人格変わるから大丈夫だよ、こんな姿見せるのは俺とお袋の前だけで普段はしっかり者だから」
と俺が代弁した。
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