目覚め

小倉千尋

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第九章

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 昼になっていた、真理子はもう一つの袋からケーキを出してきた。

「お義母さん、クリスマスなのでケーキにしましょう」
「あら、いいわね美味しそう」

 母はどれにしようか迷っている、六個ある中からチョコケーキと栗きんとんを選択していた。俺はチョコケーキとアップルパイを取った。二つとも抜群に美味かった。
 母が真理子に尋ねる、

「これどこのお店のケーキ?  こんなに美味しいの初めて食べたわ」
「うちの店のです、お口にあってよかったです」
「西田が作ったのか」
「ケーキ専門のシェフもいるのよ、西田は洋食専門だけど何でも作れるわ、でもどうして西田を知ってるの?」
「この前行った時にちょっと話したからな」
「ふーん、あの人のは美味しいって評判よ」 確かに美味しかった、しかも値段も安い、繁盛するはずだとひとりごちる。
 聞こえたのか真理子が。

「これでも独学で経営の仕事を習ったのよ」と得意気に話す。
「俺は専門学校で経理と簿記と情報処理の勉強をしたぜ、他にもいろいろと資格は持っている」
「初耳だわ、今度うちの経営状態チェックしてちょうだい、頼もしいわね」
「いいぜ、経理関係の書類や貸借対照表を見せてくれ」
「用意しておくわ」

 真理子は喜んでいた、すぐに携帯を取り出しどこかに電話し始めた。

「私よ、原田さんかしら?  今年度の経理関係の書類と貸借対照表を用意しておいてちょうだい、お願いね」

 とだけ言って電話を切った。
 母は、

「直人の言うように仕事となると迫力が違うわね」

 と感心している、

「なっ、言った通りだろ」
「直人さん見に行きましょ」
「今からか急だな」
「バタバタしてごめんなさい」
「仕事だもの、構わないよ行ってきなさい、またゆっくりと遊びにおいで」
「紙袋に入ってる食材は置いていきますわ」
「あら、助かるわ食べ切れるかしら」

  と笑った。
  まだ昼過ぎだった、結構のんびり出来たので疲れはなかった。真理子の事務所に入る、

「社長ちょうど用意出来てます。

  この人が経理の原田という女性だろう。

「ありがとう、直人さんこれでいい?」
「十分さ、原田さん見させて貰うよ」

  と言うと、どうぞとの事なので勝手に書類をパラパラとめくって行く、続けて貸借対照表もチェックする。

「直人さんどうかしら?」
「いいね、原田さん一時的にマイナスになるかもしれないが広告費をもっとかけた方がいい、それと人件費の見直しが必要だね、他は問題ない」

 原田は呆気にとられている、原田から見れば俺はただの整備士である、その俺が経理について話してるのだから面食らって当然の結果だろう。
 真理子が割って入る、

「直人さんは経理関係の簿記や情報処理の資格を持ってるのよ」
 と言うと笑顔に戻った原田が、

「わかりました、えっと確か坂井さんでしたね?  私も気になっていた箇所なんです、社長に提案しようか迷っていました。見直してみます」
「ところでバミューダのインターネットでのホームページあるのかな?  もしないならメニュー表を載せたのを作って見ないか?」
「それもすぐ作っておきます」
 原田がぺこりと頭を下げ、そう言った。
 真理子は全員を集めるとこう切り出した、

「いい機会だからみんなにも言っておくわ、
ここにいる坂井直人さんは、私の婚約者であり、来年度からうちに入ります」
 事務員四人がざわついた後原田が笑顔で、

「代表してお祝い申し上げます。来年からよろしくお願いします」
 と頭を下げると、他の三人も、
「おめでとう」
「やりましたね社長」

 と歓迎してくれているようだった、

「こちらこそよろしく」

 といい、全員と握手をし、真理子と事務所を後にした。
 ふと、真理子が、

「ついでだから谷口さんにも報告しなきゃ」  
と言うので、そうだなと思い工場に行く。
 谷口はちょうど事務所にいた。

「デートかね」
「ちょっといいですか?」
「ちょうど暇してたんだ、何でも聞くぞ」
「昨日真理子にプロポーズしました、籍を入れる日はまだ決まってませんし式も上げませんが、記念写真だけ撮ります」
「おめでとう、で今後はどうするんだ?  整備士は辞めるのか?」
「来年からうちに入ってもらう予定ですが、整備士の仕事も続けたいそうです、駄目ですか?」

 谷口は真剣な表情で考えていたが。

「俺も腰が限界でな、直人に工場を譲ろうと考えていたが、そっちの仕事の方が忙しそうだな。上野フーズに専念しなさい、助けて欲しい時は呼ぶからな。俺ももうひと踏ん張りするよ」
「こんな条件飲んでもらえて、ありがとうございます。頑張ります」
 と言い帰路につく、まだこのマンションに半月も住んでいないのに帰ってくると妙に落ち着く。

「直人さんお正月休み長いのね」
「正月だけじゃないぞ、ゴールデンウィークも盆休みも長い、ディーラーが休みに入る時期だから合わせてるだけだけどな」
「ふーん、でも話がトントン拍子に進んでよかったわ」
「真理子と気持ちが通じ合ってから約一ヶ月で俺の人生が大きく変わったよ、まあ真理子がズンズン話を進めて俺はそれに付いて行った結果だけどな」

 苦笑いしながらそう言うと、真剣な顔で。

「五年間よ、五年もの間こうなればいいなとか、付き合えたらこうしたいなとか、結婚できたらこうしようって考えてたのをいっぺんに出し過ぎちゃったからかしら?  回りをかき乱しちゃってるか不安だわ」
「いや、これでよかったんだよ」
「俺の住宅引き払ったり駐車場も解約しなきゃな、他にも住所変更の手続きが一杯だ」
「それならうちの顧問弁護士に相談するわ、結構何でも引き受けてくれるわよ」
「それは助かるよ」

 十六時だった。

「ちょっと休憩したい、イソラテを頼む」
「わかったわ、任せて」
すぐに用意されたイソラテを飲みながら、タバコを吸った、よく考えれば今日初めてのタバコだった。
 釣りに行きたい、ふと衝動に狩られるが、冬の寒い季節は体に堪える。
 それにこれから忙しくなりそうだ
考えているうちにうとうとし始めた。


  うとうとしてたらしい、起きたら二十時だった。寄り添うように真理子も寝ている。
起こさないように立ち上がったつもりだったが真理子も目を覚ます。

「どこに行くの?」
「ただのトイレさ」

 用を足してリビングに戻ると真理子が、

「いけない、今日の晩ご飯の分までお義母さんのところに置いてきちゃった」

 俺は少し考えてから、

「バミューダに行こう、俺がオーナーになるんだったら挨拶をしておきたい、バーテンのなんて名前だったっけそいつにも会えるかもしれない」
「バーテンダーの永井ね」

 真理子は少し考えていたが、

「わかったわ、でもクリスマスよ、混んでるかもしれないわ」
「その時はその時さ」

 バミューダに着いた、賑わっていたが思ってた程混んではいなかった。

 カウンター近くのテーブル席に座った。気付いたのか西田が飛んできた。

「社長いらっしゃるならもっといい席を用意させてもらいましたのに」
「いいのよ、今日はデートの途中なのよ」
「先日のサンドイッチの方じゃないですか」
「よく覚えてるね、坂井だ」

 続けようと思ったら、西田が、

「新しくオーナーになられる方ですね、よろしくお願いします」

 と、深々とお辞儀をした。

「そんなに畏まらないでくれ、俺は上野とは違う、しかし何で俺がオーナーになるって知ってるんだ?」
「はい、夕方に事務所の方からお話を伺いました、ご結婚もされるそうで」
「西田さん、堅苦しいのは抜きでお願いね、直人さんは私より優秀かもしれないわ」
「社長より?  来年が楽しみですな」
「それより何か食べさせてもらえるかしら」
「わかりました、少々お待ち下さい」

 と言って引っ込んで行った、

「きっと原田さんね、噂って広まるの早いですもの」
「いずれバレることだ、こっちから挨拶回りするのが省けていい」

 暫くすると西田が七面鳥を持って来た。
 食べやすいようにカットしてある。

「ご希望はありますか?」

「俺はステーキがいいな、レアで」
「私はカルボナーラをお願いね」
「かしこまりました、お酒はいかがですか」
「俺はウイスキーを、真理子には軽いカクテルを」

 西田はメモを取らないタイプらしい、そのまま厨房に消えていく、

「飲酒運転は駄目だって誰かさんが言ってた気がするけど」

 真理子が笑う、

「一口だけだよ」
「まぁ、初めて食事に誘った時と正反対ね」
 また笑っている、釣られて俺も笑う。
 すぐに料理が並ぶ、二人で頂きますといい食べ始める。
 この前のステーキ屋と同じくらい美味い、ウイスキーも芳醇で美味かった。
 真理子も長い髪を後ろで束ね満足気に味わっている。
 ターキーは久々に食べたので、正直味は分からなかったが不味くはなかった。
 俺の方が食べ終わるのが早かった、真理子は食べ終えると西田を呼んだ。

「お口に合いませんでしたか?」

西田は不安そうな顔をしている、

「逆よ、どうしたらこんなに美味しく作れるのか教えて頂戴」

 西田が胸を撫で下ろし安心したかのように答える、口での説明は難しいのでレシピをお渡しします、と言ってメモを取りに行った。
 俺は真理子に、

「西田を雇われ店長で置いておくのは勿体無い、バミューダの総支配人に抜擢しよう、給料も上げてやってくれないか?」
「オーナーとしての初仕事ね、いいわ私もそうしようと思ってたの」
「社長、一人前の分のレシピです。お二人で食べられるなら単純に倍にしてください」

 と手渡してきた、真理子が感心している。
 俺が口を挟む、

「西田さん話がある」
 西田は急に不安気な表情になった、
「西田さんをここの総支配人に昇格させる、もちろん給料も少し上がる、どうかな?」
「雇われ店長じゃなく総支配人に?  正社員って思っても構わないのでしょうか?」
「そうだよ、うちの正社員にならないかと聞いてるんだ」

 西田はよほど嬉しいのか涙ぐんでいた、

「嫌かい?」
「いえ、嬉しくて。今までは毎年クビになったらどうしよとずっと不安でした、坂井オーナーと田辺社長ありがとうございます」
「いいのよ、仕入れも人事もある程度任せるわ。ただし値上げはしないで今の味をキープさせてちょうだい、正式な辞令はまた今度だすわ」
「わかりました、誠心誠意精進します」

  満面の笑みに戻っていた。
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