人形として

White Rose

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第一章

7 躾

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  美颯が家を出て、20分ほど経ち、家の鍵を持って行かなかった月光のために翔が鍵を開けた。
  そして現在、それから5分ほど経過して月光がゆっくりとドアを開けて中に入ってきた。その音に反応して立ち上がった翔のあとを追いかけて静奈も玄関へ向かう。

「……ただいま」

  月光は独り言のように小さな声で呟いて、翔と目が合わないように座って靴を脱ぎ始める。

「おかえり、月兄。……美颯さん、ありがとうございます」
「月光くん、眠そうだったから早く寝かせてあげて。僕、今日はもう帰るね。おやすみ」

  ニコニコと微笑みながら美颯は帰っていった。


「……月兄、怪我はしてないか?」

  心配からくる台詞せりふなのは分かるが、怒っているのだとすぐわかる翔の声音に、月光は怯えた目で翔を見上げる。そして翔の方に体を向けた月光は微かにうなずいた。

「月光おかえり、無事で良かった」

  空気を少しでも軽くしようと明るく言ってみたが翔に睨まれるだけで何も変わらなかった。

「……」
「月兄、一人で外出たら怒るって俺が言ったの聞こえてたよな?」

  ドスの効いた声に月光が翔から目を背けて後ずさる。

「……」
「来い!」
「っや、やだっ……」

  翔が月光の袖を引っ張って、二部屋ある内の奥の部屋に引きずり込む。
  月光が脱ぎ散らかしたままの靴を整えてから静奈も部屋に入った。

「しずねぇ……!」

  部屋のドアを閉めて二人のほうを向いた瞬間、月光に飛びつかれた。翔はベッドに座ってこちらを見ている。

「月光、翔が呼んでるよ?」

  行っておいで、とすでに泣きかけている月光の背中を撫でて促す。

「でもぼく、悪いことしてないのに!」
「したでしょ。一人で外出はダメって約束、破ったじゃん」

  月光の人形のように整った容姿は昔から変わらない。   
  静奈は昔から月光の顔立ちが気に食わなかった。何か病気なのではと思うほど小さな体も、静奈は妬んでいた。両親と一緒に死んでほしかったと思う程ではないが。

  可愛い、愛想が良い、お人形さんみたい、……。
  どれも、静奈が一人でいたって聞く言葉。でも月光といれば、言われるのは静奈ではなく、月光だった。それが羨ましくて、憎くて、静奈は何度も月光に八つ当たりしていた。
  とは言っても静奈は[良い姉]でもありたかった。だから静奈が直接月光に何かをしたことはほとんどない。

──月光が学校で雑草の茂った場所にいたよ。危なくない?
──用事がないのに外に出ようとしてた。止めようとしたけど聞いてくれなくて…。
──友達の真似して雲梯うんていに上ろうとしてたよ。危なっかしくて見てるのが怖かったー。
──……。

  そういったくだらない事を告げ口して月光が怒られているのを見て楽しんでいた。
  告げる先は毎回、無干渉な両親にではなく、異様なほどに心配性な弟だった。

  雑草に触れたら手を切るかもしれないし危険な虫がいる、無駄に外出するのは拉致されるかもしれない、雲梯に上るなんて月光は運動神経が悪いから落ちて怪我する……。

  翔に怒られた月光は、必ず静奈に泣きながら助けを求める。それは未だに変わっていない。
  素直に可愛いと思って、そう思った自分に腹がたって、また妬んでしまう。

  その繰り返しだった。


  静奈と翔も目立つ顔立ちであることは周りからよく言われるので自覚している。だから静奈達は武道を習って、何かあっても自分達で対処できるようにしていた。
  だが、運動が苦手な月光は何も習わずに二人の稽古を見学しているだけだったため、静奈と翔で月光を守ろうと決めていた。…本当は守りたいだなんて思っていなかったが、周りの大人や弟達に薄情な子だと思われたくなかった。


「っ……でも何も危ないことなかった。それにあの約束したの八年も前だもん。……ぼくもう子どもじゃない」

  そう言い終えたところで、翔が近づいてきて月光の左腕を捻りあげた。

「痛っ…やめ、て……しょう、……しずねえ……」

  いたい、たすけて、と何度も繰り返す月光を、静奈は見るだけで何もしない。

──月光が危険なことをしないように俺が躾けるから静姉は何もしないで

  と、月光が帰ってくる前に翔から言われたのだ。
  いつも、月光が何かをすれば翔が注意している。そして静奈は月光が泣いて縋りついてきた時に慰めるのが役割だが、今回は翔が許可するまで何も言わずに見ていることしかできない。
  腕を捻ったまま翔が月光をベッドまで連れて行く。

「……しょ、う……いたぃ……も、やだ……」

  翔から逃れようと月光は暴れているようだが、翔は気にせず握る手に力を込めた。そしてベッドに座った翔の太ももに月光の上半身が腹這わされる。
  翔は保育園児でも叱るかのように月光の小さなお尻を叩いた。

「った……」

  腕を掴まれたままの月光を翔が何度も叩く。

「悪い人に捕まったら月光はどうするつもりだったんだ?逃げれるのか?」

  翔が何度も叩きながら尋ねた。
  いたい、と月光は繰り返しているだけで翔の言葉に返事をしない。

「一人で外行ったら危ないだろ。俺は月光に危ないことがないように考えてやってるのに、何でお前は――」

「翔」

  月光がぽろぽろと涙を零し始めたので思わずといった感じで声をかけた。

「あ、……ごめんね、邪魔して。でも月光、泣いてるから」

  もうやめてあげて、という意味を含ませる。翔は分かったようだがやめようとしない。

「今やめたら意味がなくなる」

  翔を見ると、本当に月光を心配しているのが伝わってくる。でも顔は心配しているというより、恐怖を感じているような表情だ。
  仲良くなかったとはいえ、両親が殺されたのだ。これ以上家族を奪われないように必死なのだろう。静奈はそう思うと翔を止める気にはなれなかった。…自分も同じだから。

「月光は知らない人に攫われたいか?」
「うぅ……ぃや……」

  少し手を緩めて尋ねた翔に、月光は勢いよく首を振って否定する。

「じゃあもう一人で外に出ない?」
「いたい、……手、はなして……」

  月光は身動みじろいで翔に痛いと訴えているが、翔は再び力を込めて強く捻る。
  すぐに月光から悲鳴があがった。

「返事は?」
「はいっ!わかったから!はなして、いたい!」
「ほかにも言うことあるだろ、お前が一人で外行ったから俺も静姉も心配したんだぞ」
「っ、ごめんなさい!うでちぎれる!」

  泣いたまま叫ぶように訴える月光から、翔はようやく手を離した。腕が自由になった月光は、迷わず静奈に飛びついてきた。

「……しずねぇ」

  翔を見ると、もういいよ、と手で合図をされたので月光の頭を撫でる。

「月光、よく頑張ったね。反省できた?」

  壁に背をあずけて座っていた静奈は、わぁわぁと泣いている月光を太ももに跨らせて両腕で抱きしめた。

「こわ、い……しょう、おこ、ってた……」
「いい子になれる?私も心配したよ。月光、可愛いからこわい人が欲しがるの。だから勝手なことしたらダメ。わかる?」

  まだ大人としては過ごせないのだと伝わるように、敢えて園児に話しかけるような口調で言う。
  月光が頷いたのを確認して、月光と静奈を見下ろしている翔に目を向けた。

「ごめんな、月兄。痛かったか?」

  屈んで月光を撫ではじめた翔は、普段以上に優しい声で話しかける。そして月光は素直に頷いた。

「でも月兄のためなんだ。……分かってくれるか?」

「……ぼくが、悪かった、から……ごめんなさい」

  まだ顔は合わせたくないようで静奈の胸に顔を埋めたまま月光が答える。

「いい子。じゃあご飯、温めてあげるね。月光歩ける?抱っこ?」

「……歩く」

  泣き止むと羞恥心が出てきたようで、月光は静奈から離れた。
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