すきま時間にShort Love Storyを。

辻堂安古市

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「ギムレットには早すぎる」

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「ギムレット」


 ジンとライムジュースをシェイクしたショートタイプのカクテル。先輩が好きな小説の主人公、フィリップ・マーロウが作中でこだわっていたカクテルで、先輩はその影響を受けてRose社のライムジュースをわざわざ買っていた。

 ただ、私はそれを彼と飲んだ事がない。
 それはギムレットに込められた「カクテル言葉」のせいだったのだけれど、聞いて納得できるものだった。一度だけ友達と一緒に遊びに行った時に頼んでみたけど、ショートドリンクだけあって結構強めのカクテルで、私の口には合わなかった。
 
 私はその後、海外へ留学した。程なく先輩とは時間が合わなくなり、そのまま連絡を取らなくなってしまった。いや、多分それは言い訳なんだろう。私は私で、慣れない海外生活についていくのに必死で連絡を取る余裕がなく、それを「社会人になった先輩の邪魔をしてはいけないから」という理由をつけて誤魔化していたのだから。

 だから帰国した報告もメッセだけした。二人の関係を改めてはっきりとさせることが怖かったから。でも、先輩から返ってきたメッセは「きちんと話がしたい。いつものバーで会えるか?」だった。


 本当は逃げたい。
 曖昧にしてしまいたい。
 今さら傷つくのは嫌だ。


 そんな卑怯な気持ちを押し殺して、私は今、かつて先輩と一緒によく来ていたバーのカウンターに座っている。だけど、まだ先輩は来ない。カウンターに座ってあれやこれやとシミュレーションをしてみても、思考がぐるぐると空回りしてちっとも纏まらない。
 
 最初はまばらだったお店の中も、段々と人が増えはじめている。待ち合わせの時間まではもうすぐ、というところでマスターが私に話しかけてきた。



来良ライラ様。実はレイ様より本日承っているカクテルが御座います」

「…え?」

「もし時間になっても零様が来なかった場合はお出しするように、と。しかし……いかがなさいますか?」


 わざわざマスターに託してまで私に伝えたいものって、何だろう?
 怖いけど、もうこれ以上逃げてはいけない。
 

「マスター、お願いします」

「かしこまりました。それでは、もしお約束の時間から10分過ぎてもいらっしゃらなかった時はお出しさせていただきます」


 「できれば、先輩に直接会いたい」という気持ちと、「会うのが怖い」という気持ちが更に複雑に絡み合い、交互に私の思考を支配する長い長い15分。でも結局、約束の時間を10分過ぎても先輩は現れなかった。






「どうぞ。こちらが零様より頼まれたカクテル、『ギムレット』になります」


 マスターが出してきたのは、ライムとジュニパーベリーが香る透明のカクテル。


「これはギムレット……?そっか……そういうことか……」


 私が先輩から以前聞いた、ギムレットを飲ませてもらえなかった理由。 
 「長い別れ」……それがギムレットに込められているカクテル言葉。
 それが目の前に置かれたという事が、どんな意味を持っているのか、私にだってわかる。


「これを飲んで、『おしまいにしよう』ってことか……」


 私は、何を期待していたんだろう。
 心のどこかで、先輩が何事もなかったかのように話しかけてきてくれるとでも思っていたんだろうか。

 仕方ない……このままじゃイヤだ……会いたい……せめて一言だけでも……






「……お前、少しは本を読めと、あれ程言っただろうが?」


 振り返ると同時に視界を塞いだのは、一冊の古びた文庫本。
 私が言葉を発する前にポン、とそのまま額を軽く叩かれる。
 涙でぐしゃぐしゃの顔を見られたくない私は、本をどけずにそのまま憎まれ口を叩く。


「……何よ。遅れたくせにカッコつけないでよね」

「済まない。遅くなった」


 そう言うと彼は持っていた本を置いて、一杯のカクテルを頼んだ。


「マスター、例のものを」

「……相変わらずその本を持ち歩いているのね」

「ああ。来良に説明しようと思ってな」

「じゃあ、答えて。これはどういう意味なの?」


 嬉しい気持ち・悲しい気持ち・怒りたくなる気持ちがごちゃ混ぜになって、少し強めの言い方になってしまった私に、隣の席に座った先輩は、ゆっくりと一度は凍りついた私の心を溶かすように話し始めた。


「この本はレイモンド・チャンドラーが書いた「長い別れ」だが、親友レノックスとフィリップ・マーロウがとある理由で、もう会う事が無いという最後の時、名残惜しさを押し殺してマーロウがギムレットを注文した。そこでレノックスが言ったセリフが、『ギムレットには早すぎる』だ。それは、本来は別れを惜しむ心が込められた言葉だったんだよ」

「じゃあ……」

「本来の意味の『ギムレットには早すぎる』……のつもりだったんだが」 

「わからないわよ、そんなの……カッコつけないでよ……」 

「済まんな……正直に言えば、カッコつけないで会う勇気はなかったんだ」


 ああ、そうか。
 先輩も、怖かったのか……
 そう思うと、申し訳なさと共に少しだけ心が軽くなった。


「ねぇ先輩?さっき頼んだカクテルは何だったの?」

「ああ、あれは……」


 私の問いに答えが返ってくる前に、カウンターに一杯のショートカクテルが置かれ、先輩からカクテルの「名」と「込められた意味」が告げられる。




 私は涙を拭きながら、グラスを掲げる。
 彼もまた同様に。

 少しだけ賑やかになったバーの中で鳴った、2つのグラスの合わさった音。
 この時の澄んだ音色を、私はずっと忘れないだろう。





 先輩から渡されたそのカクテルは、ウォッカとコアントローとライムジュースがシェイクされた、ギムレットとよく似た透明のカクテル。


 そのカクテルの名は、「ライラ」

 カクテル言葉は、「今、君を想う」









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