フィライン・エデン Ⅱ

夜市彼乃

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10.三日月の真相編

46三日月のひそむ風雲 ③

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***

 フーはきょろきょろと忙しなくあたりを見回して、友人たちの姿を探しながら、それでも幾度となく物珍しいものに目を奪われた。
 木と紙でできた灯籠、玄関に立つ錫杖のような置物、紺色の暖簾に白抜きされた、見たことのない言葉。「め組」というのが何の組織を意味するのかもわからなかったし、薬の名前と思しき三字熟語は読み方の見当もつかない。
 きっとそこには、学んで学んで学び抜いたはずの人間界の、それでもまだなお広く遠くにわたる未知の一粒一粒が宿っているのだろう。フーの勉強不足ではない。フィライン・エデンが人間の文化を、そして歴史を熟知し切る日は、まだ先だ。
 時折スマホのカメラを構えながら、しばらくそんな調子で歩いていると、聞き覚えのある可愛らしい声が耳に届いた。
「くうぅ~っ、また外れましたぁ~っ!」
 何やら悔しがっているような調子だが、フーは思わず頬を緩めてしまった。あの高く甘い声が、稼業となれば、それに似つかわしくもない物理用語を紡ぐことを、フーは知っている。
 彼女がいたのは、手裏剣体験ができる一角だった。声を頼りに中に入ってみると、黒一色の壁に木目の床という、いかにもな空間。そこで、切りそろえられた濡れ羽色のポニーテールと、リボンとフリルに飾られたピンクのワンピースが特徴的な少女が、いじらしい地団太を踏んでいた。
 微笑ましい光景に相好を崩しながら、フーはまだその来訪に気づいていないユメに声をかけた。
「こんにちは、ユメ」
「へ? あ……ああっ、フーさまっ!?」
 一瞬呆けた顔をしたユメは、すぐさま顔を赤らめて、頬を両手で包んだ。その手を髪にもっていったり、口元にもっていったり、動揺のあまりせわしない。
「も、申し訳ございませんっ。こんなお見苦しい姿でお目汚しをしてしまうなんて……お恥ずかしい限りですぅ……」
 身をよじるユメの後ろ、部屋の隅には年若いスタッフが気まずそうに立っている。察するに、彼は一部始終を全て目の当たりにしてるのだろうが、それは恥ずかしくないのだろうか。それとも、彼の存在を忘れ去ったか、気づいていないのだろうか。
 そんな疑問が芽生えたフーだが、もし口にしてしまうと、前者ならユメを余計に辱めることになってしまいそうだし、後者ならスタッフが気を悪くしてしまいそうだ。
 博愛主義のフーは、ちょっとだけ考えてから、それには一切触れずに「恥ずかしくないわ、大丈夫よ」となだめた。ユメは、まだ「はわわ」と頬を覆ったまま、上目遣いにフーに尋ねた。
「あの、ところで、どうしてここにフーさまが?」
「私たちも、修学旅行で偶然ここに来ていたのよ。それよりも、リーフが探しているわよ。そろそろ行った方がいいんじゃないかしら」
「あっ……そうですよねっ! ありがとうございますぅ!」
 ユメは服の襟元から、首にかけた懐中時計を取り出すと、時間の経過に驚いたように肩を跳ねさせてから礼を言った。ちょうど、最後の手裏剣を投げ終わったところだったようで、二人はそのまま道場を出た。屋内が少し薄暗かったので、日差しが目に染みる。
 ユメを振り返ったフーは、まだユメが手にしているままの懐中時計に視線を吸い寄せられた。メタリックな淡いピンク色で、ストップウォッチのようなボタンが四方から出ている。さらに、ボタンと互い違いになるように、小さな竜頭も四つ取り付けられている。
「すごくハイテクそうな時計ね。それもユメが作ったの?」
「はいっ。名付けて、『ガリレイの万能時計~それでも針は回っている~』ですぅ!」
 フーは改めて時計をまじまじと見た。今、ガリレオ・ガリレイの名を冠すそれは、現在時刻である十一時前を示している。おそらく、ボタンや竜頭で操作することで、アラームを設定したり、中心の液晶画面の表示を変えたりできるのだろう。
 そう、デジタル時計なのである。曰く、それでも針は回っているらしい。
「特許を出願したところなので、商品化にはまだ時間がかかりそうですぅ。……はぁ、しばらくは金欠が続きそうですねぇ……」
「え、ユメ、金欠なの?」
「あ、いえ、生活に困るほどではないですよっ?」
 深刻そうな顔をしたフーに、ユメは慌てて空いているほうの手を振った。確かに、生活に困るほどだったならば、京都に旅行に来る余裕もないだろう。
「ただ、発明にはそれなりにお金がかかるので。そのスケールでいえば、金欠なんですぅ。なので、しばらくは新作を手掛けられなさそうですねぇ……」
 発明だの特許だのとは無縁のフーには、詳細な事情はよくわからないのだが、モノづくりにお金がかかるというのは当然のことだ。ケーキ屋さんとて、お金がなくて小麦が買えなければ、ケーキを作れず、販売できない。
 念のため周囲をはばかりつつ、待ち合わせの場所へと歩きながら、フーは尋ねた。
「でも、ユメは今までにもいくつも発明してきてるのよね。それが継続的に売れていれば、資金は入ってくるんじゃ?」
 それに対して、ユメは「うーん」と顎に人差し指を当てながら宙を仰ぐ。
「いくつもと言いましても、商品化しているのはキュリー夫人の更衣室と、いわゆるアイデア商品みたいなもの、あとは共同開発だったりしますからねぇ。それなりですぅ」
 彼女の回答に、フーはぱちりと瞬きした。ユメの肩には、愛用のアイボリーのポシェットが斜めがけに提げられている。その中には、彼女の一大発明品が今日も収まっているはずだ。
 最後にそれを見たのは肝試しのとき。雷鳴響く当時の出来事を思い出して、赤面しそうになるのを隠しながら、フーは問うた。
「でも、ユークリッドの玉手箱とか、フロイトの怖物判断とかもあったわよね? ……さ、さすがにフロイトのは売ってたらちょっと怖いけど……」
 なにせ、限定的とはいえ心を読む機械だ。むしろ売られていてほしくない。
 おびえたように声を震わせるフーに、ユメはくすりと笑った。
「大丈夫です、どちらも商品化されていませんので」
「そ、そうなんだ……って、玉手箱のほうも?」
「はいっ」
 へぇ、とフーは心外そうに漏らした。ユークリッドの玉手箱は、機能としては、純猫術を用いた持ち物の源子化と同じだ。ただし、その質量が大きく違う。猫たちが源子化できるのは、せいぜい手に持てる大きさ、重さ、数量だ。しかし、彼女の発明品にかかれば、その制限を取り払って大荷物を持ち運べる。どういう原理なのかは企業秘密なのだろうが、とにかく便利なのは確かだ。
「玉手箱のほうは、私も欲しい気がするけどなぁ……商品化しないの?」
 少しねだる意も込めて、ほんの少し下にある牡丹色の目を見つめた。彼女は前を見て歩きながら――その宝石のような輝きに影を落とした。
「できないんです」
「え?」
「その二つは、量産、販売することができないんです。わたくしが持っているものは、研究科在籍時に作製したもので、この世で唯一無二なんです。学院に所属していたからこその開発材料、技術、資金によって叶った物で……個人でこれらを確保するのは難しいんです」
 いつも元気よく間延びする声は、今は甘さ控えめのトーンダウンしたものだった。彼女のこんな表情は初めてで、フーは少なからず戸惑った。
 きっと、彼女も惜しいのだろう。あんなに画期的な道具だ、開発には相当な労力を要したに違いない。それが十分に報われたかといえば、まだ不完全燃焼状態なのかもしれない。
 かのうユメは、現在、個人の発明家として活動している。けれど、研究科を出ている以上、今からでも研究室入りして、学院のリソースを活用できるはずだ。
 それを伝えると、ユメはいっそう悲しそうに笑った。
「できないんです、それも」
「どうして……」
「それに、わたくしも、あの二つだけは商品化するつもりはないんです。他の子たちは知らないと思うのですけれど」
 再び、どうして、と同じ言葉で問おうとしたフー。ちょうど、建物の角を曲がりながら口を開きかけたところで、陰から飛び出してきた数人の子供たちとぶつかりそうになった。驚いて、言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。
 忍者の衣装を身にまとった少年たちは、気にしていないのか、はしゃぎながら走りすぎていく。「忍法、分身の術!」「分身の術!」と叫びながらじゃれる子供たちを見送るユメは、どこか遠い目をしていた。
「……ユメ?」
「あ、はいっ。ぼーっとしていました、申し訳ございませんっ。元気な子たちでしたねぇ」
 そう言って、いつも通りの笑顔をフーに向けてきた。
「フーさま、ここからはわたくし、一人で待ち合わせ場所に向かいますので。フーさまもぜひ、ご友人たちと楽しんできてくださいまし!」
「そ、そう? 大丈夫?」
「はいっ。きちんと地図はもらっておりますので!」
 ポシェットから折りたたんだ案内図を出しながら、ユメは元気よくそう言った。フーの視線は、自然とポシェットに寄せられる。
 開いたその中をのぞき込めば、きっと今日もあの灰色のカプセルが収まっているのだろう。世界でたった一人ぼっちの、総造学の結晶が。
 ユメはそんなフーの視線に気づかずか、ぱたんと鞄のふたを閉めてしまうと、「では、失礼いたしますぅ!」と小走りで駆けていった。走り方までかわいらしい彼女の背中に小さく手を振ると、フーはスマホを取り出して、ユメが向かっている旨をリーフにメールで伝えた。それから、まだ見つかっていない他のメンバーを探すため、反対方向の道へと足を向けた。
 何となく、今日のユメとのやりとりは、忘れたほうがいい気がした。苦みが甘さを打ち消す声色も、悲しげな笑顔も――分身の術を使う子供たちを見送る、切なげなまなざしも。

***

 通り抜け可能な小屋の中、当時の屋内を再現したとみられる調度品を眺めて、氷架璃は「ほおー」と声を漏らした。
 彼女が見ていたのは、三畳の畳の上に置かれた、小さな座卓と市松模様の衝立という一景。自室を含め、全ての部屋がフローリングの家に住んでいる氷架璃からすれば、物珍しい内装……のように見えて、雷奈の部屋に入り浸っているとそうでもない。流石に雅な衝立などはないが。
 畳は悪くないと思うのだが、雷奈曰く、粉を吹くので掃除が大変だという。それはめんどくさいな、と物ぐさ気味な氷架璃はかぶりを振って小屋を抜けた。その先にあったのは土産物屋だ。
 ここ映画村には、土産物屋が何軒もある。駅やバス停がある方角にどんと構えるスタジオマーケットが最も大規模だが、村のいたるところに小さな店が点在しているのだ。それぞれ、忍者をコンセプトとしたもの、アニメキャラとのコラボグッズを中心としているものなど、趣向を分散しているようだ。
 氷架璃がのぞいたのは、新選組をテーマにした店だった。
 浅葱色のだんだら模様をした手ぬぐいに、「誠」と大きく書かれたリングノート、隊士の名前が入った箸。機能的には普通の手ぬぐいやノートや箸と変わらないのに、ちょっと新選組の要素を取り入れただけで、その手のファンにはよく売れる。それがたとえ、普通の値段の一・五倍ほどに値が張るとしてもなのだから面白い。
(どうせなら変わったもん売ればいいのに。刀モチーフとか……)
 小細工的な商業戦略もどこ吹く風な非新選組ファンの氷架璃が、ほぼ話のネタ探しにそぞろ歩いていると、商品棚を挟んで向こう側から快活そうな声が聞こえた。
「おお、刀だ! 見ろ、こんなに小さな刀が売っているぞ!」
「本当だわ。でも、とっても細かいところまで丁寧に作られているのね!」
 おや、刀のレプリカでも売っているのか、と氷架璃は商品棚の向こう側へ回る。同時に、どこかで聞いたようなハスキーボイスと黄色い声だなと思う。
 その予想が的中していたことを、氷架璃は束ねられた赤髪とセミロングの金髪の組み合わせから悟った。
「……こんなところにいたのか、兄妹カップル」
 振り向いた二人は、氷架璃を見ると驚いたように目を見開いた。次いで、友人に向ける人懐っこい笑顔になる。
「水晶氷架璃じゃねえか。お前も旅行か? さてはオレたちが行くのをうらやましく思ってついてきたな?」
「ファイ、もしかして修学旅行じゃないかしら。ここへ来た時から、皇学園の制服を着た人たちを何人も見かけたから」
「リンのほうがよっぽど洞察力あるじゃん」
 炎猫・ファイと星猫・リン。互いの親も認める年の差カップルは、土産物屋で立ち止まっていたようだ。
 氷架璃はくいっと親指で外を指した。
「さっきリーフに会った。集合のメール送ったって言ってるけど、読んだか?」
「おお、気づかなかったぞ。この刀だけ見てから行くぜ。そう間近で見られるもんじゃねーからな」
「人間たちは間近じゃなくても見られないけどな」
 希兵隊が帯刀していることを考えると、フィライン・エデンの住人たちは、下手をすると人間たちよりも刀慣れしているかもしれない。それでも、ミニチュアとはいえ手に取れるのは珍しい体験だろう。
 ファイたちが見ていたのは、ずらりと並んだ刀剣キーホルダーだ。ちゃんと抜き差しできる作りになっており、刃文から菱巻まで芸が細かい。ご丁寧に、各隊士の愛刀をモチーフにしてバラエティを増やしているようで、千円に近い額が書かれた値札にはおなじみの名前が書かれている。ファンならセット買いするだろうと見越してのあくどい商略である。
「近藤……土方つちかた? 沖田……誰だ?」
「猫に小判だな、まさに」
 アワやフーとは比べ物にならない人間界への疎さだ。氷架璃はやれやれと首を振りながら、微妙にデザインの違う刀たちを順々に指さした。
「近藤勇は新選組局長。新選組ってのは、江戸時代のならず者を取り締まってた組織のことだ。土方ひじかた歳三はそれを支える副長。鬼の副長と呼ばれてたみたいだな。沖田総司は一番隊の組長。若くして病気で亡くなった天才剣士、っていうギャップが受けるみたいで人気が高い」
「……知ってたぜ……」
「あんたらに分かりやすいように希兵隊で例えると、近藤は美雷、土方は霞冴、沖田はコウってとこだな」
「おお、なるほどな!」
「知ってたんじゃなかったのかよ」
 相変わらずの知ったかぶりにため息をつく氷架璃。と、その後ろから、突然女性の声がかかった。
「新選組がお好きなんですか?」
 後ろに人がいるとは思わず、思わずビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには土産物屋の店員と思しき、エプロン姿の女性が立っていた。三十代くらいの店員は、氷架璃を驚かせてしまったことに申し訳なさそうに謝ったが、氷架璃の心臓が跳ね上がったのはそれが主たる理由ではない。
(き、希兵隊の話聞かれたか!? まあ、でも……ゲームか何かの話だと思われたかな……?)
 その通りか否かは定かでないが、幸いにも、店員は先の例え話には言及しなかった。ただキラキラした顔で、氷架璃に話を続ける。
「ドラマやアニメの影響で、新選組は根強く人気ですよね。実は私も、新選組ファンでここで働きだしたっていう経緯があって……。この刀剣キーホルダーは修学旅行生の方々、特に女子のお客さんが喜んで買っていかれるんです」
 どうやら、氷架璃と趣味が合うと思ったらしい。歴女というわけではなく、聞きかじった知識しかない氷架璃は、やや言葉を濁しながら後ろの二人を親指で示した。
「そうなんですか。いや、実はこの二人、新選組のことをほとんど知らなかったみたいなんで、ちょっと手ほどきしてただけで」
「まあ、そうなんですね! あら、もしかして外国の方? きれいな赤い髪に金髪……」
「違うぞ、オレは……」
「お、男のほうは染めてるだけで、女の子のほうは……そう、ハーフです!」
 言いつくろった氷架璃に遮られ、ファイが不機嫌そうな顔をする。天然にしては赤すぎる髪は、染めているといったほうが自然だ。逆に、リンは生まれつきで通じる見事な金髪であるし、目もそれらしくアメジストのようだし、何より小学生の年の少女が髪を染めていると思われたくなかったのだ。そのあたりをくみ取れ、とファイに視線を送るが、彼がその意図に気づくことは一生ない。
 ともあれ、女性は自分のお気に入りを布教してくれる少女を前に興奮気味だ。
「新選組、いいですよねぇ! ぜひぜひ、推しのキーホルダーをお手に取ってみてくださいね!」
「ありがとうございます」
 朗らかにそう返したものの、新選組ファンでもない氷架璃には、推しの隊員がいるわけでもない。それでも、女性の気を悪くしないように、「ちなみに」と無難な質問を投げかけてみた。
「この中では、どれが一番人気なんですか?」
「そうですねぇ……」
 女性は、これまでの接客の記憶をたどっているのか、少し斜め上を見て黙った後、にっこり笑って答えた。
和泉守兼定いずみのかみかねさだが人気ですかねー」
(……ん?)
 氷架璃の反応がワンテンポ遅れた。聞き覚えのない名前に、内心首をひねりながら、すばやく陳列棚に目を走らせる。
 近藤勇、土方歳三、沖田総司、藤堂平助、永倉新八……。一度は聞いたことのある名前が札に並んでいるが、彼女が口にした名前はどこにもない。
 その後ろでリンがファイの袖を引く。
「ねえ、ファイ。いずみの……って、誰?」
「む……」
 もちろんファイは知らない。知らないながら、見栄を張るための知恵を絞る。
「あ、あれだろ。そいつも仲間の一人で……だよな?」
 あろうことか、氷架璃にふる。女性店員の輝く瞳の前に、氷架璃は「お、おう……」と答えるしかなかった。まさか心の叫び「知らねー!」を愚直に口に出すわけにもいかなかったし、ファイを前に「知らない」と言うのも癪だ。
「あ、あいつだよな」
「お、おう。あいつ、あいつ」
「その……『いずみのかみ』家の長男で、な」
 「あれ、なし崩し的に自分も知ったかぶりに片足突っ込んでる?」と思った時にはもう遅い。知ったかぶりの沼は深かった。
「えっと、その……新選組のうつけものといえば、あいつだよな!」
「お、おう、そうだ、新鮮なおつけものといえば、あいつだ」
「ほかにも、あれだ……局長の履物を懐で温めてたのって、確かあいつだよな」
「そ、そうだそうだ。あと、お茶屋の娘に恋して告ってフラれたんだろ」
「お、お茶屋だっけか? 糸屋の娘に恋して告ってフラれて目で殺されたんじゃなかったっけか?」
「し、知ってたぜ……」
 しばし、沈黙。もうお互い腰あたりまで沼に使っている以上、両者とも岸へは上がれなくなっていた。もがけばもがくほど沈んでいく沼の中で、氷架璃は沈黙に耐え切れず、なおももがく。
「そ、そういや、最近『いずみのかみかねさだ』の歴史的遺物が見つかったってな」
「なんじゃそりゃ?」
「要するに、そいつが遺した、歴史的に価値のあるものが発見されたんだよ」
「お、おう、あの話か! えーと……何が発見されたんだっけか?」
「あの、その、あれだその、俳句。『いずみのかみかねさだ』は俳句読むのが趣味だったらしくて、俳句が見つかったってよ」
「ああ、その話か! ……ど、どんな俳句だっけか?」
「え? えーっと、んーっと、確か、『おきたそうじ あっちでケンカが おきたそうじゃ』的な……」
 あれ、俳句のわりに季語が入ってないな? と見当違いなところで矛盾を発見した氷架璃は、もっと根本的なところで間違っていることに気が回らない。
 どう言いつくろったものか、と頭をフル回転させる氷架璃の耳に、そばを通りかかった女子生徒の声が入ってきた。ブレザーにネクタイの、どこか別の学校の修学旅行生だろう。彼女らはソフトクリームを片手に、氷架璃に視線を注いでいる。
「ねね、さっきからあいつら、和泉守兼定の話してるっぽいけど、どう見ても人と思ってるよね?」
「それな! 知ったか感ハンパないよな!」
「あれ、刀の名前だっつの。土方の愛刀だっつの」
 だっさー、というトドメのセリフを残して、彼女らは歩き去っていった。
 四人の間に、今度こそ抗いがたい沈黙が落ちる。
 パキパキに固まった笑顔の女性店員が、乾いた愛想笑いでとりなした。
「あ、あの……」
 彼女が次の句を口にする前に、氷架璃とファイは電光石火の速度で、左から二番目の一振りを指さした。顔を伏せ、目も合わせずに重ねた声は、懺悔の響きに似ていた。
「すいません、これください」
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