フィライン・エデン Ⅲ

夜市彼乃

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14.巫覡の磐座編

67風をかたる疾風 ④

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***

「……とまあ、両家の反応はこんな感じでしょうね」
 四限までの授業とホームルームが終わった後、雷奈、氷架璃、芽華実、そしてアワとリーゼは、早足で帰路をたどっていた。
 午前授業の間、再び術を施したリーゼは、何とか「風中フー」を演じきっていた。いくら姿と声を偽れると言えども、周囲の人間関係や昨日までの会話などの知識までフーになり切れるわけではない。そのため、話しかけてくるクラスメイトの名前を呼ぶことも、自然な会話をすることも難しいのは当然だ。結局、雷奈たちが政治家秘書よろしく「あの子の名前は○○で、あっちの子は……」とクラスメイトの名前を耳打ちし、対外的には「今日はフーは体調が悪いので口数が少ない」という設定で押し進めることで乗り切った。要は、雷奈たちの力添えの賜物である。
 そんなこんなで、半日授業にもかかわらずどっと疲れた雷奈達だったが、ここからが本番だ。これから行われるであろう禊に突入し、フーの無実を主張しなければならない。
 そのための作戦会議ができるチャンスは、もはやフィライン・エデンへ向かうこの道すがらしかなかった。校門から出てすぐ、リーゼはその序論として、風中家と流清家の今後の動向の予想を語っていたのだった。
 一番歩幅の小さい雷奈がちょこちょこと細い足を動かしてついていきながら、感想を告げる。
「……見てきたかのように話すっちゃね」
「見なくても分かるわよ。家族はもちろん、流清家のお歴々のそれぞれの言動までありありと想像できる。それくらい、流清家とは交流が深いから」
 先頭に立つリーゼは、早歩きを止めることなくそう答えた。
 流清家と風中家の関係。それは、目的を一にした相互的な協力と牽制。相反する関係性が掲げられているが、リーゼが発した「交流」という言葉からは、その深さが懇意な方向に掘り下げられたものであることが伝わってくる。それは、アワとフー、バブルとウィンディを見ていても納得のいくことだった。
 だが。
「……けれど、今話してくれた風中家と流清家の動きが本当なら、このままじゃ……」
「ええ。ひそかに禊の儀に介入しようとする風中家と、それを見抜いた流清家が、聖域で激突するわ」
 リーゼに淡々と返され、芽華実はつらそうにうつむいた。希兵隊と学院が衝突したときもそうだが、仲間同士でぶつかり合う様は、胸が痛む景色だ。まして、流清家と風中家は、人間たち三人にとって最も身近な存在であるアワとフーの家族。想像するだけでもやるせなくなる。
「くそ、こんなことになるなら、フーも風中家も、流清家には黙っときゃよかったのに」
「何ってるの。仮に流清家が何も知らされなかったとする。フーが禊に向かう時点で、私がフーの代わりに人間界に来る。すると術の効かないアワちゃんには私の正体は筒抜けだから、何があったのか問い質される。なし崩しに事情を説明せざるを得なくなる。どうせバレるなら、最初から正直に伝えた方が角が立たないじゃない」
「角が立たないどころか、すでに行くところまで行っちまってんじゃないか」
 氷架璃の指摘に肩をすくめ、リーゼは「だから協力してもらうことにしたのよ」と言う。
「私の家族は是が非でも禊に介入する。そして流清家は、是が非でもそれを止めようとする。人間のと違って、フィライン・エデン|《こっち》のケンカは術が出るのよ。ケガ人の一人や二人、出てきそうな気配だわ。その前に事態を収拾しないといけない。神判の間の閉扉を見たフーが迅速に自分の無実を悟って、二家にそれを伝えてくれたら話が早いけど、そうスムーズにはいかないだろうしね」
 フーは自分が破門の神託を受けたと思い込んでいる。神判の間の閉扉を見ても、ひとしきり混乱するのが先だろう。
「だからあなた達の一念発起に乗ることにしたのよ。事を少しでも早く収めるためにね」
 前座にひと段落がついたところで、リーゼは足を止めた。信号のない横断歩道を前に、車の往来が途切れるのを待つ。歩行者優先だというのに、素直に待っているのをいいことにか、車はスピードを落とすことなくびゅんびゅんと行き交い続ける。
「そういうわけだから、磐座に入るのは禊を受けるフー一人だけど、聖域に行くのはあの子だけじゃない。風中家総出で、そして流清家も総出でやってくる。それぞれの家の御一行に、フーの寝言とやらをでっちあげてもらうことになることになるわけだけれど。ところで、どんな画期的なアイデアなのかしら? フーの寝室にいなかったにもかかわらず寝言を聞けた理由は」
「あー……それが実は……授業中四時間ずっと考えとったっちゃけど……う~ん……」
「思いついてないのかよ! しっかりしろよ、言い出しっぺ!」
「というか、授業ちゃんと聞きなさいよ。人間の日常生活に支障をきたしたら私が怒られるんだから」
 氷架璃とリーゼから痛烈な批判を食らい、雷奈はただでさえ小さな体をさらに縮めた。
 しぼんでしまった彼女の肩を、芽華実がぽんぽんと優しく叩く。
「ま、まあ、たどり着くまでに思いついたら大丈夫よ。それで……私達は、その聖域に行くのよね?」
 雷奈を手で励ましながら、芽華実がリーゼに尋ねた。
 フーは聖域にある磐座で、崖から地底湖に飛び込もうとしている。それをさりげなく助けようとしている風中家と、介入を阻止しようとする流清家が一悶着を起こす。雷奈たちが把握しているのは、その程度だ。これから具体的に行動するにあたって、もう少し想像の構築に必要な情報が欲しい。
 リーゼもそれは了解しているらしく、ひっきりなしな車の走行を眺めながら答えた。
「そうよ。厳密には、その聖域にある巫覡の磐座まで行ってもらうわ。磐座は地下一階から地上三階までの四層構造。フーは一人で地上一階から磐座に入って、中の階段で三階まで登るの。そして、全階吹き抜けの神判の間に入ると、そこから地下一階の地底湖『禊ノ淵』に飛び込む……という段取りよ」
 ひっきりなしな車の往来。しばらく、なかなか道を譲ってくれない車両にやきもきしていたが、やがて親切なドライバーが道を譲ってくれた。頭を下げて、横断歩道を駆け渡る。
「雷奈ちゃんが未だにいいカバーストーリーを思いついてない以上、聖域内の他の風中家や流清家には遭遇しない方がよさそうね。フーの無実の証拠もなく飛びこんだも同然なんだから」
「ごめんったい……」
「鉢合わせを避けて、磐座に向かいましょう。その時に、閉まっている扉の写真でも撮れれば、後で二家に説明するときの証拠になるし。……磐座でフーに会うまでには、言い訳を思いついておいてちょうだいよ」
「あい……」
 元演劇クラブとして、筋書きの考案はお家芸だと高をくくっていたが、女優の彼女には畑違いの仕事だったようだ。
 とにかく、段取りはこうだ。
 雷奈達はこれから聖域に行き、磐座を目指し、磐座に到着したらそこでフーと合流し、閉まっている扉と雷奈の「証言」を提示することで無実を示す。その後、磐座の外にいる二家の面々に、閉まっている扉の写真や「証言」を提示することで無実を主張する。
 これまでダークやチエアリとギリギリの駆け引きや危険な戦闘をしてきた雷奈達からすれば、案件の難易度は十分に低い。今回の彼女らの配役は、派手に立ち回るヒーローではなく、状況を静かにうまく回す黒子ということだ。
 住宅街にさしかかったところで、芽華実が他の通行人をはばかりながら、心配そうな声を上げた。
「ところで……聖域とか磐座って、二家の猫しか入れないところなのよね? 私達が入ってしまって大丈夫なの?」
 気弱な芽華実らしい懸念に、リーゼは塀に囲まれた角を曲がりながら答える。
「混乱を収束させたという結果に関しては、むしろ賞賛されるでしょうけど、過程に関しては子供のおいたを咎める程度のお小言はあるかもね」
「マジか。そん時はフォロー頼むぞ、アワとリーゼ。幼馴染、あるいは妹かわいさであんたらにせがまれて入ったとか言っといてくれ」
「あら」
 続いて曲がろうとした雷奈たちの前に、リーゼが角からひょっこりと顔を出して薄い笑みを見せた。
「アワとフーの制止も聞かず水守の森に行ったり鏡像探しに行ったりしてた子が、よく言うわね」
「…………」
「フォローなんかしたら、怒られるのは私とアワちゃんの方よ。今回も私達の言うことを聞かずに乗り込んだってことにしてちょうだい」
 言って、角の向こうに引っ込んだリーゼは、どこかしてやったりの笑顔だった。その後に続く人間達の足取りは、完敗した者のそれだ。
 学院と希兵隊が激突した折、アワとフーを脅して水守の森に連れて行かせた。鏡像騒動の際、危険なのでフィライン・エデンにはしばらく近づくなと言われたにもかかわらず、三人息まいて噴水公園にやってきた。
 前科多数、反論できる由もなし。まさかこんなところで、これまでのお転婆を逆手に取られるとは。
 彼女らのじゃじゃ馬っぷりを思い出してか、三人に粘度の高い視線を送っていたアワは、会話の切れ目にさっき思い至ったことを挟み込んだ。
「というか、リーゼ」
「何?」
「今さら気づくのも遅いんだけど……人間達って、聖域に入れるのかい?」
 その問いに、雷奈達の思考が一瞬止まった。論理の上り階段を一歩踏み外してつんのめったかのような心地。
 その問いに対する答えは、さっき出たところだ。人間と言えども、聖域や磐座への立ち入りは褒められた行為ではない。だからこそ、人間達は禁足令を振り切ってフーを助けに乱入したという筋書きにせよ、とリーゼは言ったのだ。
 開き直って作戦を呑んだ氷架璃が、物わかりの悪い相手に言い聞かせるように声を張る。
「今その話してたところだろ。ダメに決まってるけど、立ち入り禁止を破って、お咎め上等で入ってやろうって言ってんの。聞いてなかったのか? 鼓膜落としてきたのか?」
「いや、ルールとかそういうのじゃなくってさ」
 話の流れはわかっていた。
 けれど、彼が懸念しているのは、それ以前の問題だった。
「聖域って――二家以外の者が入れないように、認識阻害の術式が張り巡らされてるんじゃなかった?」
 三人の足が止まった。住宅街の一角、薄暗い路地裏の入り口で、一様にアワを振り返る。
「認識阻害というと……流清家と風中家以外の猫たちは、聖域を認識すらできないってこと?」
「あれと同じ仕組みっちゃかね?」
 雷奈が指さしたのは、中間目的地。路地裏の奥、青白い光を放っている異世界への扉。ワープフープだ。
 ワープフープは、選ばれし人間以外の人間は入れないよう、認識阻害の術式が施されている。ほとんどの人間は、ワープフープを視認することはできないし、無意識に近づこうともしない。例外は、フィライン・エデンの猫の血を引く雷奈達姉妹くらいだ。
 もし、聖域に張り巡らされているものが、二家の者以外全員にその効力を発揮する術式だったならば、雷奈たちは聖域を認識できず、当然その中を進むなどということもできなくなる。
 先頭、ワープフープのすぐそばに立つリーゼが、アワを振り返った。その顔は心外そうにきょとんとしている。
「あれって、フィライン・エデンの猫向けの術式でしょ? 人間にも効くの?」
「え、ボクはてっきりそう思ってたんだけど……違うのかい?」
 アワもアワでぽかんとしている。
 リーゼはあっけらかんと肩をすくめて見せた。
「わかんない。私、正統後継者を外れてからは不勉強だから。まあ、その前からあまり勤勉ではなかったけど」
「オイオイ、せっかく行ったはいいが聖域を認識できなくて磐座に行けませんでした、じゃ困るだろ」
 一気に心もとなくなった三人の心中を、ご意見番こと氷架璃が代弁した。磐座にたどり着かなければ、今まで話してきた段取りがご破算だ。
 けれど、少し考えるそぶりを見せた後のリーゼの結論は、やはりあっさりしたものだった。
「ま、行ってみればわかることよ。もし聖域が見えなかったら、その時はその時で考えましょ」
 そう言って、ワープフープに足を踏み入れる。
 青白い光に包まれた彼女の体は、透けるようにフィライン・エデンへと転送されていった。
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