黒猫ちゃんは愛される

抹茶もち

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僕の周りは皆心配性です

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 僕を生んで、元々病弱だった母さんはお星様になってしまった。父さんは入り婿だったから母さんが死んだ当時、まだ若かったのもあって親族の風当たりが酷かったみたい。だから父さんは早く水瀬家での立場を固める為にじい様と一緒に日夜仕事に打ち込んでた。
 残された僕たち子供が苦労しないようにって、自分も最愛の妻を亡くしたばかりで辛いのにね。

 そんな風に仕事ばかりしていた父さんとじい様は、会社に泊まり込むことがほとんどでほぼ家に居なかったから、代わりにおばあ様が面倒を見に来てくれていた。
 初めは可愛がってくれていたのだろう、と思う。けど、僕の記憶の中のおばあ様はいつも怖い顔をしていた。

 僕を産んでしまったから、母さんは死んでしまった。おまえのせいで。

 お手伝いさんは最低限来ていたものの、ほぼおばあ様1人で僕たち兄弟を育てていたから、育児ノイローゼみたいなものもあったんだと思う。僕が1人で居る時は度々言われた言葉だ。

 まだ小さかった僕は、おばあ様のその言葉をそのまま信じた。ぼくのせいで、母さんはお星様になってしまった。ぼくが悪いんだ、って。

 そして僕の外見が年々母さんに似ていくのに気付いたおばあ様は、僕を中身まで母さんとそっくりにしたがった。

 お前のお母様はこうだった。お前のお母様はこんなことしない。

 おばあ様は母さんを溺愛していたらしいから仕方が無いんだって、思い込もうとした。僕はこの頃から、まぁいっか、仕方ないよね、が口癖みたいになった。今でもそれは治らない。

 僕にはそんな風に言っていたおばあ様だけど、跡取りになるおにぃにはとても優しくて。おにぃが傍に居てくれる時だけは、僕にも優しくしてくれた。だからおにぃもずっと気付かなかったんだろうけど。

 母さんはとても小食だったらしい。おばあ様と2人でご飯を食べるときはいつもよりご飯の量が少なくて、お前はなんでそんなにお行儀が悪いんだ。お前のお母様はそんなお行儀悪く食べた事なんてない、と毎回必ず手を叩かれていた。

 そのおかげで幼いながらもマナーは完璧になったんだけど、代わりに僕は何を食べても味がしなくなって、必然的に食べる量も減っていった。そんな僕を見たおばあ様はやっとちょっとは母さんらしくなったわね、と満足気だったのを覚えている。

 僕は食べれなくなって、どんどん痩せていき笑わなくなった。これは何だかおかしいぞって気付いてくれたのが当時小学生だったおにぃだ。朝、登校したふりをして家にそっと帰ってきたおにぃは隠れて僕とおばあ様のやり取りを録音しながら見ていたらしい。小学生なのに凄いよね。

 いつもの様に食事中に手を叩かれていた時、おにぃが飛び出してきて、本当にびっくりしたんだよね。おにぃがおばあ様を問い詰めている間、握りしめすぎて爪が食い込み赤い血が滲んでいるおにぃの手を、ぼんやりと見ていたのを今でも覚えている。

 おばあ様は、何がいけないの?この子はお前のお母さんと同じじゃないといけないの、と繰り返していた。今思えばこの頃にはもうおばあ様も色々限界だったんだと思う。

 おにぃが連絡していたようで、焦ったように息を切らして帰ってきた父さんはおにぃの話を聞いて、録音された音声を聞いて、愕然としていた。俺がちゃんと見ていればって、もっとうまくやれてればって、母さんのお葬式でも気丈に振る舞い涙を見せなかった父さんが、その時初めて涙を見せた。

 ごめん、ごめんと泣いて僕を抱きしめる父さんに、おしごとが忙しかったんだから、しかたがないよ、と言うともっと泣かれた。

 その後少し落ち着いた父さんはじい様に連絡して、ぼんやりと僕たちを眺めていたおばあ様は回収された。じい様にも泣いて謝られたけど、ぼくが悪いんだから仕方がないんだって言ったら、父さんもじい様ももっと泣いちゃって途方に暮れてたら、おにぃがそっと頭を撫でながら、大丈夫、大丈夫、泣かせとけ、って言ってくれたから、コクリと頷いたらおにぃがギュってしてくれた。ギュってしてくれたおにぃの温もりに安心したのか、僕はそのままコテンと眠りについてしまった。

 起きたらもう全部終わっていて、おにぃと父さんが僕の両隣で手を繋いで僕の話を聞いてくれた。

 僕のせいで母さんがお星様になってしまったと言われ続けていた事。
 僕が産まれなければよかったと言われた事。
 母さんと全部同じにならなければいけなかった事。
 ご飯の味が分からなくなった事。
 ご飯の時に必ず手を叩かれていた事。
 美味しくないから食べる量も減った事。

 ゆっくり、せかさずに聞いてくれて、何度も何度も母さんが皆よりも早くお星様になったのは、神様に凄く好かれていたからだ。遥のせいじゃない。僕が産まれてきてくれて嬉しいって、大好きだよって、母さんと一緒じゃなくても、遥は遥で、父さんとおにぃの大事な家族だって諭してくれた。

 その日以降おばあ様には会っていない。おばあ様は心の病院に入院して、1人になったじい様は僕たちの家に引っ越してきた。お手伝いさんも以前より多めに頼んで、父さんとじい様は持ち帰れる仕事は家でやるようになった。冷たかった僕の家はとっても賑やかになったんだ。

 あの後僕も病院に行って、味がしないのは心因性のものだって診断された。栄養は必要だから、美味しくなくても食べてほしいなってお医者さんに言われたから頑張って食べてたんだけど、やっぱり食事は苦痛だったんだ。

 そんな時、父さんとじい様がケーキを買ってきてくれて、一緒に食べようって用意してくれた。
 でも、またいつもみたいに美味しくないって思うのかなってちょっと食べるのを躊躇していると、おにぃがそっとケーキを掬って、あーんってしてくれたんだ。

 恐る恐る口を開けて頬張ると、ぶわっと口の中に「甘くて美味しい」が広がったんだ。びっくりして目をまん丸にして3人を見て、美味しいって言ったら3人共泣き笑いみたいな変な表情で、よかったって皆であーんして食べさせてくれた。

 でもやっぱり自分で食べると美味しいって思えなくて、そこからご飯もおやつも皆が代わる代わるずっとあーんしてくれてた。あーんで食べさせてもらうと、僕もたくさん食べてもいいんだって、安心した。

 そこから数か月かけて回復した僕は、もう自分で食べても美味しいが分かるようになったんだけど、めっきり心配性になってしまった3人は僕へのあーんをやめようとはしなかった。
 さすがに小学生になってまであーんは子供みたいって思った僕はおにぃに言ったんだけど、

「1人で食べるより、一緒に食べたほうが何倍も美味しいんだ。遥が俺のあーんで食べてくれると俺ももっと美味しく食べれるから、これからも一緒に食べような?」

 っていい笑顔で言われてしまい、それからズルズルと今まで、事あるごとに3人からあーんされ続けたのでもう慣れてしまった。

 それに、あの苦痛だった食事の時間が楽しみになったきっかけの「あーん」が、僕は割と好きみたいだ。誰かと一緒に笑いながら食べるご飯は、幸せなんだって、分かるようになったし、美味しいものは誰かに分けたくなるようになったんだよね。

 いつか、おばあ様にもう一度会えたら、美味しいものを一緒に笑いながら食べれたらいいな、って思う。

 ―――そんなような事を奏さんの胸元に寄りかかり、じっと前を見つめながら掻い摘んで話すと、後ろから長い腕が回されて、優しくギュっと抱きしめられた。

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