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ファインダー越しの世界
シャッター音の警告
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「いいんですか、あんなことして」
旧校舎の写真部の部室にて、窓辺のベンチに寝そべっている仁に向かって蒼は問いかける。
彼は無言で窓の外を眺めている。
美希たちを置いて校舎を出たふたりはそのまま旧校舎へやってきた。
蒼に部室の鍵を開けさせて、窓際のベンチに寝そべっている。ここのところ放課後は、ふたりでこの部室で過ごすことが多かった。とは言っても、蒼がカメラの手入れや写真の整理をしている横で、仁は寝ているだけだけれど。
「友達、驚いてるみたいでしたけど」
本当にさっきの彼の態度は意外だった。蒼が知る限り彼はいつも周りに紳士的で穏やかに接している。
確かに、蒼から見て孝也の言葉は、あまり気持ちのいいものではなかった。仁を女子を集めるために利用しているともとれる内容だ。それでもおそらく今までの仁ならば、にこやかに角が立たないように答えていたはずだ。
マスクの件にしたってもう少し柔らかく間に入れただろう。
彼の守ってきた評判が崩れてしまわないかと心配になる位だった。
「マスクの件は助かりましたけど……遊びに行かなくていいんですか?」
放課後だけではなく夜も出かけていないなら、今まで毎日のように遊んでいたであろう彼らが不満に思うのも理解できる。
「先輩最近毎日ここに来てるから……」
「……ここ、空気が綺麗なんだよ。だからよく眠れる」
彼はそう言って、目を閉じた。
少し不思議なその言葉に、蒼は首を傾げる。
空気が綺麗……?
この部屋は薄暗くて狭くて、何年もまともに掃除をしていないから、ほこりっぽい。お世辞にもきれいな場所とは言い難い。
仁が目を開いてこちらを見た。
「なにお前、女の子と遊びに行きたかったの? 俺が断ったのが不満?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。だいたい土曜は俺も予定がありますし」
「予定って、写真を撮りに林に行くこと?」
「……まあそうです」
気まずい気持ちで蒼は答える。
そんなの予定のうちに入らないと思われているだろうかという考えが頭をよぎる。けれど彼は、少し考えてから意外な言葉を口にした。
「それ、俺も行く」
「……へ?」
「俺も行くって言ってんだよ。今週はそのつもりでいろ」
目を丸くする蒼に一方的に言い放ち、彼は目を閉じすぐに寝息を立てはじめる。
唖然としたまま、蒼は彼の寝顔を見つめた。
いったい彼がなにを考えているのかさっぱりわからなかった。
一緒に過ごすことが多くなってから知ったことだが、彼はよく寝る。放課後、部室にいる時は大抵ベンチで寝ていて、夜もタブレットを手にしたまま眠りについている時もある。
意外と睡眠時間がたくさん必要なタイプなのかもしれない。それならば休日は、蒼がいない部屋でゆっくり昼寝でもすればいいのに。
とはいえ、彼と一緒に林で過ごすということ自体を嫌だとは思わなかった。蒼の方は彼と過ごす時間を心地よく感じている。林の中での大切な時間、綺麗な世界をカメラに収めるその瞬間を彼と共有する。想像するだけで胸の鼓動が速くなるのを感じた。
気持ちよさそうに寝息を立てる彼を横目に、蒼はカメラの手入れを終える。そして、試しに電源を入れてレンズのズームの調子を確認した。
なにか対象物をと考えて視線を彷徨わせていると眠っている仁が目に入る。夕日が差し込む窓辺で資料に囲まれながら眠る彼の姿は綺麗だった。
無意識のうちに蒼は彼の寝顔にレンズを向け、ピントを合わせる。そのまま思わずシャッターを切った。
ピピッという電子音が静かな部屋に響き渡る。その音にはっとして、蒼は動きを止める。背中を冷たい汗が伝い落ちた。
——俺、今なにをした?
自分がしたことの意味がわからず、蒼の頭が混乱する。
少し前に仁に言った自分の言葉が頭に浮かぶ。
『俺、好きなものしか撮りたくないんです』
これは蒼が固く守っていることだった。中学一年の頃、蒼がカメラをやっていると知った担任にクラス行事の写真係を頼まれたことがある。だが蒼はそれを断った。クラスメイトたちをまんべんなくと撮るという行為が受け入れがたかったのだ。
そのくらいできるだろうと言われたが、蒼にとっては大切なことだったのだ。カメラを通した世界だけが、ありのままの自分を受け入れてくれる。
それなのに好きでもないものを撮ってしまうと、その世界が壊れてしまうような気がするから。
だから蒼はいつもどんな時もかたくなに納得のいくものしか撮らないと決めていたのに……。
どくんどくんと心臓が鳴る。
自分の中の仁に対する気持ちが変化しているのはわかっていた。悪魔だと思っていたけれど話してみるとそうではない、優しいところがある人物で、自分はそんな彼を以前のように嫌いだとは思わない。それどころか彼と過ごす時間を心地いいと感じている。友人と言うにはあまりにもいびつな関係だが、他とは明らかに違う存在だ。
——でももしかして、それだけではなかった……?
息を殺して仁を見る。さっきの電子音に彼が気がついていないかを確認する。さいわいにして彼が起きる様子はなかった。
手元のカメラに保存された仁の寝顔をじっと見つめる。人を被写体にしたのはほとんどはじめてだが、その中の世界も相変わらず美しく思えた。
そしてそのこと自体に愕然とする。
彼とルームメイトなるより前、彼に対して抱いていた苦手意識の根底にある気持ちを思い出す。
彼に関わってはいけないと本能的に感じていたのは、ひとつには目立ちたくなかったから。もうひとつは、誰をも惹きつける筧仁という存在に、自分が惹かれるのが怖かったからだ。
封印した自分の中の異質な部分を万が一にでも引きずり出されてしまえば、中学の時の最悪な出来事を繰り返してしまう可能性がある。
それだけはなんとしても避けたかったから。
それなのに、いつのまにこんな風に彼を想うようになっていたのだろう……?
カメラを持つ手が震えている。
今ならまだ間に合うはず。この仁の写真は見なかったことにして消去する。そうすればきっと……。
画面の中のゴミ箱マークを押すと浮かび上がる『消去しますか?』の文字。
どくんどくんと自分の鼓動がうるさく鳴るのを聞きながら、蒼はそれを見つめていた。
旧校舎の写真部の部室にて、窓辺のベンチに寝そべっている仁に向かって蒼は問いかける。
彼は無言で窓の外を眺めている。
美希たちを置いて校舎を出たふたりはそのまま旧校舎へやってきた。
蒼に部室の鍵を開けさせて、窓際のベンチに寝そべっている。ここのところ放課後は、ふたりでこの部室で過ごすことが多かった。とは言っても、蒼がカメラの手入れや写真の整理をしている横で、仁は寝ているだけだけれど。
「友達、驚いてるみたいでしたけど」
本当にさっきの彼の態度は意外だった。蒼が知る限り彼はいつも周りに紳士的で穏やかに接している。
確かに、蒼から見て孝也の言葉は、あまり気持ちのいいものではなかった。仁を女子を集めるために利用しているともとれる内容だ。それでもおそらく今までの仁ならば、にこやかに角が立たないように答えていたはずだ。
マスクの件にしたってもう少し柔らかく間に入れただろう。
彼の守ってきた評判が崩れてしまわないかと心配になる位だった。
「マスクの件は助かりましたけど……遊びに行かなくていいんですか?」
放課後だけではなく夜も出かけていないなら、今まで毎日のように遊んでいたであろう彼らが不満に思うのも理解できる。
「先輩最近毎日ここに来てるから……」
「……ここ、空気が綺麗なんだよ。だからよく眠れる」
彼はそう言って、目を閉じた。
少し不思議なその言葉に、蒼は首を傾げる。
空気が綺麗……?
この部屋は薄暗くて狭くて、何年もまともに掃除をしていないから、ほこりっぽい。お世辞にもきれいな場所とは言い難い。
仁が目を開いてこちらを見た。
「なにお前、女の子と遊びに行きたかったの? 俺が断ったのが不満?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。だいたい土曜は俺も予定がありますし」
「予定って、写真を撮りに林に行くこと?」
「……まあそうです」
気まずい気持ちで蒼は答える。
そんなの予定のうちに入らないと思われているだろうかという考えが頭をよぎる。けれど彼は、少し考えてから意外な言葉を口にした。
「それ、俺も行く」
「……へ?」
「俺も行くって言ってんだよ。今週はそのつもりでいろ」
目を丸くする蒼に一方的に言い放ち、彼は目を閉じすぐに寝息を立てはじめる。
唖然としたまま、蒼は彼の寝顔を見つめた。
いったい彼がなにを考えているのかさっぱりわからなかった。
一緒に過ごすことが多くなってから知ったことだが、彼はよく寝る。放課後、部室にいる時は大抵ベンチで寝ていて、夜もタブレットを手にしたまま眠りについている時もある。
意外と睡眠時間がたくさん必要なタイプなのかもしれない。それならば休日は、蒼がいない部屋でゆっくり昼寝でもすればいいのに。
とはいえ、彼と一緒に林で過ごすということ自体を嫌だとは思わなかった。蒼の方は彼と過ごす時間を心地よく感じている。林の中での大切な時間、綺麗な世界をカメラに収めるその瞬間を彼と共有する。想像するだけで胸の鼓動が速くなるのを感じた。
気持ちよさそうに寝息を立てる彼を横目に、蒼はカメラの手入れを終える。そして、試しに電源を入れてレンズのズームの調子を確認した。
なにか対象物をと考えて視線を彷徨わせていると眠っている仁が目に入る。夕日が差し込む窓辺で資料に囲まれながら眠る彼の姿は綺麗だった。
無意識のうちに蒼は彼の寝顔にレンズを向け、ピントを合わせる。そのまま思わずシャッターを切った。
ピピッという電子音が静かな部屋に響き渡る。その音にはっとして、蒼は動きを止める。背中を冷たい汗が伝い落ちた。
——俺、今なにをした?
自分がしたことの意味がわからず、蒼の頭が混乱する。
少し前に仁に言った自分の言葉が頭に浮かぶ。
『俺、好きなものしか撮りたくないんです』
これは蒼が固く守っていることだった。中学一年の頃、蒼がカメラをやっていると知った担任にクラス行事の写真係を頼まれたことがある。だが蒼はそれを断った。クラスメイトたちをまんべんなくと撮るという行為が受け入れがたかったのだ。
そのくらいできるだろうと言われたが、蒼にとっては大切なことだったのだ。カメラを通した世界だけが、ありのままの自分を受け入れてくれる。
それなのに好きでもないものを撮ってしまうと、その世界が壊れてしまうような気がするから。
だから蒼はいつもどんな時もかたくなに納得のいくものしか撮らないと決めていたのに……。
どくんどくんと心臓が鳴る。
自分の中の仁に対する気持ちが変化しているのはわかっていた。悪魔だと思っていたけれど話してみるとそうではない、優しいところがある人物で、自分はそんな彼を以前のように嫌いだとは思わない。それどころか彼と過ごす時間を心地いいと感じている。友人と言うにはあまりにもいびつな関係だが、他とは明らかに違う存在だ。
——でももしかして、それだけではなかった……?
息を殺して仁を見る。さっきの電子音に彼が気がついていないかを確認する。さいわいにして彼が起きる様子はなかった。
手元のカメラに保存された仁の寝顔をじっと見つめる。人を被写体にしたのはほとんどはじめてだが、その中の世界も相変わらず美しく思えた。
そしてそのこと自体に愕然とする。
彼とルームメイトなるより前、彼に対して抱いていた苦手意識の根底にある気持ちを思い出す。
彼に関わってはいけないと本能的に感じていたのは、ひとつには目立ちたくなかったから。もうひとつは、誰をも惹きつける筧仁という存在に、自分が惹かれるのが怖かったからだ。
封印した自分の中の異質な部分を万が一にでも引きずり出されてしまえば、中学の時の最悪な出来事を繰り返してしまう可能性がある。
それだけはなんとしても避けたかったから。
それなのに、いつのまにこんな風に彼を想うようになっていたのだろう……?
カメラを持つ手が震えている。
今ならまだ間に合うはず。この仁の写真は見なかったことにして消去する。そうすればきっと……。
画面の中のゴミ箱マークを押すと浮かび上がる『消去しますか?』の文字。
どくんどくんと自分の鼓動がうるさく鳴るのを聞きながら、蒼はそれを見つめていた。
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