【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)

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【第一章】「腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。」

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シャワーを止めたとき、天井にこもった湯気がふわりと揺れた。
汗を流すと一日の疲れも落ちるようで、気持ちがいい。

頬に手を当てると、じんわり火照っていて、心なしか肌がぴりついた。

髪をざっと乾かして、服を着る。
部屋に戻ろうとバスタオルを取ったそのとき——
扉が、ノックもなく開かれた。


「……って、わ!」
「わ、ごめん。根津くん、入ってると思ってなかった……」

風紀委員長が少し驚いた顔をして、目を丸くする。

風紀委員会の仕事から戻ったばかりだろう晴人は、「ごめん、でも服着ててよかった」と眉尻を下げながら、いつもの爽やかな微笑みを浮かべる。

でも——目元はすぐに、こちらを値踏みするように細くなっていた。


「あれ? シャワーの温度……高くなかった?」
「……え、そうですか? いつもこれぐらい、ですけど」
「でも、ほら。肌、乾燥してるよ」

晴人はすっと近づいてくると、俺の頬を指で軽くなぞった。

一瞬、ひやっとした感触。
けど、それがどんどん、じわじわ熱を孕んでいく。


「……少し、赤くなってる。無自覚なの、根津くん?」

そう言いながら、彼は洗面台の引き出しから小さな瓶を取り出した。
前に見たことのないデザイン。たぶん、俺のじゃない。


「これ、昨日届いたやつ。保湿成分強めで、無香料だから根津くんも嫌じゃないと思うな」

そう言って、ぴたりと正面に立たれる。

濡れた髪のまま、タオルを肩にかけている状態の俺は——逃げるに逃げられなかった。


「ちょっと顔、こっち向けて?」
「……あ、いや、自分でやります」
「だめ。塗りムラできるでしょ」

そのまま、柔らかい指先が俺の頬に触れた。

 

……冷たい。けど、優しい。

少しずつ、手のひらの温度が伝わってくる。

 

目の下、鼻の横、顎のライン——
いつもは自分の指で雑に済ませてた場所を、丁寧に撫でるように、すべらせるように。

 

人に肌を触れられるのは変な感じがして、ぞわぞわと背が湧き立った。
ていうか、なんで委員長はそんな普通の顔して人に触れるの?
俺、あんたの兄弟とかでしたっけ??


「……やっぱり、ちょっと荒れてる。無理しすぎなんじゃない?」
「いや、そんなこと……ない、ですけど……」

言葉が、変に上ずった。

それは体温のせいか、それとも——
肌に触れるその“やさしさ”に、何かを見透かされている気がしたからかもしれない。


「……根津くんって、ほんと、手がかかるね」

その声は穏やかで、どこか楽しそうで。
でも、逃げ場を塞ぐような“呪い”にも聞こえた。

 
(違う……それ、俺のための優しさじゃない)

この人の“完璧な世界”に、俺が組み込まれてるだけだ。

 
晴人の掌が頬から離れた瞬間、俺はようやく深く息を吐いた。
けど、その余韻がまだ肌に残っていて、どこかむず痒い。

 
「これでOK。……はい、鏡見てみて?」


言われた通りに鏡を見ると、頬の赤みが少しだけ引いていた。
けどそれ以上に——

 
(なんか、俺の顔じゃないみたい)

 
手を加えられた自分の肌が、どこか“別人”みたいで、少しだけゾッとした。

 
「……ありがとう、ございます」

 
言うしかなかった。
ありがとうって言わないと、何かが壊れる気がしたから。

 

「敬語も、そろそろ慣れてほしいな……」

そう温和な仮面を着けて微笑むルームメイトの、瞳の熱に——
美咲はまだ、気がついていなかった。




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