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【第一章】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。
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しおりを挟む「お前と第二王子の婚姻が認められた。
──事情は、分かっているな?」
重く沈んだ午後、執務室に満ちるのは古い書物の香りと、静かすぎる父の声音。
書斎机の奥、燭台の影に座した侯爵家の当主は、まるで尋問官のように言葉を突きつけてきた。
娘、レティシア・ヴァルデューラは、背筋を伸ばしたまま微笑み、緩やかに首を傾げる。
「勿論ですわ、お父様。」
貴族の娘として政略結婚は織り込み済み。
しかも相手が王家の血筋なら、恩を売れるどころか、一家の格も跳ね上がる。
私という″商品″を、これほど高く売りつけられる場面などもう一生ない。
ええ、分かっておりますとも。
でも。
めんっっどくせぇですわ~~~~~~~!!!!
いやいやいや、ちょっと待ってくださいまし。
なんでよりにもよって、“あの”ユリウス第二王子との婚姻なんですの?
よりによって、この私が。あの″クソアマ″の処理係ですの??
(政略結婚は貴族の務めですから覚悟はしてましたけれども。これはもう政略の中でも″大外れ″の部類ですわ~~??)
噂によれば、王子は最近まで“聖女様”とやらにお熱だったご様子。
聖女様の周りには他にも男性貴族が屯していましたし、第一王子も気にかけていらっしゃったようですから、要するに王位継承争いと恋愛競争に敗れたのでしょう。
私との婚姻は口封じが目的といったところかしら?
確かに貴族である以上政略結婚の覚悟はしておりましたが、まさかこんな爆弾抱えるはめになるとは思いませんでしたわ~~~??
(ていうかあの女、清楚な顔してかなりの魔性ですわよね?
裏で惚れ薬でも撒いてるんじゃなくて??)
いや、マジで撒いてますわあれ。絶対に。
「お優しいお心で」と涙を流しながら孤児院を訪れた数日後に、そこの院長と噂になっていたとか、ほんと鼻につく女ですわ。
(っていうかそれに引っかかった第二王子も王子でしてよ!
せめて少しは抵抗なさいな!? よりによって、国の暗部を担うヴァルデューラ家の娘を後釜にされて平然としてるって、貴方王族のプライドどこに落としてきたんですの!?)
──そして、運命の初対面。
「これからよろしく、レティシア嬢。」
(きましたわ、顔面偏差値詐欺師……)
見た目はまごうことなき王子様。優しげな笑顔、形の整った口元、育ちの良さが滲む所作。
それが逆に腹立ちますのよねぇ。
「……ええ。よろしくお願いいたします、ユリウス様。」
(貴方、私がどんな職業の家に育ったか本当に分かってて言ってますの??)
こっちはね、王国の裏側で“喋らない者を喋らせる”技術を代々受け継いでおりますの。
釘だの縄だの焚き火だの、幼少期から慣れ親しんで育ったんですのよ。
にこりと穏やかに微笑むユリウスは何も語らない。
ただ静かに己の役目を受け入れた。
結婚式は、ひっそりとしたものだった。
参列者はごく少数。王家の血筋に連なる婚姻だというのに、賓客の姿もなければ、祝辞も祝宴も存在しない。
式場は王都の外れにある古びた礼拝堂。教会所属の記録官が一人、形式的な婚姻証明に立ち会うだけで、ほとんど儀礼と呼べるものではなかった。
けれど、それこそがこの政略婚の意味をよく表している。
――“表に出すつもりなど、はじめからない”。
どちらかが望んだか、両方が了承したか。いずれにせよ、この婚姻は″隠されるべくして結ばれた″ものだ。
そして、当の花嫁はといえば。
(ええ。まあ、予想通りですわよ。
わかりやすくって助かりますわねぇ~~~~)
祭壇の前、レースのヴェールに包まれたまま、レティシアは美しく微笑んでいた。
唇の端だけでつくる、社交界でもっとも無害な顔。それを完璧に保ったまま、心のなかではさっそく愚痴の嵐である。
(何ですの?この茶番。神父様もいなければ誓いの言葉も無し。
形式的な署名と、花嫁衣装の用意だけ。
こんなもん、婚姻というより“取引成立”の書類確認じゃございません?)
王族と侯爵家の婚姻がこの扱い。仮にも国を支える貴族の“新しい血縁関係”が、こんなふうに人目を忍ぶように扱われるなど前代未聞だ。
だが――わかっている。すべては、王子の“お掃除”のための婚姻だからだ。
(まあいいですわ。どうせ私だって、こんな結婚に夢なんて見ておりませんでしたし。
それにしても、ユリウス様。貴方ってばほんとうに、やることなすこと全部が陰湿でいらっしゃいますわね……?)
レティシアの隣に立つユリウスは、終始、微笑を崩さなかった。
周囲に誰がいようと、レティシアに一瞥もくれず、視線は斜め前の空間に固定されたまま。
まるでこの婚姻が、“自分の意志ではない”とでも言いたげな、絶妙な無関心さである。
(ちょっとは花嫁を見て感想の一つでも言ってくださらない? どう見ても私は絶世の美女の部類ですのよ?
……ああ、でもその無表情、もしかしてあれですか?
“心優しい聖女様”の次に“尋問女”なんて気が滅入るとか?)
心の中で盛大にため息をつきながら、レティシアはにっこりと礼儀正しく微笑む。
「このような栄誉を賜り、誠に光栄に存じますわ、ユリウス様」
声音には一片の棘もない。だが内心では終わらない叫びが木霊していた。
乾いた拍手が一つ、儀礼的に打たれ、二人の婚姻は“正式に成立”した。
だがそのとき、レティシアは感じ取っていた。
――この婚姻は、王家とヴァルデューラ家を結ぶものではない。
どちらかといえば、“王家の不始末を、侯爵家が受け取った”だけの契約。
政略結婚。それ自体は覚悟していた。
けれど、これは“格のつり合った政略”ではない。異物を押しつけられた側と、押しつけた側。
対等でも、友好でもない。――これは、毒入りの贈り物だ。
礼拝堂を出るとき、レティシアはふと、ユリウスの横顔を盗み見た。
(……さて、可哀想な王子様。貴方はこの“暗部の娘”を、どう使い潰すつもりかしら?)
その眼差しに、まだ愉悦はなかった。
けれど彼女の瞳の奥には、はっきりとこう刻まれていた。
――もしも私をただの駒として扱うなら、
その胡散臭い微笑み、あっという間に“壊して”差し上げますわよ。
***
夜が深まり、寝室に案内されたのは式の数時間後だった。
とはいえ、豪奢な迎賓の間が用意されたわけではない。
新たな王子の“居所”としてあてがわれた部屋は、ヴァルデューラ家本邸の東棟にある寝室。
婚姻後、彼が迎えられる側として当主の地位を一時的に得たことから、形式上は夫婦同居が必要とされたのだ。
──が。
「ここが、今日から君と僕の部屋になるらしい」
静かに開かれた扉の向こう、すでにユリウスは中で待っていた。
その姿は礼装から上着を脱いだだけで、髪も整っており、身なりも完璧。
けれど、表情だけが妙に静かだった。
「……入ってもよろしくて?」
「ああ、もちろん」
レティシアは静かに微笑んで、スカートの裾を揺らして一歩踏み入れる。
(政略婚の初夜ですわ~~~~~。
……ま、形式だけって分かってますけれど。
それでも一応、“その気”があってもおかしくない雰囲気じゃありませんこと?)
しかし、ユリウスの口から出たのは、その真逆の言葉だった。
「まず……君に謝らなければならない」
その声音は、穏やかで、どこまでも理知的だった。
「申し訳ないけれど……僕が君を愛することはない。この婚姻は政略であり、僕の心は別にある」
言葉を切り、ユリウスはゆっくりと顔を上げた。
「君がもし、別の誰かと……身体的な慰めを求めるなら、僕は咎めない。むしろ、君が満たされることを望んでいる」
一瞬、寝室の空気が凍った。
そして次の瞬間。
(……はあああああああああああああああ!?!?!?)
心のなかで、レティシアは絶叫した。
(なんですのこの男!? あのちんちくりん聖女にはベタ惚れしてたくせに、こっちには白い結婚ですって!?
この完璧プロモーションの私を前にして!!? 目が腐っていやがりますわ~~~!!)
もちろんそんな本音は口には出せない。
彼女は一拍の間を置いて、まるで冷静に受け取ったように頷いた。
「まあ……。ユリウス様のお気持ちはお察ししますわ。さぞ、おつらかったことでしょうね」
「私のことはどうぞお気になさらず、部屋を分けるも、お好きになさってくださいまし。お互い、干渉なき夫婦というのも、悪くはありませんわ」
レティシアは微笑を浮かべたまま、淡々とそう言った。
ユリウスの目が、わずかに揺れる。
「……怒らないのか?」
「怒る理由が、どこにありますの? 私たちは“政略結婚”。そうでしょう?」
その返答に、ユリウスのまなざしが深くなる。
レティシアの静かな微笑に、“理解と従順”だけでなく、何か別の含みを察したのかもしれない。
だが彼女は一歩、優雅にドレープのかかった椅子に腰を下ろし、すらりと足を組む。
(よろしいですわ、“共犯者”ユリウス様。
貴方がそのつもりなら、私も“優等生な妻”の仮面、しっかり被らせていただきますわ)
「聞き分けが良くて、助かるよ」
そう言って、ユリウスは穏やかに微笑んだ。
けれどその夜、扉を閉じたあと。
一人になったユリウスは、窓の外に視線を向けながら、ふと思った。
(…意外だな。噂とは、ずいぶん様子が違う)
声を荒げることもなく、涙も見せず、あっさりと“白い結婚”を受け入れた娘。
社交辞令の奥に何層も毒を塗り重ねたような微笑――
(……あの女は、ただの駒じゃない)
初夜を迎えたその日。
ユリウス・アレスタリアは、ごくわずかに、相手の“興味深さ”を認めたのだった。
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