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【第二章】
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しおりを挟む一般的な茶会というのは女性同士の社交場。
流行りの文学、劇、化粧品に趣向品。他愛のない話をしながら交流を深める優雅な時間。
とは、いきませんわよね~~~~~。
あの聖女様もまさか私と交流を深めるために″招待″するわけじゃないでしょう。
女の戦場に赴くには、それ相応の装備が必要なのです。
「……こっちも悪くありませんわね。あちらは少し派手すぎますかしら?」
鏡台に並ぶ宝石箱たちを前に、私は戦場着を選んでいた。
紅いルビーに、夜のように艶めくオニキス。どちらも私の肌に映えるけれど何か物足りない。
「お嬢様、お肌の白さが際立って、とてもお似合いです」
「当然ですわ? 私はヴァルデューラ家の悪女でしてよ」
殿下が贈ってくれた青い宝石のペンダントや金糸の髪紐はあの女に効力が高いでしょうから使いたいわ。
でもそうすると少し印象が弱くなるのよね、″尋問令嬢″を連想させる毒々しい見た目にしたいのだけれど。
「——随分と真剣に飾っているように見えるね」
突然、背後から声が聞こえて私は振り返った。
「まあ。……殿下は本当に、盗み見がお好きですのね。」
ドアにもたれるユリウスが、「心外だな」と言いながらこちらに近づいてくる。
その笑顔、和やかな爽やかさを保ったまま、目だけが一切笑っていないのが余計に圧を感じますわ。
「……誰の気を引くつもり?」
「“女の戦場”に向かうのですもの、準備は念入りにしないと」
私は微笑みの中に棘を仕込んで視線を逸らす。
その横を彼の手が通り過ぎ、指先が宝石箱の蓋を閉じた。
「なら、僕の″お手伝い″も受け入れてくれるかい?」
「……手伝い?」
どこか不穏な響きを感じましたが、まあいいでしょう。
断れば断ったで「僕の妻なのに」だの「冷たいね」だの、皮肉と甘さをかけ合わせた面倒な言葉責めが始まるのですから。
「よろしくてよ。お付き合いいたしますわ、旦那様。」
そうして訪れた街の仕立て屋。
上品なカーテンと薔薇の香りに満ちた空間に、数着のドレスが並べられている。
ユリウスはというと、最初こそ無表情で眺めていたくせに──
「その色は似合うけど、やめた方がいい」
「胸元が開いたドレスは少し心配だな、落ち着いたデザインにしよう」
「君は体型が分かる服が好きなようだけど、夫としては少し隠せるものが嬉しいな」
私がドレスに手を伸ばす度に、それはそれは口煩く数々の提言をしてくれた。
めんどくせぇですわ~~~!!?と心の中で毒づきながら表情には出していない。出していないはず、だがユリウスはニコニコと含みのある笑みでレティシアを見ている
(この人、やっぱり私の心の声、聞こえているのではなくて…?)
「まあ、白は悪女には似合いませんものね。血がついたら捨てなくてはいけませんし」
「違う」
遮る声が意外なほど静かだった。
「その色は、彼女の象徴色だから。君には、身に着けてほしくない」
「…………」
ちょっと、何を言ってますのこの男。
唐突にそんな、そんな、そんな恥ずかしいことをっ。
「……まあ、貴方……恥ずかしいことを言っている自覚はありまして?」
「——、すまない。忘れてくれ」
「お断りいたします。殿下の珍しい″お心遣い″ですもの~~??しっかり覚えておきませんと!」
「君ね…、」
ぽぽぽぽ、と音が出るような赤面で殿下の顔が染まるのを見てしまいました。
歯痒そうに口角を歪ませてるそのお顔、中々愛らしさがありましてよ?
この方は、私を国の暗部の継承者を利用するほど腹の中が黒いのに、偶にこうして簡単に表情を出すものだから不思議ですわ。
完璧然としたあの佇まいをしているときは、威厳も存在感もお父上様そっくり。
貴方が国を継がれるなら私は影としてすすんでお支えしますのに——。
(勿体ないですわ、あんな女一人に──……)
この人の立場を、国を、危ぶまれるなんて。
結局、私は黒のドレスを選んだ。
深いネックラインに、絞られたウエスト。
豊満な胸を強調する程よい艶と毒のあるデザイン。
「そうだ、“手伝い”をする約束だったよね」
「ええ、ご苦労様様でした。ドレスもこうして決まって──」
言い終わる前に、ユリウスの手が私の髪を掬う。
「……な、に?」
彼は静かに私の首元へと顔を寄せ──そして、唐突に、
「っ……!?」
噛みつくように、唇を押し当ててきた。
首筋に走る熱と、柔らかな感触。
一瞬何が起きたか分からず、私はただ声もなく立ち尽くした。
頬に当たる髪がくすぐったくて、次第に熱が広がる。
鏡の中の私の首元にはくっきりと、薄紅の絵の具を落としたように吻痕がある。
羞恥が、怒りが、感情の大渋滞が私の顔を紅潮させる。
「な、な、な、なんてことなさいますの!!?」
「うん? 何を怒っているのかな」
「怒るに決まってますでしょう!! こんなもの、人に見せられるはずがありませんわ!!」
「そう? なら見えないように、露出が少ないドレスにしないとね」
にこり、先ほどのしおらしさは何処へやら。
殿下はいつもの穏やかで、含みのある、完璧な笑顔で私を見下ろしていた。
(この男、絶対わざとですわ!!)
「私が、隠すとは限らないのではなくて??」
「うん。それならいい牽制になるからそれでも構わないよ。」
「……」
「ふふ、」
睨むレティシアの目の奥の言葉を読み取るように、
ユリウスは愉しそうに微笑み続けていた。
「いつまでも、私を転がせるとは思わないでくださいませ」
「…そうだね、気をつけて見ておかないと。
君は手強そうだ。」
***
(あっっの男…!! 境界線が狂ってるんじゃありませんの!?)
白い結婚を持ち出しておきながら親密な夫婦を演じて、
擬装夫婦を持ちかけてきたくせして私の行動に制限をかけて、
あの腹の中漆黒王子のやることはいつも度が超えていて、理解が追いつきませんわ~~!!
口に出せばまたやり込められそうな不満は心に秘めながら、
レティシアは首元までレースで隠された黒いドレスに身を包み茶会の会場へ足を踏み入れた。
——その瞬間、
あまりに美しい光景に、彼女は言葉を失った。
教会の奥庭に広がる花の回廊。
石楠花(しゃくなげ)の花が咲き乱れ、空気さえも夢のように淡く香る幻想的な空間。
白と薄桃色の花が重なり合い、陽光を受けて天蓋のように揺れている。
説明されずとも分かった。ここが教会の″聖域″だと。
中央には丸く設えられた白布のテーブルと、幾脚もの椅子。
その椅子には、着飾った令嬢たちが集っていた。
そのほとんどが、教会貴族の娘たち。
半数は瞳を潤ませるような敬慕の眼差しを“ある一点”へと注いでいる。
残る半数は、空気を読むことに命を懸けているような顔で、同調の微笑を浮かべていた。
——夢を見るような虚な目で令嬢達が見つめる先、“ある一点”。
聖女セラフィーヌが鎮座していた。
純白のワンピースに身を包み、小さな椅子にちょこんと座った少女。
背丈は小さく、体の線は子供のように細い。
けれど、彼女の前だけは空気が特に異質だった。
彼女を慕って周りに集まる令嬢たち、見方によればそれは愛されている聖女に向けられる″敬意″のようだけれど。
(私には、″支配″にしか見えませんわね~~~。)
予測していたよりこの女は、単純ではないのかもしれない。
嫌な勘が働くのをレティシアは感じていた。
こちらに気がついた聖女が、眉を顰める。
隣の令嬢の髪をなおしていた手を止めた彼女に、周囲の令嬢達の視線が集まった。
聖女の意思を汲み取る従者のように彼女の目と視線を追い、こちらを見た聖女の動作と同じくして、誰からともなく一歩下がり道を作る。
(まあ~~~。なんて従順で気持ち悪い信者なんでしょう。)
そう感想を抱かずにはいられなかった。
「本日は、お招きいただきありがとうございます。聖女様」
「本当に来るとは、思わなかったわ。」
レティシアは聖女の前に赴き、主催者への挨拶をする
舞踏会の時と変わらない、優雅なカーテシー。
しかし聖女の視線はかすかに揺れる金糸の髪紐に注がれており、黒髪に映える″ユリウスの色″に気を悪くしたようだった。
胸元には青いペンダント。
そのどちらもが、“自分には王子の庇護がある”と示している。
聖女の明らかな敵意の視線は、周りの令嬢達にも伝播していく。
令嬢たちが夢を見るなら、それも結構。
あちらが″白の聖女″であるのなら、こちらは″黒の悪女″で十分ですわ。
お招きしたのは貴女ですもの、
——たっぷり、愉しみましょう?
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