32 / 38
【最終章】
6
しおりを挟む「貴女、ちょっとは怒ったらどうですの?」
レティシアが投げ掛けた言葉に、牢の中の彼女は眉を顰めた。
白い衣を着たままのその姿は、以前よりやつれた気がする。
「また来たんですか、レティシアさん」
「何度でも来るわ、貴女の本性を知るまで」
ここは、冷たい。
装飾の施された上階の空気とは異なり、王城の地下牢には華やかさも威厳もなく、ただ鉄と石と、鼻につく悪臭が漂っている。
私は、ヴァルデューラ家の継承者。
尋問と拷問を生業にするけれど、それはあくまで手段の話。
人の本性を知り、本質を見て、正体を暴くのが私の役割。
私はまだ、彼女の本音を何も聞いていない。
「貴女、裏切られていたのよ」
「そうみたいですね」
「貴女が捕まった時、あのクソ神父達は国を逃げ出そうとしていたわ。貴女を置いて」
「まあ、そうでしょうね」
「……悔しいと、思わないの?」
「思いませんね」
セラフィーヌの主張は一貫していた。
言葉を荒げることも恨み言を言うこともなく、レティシアの怒りを受け止めるように相槌を打つ。
そこには、彼女の深い情と、諦観の声が滲んでいた。
「……レティシアさん、どうしてそんな顔をなさるの?」
「…そんな、顔って……」
「…罪人に向ける顔では、ないと思います」
レティシアは鉄格子の前に立ったまま、言葉が出なかった。
二人のあいだには、頑丈な鉄の格子と、踏み越えられないほどの現実が横たわり、そこにどれほどの感情が積み重なってもこの牢の中に手は伸ばせない。
「…お加減は?」
「案外、良い環境です。看守の方も、優しくて」
「…でも、貴女…、死ぬのよ」
「…叛逆罪、というらしいですね。私の罪状…、大変なことをしてしまったと、恥じてます」
微笑むセラフィーヌの声には、張りつめたものも怯えもない。
レティシアは、思わず目を伏せた。
その瞳はあまりに澄んでいて、死への恐怖に手が震えているのを見落としそうになる程凛としている。
「……本当は、死ぬのは怖いです。…でも、私の罪で沢山の人を不幸にしたなら償いをしないと。」
「教会の駒にされて、貴女は何も知らなせてなかった」
「……そうだとしても、実行犯です。」
彼女は、ぼんやりとした声色をしていた。
怒りも恐怖も抜け落ちたような、冷えた声。
「それに、司祭様たちはわたしを拾って育ててくれました。…あったかい布団、食事、みんなで過ごした時間。……恨めるはずないんです。」
聖女は胸に手を当て、過去を思い出すように話す。
ゆっくりと、暖かさを感じる声色はその思い出が彼女の宝物なんだろうとレティシアに伝えるには十分だった。
「…貴女は、馬鹿ですわ……、どうしてそんなに……」
「……ええ、きっと、私は馬鹿なんだと思います」
「私、貴女が死刑になることがどうしても納得できませんの……っ…」
沈黙が、落ちた。
レティシアは、鉄格子の前から動けない。
(なぜ、裏切りを知ってなお、感謝できるの……)
かつて彼女を嘘で塗り固めた偶像だと思っていた。
けれど実際の彼女は嘘に応えようとしたただの少女。
罪を犯したのではなく、罪を背負わされた者。
それでも彼女は、与えられたものを否定しない。
それが偽りだったとしても、自分の心が確かだったから。
「……どうして、…貴女は怒らないの…」
「…どうして、レティシアさんが怒るんですか?」
怒ることに意味なんてないのに、と。
言葉外に含められた気持ちは、静かで、諦めを含んでいた。
そう、諦めるしかない。
誰も恨まない彼女は、清らかな聖女のまま、その命を落とすのだろう。
既に死刑宣告された以上、もう未来は変えられない。
でも、
「貴女、アルフォンス殿下が好きだと言ったでしょう」
「…………はい、好きです。きっと、死んでも、彼を愛します。」
「なら……、どうして生きたいと思いませんのっ!?」
とうとう声が震えた。
レティシアは唇を噛む。
セラフィーヌは目を伏せ、首を横に振った。
「いけません。レティシアさん。それに……私は信じていたのです。たとえ、全てが嘘だったとしても。アルフォンス様の気持ちは、本物だと。」
「本物よ……っ!」
「…でも、だから私は彼まで巻き込んでしまった。」
レティシアは目を伏せたまま、それ以上は何も言えなかった。
鉄格子の向こう側で微笑むその姿が、あまりにも悲しく、あまりにも美しかったから。
やがて、セラフィーヌがそっと祈るように目を閉じる。
「……レティシアさんはきっと、もうわたしにお会いにならないほうが、いいと思います。」
レティシアの手が、無意識に格子に触れていた。
冷たい鉄の感触だけが、この世界に現実を引き戻していた。
「………そうね、……」
言葉にならない声だった。
彼女は、微笑んでいた。
微笑みのまま、静かに、祈るように目を伏せていた。
この人は罪人だ。
国を蝕み、多くの命を狂わせた、その中心にいた。
それなのに。
彼女を憎めないことが、苦しかった。
レティシアは、その場に立ち尽くしたまま、何も言えずに、ただ沈黙だけを共にした。
***
王城の地下牢からの帰路、レティシアは振り返らなかった。
背後で響く重い扉の音が、妙に遠くに思えた。
足音ひとつ響かせるたび、胸の奥が軋む。
——近づく、処刑日。
彼女は罪を知りながら、笑っていた。
感謝の祈りを捧げながら、赦していた。
私の感情を知って、遠ざけた。
(彼女は、救われることなんて望んでない)
そう考えても、胸のつかえは晴れなかった。
廊下を抜け、階段を上がると、そこは白い石造りの応接間だった。
すでにユリウスが待っており、彼の表情の下にも静かな悲しみが見えた。
「話は……できたかい?」
「…貴方こそ」
互いに言葉を選び、けれど次の言葉は出ない。
沈黙が流れ、レティシアは首をゆっくり横に振った。
「……彼女は、“死刑を受け入れる”と」
「……そうか」
アルフォンスが目を伏せる。
「裏切られてもなお、感謝しか口にしませんのよ…」
「その優しさが、利用された理由だろうな」
ユリウスの呟きは冷静で、どこか痛みを含んでいた。
「裁判の決定に変わりはない。三日後、正午——首都の民衆の前で、公開処刑だ」
「……民衆の前で、ですの?」
レティシアが眉をひそめた。
「王家と教会の清算だ。誰かが罪を背負い、責任を見せなければ、国は前へ進めない」
「……ですが、それでは、あの子がただの“悪”として処されてしまう」
ユリウスが彼女の目を見る。
「だからこそ、君にお願いしたい」
「……?」
「最期に、“聖女”としてではなく、“一人の少女”として、セラフィーヌ・ヴィエルジュの弁護文を読んでほしい。
君の言葉で、人々に告げてほしい。……それが、国に残せる最後の“真実”だから」
レティシアは目を見開いたまま、声を失った。
あの子のために、言葉を残す。
自分の手で、彼女を弁護する。
「………無理よ…」
「……君だけができることだ。
真実を語れる者は少ない。
それに、君が前に進むには、きっと必要になる」
鉄格子の中の彼女を思い出す。
——愛されたかっただけの子。
——信じたものを、信じていたかっただけの子。
「……罪人だとしても…、悪人じゃないの……」
扉の外では、式典の準備が始まりつつあった。
けれどこの部屋には、死にゆく者の言葉を綴る者たちだけが、深く静かに佇んでいた。
32
あなたにおすすめの小説
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした
タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?
元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~
季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」
建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。
しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった!
(激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!)
理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造!
隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。
辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。
さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。
「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」
冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!?
現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる!
爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!
【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました
丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、
隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。
だが私は知っている。
原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、
私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。
優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。
私は転生者としての知識を武器に、
聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、
王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。
「婚約は……こちらから願い下げです」
土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。
私は新しい未来を選ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる