【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

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【最終章】

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「貴女、ちょっとは怒ったらどうですの?」


レティシアが投げ掛けた言葉に、牢の中の彼女は眉を顰めた。
白い衣を着たままのその姿は、以前よりやつれた気がする。


「また来たんですか、レティシアさん」

「何度でも来るわ、貴女の本性を知るまで」


ここは、冷たい。
装飾の施された上階の空気とは異なり、王城の地下牢には華やかさも威厳もなく、ただ鉄と石と、鼻につく悪臭が漂っている。

私は、ヴァルデューラ家の継承者。

尋問と拷問を生業にするけれど、それはあくまで手段の話。
人の本性を知り、本質を見て、正体を暴くのが私の役割。
私はまだ、彼女の本音を何も聞いていない。


「貴女、裏切られていたのよ」
「そうみたいですね」
「貴女が捕まった時、あのクソ神父達は国を逃げ出そうとしていたわ。貴女を置いて」
「まあ、そうでしょうね」
「……悔しいと、思わないの?」
「思いませんね」

 
セラフィーヌの主張は一貫していた。
言葉を荒げることも恨み言を言うこともなく、レティシアの怒りを受け止めるように相槌を打つ。
そこには、彼女の深い情と、諦観の声が滲んでいた。

 
「……レティシアさん、どうしてそんな顔をなさるの?」

「…そんな、顔って……」

「…罪人に向ける顔では、ないと思います」
 

レティシアは鉄格子の前に立ったまま、言葉が出なかった。

二人のあいだには、頑丈な鉄の格子と、踏み越えられないほどの現実が横たわり、そこにどれほどの感情が積み重なってもこの牢の中に手は伸ばせない。

 
「…お加減は?」
「案外、良い環境です。看守の方も、優しくて」
「…でも、貴女…、死ぬのよ」
「…叛逆罪、というらしいですね。私の罪状…、大変なことをしてしまったと、恥じてます」


微笑むセラフィーヌの声には、張りつめたものも怯えもない。
レティシアは、思わず目を伏せた。
その瞳はあまりに澄んでいて、死への恐怖に手が震えているのを見落としそうになる程凛としている。


「……本当は、死ぬのは怖いです。…でも、私の罪で沢山の人を不幸にしたなら償いをしないと。」
「教会の駒にされて、貴女は何も知らなせてなかった」
「……そうだとしても、実行犯です。」

 
彼女は、ぼんやりとした声色をしていた。
怒りも恐怖も抜け落ちたような、冷えた声。


「それに、司祭様たちはわたしを拾って育ててくれました。…あったかい布団、食事、みんなで過ごした時間。……恨めるはずないんです。」


聖女は胸に手を当て、過去を思い出すように話す。
ゆっくりと、暖かさを感じる声色はその思い出が彼女の宝物なんだろうとレティシアに伝えるには十分だった。


「…貴女は、馬鹿ですわ……、どうしてそんなに……」
 
「……ええ、きっと、私は馬鹿なんだと思います」

「私、貴女が死刑になることがどうしても納得できませんの……っ…」
 

沈黙が、落ちた。
レティシアは、鉄格子の前から動けない。


(なぜ、裏切りを知ってなお、感謝できるの……)

 
かつて彼女を嘘で塗り固めた偶像だと思っていた。
けれど実際の彼女は嘘に応えようとしたただの少女。

罪を犯したのではなく、罪を背負わされた者。

それでも彼女は、与えられたものを否定しない。
それが偽りだったとしても、自分の心が確かだったから。


「……どうして、…貴女は怒らないの…」

「…どうして、レティシアさんが怒るんですか?」


怒ることに意味なんてないのに、と。
言葉外に含められた気持ちは、静かで、諦めを含んでいた。

そう、諦めるしかない。
誰も恨まない彼女は、清らかな聖女のまま、その命を落とすのだろう。
既に死刑宣告された以上、もう未来は変えられない。



でも、




「貴女、アルフォンス殿下が好きだと言ったでしょう」

「…………はい、好きです。きっと、死んでも、彼を愛します。」

「なら……、どうして生きたいと思いませんのっ!?」




とうとう声が震えた。
レティシアは唇を噛む。
セラフィーヌは目を伏せ、首を横に振った。
 

「いけません。レティシアさん。それに……私は信じていたのです。たとえ、全てが嘘だったとしても。アルフォンス様の気持ちは、本物だと。」

「本物よ……っ!」
 
「…でも、だから私は彼まで巻き込んでしまった。」


レティシアは目を伏せたまま、それ以上は何も言えなかった。
鉄格子の向こう側で微笑むその姿が、あまりにも悲しく、あまりにも美しかったから。


やがて、セラフィーヌがそっと祈るように目を閉じる。

 

「……レティシアさんはきっと、もうわたしにお会いにならないほうが、いいと思います。」

 

レティシアの手が、無意識に格子に触れていた。

冷たい鉄の感触だけが、この世界に現実を引き戻していた。

 

「………そうね、……」

 

言葉にならない声だった。

 

彼女は、微笑んでいた。

微笑みのまま、静かに、祈るように目を伏せていた。

 

この人は罪人だ。
国を蝕み、多くの命を狂わせた、その中心にいた。

 

それなのに。

彼女を憎めないことが、苦しかった。

 

レティシアは、その場に立ち尽くしたまま、何も言えずに、ただ沈黙だけを共にした。




***





王城の地下牢からの帰路、レティシアは振り返らなかった。
背後で響く重い扉の音が、妙に遠くに思えた。

足音ひとつ響かせるたび、胸の奥が軋む。

 

——近づく、処刑日。

 

彼女は罪を知りながら、笑っていた。
感謝の祈りを捧げながら、赦していた。
私の感情を知って、遠ざけた。

 

(彼女は、救われることなんて望んでない)

 

そう考えても、胸のつかえは晴れなかった。

 

廊下を抜け、階段を上がると、そこは白い石造りの応接間だった。
すでにユリウスが待っており、彼の表情の下にも静かな悲しみが見えた。

 

「話は……できたかい?」

「…貴方こそ」


互いに言葉を選び、けれど次の言葉は出ない。
沈黙が流れ、レティシアは首をゆっくり横に振った。
 

「……彼女は、“死刑を受け入れる”と」

「……そうか」


アルフォンスが目を伏せる。


「裏切られてもなお、感謝しか口にしませんのよ…」

「その優しさが、利用された理由だろうな」

ユリウスの呟きは冷静で、どこか痛みを含んでいた。

 

「裁判の決定に変わりはない。三日後、正午——首都の民衆の前で、公開処刑だ」

「……民衆の前で、ですの?」

レティシアが眉をひそめた。

 

「王家と教会の清算だ。誰かが罪を背負い、責任を見せなければ、国は前へ進めない」

「……ですが、それでは、あの子がただの“悪”として処されてしまう」

 

ユリウスが彼女の目を見る。



「だからこそ、君にお願いしたい」

 

「……?」

 

「最期に、“聖女”としてではなく、“一人の少女”として、セラフィーヌ・ヴィエルジュの弁護文を読んでほしい。
 君の言葉で、人々に告げてほしい。……それが、国に残せる最後の“真実”だから」

 

レティシアは目を見開いたまま、声を失った。

あの子のために、言葉を残す。

自分の手で、彼女を弁護する。

 

「………無理よ…」

 

「……君だけができることだ。
 真実を語れる者は少ない。
 それに、君が前に進むには、きっと必要になる」

 


鉄格子の中の彼女を思い出す。


——愛されたかっただけの子。

——信じたものを、信じていたかっただけの子。

 

「……罪人だとしても…、悪人じゃないの……」

 

扉の外では、式典の準備が始まりつつあった。

けれどこの部屋には、死にゆく者の言葉を綴る者たちだけが、深く静かに佇んでいた。




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