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笑顔が柔らかい勇者から逃げた元魔王軍女幹部ですが、なぜ私に執着なさってますの?
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しおりを挟む「ああ、良かった。漸く見つけました」
魔物の血の匂いが蔓延した豪奢な部屋、真っ赤なカーペットに血がボタボタと溢れ落ち黒いシミを作っていく。
私の目の前で部下の魔物を無表情で切り捨てた男は血の滴る剣を握りしめたまま、こちらが知性を持つ魔物と判断するやいなやまるで人間相手に向けるような温和な顔をして微笑みかけてきた。
「ひっ…」
(なんで、なんで私がこんな目に遭わないといけないのよ…っ!)
魔物になる前の記憶は朧げで殆ど覚えていない。魔王軍に拾われて能力を買われ幹部に任命された。
人間というのはいつの世も恐怖と嫉妬に怯えている。
魔物に追いやられた人間は恐怖から″平和な日常″を求めるくせに、平和に暮らす人間は他者と自分を比較してどうしようもない差に嫉妬をして″諍いを生む″。
私の魅了の能力はそんな人間の不安や欲望を煽って負の感情を増幅されるにはもってこいで、″勧誘役″として時にはシスターに化け、時には介護兵として潜み、こちらへ堕ちそうな人間を誘い込むのが役割だった。
いやよ、こんなとこで死ぬなんていやっ!
痛い思いもしたくないし、別に魔王軍なんてどうだっていい
私はただ毎日を平和に過ごせたらそれでよかったのに!
逸脱した能力を持つ魔王様に見つかって、あの人のために働けと命令された。
魔物の世界は力だけがルール。
背けばきっとすぐ私の魂は消滅させられてた。
仕方ないから意向に沿うように働きはしたけど、結果を出したらもっと量を求められるし上手くいかなかったら拷問されるし、かと言って魔王様に背いて逃げるなんてことも出来ないし。地獄みたいな毎日を必死に過ごして結果がこれ?ありえないでしょ…⁉︎別に豪勢な食事をしたいわけでも煌びやかなドレスが欲しいわけでもない、高級な宝石も要らないから、ただ自由で穏やかな毎日が欲しかっただけなのに…!
″勇者″が、私の目の前に辿り着いてしまったことが、私のタイムリミットを告げていた。
「貴女がリーゼロッテさんですね、コイツらから名前を聞いておいて良かった。少しお話をしませんか?」
「ひ…‼︎、こ、こっちに来ないで…‼︎」
「…ああ、すみません。剣が抜き身でしたね。貴女を傷つけるつもりはありませんから、警戒を解いてくれませんか?」
そんなの、信じられるわけないじゃない…!
勇者レイズという男は、人間として潜伏している時からよく噂を聞いていた。一人で魔物の巣に乗り込んで壊滅させたとか魔王軍と正面からやり合っているとか。そんなこと勇者とはいえたかが人間一人が出来るはずがないし、本当は王族の支援でも受けて軍で動いているか、それか夢物語だとしても希望を持ちたい人間たちの絵空事だろうと思っていた。
この男が、単騎で魔王城に乗り込んでくるまでは。
知性を持たない魔物数匹での襲撃を一振りで容易く打ち払って切り落とす、仲間の魔物が殺される瞬間を見計らって飛びかかった人型の魔物の首に慈悲なんて一切なく剣の柄で突きをして″ぼき″と嫌な音がした。
首が変な方向に曲がっているのを目の前で見た瞬間、私はこいつが″勇者″だとようやく理解した。
私の魅了を浴びているはずなのに、耐性があるのか様子が変わらない。
私もコイツらのように首を折られて死ぬのかしら。
(いや……っ)
いやよ、私はただ生きたいだけなの!魔王様に背いて死ぬのが怖かっただけ!でもここにいてコイツに殺されるなら、魔王様に従う意味なんてもうないじゃない!
「他の魔物は、もう居ないみたいですね…」
男が剣を血に塗れた長いマントで拭い、鞘に戻そうとした一瞬、マントが視界を遮った時がチャンスだった。
脇目も振らず背後の窓ガラスにありったけの魔力を叩きつけ、バリンッと派手な音が鳴って砕けた瞬間には窓枠から身体を投げ出していた。「待て…!」と制止する男の声が背後で聞こえけど、待つわけない。魔力を風に乗せて必死の思いで逃げた。
私は、おまえと話すことなんてなにもないわ。
どうせ魔王様はもう異変に気付いてる。
周りに魔物が居なかったのがその証拠よ。
今ごろ城の地下で魔物を集めて、おまえを殺すための準備をしているはず。
もしかしたらここにいたら、窮地に立たされたときに魔力を回復するための兵糧として魔王様に取り込まれていたかもしれない。
どうせどっちが勝ったって私に自由なんてないのだもの。
いっそお互いの首を落としあってくれればいいわ。
しかし、事態はリーゼロッテの思い通りになんてならず
魔王は勇者に討たれ魔王軍は壊滅。
各地に散らばった魔物たちも連携をなくし、束になって動き始めた人間達に容易く討伐されていった。
たった一人で世界に平和をもたらした勇者の伝説は世界中の人間に勇気を与えて、人間達は魔物の根絶に動き出した。
たとえ人間のフリをしていても、魔物とバレれば始末される。
勇者じゃない人間でさえ、魔物を殺す時代に変わった。
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