おとぎ話の結末

咲房

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天使と小鳥

天使の悪意

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(ふざけるな!)

 ドンッ

 天沼淳也は怒りに任せて壁を殴った。フィットネスジムの壁一面は鏡であり、そこに写る瞳は怒りに燃えている。

(あの平凡め!お前には高村クズがお似合いなんだよ、なに他人の獲物を横取りしてんだ)


 稀少種である藤代李玖から匂いが消えた時、つがいの座を狙っていたΩ達は半ばパニックになりながら原因を探った。淳也も同じで、つがいが出来たのなら何としてでも探し出して別れさせようと考えた。
 藤代を狙うΩたちは、これまでずっと彼の一挙一動に注目してきた。彼が特定の者に恋愛的な行動を取れば、たちまち大騒ぎとなった筈だ。だがそんな素振りは全く見られず、それでもつがいが出来たというのなら予期せぬ発情期ヒートに巻き込まれてとっさに噛んだのだろうと推測される。
 事が穏便に済むなら金を払って別れさせる。嫌だと言うなら裏社会に落としてでも諦めさせてやる───
 突発的な事故であれば相手が身を引きたいと言えば藤代も執着はしないだろう。相手が平泉家の嫡男じゃないなら他は敵じゃない。番を失った藤代にはすぐに天沼家うちの秘薬を飲ませよう。そうすれば僕が新たなつがいだ。番の存在が明らかにされていないうちに秘密裏に処理をしなければ……
 そう思っていたのに、そいつが誰なのかは皆がいる場所で判明した。

 あの日、誰かの呼び声を聞いた藤代は突然振り返り、身を翻して声の方向へと走っていった。その先にいたのは彼が後輩として可愛がっていた男で、二人のあいだには親密な空気が流れていた。
 そいつを片腕に抱えた藤代はその場で二人分の休講を電話で申請して、奴を大事そうに抱えて足早に去っていった。
 疑う余地はなかった。その場にいた皆が悟った。

 あいつだ!

(はあ?あいつ?なんの取り柄もない貧相なあいつが?)

 地味で平凡。それが俺たちがあいつ、日野晶馬に抱いていた印象だ。俺たちより優れた所なんか一つもない。それになんと言ってもあいつには運命の相手たかむらがいる。だからいくら藤代が後輩として可愛がってもノーマークだった。

(ふざけるな、こっちは日々努力してんだよ。美貌を維持して周りも牽制して、やっとの思いで稀少種に近づいたんだ。ドロボウ猫が何の苦労もなく掠め取るんじゃねえ!あいつには高村みたいなクズが似合いだ。あんなどうでもいい奴のせいでこの僕の計画がパァだなんて……)

 淳也のプライドは深く傷ついた。

(あったまにきた!あいつだけは絶対に許さない。地獄に突き落としてやる)

 僕の秘薬を使ってやるよ。
 秘薬は、天沼家の後継者が優秀なαを一族に取り込む為に生涯に一度だけ使える貴重なものだ。僕に与えられたその大事な一回をあいつに使ってやろう。相手には似合いの下衆を用意しておくから再び不幸に落ちるがいい。

(僕には秘薬なんて必要ない。藤代は僕の実力で落としてみせる)

 天沼家の後継者のプライドにかけて。

 そうと決まれば藤代の取り巻きたちにアイツを呼び出させよう。誰もがつがいを排除したいんだ、そんな中でどんな事故が起こっても不思議じゃない。
 木を隠すなら森の中、悪意を隠すなら悪意の中。藤代さまのつがいが《》に《》されたとしても誰が犯人かなんて分かりっこない。

(もっとも秘薬の存在は誰も知らない。何をされたかなんて誰にも分かりっこないけどね)

 鏡には美しい男が映っている。
 男が妖艶に笑った。
 淳也は、鏡の中の男が真珠のようにきめ細やかな肌を撫であげる姿をうっとりと眺めていた。
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