おとぎ話の結末

咲房

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それぞれの明日

私だけの十字架・3

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「お前は本当に弱いねぇ……」

 先輩風を吹かせたジジイが言いやがった。くそっ、なんであんなに強いんだよ。バケモンか。
 あれから俺は隠密が何をする奴らなのかを聞き、体の鍛錬に入った。俺の他にもう一人いた藤代の隠密はじいさんで、手合わせしたら半端なく強かった。手加減するつもりが反対にこてんぱんにやられた。
 ウソだろ、これでも昔は神童と呼ばれてたんだぜ。瞬発力も持久力もそこらのやつよりずっとある筈。

「私一人にすら負けるくせに世界中の刺客から晶馬くんを守れると思ってるのかい?プロが束になって来るのに?」

 全く役に立たないと言われ、ぐっ、と言葉に詰まる。
 俺は井の中の蛙だった。狭い世界でてっぺんを見て天狗になっていただけだ。ジジイの相手だけで息が切れている。くそっ、タバコなんて吸ってるんじゃなかった。

「言っとくけど他の隠密も半端なく強いからね。あの中ではお前が最弱、足元にも及ばない」
「げっ、うそだろ」
「今代の隠密は化け物揃いなんだよ。私と同じで稀少種なのに隠密をやってる律希くんでしょ、鬼と呼ばれた稀少種の先祖返りだと言われる世那くん。彼は居合の達人だからね。それにあるじの夏帆ちゃんの血で一時的に稀少種の力を得る凍子ちゃん。唯一互角に相手取れるのは、それぞれが鳥の名前を持ってるオオカミのとこの隠密たちだけど、あそこは数がえぐい。全世界に散らばって情報収集してくれてる集団なんだ。束になって来られたらお前なんかあっという間にコロリだ。
 この規格外の隠密たちに今のお前が勝てる筈がないだろ。つがいは稀少種の唯一の弱点として狙われる。もしも李玖くんと他の稀少種の意見が分かれて敵同士にでもなったなら、晶馬くんは確実に巻き込まれて死ぬだろうね」

 サアッと血の気が引いた。

「晶馬くんはお前が弱いせいで死ぬ。お前に二度殺されるんだ」

 ぐっ、痛いところを突く。この陰険ジジイめ……
 甘かった。口でどれだけ言ってても、俺には実力が全く伴っていない。

「それに曲がりなりにも稀少種の隠密を名乗るなら、一人でも密林の奥地に行って李玖くんの任務を全う出来るようにならなきゃね。外国語も世界地理も大丈夫?おバカさんにはこの仕事出来ないよ」

 密林の奥地って何語だよ。そんなのきっと学校じゃ習えねえ。

「藤代李玖の隠密は私とお前の二人だけだ。いつまでもヒヨコでいてもらっちゃ困る。まさかお前、私に棺桶をかついで尻ぬぐいに行かせる気じゃあるまいね」

 やべえ。半端なくやべえ。
 ようやく現実が見えてきた。俺は両手で頬を叩き、喝を入れた。

「すみません、もう一本手合わせお願いします」

 鬼教官が好々爺の顔でにっこりと笑った。





 晶馬が突き落とされた。

 ダッ!

 俺は落ちてくる晶馬を受け止めるべく、落下地点へと勢いをつけて駆け出した。

 晶馬。
 散々苦しんできた晶馬。お前を傷つけるものは許さない。これ以上お前に傷ひとつ付けさせない。

 ドサッ

 重力と落下の加速が掛かり、体がいっきに重くなった。
 衝撃と痛みを予想して晶馬の体がこわばった。

「……っぶねぇ」

 心臓がどくどくと早鐘を打った。
 よかった、受け止められた。おい、大丈夫か晶馬。

「いきなり何だよ、なんで降ってきた」
「あ、ありがとう、ございます」
「驚かせるなよ……ってなんだお前か」
「え、あっ」

 あきらかにガッカリした様子を晶馬に見せる。
 どうせなら爆乳降ってこいよな……って呟くと、鳩が豆鉄砲くらった顔してたのが憮然となった。内心で笑う。どうやらショックは受けてないみたいだ。

「なんで空から」

 と知らない風を装って上の落とした奴を確認すると、ちょうど逃げていくところだった。

「あいつか!ビビらせやがって。待ちやがれ!」

 あとのことは藤代がする。俺は犯人を捕らえに走った。


 落とした奴はすぐに捕まえた。誰の記憶にも残らなさそうな、地味で平凡な奴だった。よくこんな小物が大胆な行動を取れたもんだ。

「離せ!なんでアイツなんだよ、あんなのでいいならボクでもよかったじゃないか。アイツだけ幸せになるなんてズルい、許せない」

 なんだコイツ、結局嫉妬かよ。自分と同じだと思っていた奴が一人だけ幸せになるのが妬ましかったのか。卑屈だな。

「晶馬とお前が同じだって?ふざけるな。あいつは自分の事よりも他人の幸せを願う奴だ。どんなに苦しくても人を憎まず、どんな小さな幸せにも感謝できる奴だ。ばかで、お人好しで、まっすぐで……他人を見下して安心し、自分が幸せになる事しか考えてないお前と一緒にするな」
「そうやって庇ってもらってる。ずるい、汚い」
「おいっ」
「無駄だよ。洗脳されてるんだ」

 牧之原が来た。二階の奴らはかたが付いたらしい。

「洗脳って」
「この子は過去にも李玖くんの部屋から情報を盗もうとしている。稀少種の情報を集め、あわよくばつがいになってこいって両親から命令されてるのさ。だけど、その親ももっと上に脅されてる」
「知ってたのかよ。じゃあずっと泳がせてたのか」
「全部潰したかったからね。しっぽ切りなんてさせないよ。稀少種のつがいに手を出した罪がどれだけ重いか、見せしめにしなきゃ」

 牧之原がゾッとする笑みを浮かべた。老いても稀少種。おっかねーの。

「ま、何はともあれ、晶馬くんは無事だったし、高村くんはギリギリ及第点かな」
「ギリギリかよ」
「ハラハラして見てられなかったからね」
「ニヤニヤ見てたじゃないか、よく言うよ」
「じゃあこれから黒幕を潰しに行くから、それを見て合否を決めるということで」
「人使い荒いな。へいへい、お供させていただきますよ、先輩」

 晶馬を危ない目に合わせた奴らだ。手加減なしにブッ潰してやる。
 俺は、犯人を引き連れて牧之原と校舎をあとにした。



<私だけの十字架・了> 
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