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裏切られた信頼
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部活で会食が終わって、分担して後片付けをしてる時だ。
先に後片付けを済ませたらしい佐藤先輩が、皿を洗っている俺のところにやって来て言った。
「保、終わったらで良い。後で体育館裏に来てくれ。話がある」
「ああ、別に構わねー。でも、ここじゃダメなのかよ?」
「ああ。ちょっと言いづらくてな。後は保が来てから話す」
それだけ言うと佐藤先輩は部室を出ていった。
一体何なんだ?
俺は不可解な思いをしたまま、後片付けのスピードを早めた。
そこへ、よりにもよって山村がやってきた。
「佐藤先輩、保とばかり仲良くして、2人共ずるーい!」
「山村は木村部長と掛け合い漫才でもしてろよ。…って、どっちもボケみたいだから、無理だな」
「保、酷い!」「千夜くん、ここは僕に任せて佐藤のところへ行ってあげてー」
会話に出た木村部長がそう言ったのを良い事に、俺は山村をほっといて体育館裏に向かった。
鈴木の子犬が居なくなったのと、禁煙中でタバコを吸わなくなったので、体育館裏にはもう行かないと思っていた。
その矢先、まさか佐藤先輩に呼び出されるとは思ってもみなかった。
話なら先輩のアパートでも良いと思うんだけどな。
俺がそう思いながら体育館裏に着くと、佐藤先輩は壁に寄りかかって宙を見ていた。
だが、俺が来たら壁から背を離して俺の居る方向へ向き直った。
「話って何だ?」
「保…今度、鈴木や山村と出掛けるんだな」
「何で知ってるんだよ?先輩」
聞き出そうとしたが、先輩が応える前に、俺は部室で山村に鈴木からの伝言を伝えた時に感じた視線を思い出した。
「俺は保の事なら何でも知っている」
「はあ?話を聞いてたんじゃないのか?何故、直ぐに姿を現さなかったんだよ?何も知らないフリして…」
「じゃあ、聞くが何故、俺の居ないところで他の男達と仲良くする?」
何か…先輩の様子がおかしい。
上手く言えねーが、いつもの先輩とどこか違うのを俺は肌で感じとっていた。
「そんな事聞いて、先輩は俺に友人を作るなって言いたいのかよ?」
「ああ、そうだ」
「な…っ?!」
俺はどう考えても明らかにおかしい佐藤先輩の言葉に心底驚いた。
先輩は真顔で近付いてくる。
「保は俺とだけ仲良く過ごしていれば良い。そうなる為には保の周りに居る邪魔者達は排除せねばな」
「…どう言う意味だ?」
俺は嫌な予感がしたが、構わず先輩に問いただした。
佐藤先輩は、薄笑いを浮かべて確かに言った。
「山村を階段から突き落としたのは俺だ」
「何…っ?!」
確かに歓迎会もどきの日、俺は山村を助けた。
だからって、その程度で階段から突き落とすか?普通。
先輩の話は終わりじゃなかった。
「後、鈴木の子犬は俺が木村のホテルへ連れ去った」
「?!…先輩、あんたなあ!子犬が突然居なくなって鈴木がどんな思いをしたと思ってるんだよ?」
昨日の鈴木の姿が蘇ってきて、俺は佐藤先輩に喰って掛かった。
だが、先輩は悪びれも怯えもしない。
木村部長のホテルはここからかなり遠い。
だが、居場所は解った。
この事は鈴木に教えた方が良いだろう。
佐藤先輩は尚も言う。
「俺だけの保と仲良くする方が悪い」
俺の中で、佐藤先輩に対する気持ちが崩れていく。
良い先輩だと思っていたのに…。
俺を独占する為に何でもするんだな。
「…先輩のこと見損なったぜ」
「そんな事言って保も俺を好きなんだろう?」
好きなのは確かだ。
いや、好きだったというべきか。
でも、それは佐藤先輩が言う様な好きじゃない。
純粋に同じ部活の先輩として好きだっただけだ。
「今の話を聞いて嫌いになったぜ」
「素直じゃないな、保は。それとも強がっているのか?そんなところがまた可愛いな。口では何とでも言えるからな」
口の端を歪めて笑みを浮かべながら、先輩は俺の直ぐ目の前まで来た。
そして、俺のアゴを指でつまむ。
「触るな!」
俺は気色悪さを感じて、先輩の手を振り払った。
あんなに良くしてくれてたのに。
それは全部俺に対する狂った気持ちのせいだったのかよ。
ショックだった。
「お痛が過ぎるぞ、保。自分の気持ちに正直になれ。俺のことが好きだと。今からディープキスをするから、女の様に感じろ。歓喜にうち震えるんだ、保。ここで誰かに見られたら、その方がまたもえるじゃないか?」
佐藤先輩は両腕を広げ、晴れやかな表情でそう言った。
だから、アパートじゃなくて、ここに呼び出したのか?
言葉さえ聞かなければ、どこか恍惚としてるな位にしか思えない。
でも、実際は…。
俺は喉の奥から声を絞り出した。
「…だ」
「うん?」
「嫌だ!!」
俺は間近に迫っている佐藤先輩を殴ると、先輩がどうなったかも見ずに、そのまま走って体育館裏を去った。
部室の前まで走った俺は息を切らして、ドアを開けた。
中にはもう木村部長しか居なかった。
「どしたの?千夜くん。忘れもの?」
「部長。俺、退部する!」
俺は木村部長の座っているテーブルの前まで行くと、両手をついてそう宣言した。
「えっ?料理コンテストの話をしたばかりだよね?佐藤の応援をしたいんじゃないの?」
「んな事、知るか!!」
俺はカバンから、入学式の時からずっと入れっぱなしだった佐藤先輩が寄越したビラと、黒いマジックを取り出す。
ビラの裏に、俺の名前、それから『退部届け』と書いて、簡単に『一身上の都合で退部する』と走り書きする。
そして、木村部長の目の前のテーブルに、即席の退部届けを叩きつけてやった。
「穏やかじゃないねー。佐藤と何かあったの?」
別段、俺の退部を止める風もなく、木村部長は落ち着いている。
「あんたには関係ない」
「関係あるよ。僕は佐藤を大切な友達の1人だと思っているからねー」
…何だよ、佐藤先輩。
俺には友人を作るなと言っておいて、自分は木村部長と言う友人がいるんじゃねーか。
そんなの…フェアじゃない。
「だったら、あんたが佐藤先輩の暴走を食い止めろよ」
「暴走?あー、佐藤、しばらく好きな人が居なさそうだと思ったら…なるほどねー。千夜くん、佐藤は思い込みが激しいけど、悪い奴じゃないからねー。何されたか知らないけど、アイツの事、許してやってくれないかなあ?」
「いいや。ぜってー許さねー。俺だけならまだ良い。でも、鈴木まで巻き込むことはねーだろ!」
俺は木村部長が「巻き込むって?」と言ってるのを聞いて、さっき佐藤先輩から聞いた事を問い掛けた。
「佐藤先輩が子犬を連れて来ただろ?あの子犬は、鈴木の子犬なんだ。…無事なんだろうな?」
「ああそう言えば日曜日、急に佐藤が子犬を連れてきたなぁ。あれ、千夜くんの友達の犬だったんだ?無事も何も僕は動物は好きだよー」
木村部長の返事次第では、ぶっ飛ばしてやろうかとも思っていた。
だが、その必要は無さそうだ。
「なら、ちゃんと最後まで面倒みろよ」
「そんなに凄まなくても、メイド達に人気だから、大丈夫だよー。それより、早く佐藤と仲直りしてね」
木村部長の最後の方の言葉はシカトして俺は足早に部室を出た。
暗くなった帰り道。
佐藤先輩に頭に来た俺は、タバコを吸ってやろうかとも思った。
だが、部活が終わるまでは禁煙してたからタバコは今、手元にない。
あんだけ俺は先輩との約束を守っていたのによ。
タバコは明日、田中に買いに行かせておく事に決めた。
もう禁煙なんかしてやるものか。
新しい彼女も作って、また暇潰ししてやる。
佐藤先輩への怒りで俺はいつも以上に腹が立っていた。
屋敷の長い塀に差し掛かったところで、俺は後ろから視線を感じる。
立ち止まり振り返ったが、暗くて後ろがよく見えない。
だが俺をつけてるとしたら、心当たりは1人だけだった。
「先輩。居るんだろ?」
「よく見えたな、保」
佐藤先輩の声が暗闇から聞こえてきた。
…やっぱりな。
先輩は体育館裏で俺に殴られたのを警戒してるのか、姿が見えるところまでは近付いて来ない。
だが、屋敷の直ぐ近くまでつけてくる程だ。
こっちも佐藤先輩を警戒した方が良いだろう。
「この塀の向こうが、俺の屋敷だ。ここで俺に下手に手を出すと30人位の組員どもに先輩を襲わせる事も出来る」
「保は極道の息子だったのか」
先輩は、怯えた様子も驚いた様子も無い様な声をしている。
入学式の日、俺が睨んでも怯まない訳だ。
「それから俺、部活辞めたから。料理コンテストとやらには行かねーよ」
「了解。…保」
引き止められるかとも思ったが、佐藤先輩はあっさり承認して言った。
「何だよ?」
「山村は俺達3年の応援に来るが、保は鈴木と過ごすのか?」
俺は探りを入れるような佐藤先輩の言葉に余計に頭にきた。
「俺が誰と過ごそうとそんな事あんたに応える義理は無い。俺の大切なモンを傷付けやがって。先輩、鈴木には手を出すなよ」
「…」
佐藤先輩の気配が消えた。
どうやら、帰ったらしい。
俺は張ってた気が一気に緩んで、大きく一息つくと、屋敷の中に帰っていった。
鈴木には悪いが、今日は子犬の居場所も、ケーキバイキングの日程も連絡する気が起きなかった。
自室に真っ直ぐ戻ると、俺はカバンを放り投げ、制服姿のままベッドに仰向けになった。
夕食も食う気がしない。
シャワーは又、翌日の朝に浴びるか。
天井を見上げてると佐藤先輩のことを自然と考えてしまう。
先輩が俺を邪な想いで見てたなんて…。
危険な感じがすると言っていた鈴木のカンが当たってたのか。
この日から俺の心は闇で覆われた。
先輩…どうしてくれる?
こんな事、誰にも言えない。
佐藤先輩を慕っていたのは、あくまでライクだ。
先輩の、初めて会った時から今日までの笑顔の仮面が剥がれ落ちた気がした。
俺はケーキバイキングに行く気分じゃなかったが、佐藤先輩を殴って部活を退部した事で、時間が解決してくれる事を望んだ。
だが、今日の出来事は、まだ序の口だった。
そうとは知らない俺は気疲れで眠ってしまった。
先に後片付けを済ませたらしい佐藤先輩が、皿を洗っている俺のところにやって来て言った。
「保、終わったらで良い。後で体育館裏に来てくれ。話がある」
「ああ、別に構わねー。でも、ここじゃダメなのかよ?」
「ああ。ちょっと言いづらくてな。後は保が来てから話す」
それだけ言うと佐藤先輩は部室を出ていった。
一体何なんだ?
俺は不可解な思いをしたまま、後片付けのスピードを早めた。
そこへ、よりにもよって山村がやってきた。
「佐藤先輩、保とばかり仲良くして、2人共ずるーい!」
「山村は木村部長と掛け合い漫才でもしてろよ。…って、どっちもボケみたいだから、無理だな」
「保、酷い!」「千夜くん、ここは僕に任せて佐藤のところへ行ってあげてー」
会話に出た木村部長がそう言ったのを良い事に、俺は山村をほっといて体育館裏に向かった。
鈴木の子犬が居なくなったのと、禁煙中でタバコを吸わなくなったので、体育館裏にはもう行かないと思っていた。
その矢先、まさか佐藤先輩に呼び出されるとは思ってもみなかった。
話なら先輩のアパートでも良いと思うんだけどな。
俺がそう思いながら体育館裏に着くと、佐藤先輩は壁に寄りかかって宙を見ていた。
だが、俺が来たら壁から背を離して俺の居る方向へ向き直った。
「話って何だ?」
「保…今度、鈴木や山村と出掛けるんだな」
「何で知ってるんだよ?先輩」
聞き出そうとしたが、先輩が応える前に、俺は部室で山村に鈴木からの伝言を伝えた時に感じた視線を思い出した。
「俺は保の事なら何でも知っている」
「はあ?話を聞いてたんじゃないのか?何故、直ぐに姿を現さなかったんだよ?何も知らないフリして…」
「じゃあ、聞くが何故、俺の居ないところで他の男達と仲良くする?」
何か…先輩の様子がおかしい。
上手く言えねーが、いつもの先輩とどこか違うのを俺は肌で感じとっていた。
「そんな事聞いて、先輩は俺に友人を作るなって言いたいのかよ?」
「ああ、そうだ」
「な…っ?!」
俺はどう考えても明らかにおかしい佐藤先輩の言葉に心底驚いた。
先輩は真顔で近付いてくる。
「保は俺とだけ仲良く過ごしていれば良い。そうなる為には保の周りに居る邪魔者達は排除せねばな」
「…どう言う意味だ?」
俺は嫌な予感がしたが、構わず先輩に問いただした。
佐藤先輩は、薄笑いを浮かべて確かに言った。
「山村を階段から突き落としたのは俺だ」
「何…っ?!」
確かに歓迎会もどきの日、俺は山村を助けた。
だからって、その程度で階段から突き落とすか?普通。
先輩の話は終わりじゃなかった。
「後、鈴木の子犬は俺が木村のホテルへ連れ去った」
「?!…先輩、あんたなあ!子犬が突然居なくなって鈴木がどんな思いをしたと思ってるんだよ?」
昨日の鈴木の姿が蘇ってきて、俺は佐藤先輩に喰って掛かった。
だが、先輩は悪びれも怯えもしない。
木村部長のホテルはここからかなり遠い。
だが、居場所は解った。
この事は鈴木に教えた方が良いだろう。
佐藤先輩は尚も言う。
「俺だけの保と仲良くする方が悪い」
俺の中で、佐藤先輩に対する気持ちが崩れていく。
良い先輩だと思っていたのに…。
俺を独占する為に何でもするんだな。
「…先輩のこと見損なったぜ」
「そんな事言って保も俺を好きなんだろう?」
好きなのは確かだ。
いや、好きだったというべきか。
でも、それは佐藤先輩が言う様な好きじゃない。
純粋に同じ部活の先輩として好きだっただけだ。
「今の話を聞いて嫌いになったぜ」
「素直じゃないな、保は。それとも強がっているのか?そんなところがまた可愛いな。口では何とでも言えるからな」
口の端を歪めて笑みを浮かべながら、先輩は俺の直ぐ目の前まで来た。
そして、俺のアゴを指でつまむ。
「触るな!」
俺は気色悪さを感じて、先輩の手を振り払った。
あんなに良くしてくれてたのに。
それは全部俺に対する狂った気持ちのせいだったのかよ。
ショックだった。
「お痛が過ぎるぞ、保。自分の気持ちに正直になれ。俺のことが好きだと。今からディープキスをするから、女の様に感じろ。歓喜にうち震えるんだ、保。ここで誰かに見られたら、その方がまたもえるじゃないか?」
佐藤先輩は両腕を広げ、晴れやかな表情でそう言った。
だから、アパートじゃなくて、ここに呼び出したのか?
言葉さえ聞かなければ、どこか恍惚としてるな位にしか思えない。
でも、実際は…。
俺は喉の奥から声を絞り出した。
「…だ」
「うん?」
「嫌だ!!」
俺は間近に迫っている佐藤先輩を殴ると、先輩がどうなったかも見ずに、そのまま走って体育館裏を去った。
部室の前まで走った俺は息を切らして、ドアを開けた。
中にはもう木村部長しか居なかった。
「どしたの?千夜くん。忘れもの?」
「部長。俺、退部する!」
俺は木村部長の座っているテーブルの前まで行くと、両手をついてそう宣言した。
「えっ?料理コンテストの話をしたばかりだよね?佐藤の応援をしたいんじゃないの?」
「んな事、知るか!!」
俺はカバンから、入学式の時からずっと入れっぱなしだった佐藤先輩が寄越したビラと、黒いマジックを取り出す。
ビラの裏に、俺の名前、それから『退部届け』と書いて、簡単に『一身上の都合で退部する』と走り書きする。
そして、木村部長の目の前のテーブルに、即席の退部届けを叩きつけてやった。
「穏やかじゃないねー。佐藤と何かあったの?」
別段、俺の退部を止める風もなく、木村部長は落ち着いている。
「あんたには関係ない」
「関係あるよ。僕は佐藤を大切な友達の1人だと思っているからねー」
…何だよ、佐藤先輩。
俺には友人を作るなと言っておいて、自分は木村部長と言う友人がいるんじゃねーか。
そんなの…フェアじゃない。
「だったら、あんたが佐藤先輩の暴走を食い止めろよ」
「暴走?あー、佐藤、しばらく好きな人が居なさそうだと思ったら…なるほどねー。千夜くん、佐藤は思い込みが激しいけど、悪い奴じゃないからねー。何されたか知らないけど、アイツの事、許してやってくれないかなあ?」
「いいや。ぜってー許さねー。俺だけならまだ良い。でも、鈴木まで巻き込むことはねーだろ!」
俺は木村部長が「巻き込むって?」と言ってるのを聞いて、さっき佐藤先輩から聞いた事を問い掛けた。
「佐藤先輩が子犬を連れて来ただろ?あの子犬は、鈴木の子犬なんだ。…無事なんだろうな?」
「ああそう言えば日曜日、急に佐藤が子犬を連れてきたなぁ。あれ、千夜くんの友達の犬だったんだ?無事も何も僕は動物は好きだよー」
木村部長の返事次第では、ぶっ飛ばしてやろうかとも思っていた。
だが、その必要は無さそうだ。
「なら、ちゃんと最後まで面倒みろよ」
「そんなに凄まなくても、メイド達に人気だから、大丈夫だよー。それより、早く佐藤と仲直りしてね」
木村部長の最後の方の言葉はシカトして俺は足早に部室を出た。
暗くなった帰り道。
佐藤先輩に頭に来た俺は、タバコを吸ってやろうかとも思った。
だが、部活が終わるまでは禁煙してたからタバコは今、手元にない。
あんだけ俺は先輩との約束を守っていたのによ。
タバコは明日、田中に買いに行かせておく事に決めた。
もう禁煙なんかしてやるものか。
新しい彼女も作って、また暇潰ししてやる。
佐藤先輩への怒りで俺はいつも以上に腹が立っていた。
屋敷の長い塀に差し掛かったところで、俺は後ろから視線を感じる。
立ち止まり振り返ったが、暗くて後ろがよく見えない。
だが俺をつけてるとしたら、心当たりは1人だけだった。
「先輩。居るんだろ?」
「よく見えたな、保」
佐藤先輩の声が暗闇から聞こえてきた。
…やっぱりな。
先輩は体育館裏で俺に殴られたのを警戒してるのか、姿が見えるところまでは近付いて来ない。
だが、屋敷の直ぐ近くまでつけてくる程だ。
こっちも佐藤先輩を警戒した方が良いだろう。
「この塀の向こうが、俺の屋敷だ。ここで俺に下手に手を出すと30人位の組員どもに先輩を襲わせる事も出来る」
「保は極道の息子だったのか」
先輩は、怯えた様子も驚いた様子も無い様な声をしている。
入学式の日、俺が睨んでも怯まない訳だ。
「それから俺、部活辞めたから。料理コンテストとやらには行かねーよ」
「了解。…保」
引き止められるかとも思ったが、佐藤先輩はあっさり承認して言った。
「何だよ?」
「山村は俺達3年の応援に来るが、保は鈴木と過ごすのか?」
俺は探りを入れるような佐藤先輩の言葉に余計に頭にきた。
「俺が誰と過ごそうとそんな事あんたに応える義理は無い。俺の大切なモンを傷付けやがって。先輩、鈴木には手を出すなよ」
「…」
佐藤先輩の気配が消えた。
どうやら、帰ったらしい。
俺は張ってた気が一気に緩んで、大きく一息つくと、屋敷の中に帰っていった。
鈴木には悪いが、今日は子犬の居場所も、ケーキバイキングの日程も連絡する気が起きなかった。
自室に真っ直ぐ戻ると、俺はカバンを放り投げ、制服姿のままベッドに仰向けになった。
夕食も食う気がしない。
シャワーは又、翌日の朝に浴びるか。
天井を見上げてると佐藤先輩のことを自然と考えてしまう。
先輩が俺を邪な想いで見てたなんて…。
危険な感じがすると言っていた鈴木のカンが当たってたのか。
この日から俺の心は闇で覆われた。
先輩…どうしてくれる?
こんな事、誰にも言えない。
佐藤先輩を慕っていたのは、あくまでライクだ。
先輩の、初めて会った時から今日までの笑顔の仮面が剥がれ落ちた気がした。
俺はケーキバイキングに行く気分じゃなかったが、佐藤先輩を殴って部活を退部した事で、時間が解決してくれる事を望んだ。
だが、今日の出来事は、まだ序の口だった。
そうとは知らない俺は気疲れで眠ってしまった。
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