凍りつく愛

スピード

文字の大きさ
8 / 16

束の間の平穏

しおりを挟む
火曜日。
昨夜、浴び損ねたシャワーを朝浴びて、俺は学園に歩いて向かった。
今日、鈴木が落ち着いているようなら、部活に行こうと思っている。
あわよくば、また佐藤先輩のアパートに、部活後、遊びに行けるかもしれない。
あれからタバコは1本も吸ってない。
先輩のことを思うと、きついがタバコを吸うのを我慢出来た。
もしも、先輩から連絡先を教えてもらっても、禁煙は続ける予定だ。
それくらい俺の中で佐藤先輩の存在は大きくなっている。
しばらく歩いていたら、前方に鈴木の後ろ姿が見えてきた。
昨日の今日だ。
俺は鈴木の様子が気になり、鈴木の元へと駆け寄る。
「よお、鈴木」
「千夜くん、おはよう御座います」
振り返った鈴木は、目こそ赤くはなっていたが、それ以外は表面上はいつもと変わらずに見えた。
「途中まで一緒に行かないか?」
「駄目ですよ、エスケープは。僕と一緒に行くなら、教室の中まで、です」
…声掛けない方が良かったかもな。
俺は心の中で思う。
おまけに後ろから、やかましい声が聞こえてきた。
「たーもーつー!」
「…行くぞ、鈴木」
「え、でも、千夜くん、呼ばれてますよ」
事情を知らない鈴木は後ろを振り返りながら言う。
俺は構わず鈴木の腕を引いて歩き出した。
だが、山村は息を切らして俺達に追い付いて来る。
「お、おはよー!保、学園まで一緒に行こう?」
「やなこった」
「千夜くん、お知り合いですか?」
鈴木の言葉に俺はわざと言う。
「いいや」
「保、知らないなんて嘘つくの酷い!メガネくんとは仲良く行くのに!」
「あー、るっせーな」
俺は山村に聞こえるように言った。
喧嘩になるのかと思ったのか、鈴木が少し慌てたように言う。
「鈴木と言います。初めまして」
山村は俺に何か言おうとしてたのかも知れねーが、鈴木の簡単な自己紹介に、まんまと乗った。
「鈴木くんだね?僕は山村。保とは同じ部活なんだー。それより君、目が赤いけど、保に泣かされたの?」
「…」
一瞬、曇った鈴木の表情に、俺はヤバイと思った。
「山村!空気読め!」
「えっ??」
「学園まで一緒に行ってやるから!」
そう言って俺は鈴木の方を向いてる山村の両肩を両手で掴んで力付くで前を向かせた。
山村は始め「うわわ」と言いつつ驚いたようだった。
だが、俺の言葉にニッコリ機嫌良さそうに笑った。
「ありがとう!保!鈴木くんも行こう!」
「…はい」
どこかぎこちなく鈴木は山村に返事する。
傷口に塩を塗る山村には悪気は無いんだろうが。
山村の奴は後で締めてやる。
「随分と元気な方ですね」
先頭に立って歩き始めた山村の後ろ姿を見ながら鈴木が言った。
「部活でもいつもあんな感じだ。あれで2年生には見えねーよな」
俺は小声で呆れたように言うが、鈴木には聞こえたようだ。
「でも、明るくて良い方そうじゃないですか」
「そう思うなら、山村は鈴木にやるよ」
「ねー、何2人で喋ってるのー?僕も入ーれてー」
山村は危なっかしく後ろの俺と鈴木を交互に見ながら歩く。
「前向いて歩け。電柱にぶつかるぞ」
「平気だもーん。…痛っ!」
言ったそばから、山村は本当に電柱にぶつかった。
「大丈夫ですか?」
鈴木が心配そうに、頭を抱える山村を覗き込んだ。
「大丈夫だろ」
「酷い!保!全然大丈夫じゃないよ!」
そんな事を言い合いながら、俺達は3人で登校した。

授業中も、直ぐ後ろの席から見る限り、鈴木は別段、変わった様子は見られない。
休み時間も、俺と話してる鈴木は、いつもと変わらないように見える。
最も内心はどーだか解らねえ。
無理してないと良いんだけどよ。
俺は昼休みに鈴木とメシを食いながら、ケーキバイキングのQRコードを開いて一緒に観るか、もう少し時間を置いてからにしとくか考えていた。
「…鈴木」「千夜くん」
互いの声が重なる。
「何だよ?」
「千夜くんから先に話して下さい」
「良いのか?」
「はい」
鈴木が何を言おうとしてたのかは知らねーが、俺は試しに、携帯を取り出した。
鈴木が乗り気でなさそうなら、止めればいいし。
「俺もまだ詳しくは観てないんだけどよ。ケーキバイキングのQRコードを読み取ったんだ」
「本当ですか?」
鈴木の目が輝く。
俺は言って正解だったなと思っていた。
「嘘ついてどうするんだよ。…一緒に観るか?」
「はい」
鈴木は身を乗り出してくる。
俺は鈴木にも画面が観えるように、携帯を持つと、もう片方の手でQRコードを開いた。
画面には、美味そうなケーキの写真と、バイキングの紹介記事が載っている。
「開催日は次の休みの日からですね」
「ああ。行けそうか?行けるなら、後で詳しい日程を送るぜ」
「はい。…あの」
鈴木は何故かモジモジしている。
「何だよ?」
「山村先輩も、誘いませんか?あちらが迷惑でなければ」
「はあ?!」
意外な鈴木の言葉に、俺は驚いて…そして、呆れた。
「何で、あんなうるさい奴と行かなきゃならないんだよ?」
「楽しそうだからです」
鈴木は久しぶりに笑顔を見せる。
どうやら、ああいうタイプが鈴木のお気に入りらしい。
「山村、ねえ」
「嫌いなんですか?山村先輩が」
「嫌いと言うより、ウゼーな」
「そうですか…」
鈴木は心底ガッカリした様に下を向いた。
メシを食う手も止まっている。
まあ…あれだ。
子犬のことで傷心している鈴木には、ああいう元気印が傍に居た方が気が紛れるのかもしれねー。
「落ち込むな、鈴木。今日、部活で聞いといてやるからよ」
「お願いします」
鈴木がパッと顔を上げる。
仕方ねー、会場で山村が又空気読まなかったら、奴を1人にさせちまえば良いだけの話だ。
「それより、鈴木はさっき何て言おうとしたんだよ?」
「はい。千夜くんは山村先輩の連絡先を知っているのかなと思いまして」
「知らねー」
「解りました」
流石に、今度は部活で聞いといてやる気にはならなかった。
山村には日程は口頭で伝えときゃ良いし、そんなに知りたいなら、鈴木自身が聞くだろう。
俺は自作の弁当を食いながら、部活に行っても大丈夫そうな鈴木の様子を見て安心した。
案外、今朝の山村のおかげかもしれねーな。
アイツでも役に立つ事はたまにはあるんだな。
そう思っても、俺は山村に対して失礼だとは思わなかった。

放課後。
1日しか行けなかったのに、随分、久しぶりのような気がする。
俺は、部室に入ると先ず、佐藤先輩の姿を探した。
どうやら、まだ来てないようだ。
「保ー!」
その代わりにもならないが、山村の奴は先に来ていた。
2年生連中と部室の隅に居ながら、俺に向かって手なんか振ってやがる。
シカトしようとして、俺は鈴木に頼まれていたことを思い出した。
「おい、山村。ちょっと来い」
「えー?何々ー?…ぐえっ!」
「千夜くん、暴力は良くないよー」
山村の首根っこを掴んだところで、木村部長までやって来た。
「木村部長、あんたは黙ってろ。…おい、山村。鈴木からの伝言だ。次の休みの日、3人でケーキバイキングに行くぞ」
そう言った時、俺は不意に部室の入り口から視線を感じた。
入り口に目をやったが、誰も居ない。
気のせいか?
だが、確かに誰か居たような気配を感じたんだけどな。
そう思って俺が入り口を見てると。
「それは無理だねー」「ぐう…」
「部長、あんたが決めることじゃないだろ」
木村部長のまさかの言葉に俺は山村を掴んだまま、そう言った。
「それが僕が決める事なんだなー。今度の休みの日は、高校生を対象とした料理コンテストが開催されるんだー。僕や佐藤にとっては、部活最後の集大成。山村くんや千夜くん達部員にも後で会場の場所を教えるから、応援に来てもらわないとねー」
「佐藤先輩も出るのかよ?」
思わず俺が山村から手を離すと、奴は咳込んだあと言う。
「僕、佐藤先輩の応援に行きたい!」
「うんうん」
佐藤先輩の応援…か。
気持ちがぐらついた俺は鈴木に何て言おうか考えていたが、その時木村部長が言った。
「ケーキバイキングは、コンテストと違って1日じゃ終わらないんじゃないかなー?」
それだ!
日程を次の休日じゃなくて、来週の休みの日にあてれば良い。
何日までやっているか調べるのはお安い御用だ。
「木村部長、あんたも稀に良いこと言うじゃねーか」
「ま、稀に?」
「…何の話だ?」
佐藤先輩がいつの間にか俺達の近くへやって来ていた。
「わーい。佐藤先輩だあ!」
山村の反応はシカトして、俺は先輩に言う。
「先輩、料理コンテストに出るんだよな?頑張れよ」
「ああ。保が応援に来てくれれば優勝出来る」
大袈裟な気もするが、そう言われると悪い気はしない。
「千夜くーん、僕の応援はー?」
「ああ、部長もせいぜい頑張ってくれ」
「何?!この温度差!」
俺は一応木村部長にもエールを送ったが、木村部長はショックを受けたようだ。
「保は照れてるだけだ。なあ?」
「ああ。そう言う事にしといてくれ」
佐藤先輩のフォローに俺は乗ったつもりだったが、木村部長はまだショックを受けている。
「部長の座に賭けて僕は絶対優勝してやるー…」
「佐藤先輩も木村部長も頑張ってねー。僕は佐藤先輩に優勝して欲しいけど」
「ゔゔ…」
意外かどうかは知らねーが、山村の言葉に木村部長はトドメを刺されたようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...