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怯える日々
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「ぐああああああああああああああああああああああ…っ…!!」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
気付くと俺は圭介さんのベッドに横になっていた。
カーテンの向こう側がうっすらと明るくなっていて、小鳥のさえずる声がどこからともなく聞こえてくる。
そんな中、俺は悪夢にうなされていたのか、自分の悲鳴で目を覚ました。
俺は上半身だけ身体を起こす。
夢…か。
どうりでおかしいと思った。
俺は、自分の手で額を押さえ汗で張り付いた前髪をかきあげる。
そして、俺はカラカラになっている口の中から掠れた声で言った。
「喉、乾いたな…」
俺はノソノソとベッドから起き出す。
昨夜、圭介さんが味噌汁を作ってくれていたキッチンから、俺は勝手に、見つけたコップを1つ借りると、水を入れ、一気に乾いた唇から飲み干して口の中を潤した。
せっかく着せてもらったパジャマは俺の汗のせいでビッショリになってしまっている。
洗濯機を使わせてもらうにも、まだ明け方だ。
このまま着替えてから、後で洗濯してもらうしかないだろう。
だが昨日の圭介さんのおかげで、俺の身体のぐらつきはなくなった。
俺は迷惑を掛けた謝罪と助けてくれた感謝の意を込めて朝メシを作ることに決める。
本当は今直ぐにでもシャワーを浴びたかった。
だが、そうそう何度も人様の浴室を借りてはいられねー。
俺は汗まみれのパジャマを脱いで、制服に着替えた。
あのまま街を彷徨っていたら、どうなっていたことか…想像するだけでゾッとする。
そして俺は、冷蔵庫を開けると、2人分の朝メシを作った。
朝メシを作り終え、リビングのテーブルの上に並べていると、圭介さんが起き出してきた。
圭介さんは俺が料理をするとは思わなかったのだろう。
驚いたように言う。
「千夜くん、これ全部キミが作ったのか?」
「ああ、昨夜の礼だ。冷めない内に出勤の準備してこいよ」
俺はそう言うと、椅子に座った。
圭介さんが用意してる間に俺はコッソリ自分の携帯を取り出す。
昨夜も思ったが佐藤先輩に俺の連絡先も教えた方が良いだろうか。
教えておかないと、先輩は何をするのか解らない。
そんなことを考える俺は強迫観念に捕り込まれたのかもしれねー。
だが鈴木に俺と同じ思いは絶対に味あわせたくはなかった。
俺は敢えて佐藤先輩に、俺の連絡先を知らせる為の手短で事務的なテストメールを送っといた。
「美味いな。下手したら僕より料理が上手いかもな」
俺が何か訳有りなのを悟ったのだろう。
朝食中に圭介さんは、俺の朝メシを褒めこそすれ、根掘り葉掘り事情を聞いてくる事はなかった。
俺も何故、昨日の状態があんなに情けなかったのか、詳しく話したくはなかったから、安心する。
2人で食べ終わった後、後片付けを済ませた俺は、今、このマンションらしき建物がどの辺りにあるのか解らなくて部屋を出て行く準備をしながら、圭介さんに聞いた。
「心誠学園までの道のりを教えてくれないか?」
「うん、構わないよ。昨日から、その制服でキミの通学先は直ぐに解った。僕の出身校でもあるからね」
それは偶然だった。
俺は圭介さんに簡単な、だが解り易い地図を描いてもらう。
地図を見ると、ここから学園までは思ってたより、そう遠くはないのが解った。
「サンキュー、圭介さんよ」
「礼はいいよ。困った時はお互い様だ。キミに僕の名刺も一緒に渡しておくよ」
俺は関係の無い奴を巻き込みたくはなかった。
「いいって。俺と関わったってロクなことないぜ」
そう言って、始めは断った。
だが、圭介さんは真顔で引き下がらなかった。
「駄目だよ。これも何かの縁だ。詳しいことは聞かない。でも、何か有ったらここに連絡して欲しい」
圭介さんはそう言って、半ば強引に自分の名刺を俺の胸ポケットに入れた。
その時、俺のライターに初めて気付いたようだ。
「キミ、タバコを吸うのか?」
「だったら、何だよ?」
俺は圭介さんに説教でもされるのかと思って、カバンを肩に担ぐと、そう反発した。
だが、圭介さんから返ってきた言葉は意外なモンだった。
「僕も高校生までは社員に買わせて吸ってたよ」
内心俺は人は見かけに寄らないなと思う。
そして改めて圭介さんに言った。
「この借りは必ず返す」
「何言ってるんだ、千夜くん。キミは僕に朝食を作ってくれて、後片付けまでしてくれたじゃないか。借りは充分に返っているよ」
「圭介さん…」
こうして俺と圭介さんは一緒に部屋を出て、バカでかいマンションの前で別れた。
学園に着いてから俺は佐藤先輩にいつ遭遇するのか解らずに強い恐怖を感じていた。
だが、思えば部室以外で会う事は滅多になかった筈だ。
携帯を見てみたが、俺のテストメールに関する先輩からの返信はまだ来てなかった。
俺は昼メシを作らなかったから、売店で適当に食料を買う。
そして、登下校とトイレに行く時以外は、なるべく教室内に居ようと思っていた。
俺が午前中、毎時間授業に参加するのは、少なくとも高校生になってからは初めてだった。
おかげで成績が必然的に上がったような気がする。
担任の春日部が知ったら、どう思う事か。
休み時間の間、メールの着信音が俺のカバンから鳴った。
誰から来たかは見当がつく。
俺は恐怖で身体が震えそうだったから、鈴木達クラスメイトの手前、聞こえなかったフリをした。
幸い、そんな俺にメールが来たんじゃないかって聞いてくる奴は居なかった。
鈴木も意外に思っていたらしく、昼休みに昼メシを食いながら俺に向かって言った。
「どういう風の吹き回しですか?」
「俺が授業に出るのが、そんなにおかしいかよ?」
「はい。それに千夜くんが手作りのお弁当を持ってこないなんて、珍しい事もあるんですね」
鈴木も意外とハッキリ言いやがる。
「それより今日、途中まで一緒に帰らないか?」
料理コンテスト間近で部活に専念してるであろう佐藤先輩が帰る時間になる前に、俺は鈴木と、とっとと途中まで一緒に帰っちまえと思っていた。
最も鈴木にさえも、俺は佐藤先輩にレイプされた事は言えなかったが。
佐藤先輩が部活を引退した際には、毎日のように連絡が入るかもしれないから、鈴木と下校するのは僅かな期間になるかもしれねー。
そんな俺の事情は知る由もなく、鈴木はどこか嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。子犬が居なくなった時も一緒に帰ってくれましたよね。宜しくお願いします」
鈴木の笑顔は俺には眩し過ぎた。
放課後。
鈴木と明後日の事をあーだこーだ話しながら俺は下校する。
「千夜くんは何のケーキが1番好きですか?」
「作り易いヤツだな」
そう応えてはみたものの、俺の中で男が甘いモン作るなんてな…っていう固定観念が俺をパティシエの道から遠ざけていた。
鈴木は以前、医者になるのが将来の夢だと言ってたのを俺は覚えている。
俺は…やっぱ、組を継ぐんだろうな。
佐藤先輩がアメリカに行っても、俺の心が安まることは無さそうだった。
「千夜くん、僕はこの辺で…」
コンビニの近くの分かれ道で鈴木が言いにくそうに言う。
以前、一緒に途中まで帰った時も思ったが、ここから先は、俺の屋敷へと曲がる道とは逆の道に曲がると鈴木の家は在るみたいだ。
「そうか。気をつけて帰れよ」
「はい、千夜くんも気を付けて帰って下さい。失礼します」
鈴木はそう言って会釈をすると、自分の家の方へ歩いて去っていく。
気を付けて、か…。
俺は後ろを振り返って、佐藤先輩の姿が無いか見る。
身の危険が無いかは勿論、タバコを吸っても大丈夫かどうかを確認する為だ。
情けねーが、俺は体育館裏でタバコを吸うのが怖くなってる。
このままじゃー、禁煙してた時同様、キツくてたまらねー。
大丈夫だ。
先輩の姿は無い。
俺はコンビニの前まで行くとカバンを地面に置いた。
そして、設置されている自販機に寄り掛かり、タバコに火を点けた。
そしてライターを胸ポケットにしまおうとして、今朝方、圭介さんが入れてった名刺をよくよく見てみる。
株式会社ピュオレユート?
どこかで目にした様な気がする、会社の名前だと最初は、そう思った。
そういや、テレビでも毎日のように目にしている大会社だったような…。
そうだ!
俺は昨日、圭介さんとぶつかった時に、どこかで会ったような気がしてた。
あの時は本調子じゃなかったから、思いだせなかったが。
今なら鮮明に思い出せる。
鈴木とケーキバイキングの紹介記事を観た時、確か開催主催会社の名前がピュオレユート。
その代表取締役社長の顔写真は紛れもなく圭介さんの顔だった。
俺は藁にもすがる思いで、名刺に印刷されている圭介さんの連絡先を、携帯に登録しておこうとする。
ライターを確かに胸ポケットにしまってタバコを捨て、踏みにじって火を消した。
替わりに、地面に置いたカバンから自分の携帯を取り出す。
関係無い奴を巻き込みたくはない。
そう思っている一方で俺は何かにすがりつきたかったのかもしれねー。
と、新着メール1件との表示が目に入った。
確か今日の休み時間に来てた、おそらく佐藤先輩からのメールだろう。
俺はいつまでも放置しておくとまずい、という危機感にかられ、メールを開いた。
『俺だけの保。メールをありがとう。昨日は楽しかったな。明日の放課後から、木村のホテルに泊まりに行く。その方がコンテストの会場から近いからな。仲直りもしたし、保も、応援に来てくれるんだろう?』
…ふざけるなよ。
良い加減にしろよ。
思わずそう言いたくなる。
やっぱ、佐藤先輩からのメールだったか。
このメールは、俺が先輩に身体を囚われている事を意味していた。
だが、心までは囚われねーぞ、絶対に。
返信は帰ってからすることにして、圭介さんの連絡先を登録し終えた俺は、携帯と名刺をそれぞれしまうと、もう1本タバコに火を点けた。
学園内で吸えなかった分、ここでタバコを満足するまで吸う。
コンビニから出入りする客の中には、時折、咎める様に俺を見る奴も居たが、ひと睨みしてやるとアッサリ目を逸らした。
佐藤先輩も1度怯ませてやりてー。
俺は、もうほとんど残っていないタバコを落として、火を踏みにじって消すと、カバンを担ぎ、屋敷への道のりを歩いて帰った。
俺がいつもより早く屋敷に帰って来たのが意外だったのか、田中ら組員は驚いたように、一緒に夕飯を食っている俺をチラチラ見ている。
今日は親父も居るから料理は出来なかった。
だから、帰ってから夕飯までの間に時間を持て余した俺は、さっき読んだ佐藤先輩からのメールに返信した。
『行かねーよ。山村が居るだろ』
俺は佐藤先輩が山村を階段から突き落とす位、嫌っているのを知っててワザと名前を出してやった。
先輩が俺にした事に比べたら可愛いもんだと我ながら思いながら。
それだけ送って後は携帯をベッドの上に放り投げ、俺は夕飯の時間まで先輩からの返信が来るかと思ったが、来なかった。
多分、時間的にまだ部活中だ。
そんな事を思い返していると、不意に俺は田中と目が合った。
その時、奴に聞かれた。
「坊ちゃん、また今までの最短交際記録樹立ですかい?」
始め、意味が解らなかったが、どうやら田中の中で、俺がまた一晩で彼女と別れたと思っている様だ。
「良いだろ。これから又、次の女に手を出すさ」
俺は田中にも佐藤先輩の事は言えなかった。
夜になってから、ようやくシャワーを浴びれた俺は自室に戻ると、先ずはベッドの上に放り投げてた携帯をチェックする。
すると、新着メール1件との通知が来ていた。
まさか、佐藤先輩からか?
震える手でメールを開くと…。
『千夜くん、今日は一緒に帰れて楽しかったです。明日も良かったら一緒に帰れると嬉しいです』
…鈴木からだった。
俺は気が抜けて、ベッドに寝転がると、うつ伏せで返信する。
『ああ、俺もだ。後、明後日、待ち合わせに遅れるなよ』
送信して、少し経つと携帯が鳴った。
『千夜くんには言われたく有りません。遅れたら置いて行きますよ』
鈴木の奴も結構言うな。
俺は負けじと返信する。
『じゃあ、1人で楽しんでこいよ』
そう送信したら、少しして鈴木から返信が来た。
『そうさせて頂きます。千夜くんはお屋敷で、ごゆっくりお休み下さい』
…これ以上続けたら喧嘩になりそうだな。
俺は送信するのをやめて、携帯を離すとベッドに仰向けに寝返りを打つ。
また今夜も見るんだろうか…。
俺は出来れば眠りたくはなかった。
だが、睡魔に襲われ目蓋が重くなる。
今日一日の疲れがドッと出たのだろう。
俺は睡魔には勝てずに否応なく悪夢の世界に引きずり込まれていった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
気付くと俺は圭介さんのベッドに横になっていた。
カーテンの向こう側がうっすらと明るくなっていて、小鳥のさえずる声がどこからともなく聞こえてくる。
そんな中、俺は悪夢にうなされていたのか、自分の悲鳴で目を覚ました。
俺は上半身だけ身体を起こす。
夢…か。
どうりでおかしいと思った。
俺は、自分の手で額を押さえ汗で張り付いた前髪をかきあげる。
そして、俺はカラカラになっている口の中から掠れた声で言った。
「喉、乾いたな…」
俺はノソノソとベッドから起き出す。
昨夜、圭介さんが味噌汁を作ってくれていたキッチンから、俺は勝手に、見つけたコップを1つ借りると、水を入れ、一気に乾いた唇から飲み干して口の中を潤した。
せっかく着せてもらったパジャマは俺の汗のせいでビッショリになってしまっている。
洗濯機を使わせてもらうにも、まだ明け方だ。
このまま着替えてから、後で洗濯してもらうしかないだろう。
だが昨日の圭介さんのおかげで、俺の身体のぐらつきはなくなった。
俺は迷惑を掛けた謝罪と助けてくれた感謝の意を込めて朝メシを作ることに決める。
本当は今直ぐにでもシャワーを浴びたかった。
だが、そうそう何度も人様の浴室を借りてはいられねー。
俺は汗まみれのパジャマを脱いで、制服に着替えた。
あのまま街を彷徨っていたら、どうなっていたことか…想像するだけでゾッとする。
そして俺は、冷蔵庫を開けると、2人分の朝メシを作った。
朝メシを作り終え、リビングのテーブルの上に並べていると、圭介さんが起き出してきた。
圭介さんは俺が料理をするとは思わなかったのだろう。
驚いたように言う。
「千夜くん、これ全部キミが作ったのか?」
「ああ、昨夜の礼だ。冷めない内に出勤の準備してこいよ」
俺はそう言うと、椅子に座った。
圭介さんが用意してる間に俺はコッソリ自分の携帯を取り出す。
昨夜も思ったが佐藤先輩に俺の連絡先も教えた方が良いだろうか。
教えておかないと、先輩は何をするのか解らない。
そんなことを考える俺は強迫観念に捕り込まれたのかもしれねー。
だが鈴木に俺と同じ思いは絶対に味あわせたくはなかった。
俺は敢えて佐藤先輩に、俺の連絡先を知らせる為の手短で事務的なテストメールを送っといた。
「美味いな。下手したら僕より料理が上手いかもな」
俺が何か訳有りなのを悟ったのだろう。
朝食中に圭介さんは、俺の朝メシを褒めこそすれ、根掘り葉掘り事情を聞いてくる事はなかった。
俺も何故、昨日の状態があんなに情けなかったのか、詳しく話したくはなかったから、安心する。
2人で食べ終わった後、後片付けを済ませた俺は、今、このマンションらしき建物がどの辺りにあるのか解らなくて部屋を出て行く準備をしながら、圭介さんに聞いた。
「心誠学園までの道のりを教えてくれないか?」
「うん、構わないよ。昨日から、その制服でキミの通学先は直ぐに解った。僕の出身校でもあるからね」
それは偶然だった。
俺は圭介さんに簡単な、だが解り易い地図を描いてもらう。
地図を見ると、ここから学園までは思ってたより、そう遠くはないのが解った。
「サンキュー、圭介さんよ」
「礼はいいよ。困った時はお互い様だ。キミに僕の名刺も一緒に渡しておくよ」
俺は関係の無い奴を巻き込みたくはなかった。
「いいって。俺と関わったってロクなことないぜ」
そう言って、始めは断った。
だが、圭介さんは真顔で引き下がらなかった。
「駄目だよ。これも何かの縁だ。詳しいことは聞かない。でも、何か有ったらここに連絡して欲しい」
圭介さんはそう言って、半ば強引に自分の名刺を俺の胸ポケットに入れた。
その時、俺のライターに初めて気付いたようだ。
「キミ、タバコを吸うのか?」
「だったら、何だよ?」
俺は圭介さんに説教でもされるのかと思って、カバンを肩に担ぐと、そう反発した。
だが、圭介さんから返ってきた言葉は意外なモンだった。
「僕も高校生までは社員に買わせて吸ってたよ」
内心俺は人は見かけに寄らないなと思う。
そして改めて圭介さんに言った。
「この借りは必ず返す」
「何言ってるんだ、千夜くん。キミは僕に朝食を作ってくれて、後片付けまでしてくれたじゃないか。借りは充分に返っているよ」
「圭介さん…」
こうして俺と圭介さんは一緒に部屋を出て、バカでかいマンションの前で別れた。
学園に着いてから俺は佐藤先輩にいつ遭遇するのか解らずに強い恐怖を感じていた。
だが、思えば部室以外で会う事は滅多になかった筈だ。
携帯を見てみたが、俺のテストメールに関する先輩からの返信はまだ来てなかった。
俺は昼メシを作らなかったから、売店で適当に食料を買う。
そして、登下校とトイレに行く時以外は、なるべく教室内に居ようと思っていた。
俺が午前中、毎時間授業に参加するのは、少なくとも高校生になってからは初めてだった。
おかげで成績が必然的に上がったような気がする。
担任の春日部が知ったら、どう思う事か。
休み時間の間、メールの着信音が俺のカバンから鳴った。
誰から来たかは見当がつく。
俺は恐怖で身体が震えそうだったから、鈴木達クラスメイトの手前、聞こえなかったフリをした。
幸い、そんな俺にメールが来たんじゃないかって聞いてくる奴は居なかった。
鈴木も意外に思っていたらしく、昼休みに昼メシを食いながら俺に向かって言った。
「どういう風の吹き回しですか?」
「俺が授業に出るのが、そんなにおかしいかよ?」
「はい。それに千夜くんが手作りのお弁当を持ってこないなんて、珍しい事もあるんですね」
鈴木も意外とハッキリ言いやがる。
「それより今日、途中まで一緒に帰らないか?」
料理コンテスト間近で部活に専念してるであろう佐藤先輩が帰る時間になる前に、俺は鈴木と、とっとと途中まで一緒に帰っちまえと思っていた。
最も鈴木にさえも、俺は佐藤先輩にレイプされた事は言えなかったが。
佐藤先輩が部活を引退した際には、毎日のように連絡が入るかもしれないから、鈴木と下校するのは僅かな期間になるかもしれねー。
そんな俺の事情は知る由もなく、鈴木はどこか嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。子犬が居なくなった時も一緒に帰ってくれましたよね。宜しくお願いします」
鈴木の笑顔は俺には眩し過ぎた。
放課後。
鈴木と明後日の事をあーだこーだ話しながら俺は下校する。
「千夜くんは何のケーキが1番好きですか?」
「作り易いヤツだな」
そう応えてはみたものの、俺の中で男が甘いモン作るなんてな…っていう固定観念が俺をパティシエの道から遠ざけていた。
鈴木は以前、医者になるのが将来の夢だと言ってたのを俺は覚えている。
俺は…やっぱ、組を継ぐんだろうな。
佐藤先輩がアメリカに行っても、俺の心が安まることは無さそうだった。
「千夜くん、僕はこの辺で…」
コンビニの近くの分かれ道で鈴木が言いにくそうに言う。
以前、一緒に途中まで帰った時も思ったが、ここから先は、俺の屋敷へと曲がる道とは逆の道に曲がると鈴木の家は在るみたいだ。
「そうか。気をつけて帰れよ」
「はい、千夜くんも気を付けて帰って下さい。失礼します」
鈴木はそう言って会釈をすると、自分の家の方へ歩いて去っていく。
気を付けて、か…。
俺は後ろを振り返って、佐藤先輩の姿が無いか見る。
身の危険が無いかは勿論、タバコを吸っても大丈夫かどうかを確認する為だ。
情けねーが、俺は体育館裏でタバコを吸うのが怖くなってる。
このままじゃー、禁煙してた時同様、キツくてたまらねー。
大丈夫だ。
先輩の姿は無い。
俺はコンビニの前まで行くとカバンを地面に置いた。
そして、設置されている自販機に寄り掛かり、タバコに火を点けた。
そしてライターを胸ポケットにしまおうとして、今朝方、圭介さんが入れてった名刺をよくよく見てみる。
株式会社ピュオレユート?
どこかで目にした様な気がする、会社の名前だと最初は、そう思った。
そういや、テレビでも毎日のように目にしている大会社だったような…。
そうだ!
俺は昨日、圭介さんとぶつかった時に、どこかで会ったような気がしてた。
あの時は本調子じゃなかったから、思いだせなかったが。
今なら鮮明に思い出せる。
鈴木とケーキバイキングの紹介記事を観た時、確か開催主催会社の名前がピュオレユート。
その代表取締役社長の顔写真は紛れもなく圭介さんの顔だった。
俺は藁にもすがる思いで、名刺に印刷されている圭介さんの連絡先を、携帯に登録しておこうとする。
ライターを確かに胸ポケットにしまってタバコを捨て、踏みにじって火を消した。
替わりに、地面に置いたカバンから自分の携帯を取り出す。
関係無い奴を巻き込みたくはない。
そう思っている一方で俺は何かにすがりつきたかったのかもしれねー。
と、新着メール1件との表示が目に入った。
確か今日の休み時間に来てた、おそらく佐藤先輩からのメールだろう。
俺はいつまでも放置しておくとまずい、という危機感にかられ、メールを開いた。
『俺だけの保。メールをありがとう。昨日は楽しかったな。明日の放課後から、木村のホテルに泊まりに行く。その方がコンテストの会場から近いからな。仲直りもしたし、保も、応援に来てくれるんだろう?』
…ふざけるなよ。
良い加減にしろよ。
思わずそう言いたくなる。
やっぱ、佐藤先輩からのメールだったか。
このメールは、俺が先輩に身体を囚われている事を意味していた。
だが、心までは囚われねーぞ、絶対に。
返信は帰ってからすることにして、圭介さんの連絡先を登録し終えた俺は、携帯と名刺をそれぞれしまうと、もう1本タバコに火を点けた。
学園内で吸えなかった分、ここでタバコを満足するまで吸う。
コンビニから出入りする客の中には、時折、咎める様に俺を見る奴も居たが、ひと睨みしてやるとアッサリ目を逸らした。
佐藤先輩も1度怯ませてやりてー。
俺は、もうほとんど残っていないタバコを落として、火を踏みにじって消すと、カバンを担ぎ、屋敷への道のりを歩いて帰った。
俺がいつもより早く屋敷に帰って来たのが意外だったのか、田中ら組員は驚いたように、一緒に夕飯を食っている俺をチラチラ見ている。
今日は親父も居るから料理は出来なかった。
だから、帰ってから夕飯までの間に時間を持て余した俺は、さっき読んだ佐藤先輩からのメールに返信した。
『行かねーよ。山村が居るだろ』
俺は佐藤先輩が山村を階段から突き落とす位、嫌っているのを知っててワザと名前を出してやった。
先輩が俺にした事に比べたら可愛いもんだと我ながら思いながら。
それだけ送って後は携帯をベッドの上に放り投げ、俺は夕飯の時間まで先輩からの返信が来るかと思ったが、来なかった。
多分、時間的にまだ部活中だ。
そんな事を思い返していると、不意に俺は田中と目が合った。
その時、奴に聞かれた。
「坊ちゃん、また今までの最短交際記録樹立ですかい?」
始め、意味が解らなかったが、どうやら田中の中で、俺がまた一晩で彼女と別れたと思っている様だ。
「良いだろ。これから又、次の女に手を出すさ」
俺は田中にも佐藤先輩の事は言えなかった。
夜になってから、ようやくシャワーを浴びれた俺は自室に戻ると、先ずはベッドの上に放り投げてた携帯をチェックする。
すると、新着メール1件との通知が来ていた。
まさか、佐藤先輩からか?
震える手でメールを開くと…。
『千夜くん、今日は一緒に帰れて楽しかったです。明日も良かったら一緒に帰れると嬉しいです』
…鈴木からだった。
俺は気が抜けて、ベッドに寝転がると、うつ伏せで返信する。
『ああ、俺もだ。後、明後日、待ち合わせに遅れるなよ』
送信して、少し経つと携帯が鳴った。
『千夜くんには言われたく有りません。遅れたら置いて行きますよ』
鈴木の奴も結構言うな。
俺は負けじと返信する。
『じゃあ、1人で楽しんでこいよ』
そう送信したら、少しして鈴木から返信が来た。
『そうさせて頂きます。千夜くんはお屋敷で、ごゆっくりお休み下さい』
…これ以上続けたら喧嘩になりそうだな。
俺は送信するのをやめて、携帯を離すとベッドに仰向けに寝返りを打つ。
また今夜も見るんだろうか…。
俺は出来れば眠りたくはなかった。
だが、睡魔に襲われ目蓋が重くなる。
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