追憶のシェリナ

カギナカルイ

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灯火の少女編

氷の人形

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「さて、そろそろですが準備はよろしいですかな? まあ、貴女あなた器量きりょうなら何をせずでも良さそうですな」
 メイクルームの様子を見に、ルドガンが護衛を連れて入ってくる。準備をしろと言われたが軽く肌と髪を整えただけだ。そもそも化粧などまともにしたことがない。

 何か下着にも気をつかった方がいいのかと思ったが、手持ちの見栄えはどれも大して変わらず、かといってわざわざ新調する気にもなれず、結局いま付けているもののままだ。

 それよりも心の準備の方が深刻だ。どんな覚悟を決めれば楽になれるのか、分からない。楽にはなれないという覚悟が必要だった。
 他の演者えんじゃはどうしているのだろうと思い立つが、それなりに広いメイクルームだというのに他には誰も見当たらない。自分の演目は30分程度のはずだが、そんなに時間がずれているのだろうか。

「残りの2万も、今いただいてよろしいですかな?」
「そこの袋に入ってる」
 ルドガンが机の上の袋から札束を取り出し、入念に確認する。

「……確かに。では少々、身体を拝見します」
 護衛の一人がこちらの頭を包むように手をかざす。それを見て思い当たり、たずねる。
「《人体解析ボディアナリティクス》?」

「ご明察めいさつです。傷が無いか、それと健康状態の確認も兼ねまして」
人体解析ボディアナリティクス》――身体状態を高速で確認する術式。学術院カレッジでも、健康診断の際に使用される。まあ、手早い外傷の確認というなら一応の筋は通っている。

 了承すると、護衛が呪文を唱え身体の解析が始まる。
 一分も経たぬうちに、護衛がルドガンに向けて、軽く一度うなずく。

「大丈夫そうですな、綺麗きれいな身体のようで何よりだ」
 若干の含みを感じたが、気にしないことにする。造形もかなりの精度で把握はあくされる。スタイルや肉付き、その辺りの簡易検査のようなものだろうと踏んだ。

「……では最後に、これを付けさせていただきます」
 護衛が何か金属のリングのようなものを取り出し、首元に付けようと近づく。鏡越しにそれを視認し――
「‼」

 反射的に両手で首をガードしつつ立ち上がる。振り返り思わず叫ぶ。
「ちょっと待って! それは……!」
「おや、ご存知ですかな。ショーに出る者は、壇上だんじょうではこれを付ける取り決めでして」

断魔の首輪ソーサルキラー》。装着者の魔素マナを強制的に体内にとどめ、魔術を使用不能にする魔具。解錠には特定の鍵による信号を要し、操魔士ソーサラーを無力化する手段として用いられる。
 ご存知も何も、これを知らない操魔士ソーサラーなど、少なくとも学術院カレッジに通う院生には一人も居ない。

「わたしの魔術を封じる気⁉」
「本日は私の大切な方も大勢いらっしゃる。何かの拍子に魔術が発動し、怪我をさせるなどあってはならないのです。ご理解いただけますな?」
 自分にとって魔術は、唯一にして最後の武器だ。それを手放すなんて、ありえない。

「……それを付けるわけにはいかない。魔術なんて使わないから、このまま出させて」
「そうですか、嫌なら結構。お引取り下さい。あのペンダントの買い手へ連絡を取りますゆえ」
 札束を袋へ戻し、手で退出を促す。奥歯が軋む。
(どこまで足元を見れば気が済むの、こいつ……!)

 思い返せば、これが最後のチャンスだった。これから繰り広げられる、人生最悪の時間を逃れるための。
 目的を為すために、後戻りは出来ない。かつてあの崖で決めた覚悟に比べれば、軽いものだ。そう、思ってしまった。
「……わかった。付けて」
「大変結構。強気な貴女あなたも素敵だが、聞き分けのいい貴女あなたの方がより魅力的ですぞ」

 首輪の、冷たい感触が首に伝う。がちり、という硬く重い音が響く。
 シェリナが絶大な戦闘力を持つ操魔士ソーサラーから、ただの制服姿の街娘へと成り下がった瞬間。
 同時に、その人生が崩れ落ちる瞬間でもあった。

 ***

 舞台そでから観客の様子を伺い、深呼吸をする。会場には、ストリングスの生演奏による歓談用の楽曲がささやかに響いている。
「皆様、本日もお集まりいただき誠にありがとうございます。お客様にご案内を申し上げます。会場でのお客様による撮影機および魔術・魔具の使用は、固く禁じさせていただいております。あらかじめ、ご承知おき下さいませ」

 舞台脇に立つ司会の良く通る声が、備え付けの集音器と拡声器を通しホールに響く。スピーカーシステムそれ自体は学術院カレッジでも見慣れていたが、ここでのそれは音質がけた違いに良く聞こえる。その他、敷設ふせつ型の魔具設備を含め全体的に新しめの機材を使っているようだ。

 操魔革命により、人類の利便性は飛躍ひやく的に向上した。大きな変革の一つが、地脈アンダー魔素マナの活用。大陸中の地中約300~500メートル付近を縦横無尽じゅうおうむじんに流れる、精霊や低レベル精神体の死骸による魔素マナの流れ、地脈アンダー魔素マナ。そこから吸い上げた魔素マナエネルギーを回路に繋ぎ、魔具を介してさまざまな効能を為す。照明・空調・上下水道をはじめ様々な装置に応用され、大陸全域の市街中心部では供給端子の敷設ふせつが大戦前からほぼ完了している。

 革命初期には並行して発電による研究も進められ、各技術者によるエネルギー競争の様相を呈したが、効率や安定性等から現状は、地脈アンダー魔素マナの活用が敷設ふせつ用途では標準となっている。だが地脈アンダー魔素マナは安定性が高いものの、人体が生むそれとは違い密度が低い。自動車や大陸鉄道をはじめ、高エネルギーを要する場面では操魔士ソーサラーの高密度魔素マナが求められ、自然と操魔士ソーサラーは社会インフラの一部として優遇される傾向にある。それが格差を生む一因にもなっており、操魔士ソーサラーは常人から羨望せんぼうと同時にねたみを受けることも多々あった。

「今宵の舞姫は――なんとかの有名なウェラグナ第一操魔ソーサル学術院カレッジに通う本物の院生、翠眼すいがんの美少女・S嬢! それではどうぞ‼」
 その言葉を受け、歓談用とは打って変わってダイナミックな曲調の旋律せんりつが鳴り響き、大きな拍手が沸き起こる。

 壇上だんじょうに向かう。屋内だが顔まで隠れるフードマントを着用しての登場。これも指定衣装の一部だった。

 中央に到達し、一礼。客席を見やると、そでからのぞいた印象とはまるで違う。直撃する照明の眩しさと熱さはもちろんのこと、何よりその視線の数。一階席と二階席、合わせて二百人以上は居るだろう。九割方が男性。それらが全員、こちらを見ている。自分の裸を、鑑賞するために。

 一階席は一見して粗野な者が多い。「皆、身元のしっかりした口の固い御仁ごじん」と聞いていたが、その服装や身振り手振りから、場末ばすえの酒場と大して客層が変わらないように見える。ひるがえって二階席の方は、全体的に年齢が上で落ち着いた者が多い。関係者、あるいはVIP待遇の人間なのだろう。ルドガンも護衛と共に、そのすみに居た。

 挨拶や台詞せりふは、演目を通して一切なし。そのせいもあってか、盛り上げる楽曲の音量は高い。

 フードマントを脱ぎ去り顔をさらすと、軽く歓声が上がった。脱ぎ方には「出来るだけダイナミックに」という指定があったが、特に意識せず淡々と済ませる。一挙手一投足に感情を込めたくなかったし、それを読まれたくなかった。人形のように、機械のように。今からのわずかな時間は、心を凍らせようと自分に誓った。

 あとは脱ぎながら、決められた体位をいくつか取るだけだ。そのままの姿で4ポーズ。下着姿で4ポーズ。上を脱ぎ4ポーズ。最後に下を脱ぎ、8ポーズ。大半は雑誌の水着グラビアのような構図。簡単な演目と聞いたそれらの所作しょさは、鏡を前に練習したが結構難しく、完璧に出来ている気はしない。その点に関しては、たどたどしさにも需要はあるのだろうと開き直る。

 ジャケット、シャツ、スカートを淡々と脱ぎ、周囲に脱ぎ捨てる。下着くらい、学術院カレッジの激しい戦闘訓練ではだけ、見られることなど多々ある。どうってことない。

 下着姿のポーズを消化してゆくと、その時点で観客の下卑げびた視線が目に付いた。明らかに性欲を目的としているような。ただ、機械人形の身体と氷の心を持つ今の自分には、それに対する反応など顔には出さない。出てはいないはずだ。

 つつがなく、下着姿の体位を取り終わる。ここまではいい。問題は次からだ。肌をさらす。生まれて初めての、その行為。

 ブラジャーのホックに手をかける。ぷちりという小さな音は、ストリングスの大音量でき消える。押さえつけていたものが、重力の影響を受けわずかに揺れる。胸元をブラジャーごと片手で押さえ、もう片方の手で左右の肩紐を外す。ふくらみの先端を隠したままそれを外し、床に脱ぎ捨てる。

 しばしの時を置く。らしているわけでもなく、自然とそうなった。このままきびすを返し壇上だんじょうから去る選択肢が、ほんの少しだけよぎる。だが氷の機械人形には、そんな機能は無い。
「……」

 ゆっくりと手を離し、胸をさらしたところで、腹に響くほどの大きな歓声が上がった。乳房へと集中する観衆の視線が、背筋を凍らせる。意図せず滲む汗と、それが肌を伝う感触が神経にさわる。

(どうってことない、これくらい……! どうってこと……!)
 自分に言い聞かせるように反芻はんすうする。が、そんな言葉を浮かべること自体が、心の凍結に失敗している証だ。

 ――と。二階席右隅と一階席左手前の計二箇所から、魔力の反応を感じる。ある程度の距離――自分の場合は半径100メートルほど――までなら、どのような術式が展開されているかを魔力知覚で判別することが出来る。今感じているのは。

(《視界保管ビジョンアーカイブ》――映像の記録術式⁉)
 見ると、発信源の二箇所にはそれぞれルドガンの護衛。二人がかりで別角度から、こちらの姿をその精神体に録画し続けていた。

(いや、ちょっ……と……! 録画は、しないって……約束なのに‼)
 違えた約束への抗議が浮かぶが、ふと受けた言葉を思い出す。これまでの一連で、観客側は撮影を禁じられていると言っていたが、運営側には特に言及が無かった。その事実を。

(そういう……こと……⁉)
 保管された映像は、静止画を紙に転写することも、映像を再生媒体型の魔具に複製することも出来る。
(こんなものがもし、学術院カレッジにばら撒かれでもしたら……‼)
 尊敬の眼差しを向けてくれる後輩が、高く評価してくれる教授陣が、一体どんな目で見てくるだろう。

 だが、演目を中断するわけにはいかない。今は、所作しょさに集中する。

 欲望を丸出しのにやけ面を隠そうともしない観客の中で、妙に表情の薄い人物が目に止まる。表情もさることながら、その出で立ちや容姿で一際目立っていた。小綺麗きれいな服をまとい、癖のある金髪、整った顔立ち、蒼い瞳――。
(レニ……?)

 何でこんな処に――いや、道行く女性に声を掛けるほど性欲を満たしたいなら、このような場に顔を出すのも当たり前か。
 会ったばかり、少し話しただけ。それでも見知った顔が居たことで、羞恥心が一気に跳ね上がった。
(見られ、てる……)

 ポーズを取りながら、感情がざわめく。どんな気分だろう。衝撃波で吹き飛ばされ、ランチをおごらされ、冷たくあしらわれた女が、観衆の前で裸になっている様を眺めるのは。いい気味と思うのだろうか。それとも単純に、気に入った女性の裸を鑑賞でき、嬉しいものなのだろうか。
(考えるな、考えるな……‼)

 どんどん増幅してゆく。羞恥心も、それを押さえつけようとする言葉も。

 トップレスの所作しょさを、完了する。

 ***

 脚から抜き下ろす、残された一枚。辛うじて達成する、8つの体位。うち2つは、強い指先の力を要した。この時のことは、自分でも、よく覚えていない。焼けるような頬の火照ほてりと、止まらない汗と、凍りつく背筋と、数多あまたの視線。ただ、それだけ。
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