贄の探偵 騎士団長殺害及び死体損壊事件

雪之

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第14話 ゾロへの追求

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 兄様がノックをすると、中から大きくも不機嫌そうな声が返ってきた。
 事件の対応に追われているのだろうか。
 そろそろ情報が広まっているころだから、文官の立場であるゾロは大変なのかもしれない。
 兄様が気負いなく部屋に入ると、分厚い書籍を抱えたゾロと目が合う。

「これはこれは! 調査官殿と監視官殿ではありませんか!」

 不機嫌はどこへいったのか。
 満面の笑みで揉み手をしながら近づくゾロは、初日となんら変わりがなかった。

「調査を進めるのに、ゾロ騎士長と改めてお話をしたくなりましてね」

「どうぞなんなりと! ささ、おかけになってください」

 そう言って、貴賓室よりは簡素なソファに腰掛けた。
 壁一面の本棚には、昨日よりも隙間が増えている。
 逆に床に置かれた箱は増えていて、これでは立場が逆転してしまうだろう。
 整理整頓が苦手ならば書記官などにやらせればいいのに。
 わざわざ口にするほどのものでもないから、黙って二人に意識を向けた。

「さて、お話とはどういったものですかな?
 事件解決に繋がるのならば、どんなことでもお話しいたしましょう!」

 前のめりになるゾロは、しゃがめず転がったポルクの姿と似たものを感じる。
 二人は旧知の仲らしいけれど、体格も似るものなのだろうか。
 ソファから転がり落ちやしないかと心配になっていると、兄様は穏やかに話を始めた。

「調査は途中ですが、内部犯であることがほぼ確定しました」

 兄様のはっきりとした言葉に、ゾロは表情をなくした。
 私たちに対するへりくだった笑みでも、ルーヴに向けた威圧的な目つきでもない。
 無表情の下に底知れぬものを感じたのもつかの間、ゾロは再び笑みを貼り付けた。

「理由を伺ってもよろしいですかな」

「その前に、ゾロ騎士長がお持ちの鍵を見せていただけますか」

 出鼻をくじく形の頼みに、ゾロは僅かに眉を揺らした。
 けれど断る理由もないだろう。
 胸元から取り出されたのは、重々しい扉に相応しい厳しいものだった。
 真鍮で作られているようで、私の手の平くらいの大きさはあるだろう。
 鍵先の部分は細かい細工がされていて、これだけで美術品のようだ。
 持ち手に結ばれた革紐をつまむと、兄様はわざわざ眼前に持ち上げて眺めた。

「これほど細かい作りだと、複製は不可能ですかね」

「その通りです! あの儀礼室は騎士団が設立した当初からあるものでしてな。
 当時で最高の職人の手で作られた、この世に三本しかない一級品なのです!」

 意気揚々と語るゾロを前に、兄様は小さく頷いた。
 何か考えがまとまったのだろうか。
 けれどそれを口にすることはなく、再び質問を重ねていく。

「イグナス正騎士が規則違反をしていたようですが、ご存知ですか?」

「いやはや、つい先程報告があったのですよ!
 該当者に尋問したところ、ようやく吐きおりましたわ! まことに遺憾な話ですな!」

「では、二十二時から零時まで、イグナス正騎士には現場不在証明があったということですね」

 間髪入れずの言葉に、ゾロは気難しそうに目線を下げた。
 もしかしたら……外部犯を否定された時は、イグナスを犯人に仕立て上げるつもりだったのかもしれない。
 いや、まだイグナスの疑いが晴れたわけではないけれど。

「死亡推定時刻ですが、どうして二十二時以降になったんですか?」

「目撃証言があったのです。夜勤の警備が複数、レオーネ殿の姿を見ておりました」

 そんな証言、聞いていない。
 思わずゾロを睨んだものの、視線は兄様に向けられたままだ。
 いくら紅玉に目がくらんでいても、自分の敵は分かるのだろう。
 完全に無視されていることに苛立ちを覚えながら、二人の舌戦を見ているしかなかった。

「それほどまでに警備はされているんですね。
 そんな中、外部犯が入り込む余地なんてあるんですか?」

「万全の警備を敷いているつもりですが、一瞬のすきを突かれたら分かりません。
 こればかりは不徳の致すところですな!」

 ゾロは先程の表情をかき消すかのように大きく笑い、関節の埋もれた手を組み合わせる。
 万全といいながら見逃すという支離滅裂な理論。
 一体、ゾロは何を考えているのだろうか。
 ある種の不気味さを感じ取ると、ゾロはおもむろに低い声を出した。

「調査官殿。吝かに議論を引き伸ばす理由などありますまい。
 どうして外部犯を否定するのか、そろそろ教えていただけませんかな」

 急な猫なで声に、無意識に身が震えた。
 けれど兄様は穏やかな笑みを絶やすことなく、同じく声色のまま言った。

「ゾロ騎士長が頑なに外部犯を推す理由。それはこちらの荷物と関係がありますか?」

 唐突な質問に、部屋の中を見回した。
 隙間ばかりの本棚と、床に積み重なるいくつもの木箱。
 そういえば、この部屋には美術品はないのだろうか。
 壁に打たれた釘の周りには、飾られていたであろう日焼けの跡があるというのに。
 その言葉に対し、だぶついた目蓋の下で小さな瞳がぎょろりと動く。
 兄様を警戒しているのだろうか。
 ただの文官にしか見えなくても、騎士は騎士なのだ。
 紅玉のブローチ以外は何も持たない丸腰の私たちなど、なんなく害せることだろう。
 剣が離れた壁に立て掛けてあることを確認しながら、少しだけ兄様に身を寄せた。

「……はて、なんのことやら」

「タレイア医師から、検死は遺体発見から半日後に行ったと聞きました。
 そこまで遅れた理由を教えてもらっても?」

「諸々の対応に追われていましてな。それだけですよ」

「検死結果を曖昧にしたかったから。違いますか?」

 その言葉に、ゾロは前髪で隠れた兄様の目を睨みつけた。
 騎士団の責任者であるゾロが、正確な検死をさせたくなかっただなんて。
 ありえない発言だというのに、ゾロは即座に反論する気はないらしい。
 兄様は口調を変えることなく続けた。

「組織の二番手であるブルアン副団長が不在の中、無闇に問題を大きくしたくなかった。
 少なくとも、自分が管理している人員による犯罪にはしたくなかったんじゃないですか」

 それがどんな意味を持つのか。
 私にとってまるで分からない謎はそのままに、兄様は一転、話題をもとに戻した。

「調査の結果、犯人は内部犯としか思えません」

 そして兄様は、そう断定した理由を一つずつ説明する。
 儀礼室の施錠にはレオーネの鍵が使われたこと。
 死後の遺体には過剰すぎる損壊があったこと。
 控え室の暖炉で事後工作に使った木槌が燃やされていたこと。
 鐘を鳴らしたのは犯行時間の誤認のためだということ。
 一つずつ挙げていけば、部外者による行きあたりばったりの犯行とは思えないだろう。
 さすがに否定することができないのか、ゾロは黙ったままだ。

「いくら外部からは隠せたとしても、組織内での責任は逃れられないでしょう。
 そしてその責任は、ゾロ騎士長の将来にとって非常に都合の悪いことなんじゃないですか?」

 将来……?
 突然湧いた話に、つい首を傾げてしまう。
 けれどゾロは深いため息をつき、白くなった手を大きく広げた。

「……そこまで分かっておいででしたら、隠すことはありますまい」

 敵意や警戒心は一気に霧散し、見慣れたへりくだるような態度に戻った。
 観念したということなのだろうか。
 理由の分からない転身に驚いていると、ゾロは私を見て小さく笑った。

「お二方もお聞きになったのではないですか? わたくしが、ことなかれ主義の古狸と呼ばれていることを」

 イグナスがそんなことを言っていたか。
 かといって頷くことなど出来ず、気まずい気持ちで視線をそらす。
 なのにゾロはまるで気にしていない様子で続ける。

「間違っておらんのです。わたくしにとって、騎士団がどうなろうと、どうでもいいことですからな」

 とんでもない発言に、思わず腰を浮かせそうになった。
 こんなの、組織の上層部の言葉ではない。
 それでも兄様はまるで驚く様子もなく、ソファに背を埋めるゾロを見ていた。

「前々から、王宮のほうから移籍の打診を受けていたのですよ。
 だというのに、レオーネ殿に邪魔をされておりましてな。
 自分ができない仕事を押し付けるために、部下の幸福を妨害するとは……なんとも嘆かわしい」

「騎士団から王宮とは……珍しいですね」

「幸いなことに貴族的な縁がありましてな。
 ここよりかなりの高待遇を約束されているのです。逃す手はありますまい」

 捩れるように口角が上がり、頬の肉が歪に盛り上がる。
 なんて醜悪な表情か。
 権力に向ける強かさは、もはや嫌悪にまで発展してしまう。
 こんな男が王宮に招かれるだなんて、担当者の目はどれほど節穴なのだろう。
 もしかしたら、私たちが申告すれば移籍に影響するのではないだろうか。
 一瞬思ったけれど、今ここで考えるべきなのは事件のことだけだ。
 残り二日の猶予を内心で与えていると、ゾロはまた別の笑みを浮かべた。

「しかし……レオーネ殿の胸の勲章。あれほどまでに血に塗れ、形をなくしていては。
 褒章が壊れたことで、ようやくわたくしの苦しみは終わるのです」

 権力にしがみつく醜悪さが、疲弊した哀愁に替わる。
 勲章は権力の証。
 レオーネの胸を飾る色とりどりの勲章は、ゾロにとって相当な重しになっていたのだろう。
 あくまで私欲のための行動かと思ったが、口に出さない苦悩はあったのかもしれない。
 今の言動だけで嫌悪するのは、時期尚早だったのだろうか。

「ということで、早急に当たり障りなく解決し、ここを去りたいのですよ。
 騎士団の内部に殺人犯が居るとなれば、それこそ責任問題です。
 真相などどうでもいい!
 適当に外部犯をでっち上げでもして、調査官殿の認証がいただければそれでいいのですよ」

 やっぱり同情の余地はない。
 枷を外すためだけに兄様を利用しようだなんて!
 眼帯で隠れていないほうの目で睨みつけても、ゾロが気にすることはない。
 そして兄様もまるで態度を変えず、ゆったりと身体を前に傾けた。

「ここまで言っていただけたのだからもういいでしょう。
 ゾロ騎士長は、レオーネ団長の不在についてご存知でしたか?」

「今だから申し上げますが、聞いておりましたよ。朝まで外出すると。
 しかし敷地内に居たのですから、嘘をつかれたようですな。
 大方、やましい予定でもあったのではないですか」

「例えば?」

「これは内密にお願いしたいのですが……」

 そう言いつつも、口に出すのを喜んでいるようにも見える。
 ルーヴと違ってゴシップが大好物なのだろう。
 強い権力の中で生きてきた文官のゾロにとって、何よりも強い武器だったに違いない。

「レオーネ殿は、タレイア殿と長く関係を持っていたようです。いわゆる、愛人というやつですな」

 その告発に、鼻の奥に強い香水の匂いが蘇ってきた。
 まるで娼婦のようなあの医師が、最高権力者とただならぬ関係だった。
 違和感など一切ない、すぐさま頷ける話だ。
 けれど、ここでその話をするということは、容疑をタレイアに向けることに他ならない。
 ゾロにとって、彼女も利用するだけの人間なのだろう。
 強かにもほどがある言動に、兄様は小さく苦笑を漏らした。

「王宮への移籍、向いていると思いますよ」

「これはありがたい。調査官殿のお墨付きをいただけるとは心強いですな!」

 満面の笑みに送り出され、私たちは次なる容疑者の元へと向かった。
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