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あなたに出逢うための25
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あたしは平塚麗三、53才。息子の葉也途は奨学金を使い自力で、関西の大学へ進学した。母子は東京~京都と遠く離れ暮らしている。
そう、あたしはシングル、今はね。でも……これまで結婚は……?
聴いたら驚くわよ?
25回してんの! えへへ。なんかさ、噂によると世界一結婚回数の多い女性は23回って有名な本に載ってるらしいよ! あたしのほうが……なんというか、自慢になるかどうかは置いといて、多いじゃない? でもめんどくさいからそういう本の会社に連絡なんかしないわ。
「あ、おはようございます、ララさん」「おはよ! 佐藤君」
今日も『夢と黒猫』の一日が始まる。
麗三の源氏名は『ララ』だ。『夢と黒猫』はちょっぴりセクシーなお店だ。
彼女は途中ブランクがありながらも、正味この道20年以上のベテラン蝶々だ。
若いボーイの佐藤君がテーブルを拭いている。モップ掛けは終わったらしい。
「おっはよ~ララ姐さん」「おはよう、里菜ちゃん、いつも早いね! あたしが一番だって思ってくるのに、必ず里菜ちゃんが居るんだもん、キャハ♪」肩にかかっている長い黒髪をくるんサラッと払いながら笑顔のララ。「うん、ララ姐さん、あたし心配性なの。遅刻しちゃいけないっ! と思ってお店が始まる2時間前には入ってんの」「え! そうだったの~! スゴ!」時計を見るララ。時計の針は11時をさそうとしている。「じゃあ10時に?」「そうよ、ララ姐さん」「キャハハハハ!」なにかと笑い姦しい蝶々たち。
「ああ、ララ姐さん」「なぁに?」「ララ姐さんのお客さん、もう外で待ってるのよ!」「え~、早い~」
お客様はもちろんお店の玄関から入られるが、女の子達は裏のドアから出入りする。
この道でベテランだが、ララが『夢と黒猫』で働き始めてからはまだ3年だ。
直近の離婚が約3年前だった。その結婚生活はわずか一週間で幕を閉じた。結婚するまでのお付き合いはなんと、たったの一カ月。そりゃぁわかんなかったよね、いわゆる……マザコンの男性だったなんて…びっくりしちゃった。
息子の葉也途は大変明るくちょっぴりドライでユーモアがあり、タフな子に育った。
色々あったのにな~。
本当に母・麗三は息子に対して感謝の思いが溢れてやまない。独身の時期は、麗三が働き通しでさみしかっただろうに。葉也途は学校や学童の先生、小さな頃は保育所の先生、また民間のお手伝いさんにも
とてもかわいがってもらったのだ。
麗三がこれまで一緒になった元夫は、真面目なサラリーマンもいれば、パチンコばかり行ってよそに女を作るようなダメンズもいた。どちらかと言えばダメンズ界隈が多かった。だからこんなに離婚したのよ。
ま、懲りずに何度もよく結婚したね、と返ってきそうだが…… 麗三は好きになると直情型。いつも一緒に居なきゃヤダ! というカンジなのだ。
25回の結婚のうち、プロポーズしてきた男性は葉也途の父親だけだった。が、彼は麗三の妊娠を知ると行方知れずになってしまい、葉也途が生まれた時に彼のそばに居たのは既に義理の父親だった。
が、その葉也途にとって一番最初のパパは、わずか一カ月の家族生活の末、家出をしどこかへ消えてしまった。
読者のみなさんはついて来れているの?
とは麗三。はい、どうかついて来てください。
「おはようございま~す」女の子の待機室に安湖ちゃんが入ってきた。大阪出身で関西訛りのあるキュートな安湖ちゃんだ。「おはよ!」声を揃えてララと里菜。
12時~ のお昼の部は女の子がララを含め5人だ。待機室は共有でいつも賑やか。みんな仲良しだ。
開店30分前だ。十木恵ちゃんと遥ちゃんはのんびり屋出勤。たま~に、昔風に言えば社長出勤をし店長からお目玉を食らっている。でも、二人は支度が早く、あっという間にロッカールームから衣装に着替え出てくる。
今日のララの衣装は、濃いめのパープルに羽のついたお色気たっぷりのもの。女の子たちは皆、自前でミュールを持ってくる。ララはショッキングピンクのハイヒールだ。ネイルはサロンへは行かず、好きだから自分で施す。今日は深紅をベースにシルバーとゴールドでリボン型のラメを散らしている。
「ララ姐さん、いつも可愛い!」と遥ちゃん。「サンキュ!」「ララ姐さんてさ、絶対ウソついてるよね?」イタズラな笑みを浮かべキャッキャと安湖ちゃん。「53才とかありえへんもん、ウチより年下やろ?」安湖ちゃんは35才だ。「あたしは正直ものですよ~」とララ。みな実に美味しそうにタバコを吸う。ララは10年前にタバコもお酒も辞めた。
14回目の結婚の後だ。14人目の夫が超ヘビースモーカーの大酒飲み、それに嫌気がさしてしまったのだ。
騒々しいほどに華やかな待機室にボーイのリーダー名木さんが現れた。
「ララさん、今日店に数名のお客様からお電話いただいていますよ。『この間のララちゃんっていう子、今日いるの?』って、忙しくなりそうです! よろしくね!」「ハ~イ♪」
ララはお店で一番年上の嬢だが、売り上げナンバーワンだ。「ララ姐さん、さっすがー」と里菜ちゃん。十木恵ちゃんも「いいないいな~」と盛り上がる。
そうこうしていると開店10分前。爆音で派手でキラキラした音楽が流れ始めた。店内の営業中はいつもこうだ。
(よ~し、今日も5時間がんばる~)ララは17時までの勤務だ。
「いらっしゃいませ~」まずは開店前からララの接客を楽しみに外で待っていたララのお得意様がいらした。
「ララさん、お願いします」とボーイの戸田さん。「はい!」「ララさん、いってらっしゃ~い」
「うん、今日もみんながんばろ」「エイエイオ~!」ハイタッチし合う嬢たち。
またすぐに戸田さんが顔をのぞかせた。「遥さん、ご新規さんがご指名です、よろしく!」「はい♪」
『夢と黒猫』は雑誌の取材も来たことがある人気店だ。女の子たちがボーッと待機している時間はあんまりない。
「フ~……疲れた~」ロッカールームで私服に着替えつつララ。「お疲れさまです!」お昼の部最後のお客様をお見送りした安湖ちゃんがロッカールームに入って来た。「おつかれ~」そして十木恵ちゃんと遥ちゃんはいつも二人そろって帰るのが一番早い。たまに社長出勤するふたりが…… 二人はプライベートでも友達付き合いをしていて、よくごはんを食べに行く。
ララは水商売20年だが、そういったことが一度もない。あくまで仕事仲間。プライベートまで仕事の延長、という空気を感じちゃいそうで、そういうのが好きじゃない。
それに……恋人のなおちゃんにはやく逢いたい。
きのう電話で珍しく、なおちゃんのほうから『明日は仕事が終わったら、麗三(プライベートではもちろん『ララ』の仮面を脱ぎ『麗三』です)のお家に行くよ!』と言ってくれたのだ。
『なおちゃん』こと『元山直季』50才はチェーン店のカフェ『菫の歌』で店長をしている。
ちなみに彼は25回も結婚していない。彼は1度の離婚経験者で、19才の娘である早季ちゃんと二人暮らしだ。
麗三となおちゃんの交際は、なおちゃんの家族や友人には秘密にしている。もう19才だが、娘ちゃんの気持ちを考えなおちゃんは、内緒にしておきたいと言う。
なおちゃんの言っていることが痛いほどわかる麗三。
麗三の両親は、麗三が幼いころ別れている。のちに、母親が(今後、自分の身に何かあったらいけない)と考え、麗三が中学1年生の時に父親に再会させてくれた。
数日間父子で仲睦まじく過ごしていた。ある日父親が「パパの友だちが経営しているレストランへ連れて行ってやるよ!」と言った。「ハンバーグが旨いんだぞ~」と言って。
するとお世辞にも美人とは呼べない中年女性がママさんだった。ハンバーグはとっても美味だった。そして帰りの車の中でパパが言った。「パパね、あのおばさんと付き合ってんの!」「え!」
衝撃だった…… そして翌日、麗三は涙が出そうになるぐらいヤキモチを焼いた。
だって……「植物園へ遊びに行こう!」となった時なんと、そのおばさんがついて来たのだ。(うっわ、最悪。久々の父と子の再会でこれですか)と中1の麗三は呆れたし不快だったのだ……。仲良しの娘が父を想う心持ち、独り占めしたいような気持ちを、麗三はよく知っているのだ。
麗三へと変身のララはいつもよりさっさと着替え胸躍らせている。
*
なおちゃんとは、推しのインディーズバンドが同じで、初めはネットサークルの友人という間柄だった。
そのうち、ロックバンド『イワシの煮込みうどん』のLIVEをサークルメンバーで観戦することとなり、リアルでなおちゃんに出逢ったのだ。
出逢った途端……ふたりは恋に堕ちた。
初めての『イワシの煮込みうどん』ステージのあと、みんなで居酒屋へ飲みに行った。麗三は呑めないけど、そういった場は好きだ。
オレンジジュースを頼んだ。座敷席になおちゃんと麗三を含め6人の仲間がいた。
パッとみて、なおちゃんを好きになってしまいモジモジしていた。
なおちゃんもなんだか恥ずかしそうにずっとこちらを見ていた。
「座ろ」と見つめ合っていたなおちゃんが隣に座った。
なおちゃんもあたしを気に入ったんだ、と麗三はすぐにわかった。
「オレはさ、ドラムの狂矢さんがやっぱ好きなんだよな! 麗美ちゃんは?」「あ……」相変わらずテーブルについてもモジモジしている麗三に、なおちゃんが優しく話しかけてきてくれた。
「あ、あたしは! ボーカルの歌喜さんのデス声がクールだと思うよっ」「そうなんだー! あ、麗三ちゃん、お酒じゃないんだ」「うん。あたしずっと前にアルコール辞めたのよ、タバコもね!」「そっか。オレ、タバコ吸うよ。席変わんなくて大丈夫かな?」
(いや! ぜったい、お隣がいい! そばにいてっ)「ううん、大丈夫だよ」ニコッ。
麗三が微笑むと心なしか、なおちゃんの頬が紅くなったように見えた。
そのあとも、ふたりの話は盛り上がる。
「オレね『はなむけの鼻剥け』聴いて、『イワシの煮込みうどん』の大ファンになっちゃったの!」「キャハハハ! ほんとふざけてるのよね! 題名とか歌詞がさ、でも演奏はバリバリ上手いし、超重いハードコアでカッコいいバンドだよね!」「うんうん」
……するとサークルの多田さんという男性がチャチャを入れてきた。
「オ? 仲良いね~。二人デキてんじゃないの? アハハハハハ」みんな嬉しそうに笑う。あたしは真っ赤になってしまった。
「あれ~、麗三ちゃん、オレンジジュースでお顔紅くなる?」だなんて同じくサークルの真里子さん。
(キャー、恥ずかしい……)心臓バクバク。
チラッ。隣のなおちゃんを見ると、気にせずモグモグ枝豆を食べてる。な~んだ片想いかな……でもでも、なにやら運命を感じてならない麗三。
居酒屋の箸袋に自分の携帯番号をこっそりメモし、大胆にもなおちゃんの……ズボンのポッケに滑り込ませた。「プッ!!」その瞬間びっくりしたなおちゃんは、口から1粒枝豆を吹いた。
(なにっ?)て感じでこっちを見たからウインクした。なおちゃんは(これは極秘だよのサインだな)と飲みこんだらしく、いきなり太ももにチャーミングな女性の手が伸びてきた件について、みんなになにか言うような野暮はしなかった。
その翌日の夜、なおちゃんが麗三に電話を掛けた。
『麗三ちゃ~ん、すんごくオレ、驚いちゃったんですけど』と冗談ぽく電話口から聴こえてくる。「ンフフ……お電話ありがとう」『ン。なんか、照れるね……』「うん……あたし、あたし、ね、もしなおちゃんさえよかったら、ふたりきりでお食事したいな……って、おもったんです」『え!?』なおちゃん、なんだか嬉しそう。
ロングヘアーの先を指に巻きつけ、ちょっぴり沈黙を楽しんでみる麗三。ドキドキ……ドキドキ……
『も、もちろん良いよ! あ、オレ、素敵なレストラン知ってるの。ごちそう…させてくれるかい?』「え、あたしから誘っているのに、良いの? なおちゃん」『もちろん。レディに誘われた事の喜びをお返しさせて、ネ!』「ありがとー」
そうしてふたりは初めてデートしたのだった。
麗三は、あの時のなおちゃんとのことを今でもよく憶えている。
ふたりは麗三の自宅の最寄り駅で待ち合わせた。なおちゃんが車で迎えにきてくれていた。朝の10時。その日は土曜日だった。なおちゃんの休みは(土)(日)(祝)だと言う。麗三は祝日はお仕事だが、(土)(日)はナオちゃんと一緒で、お店から毎週休みをもらっている。その働き方は、息子である葉也途のためにこれまでそうしてきた癖が抜けないから、そんな感じだ。
無論『夢と黒猫』にしてみれば、看板娘である『ララ』を(土)(日)なんて休ませたくないのだが、そこはナンバーワンの強みで我儘を聴いてもらっている。
カッコいい乗用車に乗り込むとなおちゃんは「お待たせ♪ところで麗三ちゃん、ハラペコかい?」と訊く。「ううん、まだそんなに」するとなおちゃん「そか、ちょうど良かった。海、見に行こうよ!」キャー! うれしすぎる!!「わ~い! あたし、海を見るのがすごぉく好きなのよ」「ほんとう、嬉しいな。じゃいこ」「はい!」
11月の海……オフシーズンの海は静かで、良い。
それでもサーフボードを抱えた人が遠くに二人見えた。犬の散歩をする女性。砂山を作って遊ぶボク。ボクを見守るママ。
「水平線……って、まっすぐだね」
目映い光の中で目を細め麗三が言った。「当たり前なんだけどさ、なんて真っ直ぐ……」しばし波風に身を任せる麗三。
「うん……麗三ちゃんみたい」
「え」
「麗三ちゃんは、まっすぐな心だね」
(キャ! どうしよう、ロマンチックで……あん! 嬉しいっ!!)
ギュッ!
……なおちゃんが、大きな手で優しく腰に手を回してきた。
麗三は、目を閉じて、右側に居るなおちゃんに、静かにもたれかかった。
「麗三……」名前を呼び捨てで呼ばれ、なおちゃんの瞳をみた。
「あたし……」
「うん。オレも、ずっと前から、いっしょの気持ち」
(えっ?!)
「スキ……だよ、麗三」
「うん。あたしの気持ち、わかってたの?」
「うん。みんなでLIVEに行った時にオレ……麗三のこと余計に好きになった。実は、リアルで出逢う前から好きだったんだ。だから、オレのほうが先に惚れちゃってたね、きっと」ニコッ。
照れてなにも言えない。でも……こんなに黙っていることが心地よい。
こんな気分初めてだな。
謂わば百戦錬磨の麗三。25回も結婚をした麗三が、なおちゃんの前ではまるで少女だ。
波音に抱かれながら互いを包み込むふたり。「愛しています、なおちゃん……」
「麗三、好きだよ……」
そうしてふたりの唇は、おひさまの転がる雫のもと重なった。
しばらくするとふたりは海岸を少し歩いた。そして再び車に乗った。
「おなかすいた~!」ガクー! ちょいウケているなおちゃん。さっきのいま~?! って!
無邪気に漏らす麗三は、清楚なのか天然なのか、悪女なのか(?)キャラがよくつかめない女性だ……。全部かな。
「うん、じゃレストラン目指すね!」とカッコいいナオちゃん。そう、なおちゃんは見た目もセクシーで素敵なのである。モテそうだな、と前から麗三はおもっていた。
レストランに着くと、お店はなおちゃんの行きつけらしく「マスター、お任せで」とだけなおちゃんが言うと、シェフが「ハイヨ!」と答えていた。
次々と運ばれてくるお料理はどれも見目麗しい。サラダのドレッシングのかけ方ひとつとっても芸術作品みたいだ。
「おいしいっ!」……と言うまで時間がかかった。おいし過ぎて。感動のあまり。そしていつもの倍以上に咀嚼したから!
「あは! 喜んでもらえて嬉しいよ、麗三。ところで麗三ってどんなお仕事してるの? これまで聴いたことなかったね!」
あ……どうしよう、蝶々だなんて、ひかれちゃうかも、愛しのなおちゃんに……
でも麗三は、バカがつくほど正直なのだ。それに、それで嫌われるならそれまでのご縁と諦める。いさぎよい女だ。
「ン……と、なおちゃんをびっくりさせちゃうかも、でもそのまま言うね。あたし、夜の蝶ならぬ昼の蝶なの。12時~ の専属なんだ」腹をくくり打ち明けたものの、フラれたらどうしようとなんだか、悲しい気分になりうつむく麗三。
「そうなんだ! うん……確かに、びっくりしちゃった。でもさ、麗三は朗らかで明るいから人気者だろうね!」
少々取り繕う感が否めないように見えるなおちゃん。
「オレはね、チェーン店のカフェの店長だよ」「わ! 店長さんなの? なおちゃん、頼りがいがあるものね。なおちゃんこそ、女の子たちにモテそう!」「ううん、冴えない奴さ、オレは」サラリと言うなおちゃん。
ギュ! 向かい合わせに座っていたなおちゃんの、テーブルに置かれていた小指を握った。
「そんな事ない、なおちゃん……一緒に居るとときめきます」頬を染め、はにかみながら告げる麗三。
「ありがと。そんなこと云ってくれるの麗三だけさ」
そうして、またまた素直に自分の過去を話し、麗三はなおちゃんを驚かせた。
「に……25回も、結婚を!?」「うん、そうなの」固まったなおちゃんの表情を見た時麗美は
(しまった~、ファーストデートで話すようなことじゃなかったよね!)と後悔。
ところがなおちゃんは、麗三の予想を裏切ってくれた。
「アハハハハハハハ!」
目が点になる麗三。
「ごめん、ごめん、笑ったりして。オレの負けだ。オレは1回だけ、ね。……もちろん今はフリー、ン、じゃないぞ! 麗三だけだよ」
「あ……」幸せで言葉を失う麗三。
ふたりのファーストデートはめちゃくちゃぶっちゃけたが、とってもハッピーなものだった。いきなりチューしちゃったし♡
*
さて、電車乗って帰る~。あ、里菜ちゃんがホールで若手ボーイの佐藤君とまた話し込んでる! ぜったいあの二人怪しいわ。ラブなムードまき散らしちゃってるもの!
そんなことを思いながら「お先に失礼しま~す」とララ。「あ、ララ姐さん、お疲れさまです!」「ララさん、お疲れさまでした」二人に見送られ裏口のドアをガチャリ。
(10月になったのに、夕暮れでも暑いな~。あ、帰りスーパーでノンアルとおつまみ買わなくっちゃ! なおちゃんとあたしの)
麗三はなおちゃんと過ごす時だけノンアルを飲む。時々はアルコール入りのビールの時も。なおちゃんは車なのでいつもノンアル。それとコーヒーはモカ。挽いた豆を常備しているのでドリップする。
今年で交際3年の麗三となおちゃんは、今でもアツアツ。身も心も強く結ばれている。
なおちゃんは麗三の仕事について『オレと出逢う前から麗三ががんばってきたことだから』と麗三の意向を尊重してくれている。ただ、危険な目に遭いはしないかと心配は否めないらしく『ベテランだろうけど充分注意するように』といつも言ってくれる。
きのう電話で『7時半ごろ到着するよ』って言ってたな、なおちゃん。麗三は6時20分に帰宅すると急いでシャワーを浴びてお化粧も落とした。お家デートの時はスッピンのことが多い。麗三は色白で唇がもともと赤っぽく、それでいて瑞々しいので、ノーメイクの自分の顔も気に入っている。
♪ピンポ~ン…… 7時過ぎ、玄関チャイムが鳴った。
「ハ~イ」パタパタパタ……玄関へ駈けてゆき、覗き穴を除くと、スマートな紳士が立っている。
ガチャリ。
「なおちゃ~ん」「麗三!」麗三の頭をポンポンとするなおちゃん。なおちゃん、まるでパパみたい。
にしても、なおちゃんのお顔に疲れが滲んでいる。 「大丈夫? なおちゃん、少し顔色悪いよ?」
「うん、今日はメチャクチャ忙しくてさ、くたびれたよ~。」
手を繋いでふたりはキッチンへ。
ギュ!
キッチンまで行くと、麗三を思いきり抱き締めるなおちゃん。
「カンパーイ!」ふたりはノンアルの缶をかかげた。ゴクリ。お~ぃしー!
そうしていつも一緒にオフロに入る麗三となおちゃん。とっても仲良しだ。
オフロを上がり、麗三の淹れたコーヒーでひと息。おしゃべりに花が咲く。
「麗三はほんとうに、コーヒーを淹れるのが上手だね、うちで雇いたいぐらいだよ」
「うふふ、そう? ありがと、なおちゃん。……あ、早季ちゃんは元気にしてる?」
「ああ、元気だよ。今夜は帰りが遅くなるって言ってあるよ」
「そか。早季ちゃん、学校楽しくやってるかな?」
なおちゃんの娘である早季はファッション関係の専門学校生だ。「うん、旨くやってると思うよ。麗三、葉也途君はどうなの? がんばってる?」「うん! バイト2つ掛け持ちして授業でしょ。忙しそうで、話す間がないみたいだけど、たまにLINEの返事がくるよ」「ま、男の子だからそんな感じだろうね~、葉也途君、彼女もいるもんね?」「そうだね。可愛い、優しい彼女ちゃんだから安心してるよ」
息子は京都と熊本で目下遠距離恋愛中だ。
ああー、なおちゃんといると落ち着くなぁ~。ほんとうこんな心地よさ初めてなのよね。
あたし、なおちゃんのお嫁さんになりたいな……。
26回目の結婚になるけど、なおちゃんとなら結婚生活が3日で終わるなんてありえないわ(そう。麗三の最短記録は3日で離婚、だ)
一生、いいえ永遠だわ。あたし…… このひとを探してたんだなぁ。
なおちゃんに出逢うために25回も結婚したんだわ。
たまぁに思う。なおちゃんの元奥さんってどんな人だったんだろうって…… でも、手に負えないほどヤキモチ焼きの麗三なのだ、実は。そんな自身を知っているから、一切そういった話には触れないようにしているし、なおちゃんも麗三の性分をよくわかっているから決して話さない。
「なおちゃん……」
「麗三……」
熱い瞳で愛で合うふたり。今夜も情熱的に愛し合った。
「あ、もう11時? オレ明日早出なんだよ、麗三……」ナデナデ。ン~なおちゃんゴロゴロ。名残惜しいけれど……
「うん、なおちゃん帰らなきゃね」とってもとっても名残惜しい。
それはなおちゃんも同じ。
「麗三、またくるからね。待っててね!」「はい……」
玄関で訊く。「ネェ、なおちゃん、あたしを愛してるぅ?」……そんなの、わかりきってても、聴きたいよ。
「愛してるよ、麗三」ギュギュ! 今日いちばんの力。ちょっぴり痛いぐらいのなおちゃんの抱きしめ方。
大好き。あたし、なおちゃんがとてもスキ。
「運転気を付けてね」「うん。麗三、戸締まりちゃんとしてね」「はい」
なおちゃんが去ったあとも、身体中を包み込む幸せがまとわりついて離れない。
*
「おはようございま~す、店長!」「あ、おはよ、ララちゃん。……今日もさ、ララちゃんを待ってるお客様が2名居ますよ外に」オープン1時間前だ。驚いちゃうが感謝! ありがたいな~と思う。
「あ、おはよう、十木恵ちゃん。珍しい、今日は早いのね!」「はい、ララ姐さん。あたしねぼけてて、なんか時計を見間違えて早く出発しちゃったの……」しょんぼりしている十木恵ちゃん。お茶目で可愛い! 普通なら遅刻じゃないんだから、落ち込む事じゃないのにね、ほんと可愛いんだから! ウフフ。
そうしていつものように里菜ちゃん、遥ちゃん、安湖ちゃんも出勤し、女の子勢ぞろいだ。
『夢と黒猫』が今日もオープンした。
外で待っていらした二名のお客様の内のお一人様から接客だ。そのお客様はいつもだが、今日も延長して下さった。サービスが終わりお見送りする。
「ありがとうございました!」一度おトイレや洗面所へ行き待機室へ戻るララ。
「ねぇ、ララ姐さん、ララ姐さんってすごいですね! 毎日指名のお客様がたくさんいらっしゃる。お客様を惹き付けるコツって何かあるんですか……」と里菜ちゃん。「ン~、そうねー」考えるのも束の間、ボーイの戸田さんが顔をのぞかせた。「ララさん、ご指名新規のお客さまです。お願いします!」「ハイ! 里菜ちゃん、またあとでね」話の途中だった里菜ちゃんにひと言告げ、お客様の待つブースへ行くララ。
「いらっしゃいませ」
……(ハッ!……)
「久しぶり~、ララちゃん! 探したよ~。前のお店突然辞めちゃってさ、僕スンゴクさみしかたの、ララちゃんに逢いたくてたまらなかったんだ!!」
そのお客様は、ララが働いていた前の店で、熱烈なララのファンで有名だった人だ。
しかし……ララが前回お店を辞めたきっかけはこの人、高梨さんであった。60代の男性だ。
なんとララは彼に結婚を申し込まれたのだ。薄暗い店内でよく見えなかったゆえ、彼はあるものをスマホのライトをかざしてララに見せた。
それは高梨さんの戸籍謄本だった。
その時「それと……ララちゃん、このお手紙、帰ったら読んで欲しいな」と封筒と戸籍謄本とを共に強引に手渡された。ララはゾッとした。
確かに嬢に本気で恋をしてしまう男性は居ることだろう。それはなんら責められるような事ではない。
が、しかし高梨さんの場合「本気」を証明する「行動」に出た上、プロポーズだ。
帰宅しララが目の当たりにした手紙には……こんな事が書かれていた。
『 ああ、愛おしい、素敵な僕ちんのララ姫よ! 僕という王子と一緒になるさだめだ。分かるね? ララちゃん。
僕は〇〇会社(誰もが知っている大企業)の上層部の人間だ。ララちゃんの面倒を生涯に渡ってみ続けるよ。
ララちゃんは僕のものだ! だから、あんなお店に居てはいけない。お姫様はお城でおとなしく僕ちんの帰りを待つのが最高の暮らし方だ。僕ちんの月給は少ない時で300万円だよ、多い時で1000万さ。
お金、欲しいでしょ。何でも買ってあげるよ。ララちゃん、だから僕ちんの言うことをききなさい。お店を辞めるまで僕ちんは通い続けるからね。お金は捨てるほどあるんだ。どうだい? 素敵だろう。ララちゃんもお金を捨ててみたいだろう?
僕ちんにはお手伝いさんがいるから、家事なんてなーんにもしなくていいんだよ。ララちゃんの白魚のような手を汚す訳には行かないからね。僕ちんが守り通してあげるよ。
結婚しようね。
ハネムーンは何処が良いかい? ララ姫の好きな国へ連れて行ってあげるよ。
毎晩一緒にネンネしようね。僕ちん、優しいよ? さあ…
返事をしておくれ。
僕ちんの可愛いベイビー。
愛を込めて僕ちんのララ姫ちゃまへ! 』
ララは不気味に思った。が、性格的に生真面目な所のある彼女は、こういうのをテキトーにいなせない。まぁしかし、ここまで来るとどんな嬢でも恐ろしがる事だろう。軽々しくいなせやしないだろう。
手紙を読んだあくる日、当時のお店の店長にすぐに相談した。
「あたしから嫌だとはっきり言うのは難しいので、店長からそういった行為はやめるように、高梨さんに話してく下さい」とお願いしたのだ。
しかしその店長は、悪い意味でええ加減……。「なに、それぐらい! 嬢として、そこまで惚れられてるんだから喜ばなきゃ」だなんて返して来た。
ララは無理! と思い「店長、今すぐあたしお店辞めます!」と言い残し、お店を去ったのだった。
その問題となった高梨さんが、どうやって嗅ぎ付けたのかララの目の前に再び現れた。
「本当に久しぶり~、ララちゃん。相変わらず綺麗だね~。僕はどう? どんな感じ?」
ゲ! ゲゲゲ! ……し、しかしお仕事だ。
「あ、高梨さん、いつも素敵でいらっしゃいますね!」ララは、頑張ってねちっこいお客様のおしゃべりに付き合った。
「ララちゃんさ~、突然前のお店、辞めちゃったでしょ。も~僕ちゃん、あれからというもの抜け殻になっちゃってたの。死んでるみたいに生きてた。僕ちんにとったらララちゃんがすべてだからね!!」
「あ、ありがとうございます」さすがの高梨さんも、プロポーズは諦めてくれたのか、例の手紙や戸籍謄本の話などはして来なかった。
けれど、その日高梨さんは3回も延長をされた。ララは泣きそうだった。申し訳ないけど気色悪い。
あたしを探し当てて、ここまで追いかけて来るなんて……。
「ララちゃんは素晴らしいね~、きっとここでも人気ナンバーワンだろう?」
「あ、はい、お陰様で。」
「これからはね、僕が延長延長延長! ってね、僕専属になれば良いよ! ふふふ。社長の僕ちゃんの特権さ。好きに時間もお金も使えちゃうの!」
「ハ……ィ」
「かっわいいな~……ララちゃんはちょっぴり影があるところが魅力的だよ」
(ハ、あたし他のお客様の前では太陽のように明るいんですけど)
「相変わらずお酒は飲まないのかい?」
「ええ、ずっと飲んでいません」
「そ――――ぅゆうところも、とっても清楚で素敵なの! 僕ちゃん好みなの!」
時間が来て、一度ブースを離れる。
「お客様、延長だそうです」
その時店長がララを気にした。「ああ、あのお客様が初めから『ララちゃんをギリギリまで延長よろしく』と言われているけど……ララちゃん? 体調良くないの? 無理しちゃだめだよ? 大丈夫?」「あ、はい、店長、大丈夫です」
(うっわあ――――――! マジ? 高梨さん、あたしの上がり直前までいる気だ……仕事仕事! お・し・ご・と!)懸命に自身に言い聞かせるララ。
ララは再び高梨さんが待つブースに戻った。
「待ったよ~! ララちゃん! 10年待った気分だよぉ僕ちゃん! 僕ちんだけのララちゃん! 誰にも渡さないぞ!! 可愛いララちゃん! ン~、香水変えてないんだね。甘いムスクの香りだ」
(ヤダ! この人、あたしが少しだけ付けるトワレの匂いまで憶えてる。ォエ~……)
「僕ちゃんね、お船を買ったんだよ、ララちゃん。ララちゃん海は好きかい?」
「……ぁ、はい」
「僕ちゃんのお船にね、乗せてあげたいなー。ララのお姫様を。爽快だよ~! アッハハハ!!」
高梨さんはお酒が好きでガンガン飲む。そして酔いが回ってくるとえげつない言葉が増える。
お金持ちなんだろうけど、品のない人だなと感じ、ララは心底高梨さんが嫌いだ。
「ありがとうございました」
やっとこのオヤジをこの場から追い出せる。正直言ってそんな気分だ。
嫌々腕を組み、作り笑いで玄関までお見送りする。その時だ……。
高梨さんが耳元にフ―っと臭い息を吹きかけてきた。そして「愛しているよ……ララちゃん、もう離さない」と囁いた。ゾゾゾゾゾゾ~ッ!!凍り付くララ。
気持ち悪くてめまいがした。
しかし、前の店のように、あからさまな迷惑行為をしない限り、お客様として扱わねばならない。仕事だ。
思いやられる。お先真っ暗だ……。
「フー……」待機室に戻ると遥ちゃんと十木恵ちゃんがいた。残りのふたりはまだ接客中かな。
「ララ姐さん、どうしたの? 大丈夫? 顔色よくないよ?」と十木恵ちゃん。続けて遥ちゃんが、うんうんと頷き「体調悪かったら、早退しちゃったほうが良いんじゃないですか」と心配してくれている。
「ありがとね。大丈夫よ」上がりまであと15分ぐらいだ。がんばる。
17時になり、早出の女の子がみんなロッカールームへ行く。
ララは吐き気を催し、しばしおトイレにこもった。そして嘔吐してしまった。
(風邪でも引いたかな? ……否、高梨さんが嫌なのよ。体にまで出ちゃって……辛いな)
吐き切って、少し気分が落ち着いた。
ロッカールームから遅出の遅刻した女の子が出てきた。「ララさん、お疲れ~。あれ? なんか元気ない? 大丈夫?」と声を掛けてくれた。「うん、ちょっと疲れてるみたい。帰ってゆっくり休むよ。ありがとうね!」「うん、お大事に~!」スタッフ専用出口から出て行くララ。
外へ出ればもう麗三だ。麗三の中では「麗三」も「ララ」も大差はない。この20年そう。
飾りっけなく接客をして来た。
(あ~! ほんと今日はサイテーだった! なおちゃんに……聴いてもらってもいいんだろうか)少し麗三は悩んでしまう。
麗三は自身の仕事柄、なおちゃんの心情を気遣い、普段お店での話はなるべくしないようにして来た。が、高梨さんの件は嫌さがハンパない。ストレスで吐いてしまうんだもの。
帰宅すると、手軽にナポリタンを作って戴き、入浴しお肌と髪の毛のお手入れをした。なおちゃんに…やっぱり話さないほうが良いのかな、辛いけど、ン…なおちゃんに話して甘えても良いのか、こらえるのか。分かんないな~……。
するとスマホが鳴った。なおちゃんだ。
『お疲れさま、麗三……? 麗三、今お話し大丈夫?』
「うん、もちろんだいじょうぶよ、なおちゃん。なおちゃん、お疲れさまです」
『うん。親父がさ~、ここのとこ酷い。』「あ、お父様の認知症が?」
『うん…アネキが近くに住んでくれてるから助かってるんだけどね、お袋がいなくなっちまった事が相当ショックだったんだろうなー……』
なおちゃんのお父様は関東近郊に住まれている。去年お母様がご病気で亡くなってから、認知症が始まってしまったのだ。
『アネキが旦那の実家に行くらしくってさ、今週末はオレがオヤジにつきっきりになりそう。麗三、逢えないと思うけど、ごめんね……許してね。次のデートはドライブに連れて行くよ!』
「あたしのことはだいじょうぶよ、なおちゃん。それよりお父様……」
『うん、ヘルパーさんは24時間ついている訳じゃないしね、みんなで看て行くしかないね』
「そっか~、体壊さないでね、なおちゃん」
『ありがとうね、麗三。麗三……? 麗三なんか、いつもより元気がないよ。何かあったの? なんでも言ってよ』
「ううん、お仕事が忙しかったから少し疲れてるだけです。特に何もないよ」
お父様の事で大変ななおちゃんの気を揉ませたくない……。
『麗三……』
「ハイ……」
『好きでたまらないよ、麗三』
「あたしもよ、なおちゃん。大好き!」
『うん……。クタクタだろうから、ゆっくりしなよ、ネ、麗三。早めにお布団に入ること!』
「ハ~イ!」
『じゃぁ明日も電話するよ。おやすみ』
「おやすみなさい、あたしのなおちゃん……」
そして、翌朝。
お仕事までに家事しちゃお~っと。ハー……。
体調は悪くはないが、気分が最悪の麗三。
(今日も来るんだろうなー、高梨さん……ヤダ)
「おはようございま~す!」
「ああ、ララちゃんおはようございます!」
店長が生花の水を替えていた。普通ならボーイがしそうなところだが、『夢と黒猫』店長はお花が大好きなのだ。自宅でもたくさん育てているらしい。
「綺麗ですね、カサブランカ。い~い香り」
「うん、私の趣味ですよ! ああ、ララちゃん、きのうの新規のお客様、高梨さん?……今日も外でお待ちです。ララちゃんを相当お気に入りのようですね! がんばって、ララちゃん」
「はぃ」やっぱりかー。もういるんだ~。開店1時間以上前だ。
「おはようさんです! ララ姐さん、ご加減いかがですか?」安湖ちゃんが今日は早い。
「ありがと、ゆっくり寝たから大丈夫だよ」
「ほんまに~? ララ姐さん、倒れんといて下さいよ」
「まかせて、適当にするからさ」
「うんうん、それがいちばんやわ~、ぼちぼちやで、ララ姐さん!」
「あれ? 今日は里奈ちゃんまだなの?」すると向こうで店長。
「あ、里菜ちゃん今日お休みするって。その分ララちゃんも安湖ちゃんも頑張って~」
「ハーイ!」
(ハー……高梨さんが待ってるんだと思うと、はっきり言って衣装を選ぶ気分も萎えちゃうわ……)今日は支度にもたつく麗三。結局ブルーの露出度低めのワンピースにした。
「おはようございま~す」
「おはようございまーす!」遥ちゃんと十木恵ちゃんがロッカールームに入ってきた。
「あ! ララ姐さん、お元気になられましたか? きのうよりは顔色良さそうだけど……」
「遥ちゃん、ありがと。あ、里菜ちゃん今日休みらしいよ、忙しくなりそうね! がんばっ♪」
「ハーイ!」十木恵ちゃんも微笑み返事をした。
いつものように音楽が流れ始めた。もうすぐオープンだ。
待機室で口紅を塗っているとさっそく佐藤君が顔をのぞかせた。
「ララさん、ご指名です。よろしくお願いします」
「はい」(高梨さんだな……なんか鳥肌立ってきた)ブースへ入る前佐藤君が「ララさん、ロングでラストまで延長されたいとのことで、色を付けて先にお会計済みです!」
「はい、わかりました」
(さ~~~~~~ぃあくっ!! でも、切り替え切り替え)
やっぱ高梨さんだ。
「ラァラちゃァアアアアアアン! 僕のララちゃん! きのうから今この瞬間までさみしくてさみしくて、僕ちゃん、ララちゃんが恋しくて泣いていたんだよ!」
「恐れ入ります」
「ン~、そんな他人行儀にしなくて良いよ! 僕たちは恋人同士なんだからね? ネ? ……あらあらあら~! ララちゃん、今日は清楚なプリンセスだねー。ブルーのお召し物が綺麗だよ!」
「ありがとうございます」
「じゃあね、僕ちゃんはおビールを浴びちゃうよ。ボクのお姫様ララちんはオレンジジュースだね!?」
「はい」
……「じゃ、お人形よりもかわいいララにカンパ――――――イ(ゲプ!)」わわわ、くっさい、げっぷした~。「失礼」のひと言もないんだねー。ほんとヤダ。
高梨さんは機嫌よく自作の歌を歌い始めた。
♪ララララララ~♡ぼくちゃ~んのララちゃーんはぼくぅにだけむちゅぅ~! チュウチュウチュチュチュッ~♪
このままただただ歌い続けていて欲しい、要らないことはしゃべらないで。それならまだ我慢できるわ。
しかし、高梨さんのオンステージははすぐに終わった。
「僕ちゃんのスキな人は誰~?」
「ララ……ですか?」
「ううんうううううん! ダメダメ。『ですか』は要りません! ハイ! もう一回、愛しのララちゃま行くよ~!?」
「僕の好きな人だぁれ?!」
「ララです」
「そうだよー! 僕たち相思相愛、アイアイアイアイアイアイアイ愛情いっぱい。ラブリーな恋人同士だね~」
チラッとあちらを見た時……たまたまボーイの多田さんと目が合うと音楽の爆音の中、多田さんがクスクス笑っていた。
笑わないほうがおかしいと思う。でも、笑う気にもなれないんだ、ララは、不愉快極まりない。お客様に本当に申し訳ないが。
「ララちゅわぁーん! ンー好きだよ~。好きだよ! 僕のお姫様ぁ……僕を好きなんだろう? さぁ、僕を好きだよってゆってごらんよ、恥ずかしがらずにララ姫!」
「すき」
「ンンン~照れてるところがララちゃんぽくて素敵だよ! イイねイイね、イイね~。ララちゃんは僕ちゃんとお船に乗れそうなの?」
「あの……高梨さん、ご存じだと思うのですが、あたし達はお客様と外で会ってはいけないという決まりごとがございます!」
「ああ! 真面目で可愛いなぁ~、ララちゃん。もちろん僕は大金持ちで遊び歩いているからね、知っているよそんなことは。『ごっこ』だよ、『ごっこ』。デートしましょう~ってね、おしゃべりだけで『ごっこ』するの! ネ! イィ娘だねー、ララちゃまは! じゃ、言うよ? もっかい……ララちゃん、今度のデートはいつにするかい?」
「あ、あさって……かな」
「そうか、ララちゃん。じゃあね、僕ちゃんのお船に乗って一緒に海を観ましょうね!」
「はい」
「ぅぅううう! ンまるッ! 120点満点! これを取っておきなさい。」
高梨さんは……お札を3枚出された。3千円。チップはこっそり戴くものだ。でも、高梨さんからは1円たりとも欲しくない。しかし、これまでの経緯(前のお店)を考えるともらわない訳には行かないだろう。
「どうしたの? ララひめぇ……?」
「あ、ハイ……では、ありがとうございます」
バッグへサッとしまう時、お札をよく見るとすべて1万円札だった。(ゲ! そ、そりゃあ、お金は必要だけど……コワ、あとが怖い、この人……)
「しまいなさい、ララちゃ~ん。ララちゃんが可愛いからお小遣いをもらって当たり前なんだよ! いいね??!」
「はい……ありがとうございます」
「お疲れさまー」
「お疲れ~……」フハ~……やっと今日の出勤が終わる。あまりにも長い5時間だったわ。高梨さんはたまたま今日他のお客様の予約がなかったのをいいことに、ララを独り占めした。
予約なしでララを指名したお客様は3名追い返されてしまったらしい。
「えー! そうだったんですか? 店長……」
「ああ、だからララちゃんの接客希望のお客様には今後、前日までに電話予約を入れてもらうように言って行こうと思うよ、常連客のみなさんにね」
「はい。よろしくお願いいたします。追い返されてしまったお客様に申し訳ないです」
「ララちゃんが責任を感じることはないさ。あくまでも店のやり方の問題だからね! それにあの、高梨さんは太客じゃないか! ララちゃん喜んで!」
「は……ぃ」
耐性が少々ついたのか、今日は嘔吐するような事はなかった。だけどとっても気色悪いよ。
なんなら早くまた『本気のプロポーズ』でもしてくれたらいいのに。そしたら店長から出禁にしてもらえるはず、高梨さんを。
帰り道、うなだれながら電車に乗り、うなだれて歩いた麗三。こんな時、他の女の子ならどうすんだろう…
でも、あんまりみんなに心配かけたくないんだよな。だから話したくない。この仕事自体を怖がって欲しくないし。だってあたしは20年間プライドを持って蝶々をやって来たのよ?
その夜のなおちゃんとのテレフォンデート…よっぽど高梨さんの接客が辛い事を愚痴ってしまおうかと思ったが、なおちゃん、今週末はお父様の介護で大変なのだ。心配かけちゃ悪い。やっぱり言えない。
「なおちゃ~ん!」甘ったるい声で仔猫のように甘える麗三。
『ン……麗三、今日は特に甘えるね。何かあった? 大丈夫なの? 麗三? なんでも言って』
「ううん、恋しいだけよ。なおちゃんを愛しているから…とっても恋しい。はやく逢いたい」
『うん、麗三……来週のお休みはデートしようね! 約束だよ』
「はい」
『麗三? 麗三はオレに気を遣って言わないんだろうけど……お仕事、旨く行ってる? 悩みがあるなら聴くよ、気にしないで言って』
「うん。旨く行っています。女の子たちともすごく仲が良いし!」
『そか、辛い時はなんでも言って良いんだからね?』
「ありがとー、なおちゃん。なおちゃんが大好きよ……あたし、なおちゃんがすき」
『うん、オレも麗三を愛してるよ!』
「あさってご実家へ行くのでしょう? なおちゃん。なおちゃん、ほんと体壊さないようにね!」
『うん、お互い元気にがんばろうぜ』
「ハイ♪」
『じゃ、おやすみ 麗三……』
「おやすみなさい、大好きななおちゃん……」
そして翌日も出勤。でも、今日は金曜日。今日を乗り切れば明日あさってと連休だ。
一番乗りはやっぱり高梨さん。でも今日は他のララ目当てのお客様が電話予約を入れているらしく
きのうのような延長にはなりそうにない。ちょっぴり胸を撫で下ろすララ。
「いらっしゃいませ」
「ララちゃ~ん! きたよー! 今日はさ、僕ちゃん以外の接客もするの? 店長さんが言ってたよ、予約のお客さんがあるから、僕ちゃんのお姫様を誰かが盗っちゃうって!! いやだな~僕ちゃん、泣いちゃおうかなーエーンエン」
60代のおじさんが……いや、イイんですけど、あたしは年齢うんぬんではなく、かつて本気でプロポーズをしてきた高梨さんというものがトラウマになってしまっているのだ……
「ねぇ、ララちゃま?」
「はい」
「ララちんは王子様のボクというものがありながら他の男ともおしゃべりするのかい?」
「あ……(また『ごっこ』で答えるべきなのかしら??)」
言葉に詰まっていると、高梨さんが「そんな事、王子の僕が許さないよ!! 僕はララお姫様をお城に幽閉しちゃうよ~フフフ……!」
ニヤリ……
ララは見逃さなかった。鬼のような汚らしい笑みを。(怖い!!)本当に悪寒が走った。
「ララちゃんララちゃん、答えておくれ? どうして君はそんなに僕ちんの胸をわしづかみにするのかい?」
「(さぁー? わかりませーん。)そ、それはぁ……高梨さんが素敵な方だからです」
「うっひょ――――――ぃ! 今年一番の喜びだよ、お姫様~。ララひめぇ。決して君を離さないぞ! ンー可愛い! 可愛い!!」
(本当にうるさい人)
「ララちゃんは僕のものさ! ね~、なんとか他のお客さんを追い払えないの? 僕ちんとララ姫のラブラブタイムを邪魔する戯け者はシッシだよ!!」
「そんな訳にはまいりません。お店のルールですので、御免なさいね……高梨さん」
「ああ、ああっ! 謝らないで、お姫様! ララちゃんはいい娘だからね! 今度僕のほうから店長さんにゆってみるよ。ララちゃんは僕のものだから、他のお客はこさせないようにって! 『夢と黒猫』にお金ならいくらでも出せるからね! なんなら僕ちゃんがこの店を買い取ってもいいんだよ~、アハアハ」
(恐怖!!)
「さー、ララちゃまっ! そのまっ白で美しいお手てを揃えて広げて御覧なさい、こんな風にね、天に向けて、こう! 『ちょうだい』しなさい!」
「(ぇ)は……ぃ、こうですか?」
「おりこうさ~ん! よくできましたぁ!! 偉い偉いララ姫ちゃん、はいっご褒美!」
ララの掌の上に1万円札が5枚置かれた。
「高梨さん、困ります。本当に申し訳ないです。これは何ですか?」
「ララちゃんっ? 罪な女だからだよ? 君が余りにも魅力的だから僕ちん、お小遣いをあげたくなるの! ネ!!」
「あ、でもこんなにたくさん、受け取れません……」
「いいのいいの! ラ~ラちゃん、バッグに今すぐしまいなさい。可愛い娘だよ、君は。みんなにはひ・み・つ! これは僕ちゃんとララちゃんの素敵な内緒ごとさ!」
頑固な高梨さんがこちらの言い分など聞き入れる訳がない。ララは仕方なく高額のチップを受け取った。
「♪ララさん~ララさーん」マイクアナウンスが流れた。あと10分だ! 残り10分でこの困った高梨さんとおさらばできる!
「高梨さん、そろそろお時間です。今日はありがとうございました」丁寧にお辞儀をするララ。
「ンー、カタッ苦しい事抜き抜き! 僕たちは愛し合っているんだから、お礼はおかしいよ?」
「は…はぃ」
「♪ララさーん、ララさ~ん……」
やっとお見送りとなった。こんなにくたびれても、次のお客様が待っている。地獄だな~。
今日も玄関へ向かう際「フー」っと耳の中に息を吹きかけられた(ヤダ!)「好きだよ、ララ……」
ララは黙っていた。やってらんないわ!
お店にとって、嬢にとって太客だろうとも、あたし人間なのよ?
なにも高梨さんの変態チックな喋り方なんかを悪く言うんじゃない。余りにも高額なお金を渡しプレッシャーを与える、他のお客様を悪く言う、そんな態度が、はっきり言って嫌い。しまいには「自分には『夢と黒猫』を買い取るだけの力がある」とほのめかしたりして!! あったまくるし、マジで恐ろしい。
その日、バタンQだった麗三。
翌日の土曜にゆっくり入浴しバスタブの中で考えていた…… やっぱりこのストレス、あたし一人じゃ抱えきれないわ。
なおちゃんに相談しよう!
日曜日の夜、なおちゃんがもう帰宅しているであろう夜の9時になおちゃんへ電話を掛けてみた。
なおちゃんは5回目のコールで出てくれた。
『麗三! ただいま』
「なおちゃん、何時に帰って来たの?」
『それがね、ついさっきなんだよ』
「ああ! そうなんだ、ごめんね、バタバタのところ……」
『ううん。構わないよ。アネキが夜実家に来てさ、ごはんももう済んでるし……電話、ゆっくりできるよ』
「……」
『麗三? ……なにかあったんでしょ、こないだも、心配してたんだ。オレに気を遣う事なんかしないで。どうしたの?』
「うん……あの、もしかしたらなおちゃん、イヤかも知れない内容なんだけど……あたし、耐え切れなくって!」
『ン?! どういう事だい! 麗三』
「う……ん、実はね、前のお店のお客さんが最近『夢と黒猫』に来ているの」
『うん。そのお客さんがトラブルメーカーなんだね?』
「そう……」かくかくしかじかで、ああでこうで、云々……麗三は詳細を思い切ってなおちゃんに打ち明けて、辛いんだと言った。
「なんだか、凄く嫌なの。興信所でも使って調べたのかしら、あたしが『夢と黒猫』に居ること。恐怖すら感じるよ」
『そうだな、麗三……早めに店長さんに相談したほうが良いよ。その、もしも麗三が『夢と黒猫』を続けたいのなら、の話だよ?』
なおちゃん……やっぱり、あたしが嬢である事が辛いのかな。フツーはそうだよね……。
「はい、なおちゃん、あたし20年間この仕事をしてきてね、他の仕事をする自信が無いの。なに一つ続かなかったわ。現場仕事や露店の手伝いも介護のお仕事も……。でも今の仕事だけはがんばって来れたんです」
『……うん。わかるよ、麗三』
「なおちゃん、続けるならお店を変わったほうが良いよね?」
『う~ん……麗三、明日はどうしてもそっちに行かれないんだよ、休みの人間が多くて明日は一日カフェが人手不足でオレ残らなきゃなんない。でもオレ、麗三と早くお話ししたいよ。あさって、仕事のあと寄っても良いかな?』
やっぱりなおちゃんは頼りになるわ!
「ええ、もちろんよ! なおちゃん、きてくださいっ!」
『うん、じゃあ、明日の出勤時には、さっそく店長さんに事情を話すんだよ。そうすればボーイさん達も高梨さんに目を光らせておいてくれるだろうからさ』
「うん、わかりました。そうするね」
『好きだよ…麗三』
「あたしも、とっても愛してるよぉなおちゃん、ちぅ――」
『ちゅ――♡』
「ンフ、おやすみなさい」
『うん、おやすみ、麗三』
そして翌日。店長に高梨さんのこれまでの行動について詳細に話した。
とても不快で困惑している、と。
『夢と黒猫』の店長は前の店の店長のように、ガマンを強いるような言葉は一切言わなかった。
「……そうか~。そんな事が。ララちゃん、大変な思いをしていたんだね。前の店で……それでウチまでララちゃんを追って来てしまったという訳か」
「はい……いったい、なんでここのお店にあたしが勤めているとわかったのか不思議でなりません」
「うん、確かにそうだな。高梨さんは売り上げだけで考えればいわば太客だが、女の子に対してそんな風だと、はっきり言って店として迷惑だ。女の子たちあっての『夢と黒猫』だからね」
……やっぱり、なおちゃんの言う通り、店長に話して良かった。話しただけでも心が安堵する。
「ララちゃん、困った時はいつでもボーイか私を呼んでください。決して無理しないで!」
「ハイ! 店長、ありがとうございます」
「あ、おはようございま~す、ララ姐さん、なにかあったの? 店長とずっと話してたね?」里奈ちゃんが心配そうに声を掛けてくれた。
「うん、ちょっとね。でも店長に話して具体策が浮かんだからだいじょうぶよ!」
「そうなんですね……ララ姐さん、あたしにできることがあったら何でも言ってくださいね」
「うん、そうする。ありがと、里菜ちゃん」
今日もララはじめ女の子たち目当てのお客様が次から次へと来られ、店は賑やかだった。
なぜか高梨さんの姿は見えなかった。
「ご指名です、ララさん」とボーイさんに呼ばれる度に、今日一日冷や冷やしていた。高梨さんには悪いけど、来なくて良かった。
駅に向かいいつものように電車に乗り、一駅目が麗三の自宅の最寄り駅だ。商店街を抜け、今日は疲れたから、お家近くのコンビニでお弁当を買う。
……さっきから、なんか……人の視線? というか気配を感じる。住宅街に入ってから麗三はそんな不安をいだき始めた。
う~ん、ここのところ疲れ過ぎているから、きっと気のせいね。
コンビニでやっぱお弁当はやめ、玉子サンドとコールスローと、レジ横のホットスナックを購入。もちろん大好きなプリンも!
そうして、やっぱり何だか違和感を感じつつ足早に麗三はマンションまで急ぎ、辿り着いた。
玄関を開け鍵をかけ、ホッとした……。
(どうかしちゃってるわ、あたし……今日はなおちゃん、カフェの人手が足りないから遅くなると言っていたな。お疲れだろうから、電話はせずにおこう)
明日も出勤。久しぶりのお家映画でもしよっかな~。
お風呂を上がりスッキリした麗三は、1960年代のロマンチックなフランス映画を観て涙。あ~、カタルシス。泣くとなんだか、あとが爽やかな心地になるね。
その翌日も、高梨さんは来店しなかった。(あきちゃったかな? はっきり言って、それならこっちは願ったり叶ったりなんだけど……)
*
今日はなおちゃんとお家デート! はやく逢いたい。
「おつかれさまっ!」
「あ、ララ姐さん、今日はうちらより着替えるの早いやん!」と安湖ちゃん。
「うふふ♪デートなんだ~」
「わぁいいなー」遥ちゃんもニッコニコ。
「じゃ、お先~」
「ララ姐さん、お疲れさまぁ」
今日は元気いっぱいの帰り道……でもなんだか、やはり、妙な変な気配を感じる。
今日も、何度も後ろを振り返ったり、キョロキョロする麗三。(誰も怪しい人いないな~)
コンビニへも寄らずに帰るんだ。仕事前にカレーを煮込んでおいた。もちろんなおちゃんといただくのだ。ノンアルもあらかじめ買ってあり、冷蔵庫でスタンバっているし。
お風呂も済ませサッパリ。いそいそとネグリジェ姿にエプロンを付けて、コトコトコトコト…お鍋に火を入れる麗三。
♪ピンポーン ……なおちゃんだ♡
扉ののぞき穴確認。愛しきプリンスが立っている。ガチャリ。
「なおちゃ~ん」
「麗三! あ、おいしそうな匂いするね」
「ハイ、カレーライスよ、今日!」
「わ! イイね!」
そしてプシュッ! とノンアルを開け乾杯するふたり。
麗三は最初笑っていたが、次第にスマイルに陰りが出て来た。
「……大丈夫? 麗三」
「うん、あのね! なおちゃん……あたしの気のせい、と思いたいんだけど、きのうと今日の帰り道、誰かにつけられてた気がするの」
「え!?」
「う……ん」
「まさか……いや、怖がらせたくないんだ麗三を。でももしもの為にあらゆる事に備える必要がある。高梨さんか?」
「……あたしもそれを考えたわ。実は、あんなにあたしに熱を上げていた高梨さんが、きのうも今日も、来店されていないの」
「そうなのか……」
「なおちゃん、怖いよ! あ、店長には高梨さんの件、全部話したわ。何かあったら絶対にガマンなんかしないですぐに言ってと話してくださいました」
「そか、良い店長さんだね。それは心強い。しかし……帰り道をこれからどうするかだ。オレのほうが仕事が終わるのが遅いしな」
困り果て怯えている麗三。
カレーを食べ終わり、ふたりはリビングのソファへ移動した。
「なおちゃん、あたしどうすれば……」
「麗三、タクシー。駅からタクシーを使うのはどうだろう?」
麗三ははっきり言ってかなりの稼ぎだ。しかし、自分はそれほど使わず、実家のママに仕送りし、息子の葉也途には定期的に食料品を買い込み送ってやっている。華やかな見た目ほどは、お金を持っていないのだ。
「ううん……お金が…続かない」
「ごめんね! 麗三。オレが出してやるべきなんだけど……」
「そんな! そんなことないわ、あたしのことだもの、なおちゃん、謝らないで」
なおちゃんは娘の早季ちゃんの学費、ご実家への仕送りとなおちゃんの家のローンで手いっぱい。決して裕福ではないのだ。
「いや、申し訳ない……麗三。 麗三、明日は取り敢えずお店を休むんだ。そして、オレに話してくれたまんまを店長さんに相談して、タクシー代を出してもらうようにしようよ?!」
「はい、わかりました」
そして翌日のお昼前、麗三は『夢と黒猫』に電話をし、今日休みたい旨とタクシー代のお願いについて詳しく店長に話した。
「ララちゃん、なんにも気兼ねは要らない。身の安全が一番だからね。タクシー代は毎日渡すよ、ね」店長はそう言ってくれた。
麗三はこれで安心して出勤できる。
「おはよ~、安湖ちゃん」
「あ、ララ姐さんおはようさんですぅ、具合い大丈夫? みんなで心配しててん」
「ごめんね、心配かけて。大丈夫よ、安湖ちゃん。疲れから元気なくしちゃってただけよ」
「あ、ララ姐さんおはよ~」遥ちゃんと十木恵ちゃんも待機室に入った。今日は里奈ちゃんがお休みの曜日だ。
今日も例の高梨さんは来られなかった。なんだか……かえって不気味だ。
もしも万が一、高梨さんがあたしのことをつけ回しているとしても、お店から駅までは賑やか。そして、隣駅に着いたらすぐタクシーに乗っちゃうし、大丈夫!
退店時、ララは気合いを入れた。
いつものスタッフ用ドアを開け出て行った。お店から数百メートル行き、スクランブル交差点で青信号に変わるのを待っていた。
その時だ。
「ララちゃ~ん……」物凄い至近距離、背後から……名を呼ぶ声。この声……高梨さんだ!
「おっと、振り向かないで。僕ちゃん、怖いものを持ってるよ? 命が惜しかったら言う通りにしてね、ララちゃん。わかった? わかったら声を出さずに頷いてちょ」
……コワイ!(助けて! 誰か!)
「ハイ、振り向いて良いよ。ラ~ラちゃん、ブチュ!」気っ持ち悪い。それも公衆の面前でいきなりキスされた。
でも叫んだりしたら殺されるかもしれない。
そして高梨は腕を絡ませ、麗三を引っぱるようにして歩く。また耳元でささやかれた。
「なるべく自然にしろ」それは小声であっても、脅しの効いた悪魔の号令だった。言われた通りにするしかない麗三。
駅とは違う方向へ連れて行かれる。
「ハイ! あの車だよ」わざとらしい明るい声で高梨が、数メートル先の黒い高級車を指さした。
「ララちゃん、乗ろ♪」黙ったまま車に乗せられる麗三。
車に乗り込むと鬼畜の本性を現した高梨。
「スマホを貸せ!」
「……」
「死にたいのか!? 早くしろっ!」震える手でバッグからスマホを高梨に渡す麗三。
(なおちゃん! 助けて! なおちゃんっ、なおちゃんっ!)
車はどんどん街中から遠ざかって行く。麗三の来たことのないまったく知らない土地だ。さびれた工場が立ち並ぶ細い道を抜け、橋を渡った。大きな川だ。1時間以上車に乗っていた。
麗三が抵抗しないと踏んだせいか、またも人が豹変する高梨。
「ン~……!ララちーん、僕ちんのこと、きらいになっちゃだめだよぉ……僕たちは結ばれる運命じゃないか。そうだろう? 怯えることはないよ。僕ちゃんとーっても優しくしてあげる! そうしてだいじなだいじなララのお姫様だから、僕ちゃんのお城に閉じ込めちゃう! うふふふふ♡あん、愛してるよ~ララちん!」
怖すぎて微動だにしない麗三。
「かっわいいー! 僕だけのララちゃま、硬くなって緊張しているのかい。お上品な花嫁だね。ンー、スキさ!」
走っている車のドアを開けたら転げ下りて逃げられるかな……麗三はそんな事を考えた。しかしこのスピードじゃ危険すぎるし、辺りに人がいない道ばかり続いている。
「ララちゃ~ん、すきさ。ララちゃァン! 僕の熱い胸の鼓動がわかるかい? 僕は、僕は、ララちゃんを探し求めていたし、ララちゃんは僕ちゃんをず~っと探していたのでしょう? お店を前に辞めたのは僕ちゃんを本気で好きになってしまい悩んだんだろ……いいのさ。なにも言わなくても僕はわかっているよ。可愛いお顔が返事をしている。とっても曇った表情だ。それは、嬢という身分でありながら僕ちんに本気になってしまった罪悪感だろう? 僕がね、ぜーんぶ溶かしてあげるよ! ほぐしてあ・げ・る!」
(コイツの思い込みの激しさ、陶酔ぶり……尋常じゃないわ! あたし、あたし逃げなきゃ! 命が危ない!)
気持ちは焦るばかりで、にじりよる恐怖の中で手だてが浮かばない麗三。
畑の中にポツンとある2階建ての一軒家の前に車が停まった。街からは随分離れた未知の場所だ。
「さぁ~、ラーラちゃん! おりましょうね! お姫様。僕ちんがと~っても怖いものを手にしていることを忘れないでね。ララちゃん、君が死にたいなら殺してあげる。その時は僕もすぐにララ姫を追いかけるさ。なんにも心配いらないよぉ~ウフフ♡」
高梨に指示されるがまま、助手席を下りる麗三。大きな石っころがありつまずきバランスを崩してしまった。
「おぉっと。ハイ! 僕ちんが守ってあげるよぉララちゃん、僕だけのララちゃん!」あろう事かこの気色の悪い高梨に体を受け止められてしまった。麗三は泣いている。(なおちゃん! なおちゃん、なおちゃん! お願いよ、助けに来てっ!)
「ぅぅ~ん。かっっわいいいー!」高梨はヒュウ~ッと口笛を吹いた。
「泣いているのかい? こんなに可愛い泣き顔を僕ちゃん生まれて一度も見たことが無いよ。もっと泣かせてあげてもいいんだよ? ン? ……ン?ン? いい娘だね~、ララちゃんったら!」
あまりにも酷い! この時点で女性として、人間として、充分すぎるほど麗三は尊厳をズタズタにされている。
しかし、ベッタリと絡みつくようにする高梨に一軒家へと連れ込まれ、麗三は乱暴を受け、更に心身ともにズタズタにされ傷ついたのだ。
悲しい! 怖い! 怖い! 怖い! 気持ち悪いっ! 悔しいッ! 怖くてしょうがないっ! 嫌だ! なおちゃんっ、なおちゃん……
結局5時間にわたり麗三は高梨から残虐な目に遭わされた。
そのあと……ご丁寧にも、麗三のマンション近くまで送られた。
(コイツ正気?! どうかしてる! 捕まる事とか頭にないんだ。狂ってる! マンションの場所を知っているなんて……あたしをつけ回していたのは、やっぱりコイツだったんだ!)
麗三のマンションへと車が向かう際、高梨は一言も口をきかなかった。そして……マンション近くに着いた時、初めて口を開いた。
「誰かに言ったら、命はないと思え。分かったか?!」悔しさと恐ろしさから泣くばかりの麗三。
「返事しろよッ?!」
「……ハイ」
すると高梨は麗三に向かって、麗三のスマホを投げつけた。麗三の足に当たり助手席の下に落ちた自分の携帯電話を必死で拾う麗三。
車を慌てて降りようとすると、ガシッと物凄く痛い強さで右手首を掴まれた。「ヒッ!」と思わず高梨の目を見た。
「ン~、僕ちんのゆうことをきく賢くてかわゆい僕ちんだけのお姫様ぁー、ララーちゃんっ! かわいしゅぎまちゅよ~。また『夢と黒猫』であそんであげるからね~! ぶちゅちちゅちゅッ!」
「……」唖然とする麗三。
すると、高梨がまたも一変した。「いいなッ! さっき言った事、忘れんじゃねーぞ。お前みたいなアマ、カンタンに始末できんだよ! わかったか! とっとと降りろっ!」
麗三が車を降りると、猛スピードで高梨の車は去った。
「あああぁあああああああああああ――――――ッ!!」
麗三は悲しみと怒りと、恐怖、絶望のあまり、自室で泣き叫んだ。
そして、高梨の手により電源を切られていたスマホにすぐさま電源を入れた。
なおちゃんから何十件もの着信履歴が残されている。
夜中の1時、やっとなおちゃんに電話を掛けた。
『麗三! 麗三っ?! 大丈夫か、麗三ッ……?!』
「なおちゃんっ、なおちゃんっ……」涙でのどを、鼻を詰まらせながら……この悪夢を麗三はなおちゃんにすべて話した。
なおちゃんは『ちきしょうっ! 何て事だ!!』と叫び……泣いていた。
そしてすぐに『今から行く。娘には上司に呼び出されたと言って、今夜は麗三のところに泊まるよ、いいかい?』
「うん……ぅぅ、ううー……ッ」泣き止まない麗三。
『今すぐ行くよ!』
なおちゃんは電話を切り、40分もしない内に来てくれた。
「なおちゃんっ!」「麗三っ……」しばらく優しく麗三を抱きしめ髪の毛を撫でてやるなおちゃん。
「麗三、警察に高梨を突き出すためにも……まず、麗三の体の為に、産婦人科へかかるんだ、行くよ?」
「はい。でも……あたし、殺される! なおちゃん! 怖いです。怖い! 怖いよぉー! 嫌! 怖いっ!」
「麗三、わかった、まずは産婦人科へ行こう。それだけでも、オレからのお願いだ」
「……わかりました」
麗三となおちゃんは、産婦人科で詳細を説明した。麗三の体をいたわるために薬が処方された。それと、「万が一警察へ行く時の為に」と、ドクターが診断書を書いてくれた。
ふたりは麗三のマンションへ帰宅した。麗三は処方薬をすぐに服用した。
恐怖の嵐の中だが、麗三は考え続けている。
(もう、この仕事はあたし、できない)麗三は誇りを持ち、一生懸命努力してきた。店の女の子たちは優しい人ばかりだった。でも……あたしはこの先、どうやって暮らせば……。
けれども、こんな恐ろしさの中、嬢の仕事が無理なのはわかり切っている。この先がどうだとか、そんなことはあとから考えよう。兎に角やめる。
あたしは……あたしは、葉也途の母親よ?! 自分に負けてたまるものですか! 暴力に屈しないわ。あたしが店を辞めるにしても、高梨は捕まるべきよ!
なおちゃんに介抱されながら、なおちゃんに大切に扱われながら、行き着いた答えだ。
「なおちゃん、あたし今すぐ110番します」
「麗三」しっかりとなおちゃんは麗三を抱きしめた。
麗三は震える指で、警察に電話を掛けた。そして詳しく事情を話した。
警察官が2名やって来た。1名は女性の警察官でなんだかホッとした。
警察署へ行く必要があり、麗三はなおちゃんに連れられ警察を訪れた。
犯人検挙の為に再度、警察指定の婦人科で検査を受けて欲しいと言われた。
「分かりました」
高梨には、女性として、人として惨めな思いをさせられた。でも、関わりたくはない。二度と顔も見たくない。
被害届は出さなかった。だが、事件が重いものとして、警察は捜査をすぐに始めた。
なおちゃんは、ひと晩中麗三の髪の毛を撫で、黙ってただただ抱きしめてくれていた。
いつの間にかふたりは眠っていて、明け方に麗三が目を覚ました。
「なおちゃん! なおちゃんっ、起きて、なおちゃん」
「ン……アァ~」
「なおちゃん、今日お仕事なんじゃないの?」
「うん……今日は麗三にどうしても話したいことがあるから休むよ。リーダーの子に変わってもらうよ」
「そうなの……なんだか、ごめんなさい」
「なに言ってんだよ、こんな時に。良いの!」
「はい」
それから2時間ばかし、ふたりは再び眠った。
すっかりふたりが目を覚ましたのは朝7時半。麗三はさっそくなおちゃんのために、朝ごはんの支度をしようとした。が、なおちゃんに止められた。「オレがするよ、座ってな、麗三」「あ、ありがとう」
見つめ合いながら、朝の淡い光の中……なおちゃんが準備してくれたトーストとスクランブルエッグを戴いた。
「わー! なおちゃんの淹れるコーヒー、格別だわ!!」「エヘヘ、だてにカフェの店長やってないからね」「うんうん♪」
麗三は……身体中が痛かった。乱暴を受けたせいで。
その心身が癒やされる……とっても美味しい朝ごはん。温かい気持ち。
ふたりがひと息ついていると、麗三のスマホがけたたましく鳴った。
警察からだ。
「高梨を逮捕しました。検査結果も合致しました。平塚さん、安心されて下さい」
スピカーフォンにしていたので、内容をなおちゃんも把握した。
「はい、お世話様です。分かりました」ひとまず電話を切った。
「なおちゃん!」
「麗三、ひと安心だね。本当に、良かった。」
そしてうつむきがちななおちゃん。
「麗三、オレ……今日、麗三に話がある」
「はい……な~に?」
「あ、食べてからにしよ」
「はい、わかりました」
ふたりはキラキラした光の中、静かな朝食を終え、ソファーに移った。
「麗三……?」なおちゃんはソフトにギュッ! と隣にいる麗三の腰を抱いた。そして麗三のほうを向いて言った。
「結婚しよう」
「え?! ぁ……ハ、イ。でも、早季ちゃんのためにそれは出来ないわ」
「麗三……早季ね、実は『一人暮らしがしたい』って去年から言ってたの。それで、部屋が見つかったんだよ。それと……『パパにはお付き合いしている人がいる』とこの間話したんだ」
「え! 早季ちゃん大丈夫なの? 反応はどうだったの?」
「うん、それがね、こっちが拍子抜けするほど『パパの好きにやりなよ! 応援するよ!』だなんて、あっけらかんと言ったの」
「そうだったのね……」
「麗三……家はそんなに立派なお屋敷なんかじゃないけど、きてくれないか? 当然だけどオレ、麗三以外の女性は考えられない。ずっと一緒に居たいんだ。葉也途君、嫌がるかな? ……葉也途君の気持ちが大事だ」
「葉也途は、とても活発で自立しているわ。いつも『ママはママの生活をエンジョイして!』って言ってくれます。応援してくれるはずです」
「……ンー、でもオレ、焦り過ぎたな。やっぱ葉也途君の意向を聴いて……」
いきなり電話を始める麗三。
「もしもし? 葉也途? ママ、プロポーズされたの!」
『マジで!? おっめでと~。俺、嬉しいよっ、ママ! 幸せになって!!』
スピーカーフォンにしたスマホから『イェ~~~~ィ!!』と喜ぶ息子の声。本当に明るくて、出来すぎなぐらい心の深い子だ。
なおちゃんの瞳がウルウルしている。
……麗三も、涙が……涙が止まらない。
25回結婚したあたしを信じてくれて、一途に想ってくれるなおちゃん。
「なおちゃん、あたしも、なおちゃん以外の男性は考えられません。プロポーズ、嬉しいです!」
『ララ』として勤めていた『夢と黒猫』の店長には事件の翌日、すぐに事態を打ち明けた。
「何て事だ! ララちゃん、大丈夫か!? 大丈夫な訳がない。客と言えども赦せないっ!」とっても心配する店長。
もう、続けられない。この恐怖。心と体の悲鳴を大切に聴いてやろう、と足を洗うことを麗三は店長に申し出た。
無論店長は引き留めはしなかった。
「ララちゃんの健康が一番大切だ。店のことは一切気にしないで!」と言ってくれた。
麗三となおちゃんは婚姻届けを提出するために、仲良く役所へ行った。
その際何故だかわからぬが、麗三は本籍地の戸籍謄本を確認したくなった。
そこにはこれまでの全婚姻歴が載っている。自分でも何故そんなものを見たくなったのかよくわからない。
1人……2人、11人……13人……17人…… あれ?
「なおちゃんっ!!」大声を上げる麗三。
何事が起きたのかと「なぁに?! どうしたのっ??」となおちゃん。
「あたしっ、24回しか結婚してなかった!!」
なおちゃんは……そんなことは別に、そんなにこだわる、ビックリすることなのか?!…… キョトンとしている。
「キリが良いね! なおちゃんは25番目のだんなさん。最後のだんなさんっ!」
なおちゃんは……『25番目のだんなさん』に少しひっかかった。まるで『25番目に好きな人』みたいじゃないかと……。
でもそんなトボけたところも含め、子どもみたいな麗三の丸ごとが なおちゃんは好きなんだ。
おめでとう♡
そう、あたしはシングル、今はね。でも……これまで結婚は……?
聴いたら驚くわよ?
25回してんの! えへへ。なんかさ、噂によると世界一結婚回数の多い女性は23回って有名な本に載ってるらしいよ! あたしのほうが……なんというか、自慢になるかどうかは置いといて、多いじゃない? でもめんどくさいからそういう本の会社に連絡なんかしないわ。
「あ、おはようございます、ララさん」「おはよ! 佐藤君」
今日も『夢と黒猫』の一日が始まる。
麗三の源氏名は『ララ』だ。『夢と黒猫』はちょっぴりセクシーなお店だ。
彼女は途中ブランクがありながらも、正味この道20年以上のベテラン蝶々だ。
若いボーイの佐藤君がテーブルを拭いている。モップ掛けは終わったらしい。
「おっはよ~ララ姐さん」「おはよう、里菜ちゃん、いつも早いね! あたしが一番だって思ってくるのに、必ず里菜ちゃんが居るんだもん、キャハ♪」肩にかかっている長い黒髪をくるんサラッと払いながら笑顔のララ。「うん、ララ姐さん、あたし心配性なの。遅刻しちゃいけないっ! と思ってお店が始まる2時間前には入ってんの」「え! そうだったの~! スゴ!」時計を見るララ。時計の針は11時をさそうとしている。「じゃあ10時に?」「そうよ、ララ姐さん」「キャハハハハ!」なにかと笑い姦しい蝶々たち。
「ああ、ララ姐さん」「なぁに?」「ララ姐さんのお客さん、もう外で待ってるのよ!」「え~、早い~」
お客様はもちろんお店の玄関から入られるが、女の子達は裏のドアから出入りする。
この道でベテランだが、ララが『夢と黒猫』で働き始めてからはまだ3年だ。
直近の離婚が約3年前だった。その結婚生活はわずか一週間で幕を閉じた。結婚するまでのお付き合いはなんと、たったの一カ月。そりゃぁわかんなかったよね、いわゆる……マザコンの男性だったなんて…びっくりしちゃった。
息子の葉也途は大変明るくちょっぴりドライでユーモアがあり、タフな子に育った。
色々あったのにな~。
本当に母・麗三は息子に対して感謝の思いが溢れてやまない。独身の時期は、麗三が働き通しでさみしかっただろうに。葉也途は学校や学童の先生、小さな頃は保育所の先生、また民間のお手伝いさんにも
とてもかわいがってもらったのだ。
麗三がこれまで一緒になった元夫は、真面目なサラリーマンもいれば、パチンコばかり行ってよそに女を作るようなダメンズもいた。どちらかと言えばダメンズ界隈が多かった。だからこんなに離婚したのよ。
ま、懲りずに何度もよく結婚したね、と返ってきそうだが…… 麗三は好きになると直情型。いつも一緒に居なきゃヤダ! というカンジなのだ。
25回の結婚のうち、プロポーズしてきた男性は葉也途の父親だけだった。が、彼は麗三の妊娠を知ると行方知れずになってしまい、葉也途が生まれた時に彼のそばに居たのは既に義理の父親だった。
が、その葉也途にとって一番最初のパパは、わずか一カ月の家族生活の末、家出をしどこかへ消えてしまった。
読者のみなさんはついて来れているの?
とは麗三。はい、どうかついて来てください。
「おはようございま~す」女の子の待機室に安湖ちゃんが入ってきた。大阪出身で関西訛りのあるキュートな安湖ちゃんだ。「おはよ!」声を揃えてララと里菜。
12時~ のお昼の部は女の子がララを含め5人だ。待機室は共有でいつも賑やか。みんな仲良しだ。
開店30分前だ。十木恵ちゃんと遥ちゃんはのんびり屋出勤。たま~に、昔風に言えば社長出勤をし店長からお目玉を食らっている。でも、二人は支度が早く、あっという間にロッカールームから衣装に着替え出てくる。
今日のララの衣装は、濃いめのパープルに羽のついたお色気たっぷりのもの。女の子たちは皆、自前でミュールを持ってくる。ララはショッキングピンクのハイヒールだ。ネイルはサロンへは行かず、好きだから自分で施す。今日は深紅をベースにシルバーとゴールドでリボン型のラメを散らしている。
「ララ姐さん、いつも可愛い!」と遥ちゃん。「サンキュ!」「ララ姐さんてさ、絶対ウソついてるよね?」イタズラな笑みを浮かべキャッキャと安湖ちゃん。「53才とかありえへんもん、ウチより年下やろ?」安湖ちゃんは35才だ。「あたしは正直ものですよ~」とララ。みな実に美味しそうにタバコを吸う。ララは10年前にタバコもお酒も辞めた。
14回目の結婚の後だ。14人目の夫が超ヘビースモーカーの大酒飲み、それに嫌気がさしてしまったのだ。
騒々しいほどに華やかな待機室にボーイのリーダー名木さんが現れた。
「ララさん、今日店に数名のお客様からお電話いただいていますよ。『この間のララちゃんっていう子、今日いるの?』って、忙しくなりそうです! よろしくね!」「ハ~イ♪」
ララはお店で一番年上の嬢だが、売り上げナンバーワンだ。「ララ姐さん、さっすがー」と里菜ちゃん。十木恵ちゃんも「いいないいな~」と盛り上がる。
そうこうしていると開店10分前。爆音で派手でキラキラした音楽が流れ始めた。店内の営業中はいつもこうだ。
(よ~し、今日も5時間がんばる~)ララは17時までの勤務だ。
「いらっしゃいませ~」まずは開店前からララの接客を楽しみに外で待っていたララのお得意様がいらした。
「ララさん、お願いします」とボーイの戸田さん。「はい!」「ララさん、いってらっしゃ~い」
「うん、今日もみんながんばろ」「エイエイオ~!」ハイタッチし合う嬢たち。
またすぐに戸田さんが顔をのぞかせた。「遥さん、ご新規さんがご指名です、よろしく!」「はい♪」
『夢と黒猫』は雑誌の取材も来たことがある人気店だ。女の子たちがボーッと待機している時間はあんまりない。
「フ~……疲れた~」ロッカールームで私服に着替えつつララ。「お疲れさまです!」お昼の部最後のお客様をお見送りした安湖ちゃんがロッカールームに入って来た。「おつかれ~」そして十木恵ちゃんと遥ちゃんはいつも二人そろって帰るのが一番早い。たまに社長出勤するふたりが…… 二人はプライベートでも友達付き合いをしていて、よくごはんを食べに行く。
ララは水商売20年だが、そういったことが一度もない。あくまで仕事仲間。プライベートまで仕事の延長、という空気を感じちゃいそうで、そういうのが好きじゃない。
それに……恋人のなおちゃんにはやく逢いたい。
きのう電話で珍しく、なおちゃんのほうから『明日は仕事が終わったら、麗三(プライベートではもちろん『ララ』の仮面を脱ぎ『麗三』です)のお家に行くよ!』と言ってくれたのだ。
『なおちゃん』こと『元山直季』50才はチェーン店のカフェ『菫の歌』で店長をしている。
ちなみに彼は25回も結婚していない。彼は1度の離婚経験者で、19才の娘である早季ちゃんと二人暮らしだ。
麗三となおちゃんの交際は、なおちゃんの家族や友人には秘密にしている。もう19才だが、娘ちゃんの気持ちを考えなおちゃんは、内緒にしておきたいと言う。
なおちゃんの言っていることが痛いほどわかる麗三。
麗三の両親は、麗三が幼いころ別れている。のちに、母親が(今後、自分の身に何かあったらいけない)と考え、麗三が中学1年生の時に父親に再会させてくれた。
数日間父子で仲睦まじく過ごしていた。ある日父親が「パパの友だちが経営しているレストランへ連れて行ってやるよ!」と言った。「ハンバーグが旨いんだぞ~」と言って。
するとお世辞にも美人とは呼べない中年女性がママさんだった。ハンバーグはとっても美味だった。そして帰りの車の中でパパが言った。「パパね、あのおばさんと付き合ってんの!」「え!」
衝撃だった…… そして翌日、麗三は涙が出そうになるぐらいヤキモチを焼いた。
だって……「植物園へ遊びに行こう!」となった時なんと、そのおばさんがついて来たのだ。(うっわ、最悪。久々の父と子の再会でこれですか)と中1の麗三は呆れたし不快だったのだ……。仲良しの娘が父を想う心持ち、独り占めしたいような気持ちを、麗三はよく知っているのだ。
麗三へと変身のララはいつもよりさっさと着替え胸躍らせている。
*
なおちゃんとは、推しのインディーズバンドが同じで、初めはネットサークルの友人という間柄だった。
そのうち、ロックバンド『イワシの煮込みうどん』のLIVEをサークルメンバーで観戦することとなり、リアルでなおちゃんに出逢ったのだ。
出逢った途端……ふたりは恋に堕ちた。
初めての『イワシの煮込みうどん』ステージのあと、みんなで居酒屋へ飲みに行った。麗三は呑めないけど、そういった場は好きだ。
オレンジジュースを頼んだ。座敷席になおちゃんと麗三を含め6人の仲間がいた。
パッとみて、なおちゃんを好きになってしまいモジモジしていた。
なおちゃんもなんだか恥ずかしそうにずっとこちらを見ていた。
「座ろ」と見つめ合っていたなおちゃんが隣に座った。
なおちゃんもあたしを気に入ったんだ、と麗三はすぐにわかった。
「オレはさ、ドラムの狂矢さんがやっぱ好きなんだよな! 麗美ちゃんは?」「あ……」相変わらずテーブルについてもモジモジしている麗三に、なおちゃんが優しく話しかけてきてくれた。
「あ、あたしは! ボーカルの歌喜さんのデス声がクールだと思うよっ」「そうなんだー! あ、麗三ちゃん、お酒じゃないんだ」「うん。あたしずっと前にアルコール辞めたのよ、タバコもね!」「そっか。オレ、タバコ吸うよ。席変わんなくて大丈夫かな?」
(いや! ぜったい、お隣がいい! そばにいてっ)「ううん、大丈夫だよ」ニコッ。
麗三が微笑むと心なしか、なおちゃんの頬が紅くなったように見えた。
そのあとも、ふたりの話は盛り上がる。
「オレね『はなむけの鼻剥け』聴いて、『イワシの煮込みうどん』の大ファンになっちゃったの!」「キャハハハ! ほんとふざけてるのよね! 題名とか歌詞がさ、でも演奏はバリバリ上手いし、超重いハードコアでカッコいいバンドだよね!」「うんうん」
……するとサークルの多田さんという男性がチャチャを入れてきた。
「オ? 仲良いね~。二人デキてんじゃないの? アハハハハハ」みんな嬉しそうに笑う。あたしは真っ赤になってしまった。
「あれ~、麗三ちゃん、オレンジジュースでお顔紅くなる?」だなんて同じくサークルの真里子さん。
(キャー、恥ずかしい……)心臓バクバク。
チラッ。隣のなおちゃんを見ると、気にせずモグモグ枝豆を食べてる。な~んだ片想いかな……でもでも、なにやら運命を感じてならない麗三。
居酒屋の箸袋に自分の携帯番号をこっそりメモし、大胆にもなおちゃんの……ズボンのポッケに滑り込ませた。「プッ!!」その瞬間びっくりしたなおちゃんは、口から1粒枝豆を吹いた。
(なにっ?)て感じでこっちを見たからウインクした。なおちゃんは(これは極秘だよのサインだな)と飲みこんだらしく、いきなり太ももにチャーミングな女性の手が伸びてきた件について、みんなになにか言うような野暮はしなかった。
その翌日の夜、なおちゃんが麗三に電話を掛けた。
『麗三ちゃ~ん、すんごくオレ、驚いちゃったんですけど』と冗談ぽく電話口から聴こえてくる。「ンフフ……お電話ありがとう」『ン。なんか、照れるね……』「うん……あたし、あたし、ね、もしなおちゃんさえよかったら、ふたりきりでお食事したいな……って、おもったんです」『え!?』なおちゃん、なんだか嬉しそう。
ロングヘアーの先を指に巻きつけ、ちょっぴり沈黙を楽しんでみる麗三。ドキドキ……ドキドキ……
『も、もちろん良いよ! あ、オレ、素敵なレストラン知ってるの。ごちそう…させてくれるかい?』「え、あたしから誘っているのに、良いの? なおちゃん」『もちろん。レディに誘われた事の喜びをお返しさせて、ネ!』「ありがとー」
そうしてふたりは初めてデートしたのだった。
麗三は、あの時のなおちゃんとのことを今でもよく憶えている。
ふたりは麗三の自宅の最寄り駅で待ち合わせた。なおちゃんが車で迎えにきてくれていた。朝の10時。その日は土曜日だった。なおちゃんの休みは(土)(日)(祝)だと言う。麗三は祝日はお仕事だが、(土)(日)はナオちゃんと一緒で、お店から毎週休みをもらっている。その働き方は、息子である葉也途のためにこれまでそうしてきた癖が抜けないから、そんな感じだ。
無論『夢と黒猫』にしてみれば、看板娘である『ララ』を(土)(日)なんて休ませたくないのだが、そこはナンバーワンの強みで我儘を聴いてもらっている。
カッコいい乗用車に乗り込むとなおちゃんは「お待たせ♪ところで麗三ちゃん、ハラペコかい?」と訊く。「ううん、まだそんなに」するとなおちゃん「そか、ちょうど良かった。海、見に行こうよ!」キャー! うれしすぎる!!「わ~い! あたし、海を見るのがすごぉく好きなのよ」「ほんとう、嬉しいな。じゃいこ」「はい!」
11月の海……オフシーズンの海は静かで、良い。
それでもサーフボードを抱えた人が遠くに二人見えた。犬の散歩をする女性。砂山を作って遊ぶボク。ボクを見守るママ。
「水平線……って、まっすぐだね」
目映い光の中で目を細め麗三が言った。「当たり前なんだけどさ、なんて真っ直ぐ……」しばし波風に身を任せる麗三。
「うん……麗三ちゃんみたい」
「え」
「麗三ちゃんは、まっすぐな心だね」
(キャ! どうしよう、ロマンチックで……あん! 嬉しいっ!!)
ギュッ!
……なおちゃんが、大きな手で優しく腰に手を回してきた。
麗三は、目を閉じて、右側に居るなおちゃんに、静かにもたれかかった。
「麗三……」名前を呼び捨てで呼ばれ、なおちゃんの瞳をみた。
「あたし……」
「うん。オレも、ずっと前から、いっしょの気持ち」
(えっ?!)
「スキ……だよ、麗三」
「うん。あたしの気持ち、わかってたの?」
「うん。みんなでLIVEに行った時にオレ……麗三のこと余計に好きになった。実は、リアルで出逢う前から好きだったんだ。だから、オレのほうが先に惚れちゃってたね、きっと」ニコッ。
照れてなにも言えない。でも……こんなに黙っていることが心地よい。
こんな気分初めてだな。
謂わば百戦錬磨の麗三。25回も結婚をした麗三が、なおちゃんの前ではまるで少女だ。
波音に抱かれながら互いを包み込むふたり。「愛しています、なおちゃん……」
「麗三、好きだよ……」
そうしてふたりの唇は、おひさまの転がる雫のもと重なった。
しばらくするとふたりは海岸を少し歩いた。そして再び車に乗った。
「おなかすいた~!」ガクー! ちょいウケているなおちゃん。さっきのいま~?! って!
無邪気に漏らす麗三は、清楚なのか天然なのか、悪女なのか(?)キャラがよくつかめない女性だ……。全部かな。
「うん、じゃレストラン目指すね!」とカッコいいナオちゃん。そう、なおちゃんは見た目もセクシーで素敵なのである。モテそうだな、と前から麗三はおもっていた。
レストランに着くと、お店はなおちゃんの行きつけらしく「マスター、お任せで」とだけなおちゃんが言うと、シェフが「ハイヨ!」と答えていた。
次々と運ばれてくるお料理はどれも見目麗しい。サラダのドレッシングのかけ方ひとつとっても芸術作品みたいだ。
「おいしいっ!」……と言うまで時間がかかった。おいし過ぎて。感動のあまり。そしていつもの倍以上に咀嚼したから!
「あは! 喜んでもらえて嬉しいよ、麗三。ところで麗三ってどんなお仕事してるの? これまで聴いたことなかったね!」
あ……どうしよう、蝶々だなんて、ひかれちゃうかも、愛しのなおちゃんに……
でも麗三は、バカがつくほど正直なのだ。それに、それで嫌われるならそれまでのご縁と諦める。いさぎよい女だ。
「ン……と、なおちゃんをびっくりさせちゃうかも、でもそのまま言うね。あたし、夜の蝶ならぬ昼の蝶なの。12時~ の専属なんだ」腹をくくり打ち明けたものの、フラれたらどうしようとなんだか、悲しい気分になりうつむく麗三。
「そうなんだ! うん……確かに、びっくりしちゃった。でもさ、麗三は朗らかで明るいから人気者だろうね!」
少々取り繕う感が否めないように見えるなおちゃん。
「オレはね、チェーン店のカフェの店長だよ」「わ! 店長さんなの? なおちゃん、頼りがいがあるものね。なおちゃんこそ、女の子たちにモテそう!」「ううん、冴えない奴さ、オレは」サラリと言うなおちゃん。
ギュ! 向かい合わせに座っていたなおちゃんの、テーブルに置かれていた小指を握った。
「そんな事ない、なおちゃん……一緒に居るとときめきます」頬を染め、はにかみながら告げる麗三。
「ありがと。そんなこと云ってくれるの麗三だけさ」
そうして、またまた素直に自分の過去を話し、麗三はなおちゃんを驚かせた。
「に……25回も、結婚を!?」「うん、そうなの」固まったなおちゃんの表情を見た時麗美は
(しまった~、ファーストデートで話すようなことじゃなかったよね!)と後悔。
ところがなおちゃんは、麗三の予想を裏切ってくれた。
「アハハハハハハハ!」
目が点になる麗三。
「ごめん、ごめん、笑ったりして。オレの負けだ。オレは1回だけ、ね。……もちろん今はフリー、ン、じゃないぞ! 麗三だけだよ」
「あ……」幸せで言葉を失う麗三。
ふたりのファーストデートはめちゃくちゃぶっちゃけたが、とってもハッピーなものだった。いきなりチューしちゃったし♡
*
さて、電車乗って帰る~。あ、里菜ちゃんがホールで若手ボーイの佐藤君とまた話し込んでる! ぜったいあの二人怪しいわ。ラブなムードまき散らしちゃってるもの!
そんなことを思いながら「お先に失礼しま~す」とララ。「あ、ララ姐さん、お疲れさまです!」「ララさん、お疲れさまでした」二人に見送られ裏口のドアをガチャリ。
(10月になったのに、夕暮れでも暑いな~。あ、帰りスーパーでノンアルとおつまみ買わなくっちゃ! なおちゃんとあたしの)
麗三はなおちゃんと過ごす時だけノンアルを飲む。時々はアルコール入りのビールの時も。なおちゃんは車なのでいつもノンアル。それとコーヒーはモカ。挽いた豆を常備しているのでドリップする。
今年で交際3年の麗三となおちゃんは、今でもアツアツ。身も心も強く結ばれている。
なおちゃんは麗三の仕事について『オレと出逢う前から麗三ががんばってきたことだから』と麗三の意向を尊重してくれている。ただ、危険な目に遭いはしないかと心配は否めないらしく『ベテランだろうけど充分注意するように』といつも言ってくれる。
きのう電話で『7時半ごろ到着するよ』って言ってたな、なおちゃん。麗三は6時20分に帰宅すると急いでシャワーを浴びてお化粧も落とした。お家デートの時はスッピンのことが多い。麗三は色白で唇がもともと赤っぽく、それでいて瑞々しいので、ノーメイクの自分の顔も気に入っている。
♪ピンポ~ン…… 7時過ぎ、玄関チャイムが鳴った。
「ハ~イ」パタパタパタ……玄関へ駈けてゆき、覗き穴を除くと、スマートな紳士が立っている。
ガチャリ。
「なおちゃ~ん」「麗三!」麗三の頭をポンポンとするなおちゃん。なおちゃん、まるでパパみたい。
にしても、なおちゃんのお顔に疲れが滲んでいる。 「大丈夫? なおちゃん、少し顔色悪いよ?」
「うん、今日はメチャクチャ忙しくてさ、くたびれたよ~。」
手を繋いでふたりはキッチンへ。
ギュ!
キッチンまで行くと、麗三を思いきり抱き締めるなおちゃん。
「カンパーイ!」ふたりはノンアルの缶をかかげた。ゴクリ。お~ぃしー!
そうしていつも一緒にオフロに入る麗三となおちゃん。とっても仲良しだ。
オフロを上がり、麗三の淹れたコーヒーでひと息。おしゃべりに花が咲く。
「麗三はほんとうに、コーヒーを淹れるのが上手だね、うちで雇いたいぐらいだよ」
「うふふ、そう? ありがと、なおちゃん。……あ、早季ちゃんは元気にしてる?」
「ああ、元気だよ。今夜は帰りが遅くなるって言ってあるよ」
「そか。早季ちゃん、学校楽しくやってるかな?」
なおちゃんの娘である早季はファッション関係の専門学校生だ。「うん、旨くやってると思うよ。麗三、葉也途君はどうなの? がんばってる?」「うん! バイト2つ掛け持ちして授業でしょ。忙しそうで、話す間がないみたいだけど、たまにLINEの返事がくるよ」「ま、男の子だからそんな感じだろうね~、葉也途君、彼女もいるもんね?」「そうだね。可愛い、優しい彼女ちゃんだから安心してるよ」
息子は京都と熊本で目下遠距離恋愛中だ。
ああー、なおちゃんといると落ち着くなぁ~。ほんとうこんな心地よさ初めてなのよね。
あたし、なおちゃんのお嫁さんになりたいな……。
26回目の結婚になるけど、なおちゃんとなら結婚生活が3日で終わるなんてありえないわ(そう。麗三の最短記録は3日で離婚、だ)
一生、いいえ永遠だわ。あたし…… このひとを探してたんだなぁ。
なおちゃんに出逢うために25回も結婚したんだわ。
たまぁに思う。なおちゃんの元奥さんってどんな人だったんだろうって…… でも、手に負えないほどヤキモチ焼きの麗三なのだ、実は。そんな自身を知っているから、一切そういった話には触れないようにしているし、なおちゃんも麗三の性分をよくわかっているから決して話さない。
「なおちゃん……」
「麗三……」
熱い瞳で愛で合うふたり。今夜も情熱的に愛し合った。
「あ、もう11時? オレ明日早出なんだよ、麗三……」ナデナデ。ン~なおちゃんゴロゴロ。名残惜しいけれど……
「うん、なおちゃん帰らなきゃね」とってもとっても名残惜しい。
それはなおちゃんも同じ。
「麗三、またくるからね。待っててね!」「はい……」
玄関で訊く。「ネェ、なおちゃん、あたしを愛してるぅ?」……そんなの、わかりきってても、聴きたいよ。
「愛してるよ、麗三」ギュギュ! 今日いちばんの力。ちょっぴり痛いぐらいのなおちゃんの抱きしめ方。
大好き。あたし、なおちゃんがとてもスキ。
「運転気を付けてね」「うん。麗三、戸締まりちゃんとしてね」「はい」
なおちゃんが去ったあとも、身体中を包み込む幸せがまとわりついて離れない。
*
「おはようございま~す、店長!」「あ、おはよ、ララちゃん。……今日もさ、ララちゃんを待ってるお客様が2名居ますよ外に」オープン1時間前だ。驚いちゃうが感謝! ありがたいな~と思う。
「あ、おはよう、十木恵ちゃん。珍しい、今日は早いのね!」「はい、ララ姐さん。あたしねぼけてて、なんか時計を見間違えて早く出発しちゃったの……」しょんぼりしている十木恵ちゃん。お茶目で可愛い! 普通なら遅刻じゃないんだから、落ち込む事じゃないのにね、ほんと可愛いんだから! ウフフ。
そうしていつものように里菜ちゃん、遥ちゃん、安湖ちゃんも出勤し、女の子勢ぞろいだ。
『夢と黒猫』が今日もオープンした。
外で待っていらした二名のお客様の内のお一人様から接客だ。そのお客様はいつもだが、今日も延長して下さった。サービスが終わりお見送りする。
「ありがとうございました!」一度おトイレや洗面所へ行き待機室へ戻るララ。
「ねぇ、ララ姐さん、ララ姐さんってすごいですね! 毎日指名のお客様がたくさんいらっしゃる。お客様を惹き付けるコツって何かあるんですか……」と里菜ちゃん。「ン~、そうねー」考えるのも束の間、ボーイの戸田さんが顔をのぞかせた。「ララさん、ご指名新規のお客さまです。お願いします!」「ハイ! 里菜ちゃん、またあとでね」話の途中だった里菜ちゃんにひと言告げ、お客様の待つブースへ行くララ。
「いらっしゃいませ」
……(ハッ!……)
「久しぶり~、ララちゃん! 探したよ~。前のお店突然辞めちゃってさ、僕スンゴクさみしかたの、ララちゃんに逢いたくてたまらなかったんだ!!」
そのお客様は、ララが働いていた前の店で、熱烈なララのファンで有名だった人だ。
しかし……ララが前回お店を辞めたきっかけはこの人、高梨さんであった。60代の男性だ。
なんとララは彼に結婚を申し込まれたのだ。薄暗い店内でよく見えなかったゆえ、彼はあるものをスマホのライトをかざしてララに見せた。
それは高梨さんの戸籍謄本だった。
その時「それと……ララちゃん、このお手紙、帰ったら読んで欲しいな」と封筒と戸籍謄本とを共に強引に手渡された。ララはゾッとした。
確かに嬢に本気で恋をしてしまう男性は居ることだろう。それはなんら責められるような事ではない。
が、しかし高梨さんの場合「本気」を証明する「行動」に出た上、プロポーズだ。
帰宅しララが目の当たりにした手紙には……こんな事が書かれていた。
『 ああ、愛おしい、素敵な僕ちんのララ姫よ! 僕という王子と一緒になるさだめだ。分かるね? ララちゃん。
僕は〇〇会社(誰もが知っている大企業)の上層部の人間だ。ララちゃんの面倒を生涯に渡ってみ続けるよ。
ララちゃんは僕のものだ! だから、あんなお店に居てはいけない。お姫様はお城でおとなしく僕ちんの帰りを待つのが最高の暮らし方だ。僕ちんの月給は少ない時で300万円だよ、多い時で1000万さ。
お金、欲しいでしょ。何でも買ってあげるよ。ララちゃん、だから僕ちんの言うことをききなさい。お店を辞めるまで僕ちんは通い続けるからね。お金は捨てるほどあるんだ。どうだい? 素敵だろう。ララちゃんもお金を捨ててみたいだろう?
僕ちんにはお手伝いさんがいるから、家事なんてなーんにもしなくていいんだよ。ララちゃんの白魚のような手を汚す訳には行かないからね。僕ちんが守り通してあげるよ。
結婚しようね。
ハネムーンは何処が良いかい? ララ姫の好きな国へ連れて行ってあげるよ。
毎晩一緒にネンネしようね。僕ちん、優しいよ? さあ…
返事をしておくれ。
僕ちんの可愛いベイビー。
愛を込めて僕ちんのララ姫ちゃまへ! 』
ララは不気味に思った。が、性格的に生真面目な所のある彼女は、こういうのをテキトーにいなせない。まぁしかし、ここまで来るとどんな嬢でも恐ろしがる事だろう。軽々しくいなせやしないだろう。
手紙を読んだあくる日、当時のお店の店長にすぐに相談した。
「あたしから嫌だとはっきり言うのは難しいので、店長からそういった行為はやめるように、高梨さんに話してく下さい」とお願いしたのだ。
しかしその店長は、悪い意味でええ加減……。「なに、それぐらい! 嬢として、そこまで惚れられてるんだから喜ばなきゃ」だなんて返して来た。
ララは無理! と思い「店長、今すぐあたしお店辞めます!」と言い残し、お店を去ったのだった。
その問題となった高梨さんが、どうやって嗅ぎ付けたのかララの目の前に再び現れた。
「本当に久しぶり~、ララちゃん。相変わらず綺麗だね~。僕はどう? どんな感じ?」
ゲ! ゲゲゲ! ……し、しかしお仕事だ。
「あ、高梨さん、いつも素敵でいらっしゃいますね!」ララは、頑張ってねちっこいお客様のおしゃべりに付き合った。
「ララちゃんさ~、突然前のお店、辞めちゃったでしょ。も~僕ちゃん、あれからというもの抜け殻になっちゃってたの。死んでるみたいに生きてた。僕ちんにとったらララちゃんがすべてだからね!!」
「あ、ありがとうございます」さすがの高梨さんも、プロポーズは諦めてくれたのか、例の手紙や戸籍謄本の話などはして来なかった。
けれど、その日高梨さんは3回も延長をされた。ララは泣きそうだった。申し訳ないけど気色悪い。
あたしを探し当てて、ここまで追いかけて来るなんて……。
「ララちゃんは素晴らしいね~、きっとここでも人気ナンバーワンだろう?」
「あ、はい、お陰様で。」
「これからはね、僕が延長延長延長! ってね、僕専属になれば良いよ! ふふふ。社長の僕ちゃんの特権さ。好きに時間もお金も使えちゃうの!」
「ハ……ィ」
「かっわいいな~……ララちゃんはちょっぴり影があるところが魅力的だよ」
(ハ、あたし他のお客様の前では太陽のように明るいんですけど)
「相変わらずお酒は飲まないのかい?」
「ええ、ずっと飲んでいません」
「そ――――ぅゆうところも、とっても清楚で素敵なの! 僕ちゃん好みなの!」
時間が来て、一度ブースを離れる。
「お客様、延長だそうです」
その時店長がララを気にした。「ああ、あのお客様が初めから『ララちゃんをギリギリまで延長よろしく』と言われているけど……ララちゃん? 体調良くないの? 無理しちゃだめだよ? 大丈夫?」「あ、はい、店長、大丈夫です」
(うっわあ――――――! マジ? 高梨さん、あたしの上がり直前までいる気だ……仕事仕事! お・し・ご・と!)懸命に自身に言い聞かせるララ。
ララは再び高梨さんが待つブースに戻った。
「待ったよ~! ララちゃん! 10年待った気分だよぉ僕ちゃん! 僕ちんだけのララちゃん! 誰にも渡さないぞ!! 可愛いララちゃん! ン~、香水変えてないんだね。甘いムスクの香りだ」
(ヤダ! この人、あたしが少しだけ付けるトワレの匂いまで憶えてる。ォエ~……)
「僕ちゃんね、お船を買ったんだよ、ララちゃん。ララちゃん海は好きかい?」
「……ぁ、はい」
「僕ちゃんのお船にね、乗せてあげたいなー。ララのお姫様を。爽快だよ~! アッハハハ!!」
高梨さんはお酒が好きでガンガン飲む。そして酔いが回ってくるとえげつない言葉が増える。
お金持ちなんだろうけど、品のない人だなと感じ、ララは心底高梨さんが嫌いだ。
「ありがとうございました」
やっとこのオヤジをこの場から追い出せる。正直言ってそんな気分だ。
嫌々腕を組み、作り笑いで玄関までお見送りする。その時だ……。
高梨さんが耳元にフ―っと臭い息を吹きかけてきた。そして「愛しているよ……ララちゃん、もう離さない」と囁いた。ゾゾゾゾゾゾ~ッ!!凍り付くララ。
気持ち悪くてめまいがした。
しかし、前の店のように、あからさまな迷惑行為をしない限り、お客様として扱わねばならない。仕事だ。
思いやられる。お先真っ暗だ……。
「フー……」待機室に戻ると遥ちゃんと十木恵ちゃんがいた。残りのふたりはまだ接客中かな。
「ララ姐さん、どうしたの? 大丈夫? 顔色よくないよ?」と十木恵ちゃん。続けて遥ちゃんが、うんうんと頷き「体調悪かったら、早退しちゃったほうが良いんじゃないですか」と心配してくれている。
「ありがとね。大丈夫よ」上がりまであと15分ぐらいだ。がんばる。
17時になり、早出の女の子がみんなロッカールームへ行く。
ララは吐き気を催し、しばしおトイレにこもった。そして嘔吐してしまった。
(風邪でも引いたかな? ……否、高梨さんが嫌なのよ。体にまで出ちゃって……辛いな)
吐き切って、少し気分が落ち着いた。
ロッカールームから遅出の遅刻した女の子が出てきた。「ララさん、お疲れ~。あれ? なんか元気ない? 大丈夫?」と声を掛けてくれた。「うん、ちょっと疲れてるみたい。帰ってゆっくり休むよ。ありがとうね!」「うん、お大事に~!」スタッフ専用出口から出て行くララ。
外へ出ればもう麗三だ。麗三の中では「麗三」も「ララ」も大差はない。この20年そう。
飾りっけなく接客をして来た。
(あ~! ほんと今日はサイテーだった! なおちゃんに……聴いてもらってもいいんだろうか)少し麗三は悩んでしまう。
麗三は自身の仕事柄、なおちゃんの心情を気遣い、普段お店での話はなるべくしないようにして来た。が、高梨さんの件は嫌さがハンパない。ストレスで吐いてしまうんだもの。
帰宅すると、手軽にナポリタンを作って戴き、入浴しお肌と髪の毛のお手入れをした。なおちゃんに…やっぱり話さないほうが良いのかな、辛いけど、ン…なおちゃんに話して甘えても良いのか、こらえるのか。分かんないな~……。
するとスマホが鳴った。なおちゃんだ。
『お疲れさま、麗三……? 麗三、今お話し大丈夫?』
「うん、もちろんだいじょうぶよ、なおちゃん。なおちゃん、お疲れさまです」
『うん。親父がさ~、ここのとこ酷い。』「あ、お父様の認知症が?」
『うん…アネキが近くに住んでくれてるから助かってるんだけどね、お袋がいなくなっちまった事が相当ショックだったんだろうなー……』
なおちゃんのお父様は関東近郊に住まれている。去年お母様がご病気で亡くなってから、認知症が始まってしまったのだ。
『アネキが旦那の実家に行くらしくってさ、今週末はオレがオヤジにつきっきりになりそう。麗三、逢えないと思うけど、ごめんね……許してね。次のデートはドライブに連れて行くよ!』
「あたしのことはだいじょうぶよ、なおちゃん。それよりお父様……」
『うん、ヘルパーさんは24時間ついている訳じゃないしね、みんなで看て行くしかないね』
「そっか~、体壊さないでね、なおちゃん」
『ありがとうね、麗三。麗三……? 麗三なんか、いつもより元気がないよ。何かあったの? なんでも言ってよ』
「ううん、お仕事が忙しかったから少し疲れてるだけです。特に何もないよ」
お父様の事で大変ななおちゃんの気を揉ませたくない……。
『麗三……』
「ハイ……」
『好きでたまらないよ、麗三』
「あたしもよ、なおちゃん。大好き!」
『うん……。クタクタだろうから、ゆっくりしなよ、ネ、麗三。早めにお布団に入ること!』
「ハ~イ!」
『じゃぁ明日も電話するよ。おやすみ』
「おやすみなさい、あたしのなおちゃん……」
そして、翌朝。
お仕事までに家事しちゃお~っと。ハー……。
体調は悪くはないが、気分が最悪の麗三。
(今日も来るんだろうなー、高梨さん……ヤダ)
「おはようございま~す!」
「ああ、ララちゃんおはようございます!」
店長が生花の水を替えていた。普通ならボーイがしそうなところだが、『夢と黒猫』店長はお花が大好きなのだ。自宅でもたくさん育てているらしい。
「綺麗ですね、カサブランカ。い~い香り」
「うん、私の趣味ですよ! ああ、ララちゃん、きのうの新規のお客様、高梨さん?……今日も外でお待ちです。ララちゃんを相当お気に入りのようですね! がんばって、ララちゃん」
「はぃ」やっぱりかー。もういるんだ~。開店1時間以上前だ。
「おはようさんです! ララ姐さん、ご加減いかがですか?」安湖ちゃんが今日は早い。
「ありがと、ゆっくり寝たから大丈夫だよ」
「ほんまに~? ララ姐さん、倒れんといて下さいよ」
「まかせて、適当にするからさ」
「うんうん、それがいちばんやわ~、ぼちぼちやで、ララ姐さん!」
「あれ? 今日は里奈ちゃんまだなの?」すると向こうで店長。
「あ、里菜ちゃん今日お休みするって。その分ララちゃんも安湖ちゃんも頑張って~」
「ハーイ!」
(ハー……高梨さんが待ってるんだと思うと、はっきり言って衣装を選ぶ気分も萎えちゃうわ……)今日は支度にもたつく麗三。結局ブルーの露出度低めのワンピースにした。
「おはようございま~す」
「おはようございまーす!」遥ちゃんと十木恵ちゃんがロッカールームに入ってきた。
「あ! ララ姐さん、お元気になられましたか? きのうよりは顔色良さそうだけど……」
「遥ちゃん、ありがと。あ、里菜ちゃん今日休みらしいよ、忙しくなりそうね! がんばっ♪」
「ハーイ!」十木恵ちゃんも微笑み返事をした。
いつものように音楽が流れ始めた。もうすぐオープンだ。
待機室で口紅を塗っているとさっそく佐藤君が顔をのぞかせた。
「ララさん、ご指名です。よろしくお願いします」
「はい」(高梨さんだな……なんか鳥肌立ってきた)ブースへ入る前佐藤君が「ララさん、ロングでラストまで延長されたいとのことで、色を付けて先にお会計済みです!」
「はい、わかりました」
(さ~~~~~~ぃあくっ!! でも、切り替え切り替え)
やっぱ高梨さんだ。
「ラァラちゃァアアアアアアン! 僕のララちゃん! きのうから今この瞬間までさみしくてさみしくて、僕ちゃん、ララちゃんが恋しくて泣いていたんだよ!」
「恐れ入ります」
「ン~、そんな他人行儀にしなくて良いよ! 僕たちは恋人同士なんだからね? ネ? ……あらあらあら~! ララちゃん、今日は清楚なプリンセスだねー。ブルーのお召し物が綺麗だよ!」
「ありがとうございます」
「じゃあね、僕ちゃんはおビールを浴びちゃうよ。ボクのお姫様ララちんはオレンジジュースだね!?」
「はい」
……「じゃ、お人形よりもかわいいララにカンパ――――――イ(ゲプ!)」わわわ、くっさい、げっぷした~。「失礼」のひと言もないんだねー。ほんとヤダ。
高梨さんは機嫌よく自作の歌を歌い始めた。
♪ララララララ~♡ぼくちゃ~んのララちゃーんはぼくぅにだけむちゅぅ~! チュウチュウチュチュチュッ~♪
このままただただ歌い続けていて欲しい、要らないことはしゃべらないで。それならまだ我慢できるわ。
しかし、高梨さんのオンステージははすぐに終わった。
「僕ちゃんのスキな人は誰~?」
「ララ……ですか?」
「ううんうううううん! ダメダメ。『ですか』は要りません! ハイ! もう一回、愛しのララちゃま行くよ~!?」
「僕の好きな人だぁれ?!」
「ララです」
「そうだよー! 僕たち相思相愛、アイアイアイアイアイアイアイ愛情いっぱい。ラブリーな恋人同士だね~」
チラッとあちらを見た時……たまたまボーイの多田さんと目が合うと音楽の爆音の中、多田さんがクスクス笑っていた。
笑わないほうがおかしいと思う。でも、笑う気にもなれないんだ、ララは、不愉快極まりない。お客様に本当に申し訳ないが。
「ララちゅわぁーん! ンー好きだよ~。好きだよ! 僕のお姫様ぁ……僕を好きなんだろう? さぁ、僕を好きだよってゆってごらんよ、恥ずかしがらずにララ姫!」
「すき」
「ンンン~照れてるところがララちゃんぽくて素敵だよ! イイねイイね、イイね~。ララちゃんは僕ちゃんとお船に乗れそうなの?」
「あの……高梨さん、ご存じだと思うのですが、あたし達はお客様と外で会ってはいけないという決まりごとがございます!」
「ああ! 真面目で可愛いなぁ~、ララちゃん。もちろん僕は大金持ちで遊び歩いているからね、知っているよそんなことは。『ごっこ』だよ、『ごっこ』。デートしましょう~ってね、おしゃべりだけで『ごっこ』するの! ネ! イィ娘だねー、ララちゃまは! じゃ、言うよ? もっかい……ララちゃん、今度のデートはいつにするかい?」
「あ、あさって……かな」
「そうか、ララちゃん。じゃあね、僕ちゃんのお船に乗って一緒に海を観ましょうね!」
「はい」
「ぅぅううう! ンまるッ! 120点満点! これを取っておきなさい。」
高梨さんは……お札を3枚出された。3千円。チップはこっそり戴くものだ。でも、高梨さんからは1円たりとも欲しくない。しかし、これまでの経緯(前のお店)を考えるともらわない訳には行かないだろう。
「どうしたの? ララひめぇ……?」
「あ、ハイ……では、ありがとうございます」
バッグへサッとしまう時、お札をよく見るとすべて1万円札だった。(ゲ! そ、そりゃあ、お金は必要だけど……コワ、あとが怖い、この人……)
「しまいなさい、ララちゃ~ん。ララちゃんが可愛いからお小遣いをもらって当たり前なんだよ! いいね??!」
「はい……ありがとうございます」
「お疲れさまー」
「お疲れ~……」フハ~……やっと今日の出勤が終わる。あまりにも長い5時間だったわ。高梨さんはたまたま今日他のお客様の予約がなかったのをいいことに、ララを独り占めした。
予約なしでララを指名したお客様は3名追い返されてしまったらしい。
「えー! そうだったんですか? 店長……」
「ああ、だからララちゃんの接客希望のお客様には今後、前日までに電話予約を入れてもらうように言って行こうと思うよ、常連客のみなさんにね」
「はい。よろしくお願いいたします。追い返されてしまったお客様に申し訳ないです」
「ララちゃんが責任を感じることはないさ。あくまでも店のやり方の問題だからね! それにあの、高梨さんは太客じゃないか! ララちゃん喜んで!」
「は……ぃ」
耐性が少々ついたのか、今日は嘔吐するような事はなかった。だけどとっても気色悪いよ。
なんなら早くまた『本気のプロポーズ』でもしてくれたらいいのに。そしたら店長から出禁にしてもらえるはず、高梨さんを。
帰り道、うなだれながら電車に乗り、うなだれて歩いた麗三。こんな時、他の女の子ならどうすんだろう…
でも、あんまりみんなに心配かけたくないんだよな。だから話したくない。この仕事自体を怖がって欲しくないし。だってあたしは20年間プライドを持って蝶々をやって来たのよ?
その夜のなおちゃんとのテレフォンデート…よっぽど高梨さんの接客が辛い事を愚痴ってしまおうかと思ったが、なおちゃん、今週末はお父様の介護で大変なのだ。心配かけちゃ悪い。やっぱり言えない。
「なおちゃ~ん!」甘ったるい声で仔猫のように甘える麗三。
『ン……麗三、今日は特に甘えるね。何かあった? 大丈夫なの? 麗三? なんでも言って』
「ううん、恋しいだけよ。なおちゃんを愛しているから…とっても恋しい。はやく逢いたい」
『うん、麗三……来週のお休みはデートしようね! 約束だよ』
「はい」
『麗三? 麗三はオレに気を遣って言わないんだろうけど……お仕事、旨く行ってる? 悩みがあるなら聴くよ、気にしないで言って』
「うん。旨く行っています。女の子たちともすごく仲が良いし!」
『そか、辛い時はなんでも言って良いんだからね?』
「ありがとー、なおちゃん。なおちゃんが大好きよ……あたし、なおちゃんがすき」
『うん、オレも麗三を愛してるよ!』
「あさってご実家へ行くのでしょう? なおちゃん。なおちゃん、ほんと体壊さないようにね!」
『うん、お互い元気にがんばろうぜ』
「ハイ♪」
『じゃ、おやすみ 麗三……』
「おやすみなさい、大好きななおちゃん……」
そして翌日も出勤。でも、今日は金曜日。今日を乗り切れば明日あさってと連休だ。
一番乗りはやっぱり高梨さん。でも今日は他のララ目当てのお客様が電話予約を入れているらしく
きのうのような延長にはなりそうにない。ちょっぴり胸を撫で下ろすララ。
「いらっしゃいませ」
「ララちゃ~ん! きたよー! 今日はさ、僕ちゃん以外の接客もするの? 店長さんが言ってたよ、予約のお客さんがあるから、僕ちゃんのお姫様を誰かが盗っちゃうって!! いやだな~僕ちゃん、泣いちゃおうかなーエーンエン」
60代のおじさんが……いや、イイんですけど、あたしは年齢うんぬんではなく、かつて本気でプロポーズをしてきた高梨さんというものがトラウマになってしまっているのだ……
「ねぇ、ララちゃま?」
「はい」
「ララちんは王子様のボクというものがありながら他の男ともおしゃべりするのかい?」
「あ……(また『ごっこ』で答えるべきなのかしら??)」
言葉に詰まっていると、高梨さんが「そんな事、王子の僕が許さないよ!! 僕はララお姫様をお城に幽閉しちゃうよ~フフフ……!」
ニヤリ……
ララは見逃さなかった。鬼のような汚らしい笑みを。(怖い!!)本当に悪寒が走った。
「ララちゃんララちゃん、答えておくれ? どうして君はそんなに僕ちんの胸をわしづかみにするのかい?」
「(さぁー? わかりませーん。)そ、それはぁ……高梨さんが素敵な方だからです」
「うっひょ――――――ぃ! 今年一番の喜びだよ、お姫様~。ララひめぇ。決して君を離さないぞ! ンー可愛い! 可愛い!!」
(本当にうるさい人)
「ララちゃんは僕のものさ! ね~、なんとか他のお客さんを追い払えないの? 僕ちんとララ姫のラブラブタイムを邪魔する戯け者はシッシだよ!!」
「そんな訳にはまいりません。お店のルールですので、御免なさいね……高梨さん」
「ああ、ああっ! 謝らないで、お姫様! ララちゃんはいい娘だからね! 今度僕のほうから店長さんにゆってみるよ。ララちゃんは僕のものだから、他のお客はこさせないようにって! 『夢と黒猫』にお金ならいくらでも出せるからね! なんなら僕ちゃんがこの店を買い取ってもいいんだよ~、アハアハ」
(恐怖!!)
「さー、ララちゃまっ! そのまっ白で美しいお手てを揃えて広げて御覧なさい、こんな風にね、天に向けて、こう! 『ちょうだい』しなさい!」
「(ぇ)は……ぃ、こうですか?」
「おりこうさ~ん! よくできましたぁ!! 偉い偉いララ姫ちゃん、はいっご褒美!」
ララの掌の上に1万円札が5枚置かれた。
「高梨さん、困ります。本当に申し訳ないです。これは何ですか?」
「ララちゃんっ? 罪な女だからだよ? 君が余りにも魅力的だから僕ちん、お小遣いをあげたくなるの! ネ!!」
「あ、でもこんなにたくさん、受け取れません……」
「いいのいいの! ラ~ラちゃん、バッグに今すぐしまいなさい。可愛い娘だよ、君は。みんなにはひ・み・つ! これは僕ちゃんとララちゃんの素敵な内緒ごとさ!」
頑固な高梨さんがこちらの言い分など聞き入れる訳がない。ララは仕方なく高額のチップを受け取った。
「♪ララさん~ララさーん」マイクアナウンスが流れた。あと10分だ! 残り10分でこの困った高梨さんとおさらばできる!
「高梨さん、そろそろお時間です。今日はありがとうございました」丁寧にお辞儀をするララ。
「ンー、カタッ苦しい事抜き抜き! 僕たちは愛し合っているんだから、お礼はおかしいよ?」
「は…はぃ」
「♪ララさーん、ララさ~ん……」
やっとお見送りとなった。こんなにくたびれても、次のお客様が待っている。地獄だな~。
今日も玄関へ向かう際「フー」っと耳の中に息を吹きかけられた(ヤダ!)「好きだよ、ララ……」
ララは黙っていた。やってらんないわ!
お店にとって、嬢にとって太客だろうとも、あたし人間なのよ?
なにも高梨さんの変態チックな喋り方なんかを悪く言うんじゃない。余りにも高額なお金を渡しプレッシャーを与える、他のお客様を悪く言う、そんな態度が、はっきり言って嫌い。しまいには「自分には『夢と黒猫』を買い取るだけの力がある」とほのめかしたりして!! あったまくるし、マジで恐ろしい。
その日、バタンQだった麗三。
翌日の土曜にゆっくり入浴しバスタブの中で考えていた…… やっぱりこのストレス、あたし一人じゃ抱えきれないわ。
なおちゃんに相談しよう!
日曜日の夜、なおちゃんがもう帰宅しているであろう夜の9時になおちゃんへ電話を掛けてみた。
なおちゃんは5回目のコールで出てくれた。
『麗三! ただいま』
「なおちゃん、何時に帰って来たの?」
『それがね、ついさっきなんだよ』
「ああ! そうなんだ、ごめんね、バタバタのところ……」
『ううん。構わないよ。アネキが夜実家に来てさ、ごはんももう済んでるし……電話、ゆっくりできるよ』
「……」
『麗三? ……なにかあったんでしょ、こないだも、心配してたんだ。オレに気を遣う事なんかしないで。どうしたの?』
「うん……あの、もしかしたらなおちゃん、イヤかも知れない内容なんだけど……あたし、耐え切れなくって!」
『ン?! どういう事だい! 麗三』
「う……ん、実はね、前のお店のお客さんが最近『夢と黒猫』に来ているの」
『うん。そのお客さんがトラブルメーカーなんだね?』
「そう……」かくかくしかじかで、ああでこうで、云々……麗三は詳細を思い切ってなおちゃんに打ち明けて、辛いんだと言った。
「なんだか、凄く嫌なの。興信所でも使って調べたのかしら、あたしが『夢と黒猫』に居ること。恐怖すら感じるよ」
『そうだな、麗三……早めに店長さんに相談したほうが良いよ。その、もしも麗三が『夢と黒猫』を続けたいのなら、の話だよ?』
なおちゃん……やっぱり、あたしが嬢である事が辛いのかな。フツーはそうだよね……。
「はい、なおちゃん、あたし20年間この仕事をしてきてね、他の仕事をする自信が無いの。なに一つ続かなかったわ。現場仕事や露店の手伝いも介護のお仕事も……。でも今の仕事だけはがんばって来れたんです」
『……うん。わかるよ、麗三』
「なおちゃん、続けるならお店を変わったほうが良いよね?」
『う~ん……麗三、明日はどうしてもそっちに行かれないんだよ、休みの人間が多くて明日は一日カフェが人手不足でオレ残らなきゃなんない。でもオレ、麗三と早くお話ししたいよ。あさって、仕事のあと寄っても良いかな?』
やっぱりなおちゃんは頼りになるわ!
「ええ、もちろんよ! なおちゃん、きてくださいっ!」
『うん、じゃあ、明日の出勤時には、さっそく店長さんに事情を話すんだよ。そうすればボーイさん達も高梨さんに目を光らせておいてくれるだろうからさ』
「うん、わかりました。そうするね」
『好きだよ…麗三』
「あたしも、とっても愛してるよぉなおちゃん、ちぅ――」
『ちゅ――♡』
「ンフ、おやすみなさい」
『うん、おやすみ、麗三』
そして翌日。店長に高梨さんのこれまでの行動について詳細に話した。
とても不快で困惑している、と。
『夢と黒猫』の店長は前の店の店長のように、ガマンを強いるような言葉は一切言わなかった。
「……そうか~。そんな事が。ララちゃん、大変な思いをしていたんだね。前の店で……それでウチまでララちゃんを追って来てしまったという訳か」
「はい……いったい、なんでここのお店にあたしが勤めているとわかったのか不思議でなりません」
「うん、確かにそうだな。高梨さんは売り上げだけで考えればいわば太客だが、女の子に対してそんな風だと、はっきり言って店として迷惑だ。女の子たちあっての『夢と黒猫』だからね」
……やっぱり、なおちゃんの言う通り、店長に話して良かった。話しただけでも心が安堵する。
「ララちゃん、困った時はいつでもボーイか私を呼んでください。決して無理しないで!」
「ハイ! 店長、ありがとうございます」
「あ、おはようございま~す、ララ姐さん、なにかあったの? 店長とずっと話してたね?」里奈ちゃんが心配そうに声を掛けてくれた。
「うん、ちょっとね。でも店長に話して具体策が浮かんだからだいじょうぶよ!」
「そうなんですね……ララ姐さん、あたしにできることがあったら何でも言ってくださいね」
「うん、そうする。ありがと、里菜ちゃん」
今日もララはじめ女の子たち目当てのお客様が次から次へと来られ、店は賑やかだった。
なぜか高梨さんの姿は見えなかった。
「ご指名です、ララさん」とボーイさんに呼ばれる度に、今日一日冷や冷やしていた。高梨さんには悪いけど、来なくて良かった。
駅に向かいいつものように電車に乗り、一駅目が麗三の自宅の最寄り駅だ。商店街を抜け、今日は疲れたから、お家近くのコンビニでお弁当を買う。
……さっきから、なんか……人の視線? というか気配を感じる。住宅街に入ってから麗三はそんな不安をいだき始めた。
う~ん、ここのところ疲れ過ぎているから、きっと気のせいね。
コンビニでやっぱお弁当はやめ、玉子サンドとコールスローと、レジ横のホットスナックを購入。もちろん大好きなプリンも!
そうして、やっぱり何だか違和感を感じつつ足早に麗三はマンションまで急ぎ、辿り着いた。
玄関を開け鍵をかけ、ホッとした……。
(どうかしちゃってるわ、あたし……今日はなおちゃん、カフェの人手が足りないから遅くなると言っていたな。お疲れだろうから、電話はせずにおこう)
明日も出勤。久しぶりのお家映画でもしよっかな~。
お風呂を上がりスッキリした麗三は、1960年代のロマンチックなフランス映画を観て涙。あ~、カタルシス。泣くとなんだか、あとが爽やかな心地になるね。
その翌日も、高梨さんは来店しなかった。(あきちゃったかな? はっきり言って、それならこっちは願ったり叶ったりなんだけど……)
*
今日はなおちゃんとお家デート! はやく逢いたい。
「おつかれさまっ!」
「あ、ララ姐さん、今日はうちらより着替えるの早いやん!」と安湖ちゃん。
「うふふ♪デートなんだ~」
「わぁいいなー」遥ちゃんもニッコニコ。
「じゃ、お先~」
「ララ姐さん、お疲れさまぁ」
今日は元気いっぱいの帰り道……でもなんだか、やはり、妙な変な気配を感じる。
今日も、何度も後ろを振り返ったり、キョロキョロする麗三。(誰も怪しい人いないな~)
コンビニへも寄らずに帰るんだ。仕事前にカレーを煮込んでおいた。もちろんなおちゃんといただくのだ。ノンアルもあらかじめ買ってあり、冷蔵庫でスタンバっているし。
お風呂も済ませサッパリ。いそいそとネグリジェ姿にエプロンを付けて、コトコトコトコト…お鍋に火を入れる麗三。
♪ピンポーン ……なおちゃんだ♡
扉ののぞき穴確認。愛しきプリンスが立っている。ガチャリ。
「なおちゃ~ん」
「麗三! あ、おいしそうな匂いするね」
「ハイ、カレーライスよ、今日!」
「わ! イイね!」
そしてプシュッ! とノンアルを開け乾杯するふたり。
麗三は最初笑っていたが、次第にスマイルに陰りが出て来た。
「……大丈夫? 麗三」
「うん、あのね! なおちゃん……あたしの気のせい、と思いたいんだけど、きのうと今日の帰り道、誰かにつけられてた気がするの」
「え!?」
「う……ん」
「まさか……いや、怖がらせたくないんだ麗三を。でももしもの為にあらゆる事に備える必要がある。高梨さんか?」
「……あたしもそれを考えたわ。実は、あんなにあたしに熱を上げていた高梨さんが、きのうも今日も、来店されていないの」
「そうなのか……」
「なおちゃん、怖いよ! あ、店長には高梨さんの件、全部話したわ。何かあったら絶対にガマンなんかしないですぐに言ってと話してくださいました」
「そか、良い店長さんだね。それは心強い。しかし……帰り道をこれからどうするかだ。オレのほうが仕事が終わるのが遅いしな」
困り果て怯えている麗三。
カレーを食べ終わり、ふたりはリビングのソファへ移動した。
「なおちゃん、あたしどうすれば……」
「麗三、タクシー。駅からタクシーを使うのはどうだろう?」
麗三ははっきり言ってかなりの稼ぎだ。しかし、自分はそれほど使わず、実家のママに仕送りし、息子の葉也途には定期的に食料品を買い込み送ってやっている。華やかな見た目ほどは、お金を持っていないのだ。
「ううん……お金が…続かない」
「ごめんね! 麗三。オレが出してやるべきなんだけど……」
「そんな! そんなことないわ、あたしのことだもの、なおちゃん、謝らないで」
なおちゃんは娘の早季ちゃんの学費、ご実家への仕送りとなおちゃんの家のローンで手いっぱい。決して裕福ではないのだ。
「いや、申し訳ない……麗三。 麗三、明日は取り敢えずお店を休むんだ。そして、オレに話してくれたまんまを店長さんに相談して、タクシー代を出してもらうようにしようよ?!」
「はい、わかりました」
そして翌日のお昼前、麗三は『夢と黒猫』に電話をし、今日休みたい旨とタクシー代のお願いについて詳しく店長に話した。
「ララちゃん、なんにも気兼ねは要らない。身の安全が一番だからね。タクシー代は毎日渡すよ、ね」店長はそう言ってくれた。
麗三はこれで安心して出勤できる。
「おはよ~、安湖ちゃん」
「あ、ララ姐さんおはようさんですぅ、具合い大丈夫? みんなで心配しててん」
「ごめんね、心配かけて。大丈夫よ、安湖ちゃん。疲れから元気なくしちゃってただけよ」
「あ、ララ姐さんおはよ~」遥ちゃんと十木恵ちゃんも待機室に入った。今日は里奈ちゃんがお休みの曜日だ。
今日も例の高梨さんは来られなかった。なんだか……かえって不気味だ。
もしも万が一、高梨さんがあたしのことをつけ回しているとしても、お店から駅までは賑やか。そして、隣駅に着いたらすぐタクシーに乗っちゃうし、大丈夫!
退店時、ララは気合いを入れた。
いつものスタッフ用ドアを開け出て行った。お店から数百メートル行き、スクランブル交差点で青信号に変わるのを待っていた。
その時だ。
「ララちゃ~ん……」物凄い至近距離、背後から……名を呼ぶ声。この声……高梨さんだ!
「おっと、振り向かないで。僕ちゃん、怖いものを持ってるよ? 命が惜しかったら言う通りにしてね、ララちゃん。わかった? わかったら声を出さずに頷いてちょ」
……コワイ!(助けて! 誰か!)
「ハイ、振り向いて良いよ。ラ~ラちゃん、ブチュ!」気っ持ち悪い。それも公衆の面前でいきなりキスされた。
でも叫んだりしたら殺されるかもしれない。
そして高梨は腕を絡ませ、麗三を引っぱるようにして歩く。また耳元でささやかれた。
「なるべく自然にしろ」それは小声であっても、脅しの効いた悪魔の号令だった。言われた通りにするしかない麗三。
駅とは違う方向へ連れて行かれる。
「ハイ! あの車だよ」わざとらしい明るい声で高梨が、数メートル先の黒い高級車を指さした。
「ララちゃん、乗ろ♪」黙ったまま車に乗せられる麗三。
車に乗り込むと鬼畜の本性を現した高梨。
「スマホを貸せ!」
「……」
「死にたいのか!? 早くしろっ!」震える手でバッグからスマホを高梨に渡す麗三。
(なおちゃん! 助けて! なおちゃんっ、なおちゃんっ!)
車はどんどん街中から遠ざかって行く。麗三の来たことのないまったく知らない土地だ。さびれた工場が立ち並ぶ細い道を抜け、橋を渡った。大きな川だ。1時間以上車に乗っていた。
麗三が抵抗しないと踏んだせいか、またも人が豹変する高梨。
「ン~……!ララちーん、僕ちんのこと、きらいになっちゃだめだよぉ……僕たちは結ばれる運命じゃないか。そうだろう? 怯えることはないよ。僕ちゃんとーっても優しくしてあげる! そうしてだいじなだいじなララのお姫様だから、僕ちゃんのお城に閉じ込めちゃう! うふふふふ♡あん、愛してるよ~ララちん!」
怖すぎて微動だにしない麗三。
「かっわいいー! 僕だけのララちゃま、硬くなって緊張しているのかい。お上品な花嫁だね。ンー、スキさ!」
走っている車のドアを開けたら転げ下りて逃げられるかな……麗三はそんな事を考えた。しかしこのスピードじゃ危険すぎるし、辺りに人がいない道ばかり続いている。
「ララちゃ~ん、すきさ。ララちゃァン! 僕の熱い胸の鼓動がわかるかい? 僕は、僕は、ララちゃんを探し求めていたし、ララちゃんは僕ちゃんをず~っと探していたのでしょう? お店を前に辞めたのは僕ちゃんを本気で好きになってしまい悩んだんだろ……いいのさ。なにも言わなくても僕はわかっているよ。可愛いお顔が返事をしている。とっても曇った表情だ。それは、嬢という身分でありながら僕ちんに本気になってしまった罪悪感だろう? 僕がね、ぜーんぶ溶かしてあげるよ! ほぐしてあ・げ・る!」
(コイツの思い込みの激しさ、陶酔ぶり……尋常じゃないわ! あたし、あたし逃げなきゃ! 命が危ない!)
気持ちは焦るばかりで、にじりよる恐怖の中で手だてが浮かばない麗三。
畑の中にポツンとある2階建ての一軒家の前に車が停まった。街からは随分離れた未知の場所だ。
「さぁ~、ラーラちゃん! おりましょうね! お姫様。僕ちんがと~っても怖いものを手にしていることを忘れないでね。ララちゃん、君が死にたいなら殺してあげる。その時は僕もすぐにララ姫を追いかけるさ。なんにも心配いらないよぉ~ウフフ♡」
高梨に指示されるがまま、助手席を下りる麗三。大きな石っころがありつまずきバランスを崩してしまった。
「おぉっと。ハイ! 僕ちんが守ってあげるよぉララちゃん、僕だけのララちゃん!」あろう事かこの気色の悪い高梨に体を受け止められてしまった。麗三は泣いている。(なおちゃん! なおちゃん、なおちゃん! お願いよ、助けに来てっ!)
「ぅぅ~ん。かっっわいいいー!」高梨はヒュウ~ッと口笛を吹いた。
「泣いているのかい? こんなに可愛い泣き顔を僕ちゃん生まれて一度も見たことが無いよ。もっと泣かせてあげてもいいんだよ? ン? ……ン?ン? いい娘だね~、ララちゃんったら!」
あまりにも酷い! この時点で女性として、人間として、充分すぎるほど麗三は尊厳をズタズタにされている。
しかし、ベッタリと絡みつくようにする高梨に一軒家へと連れ込まれ、麗三は乱暴を受け、更に心身ともにズタズタにされ傷ついたのだ。
悲しい! 怖い! 怖い! 怖い! 気持ち悪いっ! 悔しいッ! 怖くてしょうがないっ! 嫌だ! なおちゃんっ、なおちゃん……
結局5時間にわたり麗三は高梨から残虐な目に遭わされた。
そのあと……ご丁寧にも、麗三のマンション近くまで送られた。
(コイツ正気?! どうかしてる! 捕まる事とか頭にないんだ。狂ってる! マンションの場所を知っているなんて……あたしをつけ回していたのは、やっぱりコイツだったんだ!)
麗三のマンションへと車が向かう際、高梨は一言も口をきかなかった。そして……マンション近くに着いた時、初めて口を開いた。
「誰かに言ったら、命はないと思え。分かったか?!」悔しさと恐ろしさから泣くばかりの麗三。
「返事しろよッ?!」
「……ハイ」
すると高梨は麗三に向かって、麗三のスマホを投げつけた。麗三の足に当たり助手席の下に落ちた自分の携帯電話を必死で拾う麗三。
車を慌てて降りようとすると、ガシッと物凄く痛い強さで右手首を掴まれた。「ヒッ!」と思わず高梨の目を見た。
「ン~、僕ちんのゆうことをきく賢くてかわゆい僕ちんだけのお姫様ぁー、ララーちゃんっ! かわいしゅぎまちゅよ~。また『夢と黒猫』であそんであげるからね~! ぶちゅちちゅちゅッ!」
「……」唖然とする麗三。
すると、高梨がまたも一変した。「いいなッ! さっき言った事、忘れんじゃねーぞ。お前みたいなアマ、カンタンに始末できんだよ! わかったか! とっとと降りろっ!」
麗三が車を降りると、猛スピードで高梨の車は去った。
「あああぁあああああああああああ――――――ッ!!」
麗三は悲しみと怒りと、恐怖、絶望のあまり、自室で泣き叫んだ。
そして、高梨の手により電源を切られていたスマホにすぐさま電源を入れた。
なおちゃんから何十件もの着信履歴が残されている。
夜中の1時、やっとなおちゃんに電話を掛けた。
『麗三! 麗三っ?! 大丈夫か、麗三ッ……?!』
「なおちゃんっ、なおちゃんっ……」涙でのどを、鼻を詰まらせながら……この悪夢を麗三はなおちゃんにすべて話した。
なおちゃんは『ちきしょうっ! 何て事だ!!』と叫び……泣いていた。
そしてすぐに『今から行く。娘には上司に呼び出されたと言って、今夜は麗三のところに泊まるよ、いいかい?』
「うん……ぅぅ、ううー……ッ」泣き止まない麗三。
『今すぐ行くよ!』
なおちゃんは電話を切り、40分もしない内に来てくれた。
「なおちゃんっ!」「麗三っ……」しばらく優しく麗三を抱きしめ髪の毛を撫でてやるなおちゃん。
「麗三、警察に高梨を突き出すためにも……まず、麗三の体の為に、産婦人科へかかるんだ、行くよ?」
「はい。でも……あたし、殺される! なおちゃん! 怖いです。怖い! 怖いよぉー! 嫌! 怖いっ!」
「麗三、わかった、まずは産婦人科へ行こう。それだけでも、オレからのお願いだ」
「……わかりました」
麗三となおちゃんは、産婦人科で詳細を説明した。麗三の体をいたわるために薬が処方された。それと、「万が一警察へ行く時の為に」と、ドクターが診断書を書いてくれた。
ふたりは麗三のマンションへ帰宅した。麗三は処方薬をすぐに服用した。
恐怖の嵐の中だが、麗三は考え続けている。
(もう、この仕事はあたし、できない)麗三は誇りを持ち、一生懸命努力してきた。店の女の子たちは優しい人ばかりだった。でも……あたしはこの先、どうやって暮らせば……。
けれども、こんな恐ろしさの中、嬢の仕事が無理なのはわかり切っている。この先がどうだとか、そんなことはあとから考えよう。兎に角やめる。
あたしは……あたしは、葉也途の母親よ?! 自分に負けてたまるものですか! 暴力に屈しないわ。あたしが店を辞めるにしても、高梨は捕まるべきよ!
なおちゃんに介抱されながら、なおちゃんに大切に扱われながら、行き着いた答えだ。
「なおちゃん、あたし今すぐ110番します」
「麗三」しっかりとなおちゃんは麗三を抱きしめた。
麗三は震える指で、警察に電話を掛けた。そして詳しく事情を話した。
警察官が2名やって来た。1名は女性の警察官でなんだかホッとした。
警察署へ行く必要があり、麗三はなおちゃんに連れられ警察を訪れた。
犯人検挙の為に再度、警察指定の婦人科で検査を受けて欲しいと言われた。
「分かりました」
高梨には、女性として、人として惨めな思いをさせられた。でも、関わりたくはない。二度と顔も見たくない。
被害届は出さなかった。だが、事件が重いものとして、警察は捜査をすぐに始めた。
なおちゃんは、ひと晩中麗三の髪の毛を撫で、黙ってただただ抱きしめてくれていた。
いつの間にかふたりは眠っていて、明け方に麗三が目を覚ました。
「なおちゃん! なおちゃんっ、起きて、なおちゃん」
「ン……アァ~」
「なおちゃん、今日お仕事なんじゃないの?」
「うん……今日は麗三にどうしても話したいことがあるから休むよ。リーダーの子に変わってもらうよ」
「そうなの……なんだか、ごめんなさい」
「なに言ってんだよ、こんな時に。良いの!」
「はい」
それから2時間ばかし、ふたりは再び眠った。
すっかりふたりが目を覚ましたのは朝7時半。麗三はさっそくなおちゃんのために、朝ごはんの支度をしようとした。が、なおちゃんに止められた。「オレがするよ、座ってな、麗三」「あ、ありがとう」
見つめ合いながら、朝の淡い光の中……なおちゃんが準備してくれたトーストとスクランブルエッグを戴いた。
「わー! なおちゃんの淹れるコーヒー、格別だわ!!」「エヘヘ、だてにカフェの店長やってないからね」「うんうん♪」
麗三は……身体中が痛かった。乱暴を受けたせいで。
その心身が癒やされる……とっても美味しい朝ごはん。温かい気持ち。
ふたりがひと息ついていると、麗三のスマホがけたたましく鳴った。
警察からだ。
「高梨を逮捕しました。検査結果も合致しました。平塚さん、安心されて下さい」
スピカーフォンにしていたので、内容をなおちゃんも把握した。
「はい、お世話様です。分かりました」ひとまず電話を切った。
「なおちゃん!」
「麗三、ひと安心だね。本当に、良かった。」
そしてうつむきがちななおちゃん。
「麗三、オレ……今日、麗三に話がある」
「はい……な~に?」
「あ、食べてからにしよ」
「はい、わかりました」
ふたりはキラキラした光の中、静かな朝食を終え、ソファーに移った。
「麗三……?」なおちゃんはソフトにギュッ! と隣にいる麗三の腰を抱いた。そして麗三のほうを向いて言った。
「結婚しよう」
「え?! ぁ……ハ、イ。でも、早季ちゃんのためにそれは出来ないわ」
「麗三……早季ね、実は『一人暮らしがしたい』って去年から言ってたの。それで、部屋が見つかったんだよ。それと……『パパにはお付き合いしている人がいる』とこの間話したんだ」
「え! 早季ちゃん大丈夫なの? 反応はどうだったの?」
「うん、それがね、こっちが拍子抜けするほど『パパの好きにやりなよ! 応援するよ!』だなんて、あっけらかんと言ったの」
「そうだったのね……」
「麗三……家はそんなに立派なお屋敷なんかじゃないけど、きてくれないか? 当然だけどオレ、麗三以外の女性は考えられない。ずっと一緒に居たいんだ。葉也途君、嫌がるかな? ……葉也途君の気持ちが大事だ」
「葉也途は、とても活発で自立しているわ。いつも『ママはママの生活をエンジョイして!』って言ってくれます。応援してくれるはずです」
「……ンー、でもオレ、焦り過ぎたな。やっぱ葉也途君の意向を聴いて……」
いきなり電話を始める麗三。
「もしもし? 葉也途? ママ、プロポーズされたの!」
『マジで!? おっめでと~。俺、嬉しいよっ、ママ! 幸せになって!!』
スピーカーフォンにしたスマホから『イェ~~~~ィ!!』と喜ぶ息子の声。本当に明るくて、出来すぎなぐらい心の深い子だ。
なおちゃんの瞳がウルウルしている。
……麗三も、涙が……涙が止まらない。
25回結婚したあたしを信じてくれて、一途に想ってくれるなおちゃん。
「なおちゃん、あたしも、なおちゃん以外の男性は考えられません。プロポーズ、嬉しいです!」
『ララ』として勤めていた『夢と黒猫』の店長には事件の翌日、すぐに事態を打ち明けた。
「何て事だ! ララちゃん、大丈夫か!? 大丈夫な訳がない。客と言えども赦せないっ!」とっても心配する店長。
もう、続けられない。この恐怖。心と体の悲鳴を大切に聴いてやろう、と足を洗うことを麗三は店長に申し出た。
無論店長は引き留めはしなかった。
「ララちゃんの健康が一番大切だ。店のことは一切気にしないで!」と言ってくれた。
麗三となおちゃんは婚姻届けを提出するために、仲良く役所へ行った。
その際何故だかわからぬが、麗三は本籍地の戸籍謄本を確認したくなった。
そこにはこれまでの全婚姻歴が載っている。自分でも何故そんなものを見たくなったのかよくわからない。
1人……2人、11人……13人……17人…… あれ?
「なおちゃんっ!!」大声を上げる麗三。
何事が起きたのかと「なぁに?! どうしたのっ??」となおちゃん。
「あたしっ、24回しか結婚してなかった!!」
なおちゃんは……そんなことは別に、そんなにこだわる、ビックリすることなのか?!…… キョトンとしている。
「キリが良いね! なおちゃんは25番目のだんなさん。最後のだんなさんっ!」
なおちゃんは……『25番目のだんなさん』に少しひっかかった。まるで『25番目に好きな人』みたいじゃないかと……。
でもそんなトボけたところも含め、子どもみたいな麗三の丸ごとが なおちゃんは好きなんだ。
おめでとう♡
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