辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

文字の大きさ
3 / 67

第3話 忠誠は誓えません

しおりを挟む
「ロワーヌ侯爵令嬢、その衣――」
「リシャール様。今夜もパートナーへご指名いただき、光栄の至りに存じます」
「リリー様。殿下の話を遮るのは失礼に――」
当たると何度言えば分かるのかしら。はぁ――っ。聖女の教育係兼サポート役を仰せつかってはいるけれど、もう言うだけ無駄ね。

「そうそうデルフィーヌ様。東の大陸では、主役を支える黒装束くろしょうぞくを着用するってご存知ですか?」
「(ほんっと、脈略なく話が飛ぶ人ね)存じ上げません」
「私、一夜にして聖女スターになったでしょう? 未だに王侯貴族の振る舞いには慣れなくって。デルフィーヌ様がこれからもとして支えてくださると、心強いわ」
「それはお受けしかねます」
「そう言っていただけると嬉し……えっ!?」

のリリー様に忠誠は誓えません」
「利害関係者だなんて、そんな言い方……酷いっ」
「リリー様? お気になさらないで。デルフィーヌ様は、高飛車な物言いしかできないのです」
 すかさず妃候補1号ことクロエ嬢がリリーのフォローに回る。

「デルフィーヌ様。先程のリリー様への発言、撤回なさって!」
「どうしてです? きさきの椅子はただ一つ。であれば、ここにいる全員、利害関係者でありましょう? それとも、私のあずかり知らぬところで皆さま、妃候補を辞退なされたのですか?」
「あ、あなたねぇ。そんなわけないでしょう!?」
「でしたら聖女だなんだと祭り上げるのはやめにして、正々堂々、対等な関係で勝負いたしましょう?」
「そんな、私……皆さんと競い合いたくなんてありません」
「リリー様、お妃選びはいくさです」
「い、いくさ?」
「婚活戦争――それは妃の座をめぐる争奪戦。生家を背負った覇権争い。覚悟なき者はご遠慮願います」
「そんな、大袈裟だわ」
「加えて言うならリリー様。妃候補に入りたいのなら、参加表明をお忘れなく。真剣勝負の戦場いくさばに、で来られては迷惑です」
「迷惑だなんて、私、そんなつもりは……」
「あ、貴女に意思決定の自由はなかったんでしたっけ。では、お母ブリジット様へお伝えください。傍観するふりして漁夫の利を得ようと企むのはお止めください、と」
「ぎょふの、何が何ですか?」
「はぁ―――っ」
「ちょっと、デルフィーヌ様? ため息をつくなんて、リリー様に失礼だわ!」
「クロエ様? 今のは深呼吸でございます。ため息だなんて……クロエ様のが透けて見えた気がいたします」
「っ、私の何が透けて見えたっていうのよ!?」
「本当は思われたのでしょう? “漁夫の利”の意味も解さぬ教養なし、と。だから私が、呆れてため息をついたと思われたのでしょう?」
「え、クロエ様……酷い」
「っリリー様、決してそういう意味では! ちょっと、デルフィーヌ様!?」
「私が深呼吸したのには、れっきとした理由がございます。用意されたドレスのお胸周りが私には小さすぎて、息がしづらいのです。まあ、直前に差し替えられたのだから仕方ありませんけれど。はぁーっ、苦しい」
「!!!」

 リリー嬢の白い肌が、屈辱と羞恥で真っ赤に染まり、潤いを増した瞳がキッと私を睨んでくる。

 やっぱりね。
 彼女はみんなが思っているほど繊細でやわな女じゃない。悲劇のヒロインを演じながら他人をうまく利用する、したたかで計算高い女だ。
 でも残念。鉄仮面ポーカーフェイスの作り方まではブリジット夫人に教わってこなかったのね。己の感情もコントロールできないようじゃ、王太子妃の座は務まらなくってよ?
 せいぜい、夜会で殿下にエスコートされるの優越感を、母子で噛みしめていればいいわ。

「殿下。お時間です」

 近侍が扉を開け、殿下に続いて控室を出たリリー嬢だったが、チラリと後ろを振り返ると、口元に勝者の微笑みを浮かべてこれ見よがしに殿下の右腕にそっと手を添えた。

 そっか、彼女はまだ気づいていないんだ。
 観察眼が甘々ね。
 そんなんじゃとても、殿下をお側で支えるなんて無理なお話しよ?

 あれはいつだっけ。
 そうそう、2年前の今頃だ。

 妃候補として初めて参加する夜会で、私は殿下のパートナーを務めることになった。会場の扉が開かれるのと同時に殿下の側半歩後ろに立った私に、彼は一瞬、息を呑んだ。

「……どうして左に立つ?」
「エスコートを受ける側は、エスコートする側の側に立つのがマナーだと習いました」

 さすがに今夜は帯刀していないけれど、殿下が剣を抜いた姿を想像すると、絶対に右側には立ちたくない。その瞬間、シュバッ。プシュッ!ブワッ! と血潮を吹いて倒れるに違いないもの。

「おかしいな」
「?」
「私は右利きだ」
「……剣術の稽古を見学したときの記憶でしょうか、左手に剣を握っていたかと」
「あり得ない」
「え?」
「私が左手で剣を扱う姿を君が目にすることは、決してない」

 ようやく殿下が私の顔を正面から見てくれたと思ったら、不審感マックスな瞳でそう言い放たれたんだっけ。

 でもね、それがあり得るんですよ、殿下。
 だって私、あの場にいたんだもの。隣国との軍事衝突を殿下が平定した、あの最後の戦場に。あの時の殿下はたしかに、左手で剣を扱っていた。
 それに――何気ないふとした瞬間、反射的に動かしているのは左手だということに、殿下自身、気が付いていないみたいだ。
 ま、知られなくないのならそっとしておこう。

「わたくしの勘違いだったようですね。それでは」
「何処へ行く?」
「ダンスは別のご令嬢とどうぞ」

あの時の殿下の驚いた顔ってば、結構、面白かったな。
私は超ド級の“運動音痴”だ。
母の胎内に運動神経を置いてきちゃったのかって思うくらい、センスがない。だから殿下のパートナーの座を射止めても、ダンスのお相手を務めたことは一度もない。
 
だって、私は名うての高飛車令嬢。みっともない姿を晒すわけにはいかないの。

「ちょっと貴女、何をニヤニヤしているの。気を引き締めなさいよ?」

 他の妃候補たちが羨望の眼差しで前を歩く殿下とリリー嬢を見つめている中、過去を回想しながらひとりニヤニヤしていたものだから、クロエ嬢に注意されてしまった。

「リシャール王太子殿下及び聖女・リリー様のご入場です」

 殿下たちに続いて入場すると、途端に生徒たちの注目がこちらへ集まった。当然、その中心にいるのはリシャール殿下とリリーだ。
 学生たちの視線が3歩先を歩くリシャール殿下と聖女リリーに釘付けになっている中、私は一人、そこで歩みを止めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

処理中です...