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51 優しい夢
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その後、私たちのテーブルへわざわざ挨拶に来てくれた支配人が、食後酒として甘いデザートワインをサービスしてくれた。
支配人に婚約者だと紹介されて戸惑いを感じている私に、彼は「再出発を祝って乾杯しよう」と言ってくれた。
『再出発』って。たった10日ほど家出していただけなのに大袈裟だな、と思った。
けれど、拭え切れなかった婚約の経緯が明らかになってスッキリしたし、その経緯を知った上でなお、彼や公爵家のみんなが自分を温かく受け入れてくれたことが嬉しかった。
久しぶりにアルコールを摂取して、たちまち頬がドレスと同じ色に染まっていく。
「さっきの話ですけど、私、闘ってないわけじゃないんです。理不尽に攻撃してきた人たちには、法的措置を取りました。王宮裁判所から召喚令状が届いたのは、私が原告となって彼女達を訴えたからです。でも、裁判は時間がかかるから。判決が出るのは卒業後――婚約を解消した後だろうから、敢えてフェルディナン様には相談しなかったんです」
「それ全部、一人でやったのか?」
「もう成人していますから、父様の承諾がなくても原告になれるんです。薬の製剤特許を取得した時から懇意にしている弁護士さんがいて、その方にも協力頂きました。証人はたくさんいましたし」
薬の製剤特許だと!?
また知らない情報が入って来たな。……まあいい、今大事なのはそこじゃない。
「ローズが泣き寝入りしているわけじゃないのは分かったが、裁判所が令嬢達の罪を認めたところで、勝ち取れる慰謝料など微々たるものだろう? どうせ親が払うんだろうし、彼女達にとっては痛くも痒くもないんじゃないか?」
「慰謝料などオマケみたいなものです。それよりも、彼女達が行った行為が犯罪であると国家が認めることに意味があるんです。実刑を免れたとしても前科者になるわけですから、その記録が消えることはありません。
いざとなったら、彼女達が結婚するときや子どもが生まれたとき、その子どもが結婚するときに、この女性は、あなたの母親は、こんな最低な事をやった人間なんだと生涯を通して反省してもらおう、って。実際にやるわけじゃないけれど、そう思うくらいには頭にきてるんです」
「くくくっ。さすがはあのモンソ―侯爵の娘だな」
「現実的な対応は、フェルディナン様やお義父様がしてくださると思っていましたから。私は長期戦でいこうと決めたんです」
「公爵家が動くことを見越していたのか?」
「だってフェルディナン様も、お義父様も、身近な人が傷ついたり苦しんでいる姿を黙って見ているような方じゃないでしょう? 守ってくれると信じていましたから」
「――貴女には敵わないな」
「それでも、自分にスパイ容疑がかけられているなんて思いもよりませんでしたけど。家を追い出されるとも」
「あれはローズが勝手に出て行ったんだろう? 俺は追い出してなんかないぞ?」
「私が好きで出て行ったとでも思ってるんですか? ターニャは数日おきに会いに来てくれたのに、フェルディナン様は10日間、一度も顔を見せに来てくれなかったじゃないですか。薄情な御方です」
「……私だって、仕事帰りに診療所に寄ってた」
「え? いつ?」
「行ける時は、毎日。行けない時は秘書官のラファエルに様子を見に行かせていた」
「えっ!? うそっ……」
「貴女のことが心配だったんだ。だが、2階の窓辺に佇んでいるローズはいつも美味しそうに夕飯を食べていたから。大丈夫だと思ったんだ」
「何それ……。声くらい掛けてくれたらよかったのに」
「どういう顔をして貴女に会えばいいのか、分からなかった」
「ほんと、フェルディナン様ってそういうとこ、ヘタレですよね?」
「なっ! そういう言葉を使うんじゃない! まったく。ローズが淑女の鑑だなんて、誰が言ったんだ」
「そんな事、誰も言ってないと思いますよ? フェルディナン様の心の声じゃないですか?」
「馬鹿なことを言うんじゃないっ!」
「私のこと、そんなふうに思ってたなんて。なんだか照れちゃう」
「何を言ってるんだ。だいだい貴女は――」
「ほんとうに照れ屋なんですから」
「なっ!」
兄とも、同僚とも、同級生とも異なる、私と彼だけの関係。恋人同士のような甘さはないけれど、フェルディナン様とのこうした気安いやり取りが心地良かった。
そして、その日の夜。
優しい夢を見た。
髪を梳かすように頭を撫でられ、「一人で背負うな。側にいるから」と言われた気がした。
これまでの経験上、異性関係については相当拗らせている自覚はある。
けれど、フェルディナン様の不器用ながらも決してブレない優しさに、雁字搦めになっていた心の糸が少しずつほぐれていくのを感じるのだった。
支配人に婚約者だと紹介されて戸惑いを感じている私に、彼は「再出発を祝って乾杯しよう」と言ってくれた。
『再出発』って。たった10日ほど家出していただけなのに大袈裟だな、と思った。
けれど、拭え切れなかった婚約の経緯が明らかになってスッキリしたし、その経緯を知った上でなお、彼や公爵家のみんなが自分を温かく受け入れてくれたことが嬉しかった。
久しぶりにアルコールを摂取して、たちまち頬がドレスと同じ色に染まっていく。
「さっきの話ですけど、私、闘ってないわけじゃないんです。理不尽に攻撃してきた人たちには、法的措置を取りました。王宮裁判所から召喚令状が届いたのは、私が原告となって彼女達を訴えたからです。でも、裁判は時間がかかるから。判決が出るのは卒業後――婚約を解消した後だろうから、敢えてフェルディナン様には相談しなかったんです」
「それ全部、一人でやったのか?」
「もう成人していますから、父様の承諾がなくても原告になれるんです。薬の製剤特許を取得した時から懇意にしている弁護士さんがいて、その方にも協力頂きました。証人はたくさんいましたし」
薬の製剤特許だと!?
また知らない情報が入って来たな。……まあいい、今大事なのはそこじゃない。
「ローズが泣き寝入りしているわけじゃないのは分かったが、裁判所が令嬢達の罪を認めたところで、勝ち取れる慰謝料など微々たるものだろう? どうせ親が払うんだろうし、彼女達にとっては痛くも痒くもないんじゃないか?」
「慰謝料などオマケみたいなものです。それよりも、彼女達が行った行為が犯罪であると国家が認めることに意味があるんです。実刑を免れたとしても前科者になるわけですから、その記録が消えることはありません。
いざとなったら、彼女達が結婚するときや子どもが生まれたとき、その子どもが結婚するときに、この女性は、あなたの母親は、こんな最低な事をやった人間なんだと生涯を通して反省してもらおう、って。実際にやるわけじゃないけれど、そう思うくらいには頭にきてるんです」
「くくくっ。さすがはあのモンソ―侯爵の娘だな」
「現実的な対応は、フェルディナン様やお義父様がしてくださると思っていましたから。私は長期戦でいこうと決めたんです」
「公爵家が動くことを見越していたのか?」
「だってフェルディナン様も、お義父様も、身近な人が傷ついたり苦しんでいる姿を黙って見ているような方じゃないでしょう? 守ってくれると信じていましたから」
「――貴女には敵わないな」
「それでも、自分にスパイ容疑がかけられているなんて思いもよりませんでしたけど。家を追い出されるとも」
「あれはローズが勝手に出て行ったんだろう? 俺は追い出してなんかないぞ?」
「私が好きで出て行ったとでも思ってるんですか? ターニャは数日おきに会いに来てくれたのに、フェルディナン様は10日間、一度も顔を見せに来てくれなかったじゃないですか。薄情な御方です」
「……私だって、仕事帰りに診療所に寄ってた」
「え? いつ?」
「行ける時は、毎日。行けない時は秘書官のラファエルに様子を見に行かせていた」
「えっ!? うそっ……」
「貴女のことが心配だったんだ。だが、2階の窓辺に佇んでいるローズはいつも美味しそうに夕飯を食べていたから。大丈夫だと思ったんだ」
「何それ……。声くらい掛けてくれたらよかったのに」
「どういう顔をして貴女に会えばいいのか、分からなかった」
「ほんと、フェルディナン様ってそういうとこ、ヘタレですよね?」
「なっ! そういう言葉を使うんじゃない! まったく。ローズが淑女の鑑だなんて、誰が言ったんだ」
「そんな事、誰も言ってないと思いますよ? フェルディナン様の心の声じゃないですか?」
「馬鹿なことを言うんじゃないっ!」
「私のこと、そんなふうに思ってたなんて。なんだか照れちゃう」
「何を言ってるんだ。だいだい貴女は――」
「ほんとうに照れ屋なんですから」
「なっ!」
兄とも、同僚とも、同級生とも異なる、私と彼だけの関係。恋人同士のような甘さはないけれど、フェルディナン様とのこうした気安いやり取りが心地良かった。
そして、その日の夜。
優しい夢を見た。
髪を梳かすように頭を撫でられ、「一人で背負うな。側にいるから」と言われた気がした。
これまでの経験上、異性関係については相当拗らせている自覚はある。
けれど、フェルディナン様の不器用ながらも決してブレない優しさに、雁字搦めになっていた心の糸が少しずつほぐれていくのを感じるのだった。
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