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番外編:せめて夫人が受け取ってくれ(フェルディナン)
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注)80話「婚約の真相」まで読んでいないと、ネタバレになってしまいます。
――――――――――――――――
突然の縁談から1週間後。
ローズの父親であるモンソー侯爵からの招待を受け、将軍職に就いて初めて休暇を取ることにした。
「本日はお招きいただき、感謝します」
国防軍の正装でローズの実家を訪れた自分を迎えたのは、冷徹なアイスブルーの瞳を抱いたモンソー侯爵だった。
相変わらず底の知れない方だな。強い意志は感じるが、何を考えているのか全くといっていいほど読み取れない。
「歓迎しますよ、フェルディナン卿。ん? ……その花束は、私に?」
侯爵は、大きな体躯に似合わぬ可憐なピンク色の花束を抱えた自分の姿を認めるやいなや、怪訝そうに眉を顰めてそう尋ねた。
は? そんなわけがないだろう?
「いえ、ローズ嬢にと」
「娘は留学中だが?」
「え?」
はぁ!?
たしか招待状には、『正式な婚約を締結する前にお互いの意志を確認しておきたい』と書かれてあった。てっきりローズ嬢との顔合わせだと思ったのだが。違ったのか?
「あなた。こんなところで立ち話なんて、失礼ですわ。フェルディナン卿、ようこそお越しくださいました。さあ、中へどうぞ。まぁ、なんて素敵なお花! ダズンローズ(*)? ふふっ、フェルディナン卿は本当にロマンティックな御方なのね。娘は幸せ者だわ」
フローランス夫人がふわりと笑う。ただそれだけで、侯爵の纏う空気が自然と和らぐ。
『ダズンローズ』って何だ?
実は今朝、公爵家の庭でもっと沢山の薔薇を摘んだのだが、ティボーが勝手に本数を減らしたのだ。何か意味があったのか!?
「恐縮です」
「たしかに、娘の化身のように美しい花だな。有難く頂戴するよ」
手ずから花を摘んだのも、女性に花を贈るのも、今回が初めてなんだ。
なのに! どうして! 侯爵に渡さないといけないんだよ。
せめてフローランス夫人が受け取ってくれ!
「あなた? その中から1輪選んでお相手の胸元に飾るのが作法ですわ」
「お? そうか。まぁ、飾るのは自分でしていただこう」
侯爵は受け取った花束の中から無造作に1輪だけ抜き出すと、それを自分へ手渡した。
「……どうも」
何なんだ、これ。
何の儀式をさせられているんだ!?
出端をくじかれたわけだが、その後、侯爵から縁談を打診した複雑な経緯を聞かされ、やはり自分の野性的な勘は当たっていたのだと、妙な自信を深めるに至った。
「娘は、背中に負った刀傷のせいで10の頃から謂れのない差別と醜聞に晒されてきた。王国の貴族社会に戻ってくれば、そういうものと無縁に過ごすことは難しい。そこいらの令嬢と違い柔には育てていないが、卒業して自立するまでの間、貴殿に守っていただきたい」
「彼女はこの婚約に同意を?」
「いや。まずは貴殿の意思を確認したい」
「私が婚約者で彼女は受け入れるでしょうか?」
「それは、貴殿次第でしょう? 娘に一目惚れしたのなら、惚れさせるように努めるのが男だと思いますがね」
「くっ」
「それで? 娘との婚約について貴殿の返事を聞かせていただきたい」
「……謹んでお受けします」
モンソ―侯爵家を後にしたその足で公爵家の本邸へ顔を出すと、両親へこの縁談を受け入れた旨を伝えた。
「そうか」
「おめでとう。よかったわね、フェルディナン」
「はい」
別邸へと戻り、執務室の椅子に深く腰を掛けると、両手を首の後ろで組んで瞳を閉じた。
机の上に飾られた朝摘みの薔薇の甘い香りが鼻腔をくすぐり、先ほど両親と交わした会話を呼び起こす。
「5年前に公爵家で主宰したお茶会で初めてローズさんに会ったの。実はね、その時の彼女の立ち振る舞いを見て、こんなお嬢さんがフェルディナンのお嫁さんにきてくれたら嬉しいなって思ったのよ」
「っ母上。その頃の彼女は、まだ13かそこらでしょう?」
「飛び抜けて大人びてたのよ。きっと、そうならざるを得なかったのでしょうね」
「それほど、彼女を取り巻く環境は酷かったのですか?」
「ちょうど第二王子殿下の婚約者選びが始まった頃だったから、競争意識もあって余計にね。フローランス夫人に対する嫉妬もあったのでしょうけれど」
「13歳の少女が外国に居を移すことを決意するくらいに? あの侯爵が溺愛する末娘を手放さざるを得ないくらいに、ですか? ……うんざりしますね」
「お前も侯爵から話は聞いたんだろう? しっかり守ってあげなさい」
「はい」
王国に戻ってくるとなると、そのうえ自分の婚約者ともなると、妬み嫉み僻み渦巻く貴族社会と無縁ではいられない。
「守ってやりたくても――果たして彼女はそれを望むのか?」
不意に、帝国でクリストフが言っていた台詞が頭をよぎる。
『ローズは男に囲まれて喜ぶような女じゃない』
「ふっ。あのモンソ―侯爵の娘なんだ。一筋縄ではいかないよな」
ニヤリと口角を上げて微笑んだところで、夕食の準備が整ったと声がかかった。
その日、フェルディナンがローズへ求婚しに行ったものだと勘違いしていた別邸の使用人達は、夕方、バラを1輪だけ携えて戻って来た屋敷の主を安堵の心持ちで迎え入れた。
彼らの内心が喜びで満たされていたことも、その日の夕食がフェルディナンの好物ばかり揃えられた、いつもより豪華な祝い膳であったことも、フェルディナンは未だに知らないままだ。
―――――――――――――――――
*ダズンローズ(=12本のバラ)とは、
男性が女性の家にプロポーズにいく道中で野に咲く花を摘み、それを12本に束ねて愛する女性にプロポーズをし、女性は「YES」の代わりにその中から1輪の花を取り男性の胸元に挿す、というヨーロッパで古くから続く誓いの儀式のことをいいます。
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突然の縁談から1週間後。
ローズの父親であるモンソー侯爵からの招待を受け、将軍職に就いて初めて休暇を取ることにした。
「本日はお招きいただき、感謝します」
国防軍の正装でローズの実家を訪れた自分を迎えたのは、冷徹なアイスブルーの瞳を抱いたモンソー侯爵だった。
相変わらず底の知れない方だな。強い意志は感じるが、何を考えているのか全くといっていいほど読み取れない。
「歓迎しますよ、フェルディナン卿。ん? ……その花束は、私に?」
侯爵は、大きな体躯に似合わぬ可憐なピンク色の花束を抱えた自分の姿を認めるやいなや、怪訝そうに眉を顰めてそう尋ねた。
は? そんなわけがないだろう?
「いえ、ローズ嬢にと」
「娘は留学中だが?」
「え?」
はぁ!?
たしか招待状には、『正式な婚約を締結する前にお互いの意志を確認しておきたい』と書かれてあった。てっきりローズ嬢との顔合わせだと思ったのだが。違ったのか?
「あなた。こんなところで立ち話なんて、失礼ですわ。フェルディナン卿、ようこそお越しくださいました。さあ、中へどうぞ。まぁ、なんて素敵なお花! ダズンローズ(*)? ふふっ、フェルディナン卿は本当にロマンティックな御方なのね。娘は幸せ者だわ」
フローランス夫人がふわりと笑う。ただそれだけで、侯爵の纏う空気が自然と和らぐ。
『ダズンローズ』って何だ?
実は今朝、公爵家の庭でもっと沢山の薔薇を摘んだのだが、ティボーが勝手に本数を減らしたのだ。何か意味があったのか!?
「恐縮です」
「たしかに、娘の化身のように美しい花だな。有難く頂戴するよ」
手ずから花を摘んだのも、女性に花を贈るのも、今回が初めてなんだ。
なのに! どうして! 侯爵に渡さないといけないんだよ。
せめてフローランス夫人が受け取ってくれ!
「あなた? その中から1輪選んでお相手の胸元に飾るのが作法ですわ」
「お? そうか。まぁ、飾るのは自分でしていただこう」
侯爵は受け取った花束の中から無造作に1輪だけ抜き出すと、それを自分へ手渡した。
「……どうも」
何なんだ、これ。
何の儀式をさせられているんだ!?
出端をくじかれたわけだが、その後、侯爵から縁談を打診した複雑な経緯を聞かされ、やはり自分の野性的な勘は当たっていたのだと、妙な自信を深めるに至った。
「娘は、背中に負った刀傷のせいで10の頃から謂れのない差別と醜聞に晒されてきた。王国の貴族社会に戻ってくれば、そういうものと無縁に過ごすことは難しい。そこいらの令嬢と違い柔には育てていないが、卒業して自立するまでの間、貴殿に守っていただきたい」
「彼女はこの婚約に同意を?」
「いや。まずは貴殿の意思を確認したい」
「私が婚約者で彼女は受け入れるでしょうか?」
「それは、貴殿次第でしょう? 娘に一目惚れしたのなら、惚れさせるように努めるのが男だと思いますがね」
「くっ」
「それで? 娘との婚約について貴殿の返事を聞かせていただきたい」
「……謹んでお受けします」
モンソ―侯爵家を後にしたその足で公爵家の本邸へ顔を出すと、両親へこの縁談を受け入れた旨を伝えた。
「そうか」
「おめでとう。よかったわね、フェルディナン」
「はい」
別邸へと戻り、執務室の椅子に深く腰を掛けると、両手を首の後ろで組んで瞳を閉じた。
机の上に飾られた朝摘みの薔薇の甘い香りが鼻腔をくすぐり、先ほど両親と交わした会話を呼び起こす。
「5年前に公爵家で主宰したお茶会で初めてローズさんに会ったの。実はね、その時の彼女の立ち振る舞いを見て、こんなお嬢さんがフェルディナンのお嫁さんにきてくれたら嬉しいなって思ったのよ」
「っ母上。その頃の彼女は、まだ13かそこらでしょう?」
「飛び抜けて大人びてたのよ。きっと、そうならざるを得なかったのでしょうね」
「それほど、彼女を取り巻く環境は酷かったのですか?」
「ちょうど第二王子殿下の婚約者選びが始まった頃だったから、競争意識もあって余計にね。フローランス夫人に対する嫉妬もあったのでしょうけれど」
「13歳の少女が外国に居を移すことを決意するくらいに? あの侯爵が溺愛する末娘を手放さざるを得ないくらいに、ですか? ……うんざりしますね」
「お前も侯爵から話は聞いたんだろう? しっかり守ってあげなさい」
「はい」
王国に戻ってくるとなると、そのうえ自分の婚約者ともなると、妬み嫉み僻み渦巻く貴族社会と無縁ではいられない。
「守ってやりたくても――果たして彼女はそれを望むのか?」
不意に、帝国でクリストフが言っていた台詞が頭をよぎる。
『ローズは男に囲まれて喜ぶような女じゃない』
「ふっ。あのモンソ―侯爵の娘なんだ。一筋縄ではいかないよな」
ニヤリと口角を上げて微笑んだところで、夕食の準備が整ったと声がかかった。
その日、フェルディナンがローズへ求婚しに行ったものだと勘違いしていた別邸の使用人達は、夕方、バラを1輪だけ携えて戻って来た屋敷の主を安堵の心持ちで迎え入れた。
彼らの内心が喜びで満たされていたことも、その日の夕食がフェルディナンの好物ばかり揃えられた、いつもより豪華な祝い膳であったことも、フェルディナンは未だに知らないままだ。
―――――――――――――――――
*ダズンローズ(=12本のバラ)とは、
男性が女性の家にプロポーズにいく道中で野に咲く花を摘み、それを12本に束ねて愛する女性にプロポーズをし、女性は「YES」の代わりにその中から1輪の花を取り男性の胸元に挿す、というヨーロッパで古くから続く誓いの儀式のことをいいます。
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