前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵

文字の大きさ
94 / 94

番外編:せめて夫人が受け取ってくれ(フェルディナン)

しおりを挟む
注)80話「婚約の真相」まで読んでいないと、ネタバレになってしまいます。
 ――――――――――――――――
 
 突然の縁談から1週間後。
 ローズの父親であるモンソー侯爵からの招待を受け、将軍職に就いて初めて休暇を取ることにした。


「本日はお招きいただき、感謝します」
 国防軍の正装でローズの実家を訪れた自分を迎えたのは、冷徹なアイスブルーの瞳を抱いたモンソー侯爵アランだった。

 相変わらず底の知れない方だな。強い意志は感じるが、何を考えているのか全くといっていいほど読み取れない。

「歓迎しますよ、フェルディナン卿。ん? ……その花束は、私に?」

 侯爵は、大きな体躯に似合わぬ可憐なピンク色の花束を抱えた自分の姿を認めるやいなや、怪訝そうに眉を顰めてそう尋ねた。

 は? そんなわけがないだろう?

「いえ、ローズ嬢にと」
「娘は留学中だが?」
「え?」

 はぁ!? 
 たしか招待状には、『正式な婚約を締結する前に意志を確認しておきたい』と書かれてあった。てっきりローズ嬢との顔合わせだと思ったのだが。違ったのか?

「あなた。こんなところで立ち話なんて、失礼ですわ。フェルディナン卿、ようこそお越しくださいました。さあ、中へどうぞ。まぁ、なんて素敵なお花! ダズンローズ(*)? ふふっ、フェルディナン卿は本当にロマンティックな御方なのね。ローズは幸せ者だわ」

 フローランス夫人がふわりと笑う。ただそれだけで、侯爵の纏う空気が自然と和らぐ。

『ダズンローズ』って何だ? 
実は今朝、公爵家の庭でもっと沢山の薔薇を摘んだのだが、ティボーが勝手に本数を減らしたのだ。何か意味があったのか!?

「恐縮です」
「たしかに、ローズの化身のように美しい花だな。有難く頂戴するよ」

 手ずから花を摘んだのも、女性に花を贈るのも、今回が初めてなんだ。
 なのに! どうして! 侯爵に渡さないといけないんだよ。
 せめてフローランス夫人が受け取ってくれ!

「あなた? その中から1輪選んでお相手の胸元に飾るのが作法ですわ」
「お? そうか。まぁ、飾るのは自分でしていただこう」

 侯爵は受け取った花束の中から無造作に1輪だけ抜き出すと、それを自分へ手渡した。

「……どうも」

 何なんだ、これ。
 何の儀式をさせられているんだ!?

 出端をくじかれたわけだが、その後、侯爵から縁談を打診した複雑な経緯を聞かされ、やはり自分の野性的な勘は当たっていたのだと、妙な自信を深めるに至った。

「娘は、背中に負った刀傷のせいで10の頃から謂れのない差別と醜聞に晒されてきた。王国の貴族社会に戻ってくれば、そういうものと無縁に過ごすことは難しい。そこいらの令嬢と違い柔には育てていないが、卒業して自立するまでの間、貴殿に守っていただきたい」

「彼女はこの婚約に同意を?」
「いや。まずは貴殿の意思を確認したい」
「私が婚約者で彼女は受け入れるでしょうか?」
「それは、貴殿次第でしょう? 娘に一目惚れしたのなら、惚れさせるように努めるのが男だと思いますがね」
「くっ」

「それで? 娘との婚約について貴殿の返事を聞かせていただきたい」
「……謹んでお受けします」


 モンソ―侯爵家を後にしたその足で公爵家の本邸へ顔を出すと、両親へこの縁談を受け入れた旨を伝えた。

「そうか」
「おめでとう。よかったわね、フェルディナン」
「はい」

 別邸へと戻り、執務室の椅子に深く腰を掛けると、両手を首の後ろで組んで瞳を閉じた。
 机の上に飾られた朝摘みの薔薇の甘い香りが鼻腔をくすぐり、先ほど両親と交わした会話を呼び起こす。

「5年前に公爵家うちで主宰したお茶会で初めてローズさんに会ったの。実はね、その時の彼女の立ち振る舞いを見て、こんなお嬢さんがフェルディナンのお嫁さんにきてくれたら嬉しいなって思ったのよ」

「っ母上。その頃の彼女は、まだ13かそこらでしょう?」
「飛び抜けて大人びてたのよ。きっと、そうならざるを得なかったのでしょうね」
「それほど、彼女を取り巻く環境は酷かったのですか?」
「ちょうど第二王子殿下の婚約者選びが始まった頃だったから、競争意識もあって余計にね。フローランス夫人に対する嫉妬もあったのでしょうけれど」

「13歳の少女が外国に居を移すことを決意するくらいに? あの侯爵が溺愛する末娘を手放さざるを得ないくらいに、ですか? ……うんざりしますね」
「お前も侯爵から話は聞いたんだろう? しっかり守ってあげなさい」
「はい」

 王国こっちに戻ってくるとなると、そのうえ自分の婚約者ともなると、妬み嫉み僻みねたみそねみひがみ渦巻く貴族社会と無縁ではいられない。

「守ってやりたくても――果たして彼女はそれを望むのか?」

 不意に、帝国でクリストフが言っていた台詞が頭をよぎる。

『ローズは男に囲まれて喜ぶような女じゃない』

「ふっ。あのモンソ―侯爵の娘なんだ。一筋縄ではいかないよな」

 ニヤリと口角を上げて微笑んだところで、夕食の準備が整ったと声がかかった。


 その日、フェルディナンがローズへ求婚しに行ったものだと勘違いしていた別邸の使用人達は、夕方、バラを1輪だけ携えて戻って来た屋敷の主を安堵の心持ちで迎え入れた。
 彼らの内心が喜びで満たされていたことも、その日の夕食がフェルディナンの好物ばかり揃えられた、いつもより豪華な祝い膳であったことも、フェルディナンは未だに知らないままだ。

 ―――――――――――――――――
*ダズンローズ(=12本のバラ)とは、
 男性が女性の家にプロポーズにいく道中で野に咲く花を摘み、それを12本に束ねて愛する女性にプロポーズをし、女性は「YES」の代わりにその中から1輪の花を取り男性の胸元に挿す、というヨーロッパで古くから続く誓いの儀式のことをいいます。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...